おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「夏祭浪花鑑」 夏休み文楽特別公演@文楽劇場

2010年08月06日 | 文楽のこと。
夏祭浪花鑑  夏休み文楽特別公演@文楽劇場
 
 諸般の事情から夏休み公演はパスする予定だったのですが… ストレスフルな日常生活から逃げ出したくなって、突然、往復バスの弾丸ツアー敢行! 行ってよかった~♪

 「夏祭」は、2009年の相生座公演で、クライマックスシーンの「長町裏の段」のみ観たことがありました。その時の配役は、勘十郎さまの団七に、玉也さんの義平次。私は、この義平次を拝見して以来、玉也さんにハマってしまったのです。団七をいたぶるネチっこさといい、性根の腐りぶりといい、これ以上はないだろうと思うほど、キャラクターが作り込まれていて、勘十郎さまとの息もピッタリ。最高に素晴らしい舞台でした。
 
 今回の公演では、団七・勘十郎、義平次・玉女。団七は二世勘十郎の当たり役だったと言うし、団七は玉男さんがよく遣われた役なので、それはそれで納得な配役ではあります。でも、内心「義平次は玉也さんがよかったな~」と思っていました。

 ところがです… 玉也さんが遣われた一寸徳兵衛が、実に、いい男なのです。団七とは義兄弟のような厚い友情で結ばれていて、フィナーレではひと芝居打って、団七の窮地を救う重要な役柄。舞台の上にいい男2人。かなりウキウキした気分で楽しめました。勘十郎さまも、玉也さんも、大きな人形をよりスケール大きく遣われるので、この2人の競演はダイナミックで、とっても、楽しい♪

 ストーリーは、団七の妻がかつて奉公していた玉島家のバカ息子・磯之丞が女にだらしないせいで、みんなが振り回されるという、いかにも文楽チックな展開。

 団七たちは、磯之丞がいれあげた傾城琴浦を、追手の男から守り匿う。それもこれも、磯之丞が恩ある人のご子息なのだからなのだが…。磯之丞ったら、町人に身をやつして道具屋に奉公しているうちに、店の娘のお中と恋仲になり、お中に惚れていた番頭とトラブルをお起こし、ついには人殺しまでした挙句、お中を連れて逃げる。おいおい! 傾城琴浦はどうするの? その上「据前と鰒汁喰わぬは男のうちじゃない」とか開き直っているし…。

 それでも、団七一派は、恩ある人の息子である磯之丞さまが大切。磯之丞の殺人事件をもみ消し、その上、安全なところに落ち延びさせようとする。磯之丞は、単なる女にだらしない若造で、とても尽くす甲斐がある人間には思えないのだけれど…。結局、徳兵衛の妻・お辰が磯之丞を預かって故郷に連れ帰るという話がまとまるのだけれど、なにしろ女たらしの磯之丞さまのこと。美しいお辰と間違いがあっては、磯之丞さまに申し訳が立たない(という発想からして、もう、理解不能)ということになり、お辰は火鉢の中の鉄弓を顔に押し当てて火傷をして美貌を台無しにし「これで、色気もなくなったから大丈夫でしょ!」と、啖呵を切る。簑師匠のお辰はめちゃめちゃカッコイイ。出番はそれほどたくさんあるわけではないのですが、存在感は抜群。ちょっとした仕草からも気風のよさが伝わってくる。実写版なら、間違いなく、岩下志摩です!

 お辰といい、琴浦を匿っている釣船屋のおかみさん・おつぎと言い、完全に「極道の妻たち」ワールドです。琴浦が磯之丞の浮気に腹を立てていると、おつぎは「磯さんは、罪を逃れるために身を隠さなきゃいけないから2年、3年会えないかもしれない。暇乞いと仲直りの汗を一度にかいておきなさい」って~、昼日中から、なんともストレートな物言い。実写版なら高島礼子で! ちなみに、ここ、笑う場面かと思ったのですが、誰も笑っていないので…ちょっと寂しかった。それから、こういうしょうもない会話をしながら、おつぎは魚を焼いているのだけれど… いかにも、美味しいそうに焼き上がっている風情で煙がモクモク。ドライアイスかと思いきや、客席にも、かすかに香ばし匂いが漂ってきたので、きっとドライアイスではない何か…。気になりました。

 クライマックスシーンの長町裏の段。団七の義理の父親・義平次は、カネのために、団七にとって大事な磯さまを陥れようと暗躍。義理人情を大切にする団七は、磯さまも大切だけど、義理の父も大事なので我慢に我慢を重ねるが、義平次の嫌がらせが我慢の限界に達して、ついに、カチッとスイッチが入ってしまい義平次をめった刺しに。

 女殺油地獄、一つ家、夏祭… 私は、勘十郎さまがラリッてめった刺しにする場面が大好き。正直、テンション上がります。これが、人間が演じて、血のりが飛び散ったりすると生々しすぎてついていけないと思うのですが… 究極的に抽象化されている文楽では、美しくすら感じる。義平次を殺したあとに、井戸の水を何度もかぶり、刀について血を洗い流すところなんて、ゾクゾクっとしてしまう。

ところで、団七の動きがストップモーションになっている演出は、江戸時代からなのだろうか? フィルム作品では、見せ方の工夫として早回し・遅回しを使うのは当たり前のことだけど、もしも、江戸時代からストップモーション演出をしていたとしたら、その発想はごとから生まれてきたのだろう。とっても不思議。

 そして、この段の床がめちゃめちゃ良かったです。松香・義平次、千歳・団七に三味線は清介。松香&千歳の息が詰まるような激しいやりとり。まさに、クライマックスに相応しい、大夫の技量と技量のぶつかりあいでもあり、鬼気迫るものがありました。勘十郎さまのララリった団七に床の松香&千歳&清介は「味濃い目」の濃厚演技。玉女さんの義平次は、やや薄味・さっぱり系な印象。「ああ、やっぱり、玉也さんで見たかったなぁ…」と、再び無い物ねだり。ま、我ままなファンの勝手な物言いでございます。

 暑さのせいもあるのでしょうが… この演目に限らず、ベテラン勢、若干、お疲れ気味でしょうか。住師匠の声にも伸びがないように思いました。その半面、ネクストジェネレーション、ちょっとハラハラする場面もあったけれど、頑張ってました。寛太郎さん、希さんが、単独で、あれほど長い場面を務められたのは、私は、初めてみたような気がします。寛太郎さんの三味線、なんか、とっても伸び伸びしていて気持ちよかった。将来に期待! 文字久&富助 芳穂&喜一郎 という、これまであまり見たことのなかった組み合わせも、超私好みで嬉しかったです。
 
 全体としては、なんの尽くし甲斐もない磯さまの不行状をとりつくろうために、みんなが苦労して、人が殺されたり、さらなる罪を犯したりと、まったくもって身も蓋もないストーリーなのですが、それでもなお、なんでこんなに楽しいんだろう? 任侠モノは、今も、昔も、庶民にとっては、恐いけれど覗いてみたいアナザー・ワールドということなのでしょうね。ま、私的には、勘十郎さま&玉也さん満喫という時点でかなり幸せでした♪


2 コメント

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やっぱり・・ (cot)
2010-08-06 11:25:59
行かないはずはなかろうと思ってました。
松香&千歳、私もとってもよいと思いました。
松香大夫は大抵「無難に巧い」って印象で、
あんなに「良い!」と思ったのは初めてでした。
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はい、やっぱりです。 (おりおん。)
2010-08-06 17:27:20
cotaさま

 ご明察の通り、やっぱり、行ってしまいました。cotaさんのブログを拝見して心が揺らぎ、さらに、別の友人からも「勘十郎&玉也ファンなら、行って損はないよ~」と甘い罠をしかけられ…。 行った価値はありました。

 私も、今まで、松香さんは、もうちょっとパンチ力欲しいなぁ…と思っていました(何しろ、濃い味好きなので)。でも、今回は、芝居の世界に引きずりこんでくれる引力があって、心から楽しめました。これから、期待したいです。

 
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