私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 



Johann Sebastian Bach: Italian Concerto BWV 971, French Ouverture BWV 831, Sonata D minor BWV 964, Adagio G major BWV 968
Simax PSC 1032
演奏:Ketil Haugsand (Harpsichord)

1726年から順次1曲ずつ出版され、1731年にまとめて再版された際「クラフィーア練習曲集・・・・作品1」と表記された6曲のパルティータから4年後、1735年の復活祭見本市に合わせて出版されたのが、今回取りあげる「クラフィーア練習曲集第2部」である。その表題は「クラフィーア練習曲集第2部、2段鍵盤のチェンバロのためのイタリア趣味の協奏曲とフランス風序曲からなり、愛好者の心の楽しみのために、 ザクセン・ヴァイセンフェルス公爵の宮廷楽長、ライプツィヒの合唱長ヨハン・ゼバスティアン・バッハにより作曲された。クリストフ・ヴァイゲルII世により刊行」と記されている。
 「クラフィーア練習曲集第2部」はその表題が示す通り、「イタリア風の協奏曲」と「フランス風序曲」の2曲から成っている。「イタリア協奏曲ホ長調(BWV 971)」は、バッハが若い頃から様々な音楽様式を学んできた過程で、特にヴァイマール宮廷のオルガニスト兼宮廷楽士であった時期に、ヨハン・エルンスト王子(Prinz Johann Ernst von Sachsen Weimar, 1696 - 1715)の依頼を受けて、ヴィヴァルディなどのイタリアの器楽協奏曲を鍵盤楽器用に編曲した過程で身につけた様式を、完全に自分のものとして創作した作品である。バッハはすでに、オルガンのためのトッカータハ長調(BWV 564)に於いて明確にイタリアの協奏曲様式の影響を示す作品を書いているほか、カンタータや協奏曲など多くの分野で、イタリアの協奏曲の様式を取り入れていた。この「イタリア協奏曲」では、チェンバロの2段の鍵盤によって、協奏曲のテュッティとソロの対比を表現している。第2楽章は、通奏低音の伴奏のもとに独奏楽器が奏するイタリアの協奏曲の緩徐楽章の形式を再現しており、上述したオルガンのためのトッカータのアダージョ部と極めて近い関係にある。一方の「 フランス風序曲ロ短調(BWV 831)」は、その表題にあるフランス風序曲を前奏曲に持つ組曲あるいはパルティータと呼ばれる、様々な舞曲から成る作品である。クーラント、サラバンド、ジークという基本的舞曲に、ガヴォット、パスピエ、ブレー、それにジークの後にエコーと言う曲を加えている。この最後のエコーでも、バッハは2段鍵盤のチェンバロの機能を生かし、文字通りエコーの効果を表現している。この「フランス風序曲」は、フランス組曲、イギリス組曲そしてクラフィーア練習曲集第1部の6曲のパルティータ経て、組曲形式の集大成の意味を持つ作品と言える。
 このクラフィーア練習曲集第2部は、上述したように1735年に出版されたが、それに含まれる二つの作品は、遅くともその3年ほど前には完成していたようだ。「イタリア協奏曲」には、出版譜の前段階を示す手稿は残っていないが、「フランス風序曲」には、1727年から1731年頃までにアンナ・マグダレーナ・バッハが記入した手稿が残っている。しかもその表題や各楽章冒頭の曲名(ガヴォット1を除く)、譜面の低声や強弱記号、それに音符の修正はバッハ自身によって記されている。この古い形はハ短調で、出版譜とは異なる箇所が随所にある*。従ってバッハは出版に当たり、入念に手を加えた上でロ短調に変更したようである。これはイタリア協奏曲に於いても同様であったと思われるが、その具体的内容は分からない。
 今回紹介するこの作品のCDは、ノルウェーのチェンバロ奏者ケティル・ハウグサント(あるサイトでは、シェティル・ハウグサンと表記している)の演奏によるものである。ハウグサントは、ノルウェーのトロンハイムとオスロで音楽を学んだ後、プラハ、ハールレムで習得を続け、その後アムステルダム音楽学校でグスタフ・レオンハルトの教えを受け、学位を受けている。1974年から1994年まで、オスロのノルウェー国立音楽院で助教授としてチェンバロ、ピアノフォルテ、オルガン、通奏低音から合奏に至るまでの指導に当たり、1994年からケルンの音楽学校でチェンバロの教授の職にある。その一方で、1969年以来演奏家としても活動しており、ヨーロッパの多くのオリジナル楽器演奏者や合奏団と共演しているが、中でもヴィオラ・ダ・ガムバ奏者ローレンス・ドレイフュスとの活動は、高い評価を受けている**。ハウグサントの録音は主にノルウェーのレーベル、シマックス(Simax)から発売されている。
この演奏で使用されているチェンバロは、ベルリンのシャルロッテンブルク城所蔵の2段鍵盤の、製作者の名前は記されていないが、ベルリンのチェンバロ製作者、ミヒャエル・ミートケの1715年頃の作と考えられている楽器をもとに、マルティン・スコヴロネックが1986年に製作したものである。CDに添付されている冊子に掲載されているスコヴロネックの解説によると、この楽器には改造の手が加えられており、製作当初の状態が完全には再現出来ないので、構造がよく似ているハンブルクのチェンバロ製作者、クリスティアン・ツェルの1723年作の楽器を参考にして復元したとのことである。ミートケの楽器が重要視されるのは、バッハがケーテン時代にこの製作者の楽器を発注して、宮廷が購入したという記録があるからである。バッハは1719年3月1日に、ケーテン宮廷より「ベルリンで製作されたチェンバロ(の代金)及び旅行費用として」130ターラーを受け取って、ベルリンに赴いている***。この楽器は、1784年3月8日に作製されたケーテン宮廷の音楽室にある楽器の目録に、「二段鍵盤の大型のチェンバロあるいはフリューゲル、ベルリンのミヒャエル・ミートケ作、1719年、故障」と記されているものと同一と思われる。このチェンバロの製作に際しては、バッハの意図が反映しているものと考えられ、ケーテン時代のバッハが作曲した多くのチェンバロのための作品に影響を与えたと考えられる。このケーテン宮廷の楽器は現存しないため、ベルリンのシャルロッテンブルク城にあるものが復元のもとになったのであろう。ドイツのバロック時代のチェンバロは、フレミッシュやその影響を強く受けたフレンチ・チェンバロよりは胴体が浅く、本体の共鳴が抑えられ、より直接音の多い、したがって声部の動きが明瞭な楽器である。このCDに於けるチェンバロの響きも、このような特徴がよく表れている。
 なお、ピッチはb♭ = 440 Hz(a = 約415 Hz)、調律は「不均等」とだけ記されている。このCDは、ナクソスの定額制インターネット音楽サイト、Naxos Music Libraryの試聴サイトで視聴出来る。
 このCDには、ほかにソナタニ短調(BWV 964)とアダージョト長調(BWV 968)の2曲が収録されている。

発売元:Simax

* 新バッハ全集第V部門第2巻のウォルター・エメリーによる校訂報告書による。
** bach-cantatasの"Short Biographies"、Ketil Haugsandの項による。
*** Bach-Dokumente II-95

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