私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 



The passion of reason
Glossa GCD 921102
演奏:the SOUR CREAM legacy: Frans Brüggen (flutes), Kees Boeke (flutes, viola da gamba), Walter van Hauwe (flutes), Isabel Álvarez (Soprano), Sato Toyohiki (lutes)

今回紹介するCDは、1997年にグロッサ・レーベルから発売された”the passion of reason”と題する2枚組のアルバムである。演奏をしているのは、「サワー・クリームの遺産(名残?)」と称するフランス・ブリュッヒェンと弟子のキース・ベケ、ヴァルター・ファン・ハウヴェの3人によるアンサンブルである。もとは1972年(一説には1971年)にこの3人で組織された「サワー・クリーム(Sour Cream)」という実験的なアンサンブルで、古楽と現代曲を演奏するリコーダー・トリオであった。キース・ベケは、1950年アムステルダム生まれで、デン・ハーグの王立音楽院でリコーダーをブリュッヒェンに、チェロをアネル・ビュルスマに学び、首席で卒業後は演奏家として、また教師として広範囲に活動してきた。主たる関心を次第に中世、ルネサンスに向けるとともに、現代音楽にも取り組んでいる。ヴァルター・ファン・ハウヴェは、オランダの音楽家、音楽教師であったピエール・ファン・ハウヴェ(Pierre van Hauwe, 1920 - 2009)の息子で、中世から現代までの6世紀にも渡るリコーダーのレパートリーを独奏者、アンサンブルのメンバーとして演奏している。特にマリンバ奏者の安倍圭子との即興演奏の共演は多大な注目を浴びた。
 このCDの企画は、キース・ベケが構想と選曲を行ったものである。アルバムに添付された小冊子には、収録曲目の解説や、奏者、楽器の説明が無く、曲目のリストの他は、キース・ベケによるRes Musice(ラテン語で「音楽の問題」)と題する文章が掲載されているだけである。この文章は、アルバムの構想を提示するもので、ギリシャ哲学における快楽をもたらす音楽とは一線を画する科学としての音楽の概念が、ローマ時代を経て中世の、文芸を構成する三学科(文法、修辞、論理)と四学科(算術、幾何、天文学、音楽)における音楽の概念となり、その影響はルネサンス、バロックを経て今日にまで及んでいる事を説明している。純粋に理論的な音楽は、聴かれるものではなく、理性によって理解されるという考えである。しかし音楽は、常に様々な形態をなして存在しており、宗教儀式の音楽、科学的音楽、修辞的音楽、そして娯楽音楽が存在していた。
 今回紹介するCDは、算術、幾何、天文学とともに四学科を構成する音楽の観点から構想、選曲されており、最後のバッハの曲を除いては、14世紀から17世紀初めまでの作品で構成されている。 このCDが、単なる中世からルネサンスにかけての作品を集めた曲集ではないことは、その冒頭にあるギョーム・ド・マショー(Guillome de Machaut, 1300 - 1377)の”Ma fin est mon commencement”を聴けば分かる。CDをプレイヤーにセットして、プレイ・ボタンを押しても、なかなか音が聞こえてこない。1分半を過ぎた辺りからやっと微かに聞こえてきて、極めてゆっくりと音量が増してきて、5分ほどの曲の終わり近くになってやっと通常の音量になる。またいくつかの曲では、楽器の演奏に混じって小鳥の鳴き声が聞こえる。
 収録されている曲の作曲家は、上述のマショーのほか、ソラーネ(Solagne, 14世紀後半フランスの作曲家)、アントアーヌ・ブルメル(Antoine Brumel, c. 1460 - 1515)、トーマス・プレストン(Thomas Preston, †1559)、ウィリアム・コミシュ(William Comysh, †1523)、ロバート・フェアファクス(Robert Fayrfax, 1464 - 1521)、ウィリアム・ニュウアーク(William Newark, c. 1450 - 1509)、ハインリヒ・イザーク(Heirich Isaac, c. 1450 - 1517)、ヨハン・ヴァルター(Johann Walter, 1496 - 1570)、クレマン・ジャヌカン(c. 1485 - 1558)、トレボー(Trebor, 14世紀にナヴァラ王国等南西ヨーロッパの宮廷で活躍した多声シャンソンの作曲家)、それに作者不詳の曲を含め8曲が、ボールドウィン手稿から取られている。この手稿は、イギリスの歌手であり作曲家であったジョン・ボールドウィン(John Baldwin)が作製した曲集で、1450年頃から1606年までの作品が集められている。 クリストファー・タイ(Christopher Ty, c. 1505 - 1572)、ジョン・ベディンガム(John Bedyngham, †1460)、ナサニエル・ギル(Nathaniel Giles, c. 1550 - 1633)、トーマス・プレストンの作品のほか作者不詳の4曲がこの手稿から採られている。曲名から推察すると、その多くは声楽曲を元にしているようである。
 そしてこれら合計25曲の後、およそ100年の時を隔てたヨハン・ゼバスティアン・バッハの作品によって締めくくられている。それらはすべてカノンで、このアルバムが、四学科の一つとしての音楽の観点から構成されていることを示している。最初の1曲は、「音楽の捧げ物」(BWV 1079)の螺旋カノンをキース・ベケが1983年に編曲したもので、音域の限られた3本のリコーダーによって、音域に含まれる音のみを演奏する。すなわち、始まりは、リコーダーの音域の下限に現れる音のみが奏され、繰り返されるたびに1音高くなるにしたがって、次第に演奏される音が増え、やがて3つの声部からなるカノンのすべての音が演奏されるようになり、段階的に高くなって行くと、今度はリコーダーの音域を超える音を除いて奏されるようになり、やがてすべての音が音域を超えることで曲が終わると言う演奏になっている。この曲は”Eclipse(日蝕、月蝕を意味する)”と言う標題を持っていて、上に述べた演奏が、太陽や月が徐々に欠けて行ってついには皆既蝕になり、その後次第に現れて蝕が終了する様にたとえて名付けられたものと思われる。続いて「ゴールトベルク変奏曲」の主題であるアリアの最初の8音の低音にもとづく14のカノンから第6番から第9番までの4曲の3声のカノンが奏される。最後に再び「音楽の捧げ物」から「2声の主題拡大、反行カノン(Canon a 2 per Augmentationem, contrario Motu)」が奏され、最後は次第に音量が減少し、ついには聞こえなくなって終わる。
 科学としての音楽という西欧独特の概念は、永年にわたって存在してきたことは事実で、前述したように今日に至るまで、西洋音楽にその影響が及んでいるが、音楽は演奏によって初めて体験できるものであり、たとえ如何に論理的、科学的作業によって生み出されたものであっても、いったん音になって響けば、聴く人の感性によって受け取られ、何らかの感情的反応を引き起こすことは避けられない。鳴り響く音楽をただ理性のみによって聴くと言うことは出来ないのである。このCDの標題「Passion(感性)of reason(理性)」は、そのことを意味しているように思える。
 演奏は、上記3人に加え、一部にソプラノのイサベル・アルバレス(Isabel Álvarez)、とリュートの佐藤豊彦が加わっている。キース・ベケは、リコーダーのほかヴィオラ・ダ・ガムバも演奏している。録音は1993年6月にイタリアのモンテヴァルキ・デ・アレッツォで行われ、さらに1994年7月にオランダのレンスウッデにおいて追加録音が行われた。CDの発売は1997年である。しかし残念ながら、現在このCDは、グロッサのカタログには掲載されておらず、廃盤になっているようである。

発売元:Glossa Music


注) アマゾンのこのCDのレビュー欄に、まっちゃん”まっきー”さんがこの曲を紹介している。

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