私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Johann Sebastian Bach: Sacred Songs (G. C. Schemelli, Musikalisches Gesangbuch)
Teldec BACH 2000 #86 8573-81145-2
演奏:Christoph Prégardien (tenor), Klaus Mertens (bass), Jaap ter Linden (cello), Ton Koopman (organ)

1736年にライプツィヒのブライトコップから、現在のザクセン=アンハルト州の南端に当たるブルゲンラント地方にあるツァイツ城のカントール、ゲオルク・クリスティアン・シェメッリ(Georg Christian Schemelli, c. 1676 - 1762)が編纂した宗教歌曲集が出版された。この歌曲集には954の歌曲とアリアの歌詞が掲載されており、そのうち69曲には、歌唱の旋律と通奏低音が掲載されている。教区監督のフリートリヒ・シュルツェによる序文には「この歌曲集に掲載されている旋律は、ザクセン候の宮廷楽長でライプツィヒの合唱長であるヨハン・ゼバスティアン・バッハ殿が一部は新たに作曲し、一部は通奏低音に手を加えた・・・」と記されている。この非常に曖昧な記述からは、バッハが具体的にどの程度この69曲に関与したのかは分からない。
 今日までの研究で、これら69曲のうち、シェメッリの歌曲集が出版される以前に刊行された聖歌、賛美歌集にも掲載されている旋律を除くと、21曲が他にはなかった旋律であることが判明している。理論的には、これら21曲がバッハの作である可能性があるわけだが、その一方で、直接的にバッハの作であることが分かっている曲は、44曲目の「私を忘れないで下さい、私の最愛の神よ(Vergiß mein nicht, mein allerliebster Gott)」(BWV 505)に”Di S. Bach D. M. Lips.”と記載されていることと、32曲目の「あなたを、あなたを、イェホヴァ、あなたを歌いたい(Dir, dir, Jehova,will ich singen)」(BWV 452)が1725年に書き始められた2冊目の「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳」にバッハ自身によって記入されている(その4声のコラールは、BWV 299の番号を有している)ことによる2曲に過ぎない。このシェメッリの歌曲集に掲載されている69曲の評価については、シュピッタ以来様々な意見が出されている。アーノルト・シェリンクは、1924年号のバッハ年刊で、上の2曲と様式的観点から「来たれ、甘き死よ(Komm, süßer Tod)」(BWV 478)の3曲だけがバッハの作であると述べているが*、バッハの関与に関しては、現在に至っても決定的なものはない。1950年に初版が刊行されたヴォルフガンク・シュミーダーの編纂になる「バッハ作品目録(BWV)」にはこれら69曲すべてが掲載され、BWV 439から507の番号が与えられている。
 バッハがこのシェメッリの歌曲集に関与するきっかけになったのは、おそらくシェメッリの息子、クリスティアン・フリートリヒ・シェメッリ(Christian Friedrich Schemelli, 1713 - 1761)が1731年から1734年までライプツィヒのトーマス学校で、1735年からライプツィヒ大学で学んでおり、この間にトーマス学校の合唱団などでバッハの教えを受けていたことによると思われる。先に触れたシュルツェによる序文には、第2版の計画があり、そのためにすでに200曲の旋律の準備が出来ていると述べられているが、初版の販売が思わしくなかったのか、この計画は実現することがなかった。バッハのこの歌曲集との関係を示すものは、上に述べた2曲以外には存在せず、作曲に関してはおそらくこの2曲以外にはなかったのではないかと筆者には思える。
 この歌曲集の内容は、教会の礼拝で歌われるコラールとは異なっていて、家庭における瞑想、祈祷の際に歌われるもののようである。これは、17世紀終わりから18世紀初めにかけて、 シュペーナーの”Pia Desideria(1675)”をきっかけにルター派教会において次第に広がりを見せた、敬虔な信心深さと世俗的享楽の否定に重きを置く、いわゆる「敬虔主義」の思潮と深く関わりのあるものである。しかしこの歌曲集の内容そのものは、ルター派の正統派と敬虔主義の中間を行っており、特に敬虔主義との関わりが深いわけではないようである。
 今回紹介するCDは、 テノールのクリストフ・プレガルディェン、バスのクラウス・メルテンスの歌、トン・コープマンのチェンバロ、ヤープ・テル・リンデンのチェロによる伴奏のテルデック盤である。2人の歌手は、いずれもコープマン指揮のバッハ・カンタータ全集にも参加しており、チェロのテル・リンデンもアムステルダム・バロック・オーケストラに加わっているので、コープマンとの関係が密接な演奏家達である。このCDには32曲が収録されており、上に挙げた歌曲集刊行当時には他の聖歌、賛美歌集等には掲載されていない21曲がすべて含まれている。CDに添付の解説書には、選曲の理由は記されていないが、特に21曲はバッハが関与した可能性がある曲であるから、妥当な選曲といえるだろう。
 録音は1999年にアムステルダムで行われ、バッハの死後250年の年の企画としてテルデックから発売されたバッハの作品全集”BACH 2000”の第86巻として発売された。その後単発のCD(4943674023172)としても発売されていたが、現在は絶版になっているようである。

発売元:Teldec, Warner Classics and Jazz


Teldec 4943674023172

* Arnold Schering, “Bach und das Schemellische Gesangbuch”, Bach-Jahrbuch 21. Jahrgang 1924, p. 106

注)シェメッリの歌曲集については、新バッハ全集第III部門第2巻の1,「コラールと宗教的歌曲第1部、1750年以前の作品」のフリーダー・レップによる校訂報告書(1991年刊)を主に参考にした。

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