京都の長岡京市会議員の小原明大(おはらあきひろ)です。九小・三中・西乙・神戸大卒。ツイッター・FBもお願いします。
おっはー!



教育基本法の強行を止めるため、緊急署名のお願いです。
13日(水)13時に、参議院教基法特別委に提出されます。
いろんな方が賛同されています。ぜひ加わってください。

コチラ


教基法改悪ストップ乙訓集会に参加しました。この後市役所前~長岡天神~産業文化会館~バンビオとデモ。みながわ朋枝さんも一緒です。


●さて、議会のことです。

毎議会の最初、「市長諸報告」というのがあります。
主な市のとりくみや予定などを報告するのですが、
22日、市議会議場にて、「子どもサミット」を開催するそうです。

各小中学校の代表男女1人ずつが、いじめや人権にかかわって各校でおこなった人権学習の成果を発表し、「長岡京市子ども人権アピール」として発信するそうです。


各校代表1人ずつ・・・

その子たちは、「やらせ質問」じゃなく、本心から自由な発言が保障されるのかなあ・・・?

市のパフォーマンスのためではなく、子どもにとって良かったといえるイベントになるよう望みます。



●また、一般質問では、「市長はまちかどトーク(長岡版タウンミーティング)に、若者や子どもも取り入れ、学校で開催しては」との質問に、市長は「ぜひやりたい」と答えました。


そんなん絶対やらんといてほしい。

「学校に市長が来る」なんてことになったら、絶対やらせタウンミーティングになるって!

子どもの声が聞きたかったら、学校の門前で待ってたらええねん。
竹林光美さんなら、そうすると思うけど。


だいたい、子どもや先生だって忙しいんです。



●ほかにも、「障害者マークを学校で教えるべき」「犬の糞の始末を学校で」「まちの美化の絵を学校の子どもたちに」「・・・」と、けっこう議会で提案がされます。

たしかに、一つ一つは大事なことなんですが・・・

何でもかんでも学校でやらなければならないとなったら、先生が子どもの状況に応じていまこれを伝えなアカンとか、いじめのために1時間さくとか、そういう自由度がうばわれていくと思う。



●さいきん思うのですが。

教育基本法の改悪をしようとしてる人たちって、「子どもはこうあるべき」「子どもにこうさせるべき」 こういう出発点で考えていると思います。

「いじめはあってはならない」なんて、まさにそんな考え方です。


子どもがどんな存在で、どんなもんか、とっくに忘れたオッサンどもが言っているように思えてなりません。


○家さんも、もう生徒のことなんて忘れちゃったのかなあ・・・
教育再生会議の、「いじめに懲罰」なんて、ナンセンスと思います。


とにかく、教基法改悪止めましょ!!
クリックを→


★★★インフォメーション★★★

★「議会のことわからん」の声に少しだけ応え、私の議会での質問や発言をアップしました。コチラへ。画面右のブックマークにも配置しました。

★15日(金)、18:30~21:00 長岡京市中央公民館 3階市民ホールで、「いま、変えるとき。市民のつどい」を開催します。
竹林光美さんはもちろん、西山とき子さん、私もお話しします。
長いですが前半は、中村たかおさんのマジックや、ピアノ弾き語りや、竹林さんの対談などです。ぜひお越しください。


コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )



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コメント
 
 
 
 (通りすがり)
2006-12-13 14:04:55
>教育基本法の改悪をしようとしてる人たちって、「子どもはこうあるべき」「子どもにこうさせるべき」 こういう出発点で考えていると思います。
「いじめはあってはならない」なんて、まさにそんな考え方です。

いじめはあっていいのでしょうか?
してはいけないことはしてはいけない。
いじめはしてはいけないと言うことは子どもに対して子どものある姿を強制すると言い切れるのでしょうか?
私はそうは思いません。いじめはしてはいけないのです。どのような理由があろうとも正当化されるものではありません。でも子どもは判断能力が大人よりも相対的に劣るのでこのことをしっかりと教える必要があります。教えることが強制になるのでしょうか。子どもは、というより人間は自らの態度によって他人を傷つけるべきではないと思います。
このことを教えることは強制になるのでしょうか?
教えなければしてはいけないこともその子どもに理解させることができないと思います。それと中学生にもなればいじめをしてはいけないことぐらいわかるでしょう。中学生にもなれば出席停止等の懲罰は当然です。加害者の権利よりも被害者の権利が本来は守られるべきです。

こどもサミットの馬鹿らしさと教育基本法改悪反対は私も同意ですが。
 
 
 
すみません (おっはー)
2006-12-13 23:56:37
 すみません。表現にまずさがありました。
 「いじめはあってはならない」これは子どもに結果を求めるものです。権力のある者が「あってはならない」と言えば、それがあったときに隠されるでしょう。

 「いじめはしてはならない」のを教えるのは当然です。でも、それを教えたからといって子どもはいじめをしないでしょうか?
 どんな完璧な教え方をしても、子どもは大人の思うとおりにはなりません。それが子どもの本質だとすら思います。

 大事なのは、いじめはあって当然のものと認識すること。そしていじめがあったときに、人を傷つけるのがどういうことかをしっかり理解させることではないでしょうか。懲罰の痛みではなく、相手の思いへの想像力を持たせることによって。
 出席停止などを行ったら、その生徒にいじめの悪を教える機会を失います。
 
 
 
 
子どもをダシ (OB ・Goldberg)
2006-12-17 15:34:13
ちなみに、
学童の保護者会をうまく続ける秘訣は、
「子どもをダシに親が楽しむこと」

たまに子どものために親がバリバリにがんばることはあるが、そういう時のエネルギーは日ごろから蓄積せねば…。

そういう時が、こういう時なのか。
 
 
 
楽しむ (おっはー)
2006-12-21 05:43:55
なるほど、「子どもをダシに親が楽しむ」みごとですね。その魅力にはまっている人を身近によく見かけます。
 
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