深夜のタクシー: 世界一危険な街と聞くガイアナの首都ジョージタウンへ、深夜着の飛行機便だった。乗り換え空港のトリニダード・ドバゴで夫婦とも持ち金とクレジットカード類を身体とバッグ類の4か所に危険分散し、「命の金」100ドルずつをすぐ差し出せるよう目立つポケットに入れ準備完了。空港で近づいて来た運ちゃんの中から温顔の人を選び出発、緊張で固まったまま1時間余、予約したホテルへ。約束通りの金額だった。やれやれ!宿直が鉄の門扉をガチャンと開けてくれたが受付もいない安ホテル。道路沿いの部屋をくれ煩くて眠れず、無事を祝うには情けない第1夜だった。翌朝9時出勤してきた受付嬢タミーは結構良い朝食を持参したが我々以外には客の無いホテルだった。眼下は水路、というよりゴミの川だった。 ミニバスでダウンタウンへ。シティーホール(1889年)や聖ジョージ大聖堂は古い木造建築で立派だが汚れや錆びで痛々しい。管理が難しいのか。アフリカを歩く感じで街にラテンのムードはない。高校生グループと暫しおしゃべりを楽しんだが、日本のことを聞きたがった。綺麗な英語だ。1814年、オランダ、英、仏、3国でのギアナ分割統治が決まりガイアナは英国領となった。この街を歩くときはバッグをギュッと抱える必要がある。。初日は無事、翌日ちょっと怖い事件が・・・(続く)(彩の渦輪)写真1、おしゃべりした高校生と 2.聖ジョージ大聖堂 3.安ホテル前の水路