私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Haendel: Water Music & Fireworks, London, 1717 & 1749・Metz, 2002
GLOSSA GCD 921606
演奏:Le Concert Spirituel, Hervé Niquet

ヘンデルは、1710年6月16日に、ハノーファ選帝候、ゲオルク・ルートヴィヒの宮廷楽長に任命された。しかし、同年秋から約半年間ロンドンに滞在し、オペラ「リナルド」を演奏するなどの活動をした後、いったんハノーファに戻ったが、1712年秋に選帝候から、「適当な時期に戻る」という条件付きで再度ロンドンに行き、そのまま住みついてしまった。ところが1714年8月1日に、イギリスのアン女王が死亡し、その後継として、ハノーファ選帝候がジョージI世に任命された。「水上の音楽」について、このジョージI世任命によって苦しい立場に置かれたヘンデルが、国王との関係を改善するために作曲したという挿話があるが、これは事実とは異なるようだ。
 実際には1717年7月17日に、国王が、屋形船でのテームス川の川下りを催し、その際に演奏する曲の作曲が宮廷作曲家のヘンデルに命じられ、成立したようだ。国王はこの曲が非常に気に入り、当日3度も演奏されたと伝えられている。実際にこのとき演奏された曲の自筆譜は失われてしまい、初演の状態を示す楽譜は存在しない。1733年に出版された楽譜に基づく現在の「水上の音楽」は、3つの組曲からなっている。第1組曲(HWV 348)は、ホルン2,オーボエ2,ファゴット1,弦楽合奏とチェンバロの編成、第2組曲(HWV 349)は、トランペット2,ホルン2,オーボエ2,ファゴット1,弦楽合奏とチェンバロの編成、第3組曲(HWV 350)は、フラウト・トラヴェルソ1、フラウト・ピッコロ(ソプラニーノ・リコーダー)1,オーボエ2,ファゴット1,弦楽合奏とチェンバロという編成である。これら3つの組曲が、どの程度初演の際の作品の状態を反映しているかは、明らかではない。
 ジョージI世は、1727年に死亡し、その息子がジョージII世として跡を継いだ。それから20年が経過して、オーストリア継承戦争にイギリスも関与し、1748年10月に終結した次の年、1749年4月に、戦争の終結を祝って、花火大会が催されることになった。宮廷作曲家であるヘンデルは、その際演奏する曲の作曲を命じられ、3月末頃には曲が完成したようである。4月17日にヘンデルの自宅でリハーサルが行われ、さらにヘンデルの意志に逆らって、4月24日に公開リハーサルが行われた。このリハーサルには12,000人もの人が集まったと伝えられている。そのため道路は渋滞し、ロンドン・ブリッジは3時間にわたって、通行不能に陥ったと言う。しかしながら、4月27日の本番の日は、途中から雨が降り出し、花火大会はさんざんな結果に終わったという。この際に演奏された作品、「王宮の花火の音楽」は、自筆譜が残されており、その編成も正確に分かっている。
 実は、今から30年前、エラート・レーベルで、ミシェル・ピゲ・オーボエ・バンドとエドワード・タール・ブラス・アンサンブルの演奏による「王宮の花火の音楽」のLPが発売されていた。解説書によると、屋内で演奏するため、オリジナルより小さな編成にしたと書かれていて、オーボエ16、ファゴット/コントラ・ファゴット9、フルート7,トランペット6,ホルン6,打楽器2の46名という、弦楽器を除いて、オリジナルの2/3の規模の編成であった。トランペットやホルンが力一杯吹かれる、ある意味荒々しい演奏であった。当時は、「王宮の花火の音楽」のオリジナルに近い響きが再現されていると思って聴いていたと記憶している。
 ここで紹介するCDは、フランスのエルベ・ニケが指揮するル・コンセール・スピリチュエルによる、「最初の歴史的演奏(オリジナル編成および調律による)」である。エルベ・ニケは、1957年生まれのフランスの指揮者、クラヴサン奏者、テノール歌手で、1985年と1986年には、ウィリアム・クリスティーのレ・ザール・フロリサンにテノール歌手として加わった後、1987年にコンセール・スピリチュエルを創設して、フランス・バロックの「グラン・モテット」の演奏を中心に活動している。このヘンデルの二つの作品の演奏のため、楽器作りから始められたそうで、オーボエは、トーマス・ステインスビー・ジュニア作の楽器を復元し、ファゴットやコントラ・ファゴットも当時の楽器に基づく複製が作られた。これらの木管楽器は、トランペットやホルンの自然音階に合わせて、中全音律で調音された。トランペットとホルンは、今日一般的に使われている「モダン古楽器(?!)」のように、音程の安定と高音を出し易くするために管の途中にいくつかの小さな穴を開けたものではなく、オリジナル通りの楽器を本来の奏法で、当時と同じ形状のマウスピースを用いて演奏された。また、自然ホルンの演奏には、現代的な、ベルに手を入れて音程を調整するストップ奏法は行わず、本来のホルンの響きが再現された。 弦楽器も当然、中全音率で演奏されねばならなかった。
 「王宮の花火の音楽」の場合は、オリジナルの編成が分かっていて、第1オーボエ12,第2オーボエ8,第3オーボエ4、第1ファゴット8,第2ファゴット4,3パートのホルン各3,同じく3パートのトランペット各3、ティンパニで,弦楽合奏とコントラ・ファゴットの数は示されていない。初演に際して国王は、弦楽器を加えないように命じていたそうだが、ヘンデルの手稿には弦楽器パートがあり、実際の演奏には、弦楽器も参加した可能性がある。
 それに対して、「水上の音楽」のオリジナルの編成は分かっていない。当時の駐ロンドン、プロイセン大使の報告によると、約50名の楽士、トランペット、ホルン、オーボエ、ファゴット、フラウト・トラヴェルソ、リコーダー、弦楽合奏からなっていたという。この録音では、この様な記述を参考にしたと思われる。
 演奏者のリストを見ると、オーボエ24名、リコーダー/フラウト・トラヴェルソ15名、ファゴット12名、コントラ・ファゴット2名、トランペット9名、ホルン9名、打楽器3名、第1ヴァイオリン10名、第2ヴァイオリン10名、ヴィオラ8名、チェロ8名、コントラバス5名、合計115名である。「王宮の花火の音楽」では、リコーダー/フラウト・トラヴェルソを除く100名が参加したと思われる。各楽器にこれだけ多くの奏者を編成すること自体大変なことだが、さらに楽器も用意し、特に現代化されていない自然トランペットとホルンを演奏する奏者をそろえることは、相当な苦労があったことが想像出来る。トランペット奏者9人のトップにあるのは、ジャン=フランソア・マデフで、現在自然トランペット演奏の第一人者として、多くのオリジナル編成のオーケストラに参加している。9人のホルン奏者のトップは、ジャン=フランソア・マデフの弟、ピエール=イヴ・マデフである。
 「水上の音楽」演奏の際の編成は記されていないが、「王宮の花火の音楽」よりもやや小さいように聞こえる。
 録音は、2003年9月にフランスのロレーヌ地方、メッツにある「アーセナル」と名付けられた、もとは兵器廠であった建造物を音楽会場とした施設に於いて行われた。初演時のように屋外ではなく、ホールで行われたが、分離はあまり良くなく、各楽器は混じり合って、楽器の位置も明瞭ではない。しかし、弦楽器の響きが優勢な他のオリジナル楽器による演奏とは全く違った響きで、この2つの作品の本来の響きを再現している、貴重な録音であることに変わりはない。自然倍音の金管楽器以外の調律については、中全音律と書かれている。ピッチは記されていないが、おそらくa’ = 約415 Hzであろう。なお、このCDは現在新しいケースデザインでGCDSA 921616の番号で販売されている。

発売元:GLOSSA


Glossa GCDSA 921616

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