私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




The Harpsichord in the Netherlands (1580 - 1712)
Sony Classics VIVARTE SK 46349
演奏:Bob van Asperen (Harpsichord)

ヤン・リュッカースII世(Jan Ruckers d. J., 1578 - 1643)は、チェンバロ製作の一族として多くの名器を製作してきたリュッカース一族の創設者、ヤン・(ハンス、ヨハネスとも称されていた)リュッカース(1540年代 - 1598)の息子で、工房の後継者である。このヤン・リュッカースII世が1640年に製作した、製作当時は移調鍵盤を備えていたチェンバロである。移調鍵盤については当ブログの「イタリアン、フレミッシュおよびフレンチ・チェンバロについて 」の項で説明したが、 17世紀の中頃までの 2段鍵盤のフレミッシュ・チェンバロは、上段の鍵盤と下段の鍵盤では、音程が異なっている。これは、例えばf管のアルト・リコーダーの曲を、同じ指使いでc管のソプラノ・リコーダーで吹く場合、チェンバロでは下の鍵盤で伴奏する際と同じ楽譜で、5度音程が高い上段の鍵盤で伴奏することが出来るわけである。このチェンバロは、現在ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州の北西部にあるフェレン城(Schloß Velen)に保存されている。この楽器は、現在の城主の先祖に当たるアレクサンダー・フォン・フェレン(Alexander von Velen, 1599-1675)が自らアムステルダムで購入したものと思われる。この楽器は、1756年以降にその移調鍵盤に改造が加えられ、その際もう一組の弦が追加され、2組の8フィート弦と1組の4フィート弦を持つ2段鍵盤のチェンバロとなった。しかし本来のショートオクターブは、変更されることなくそのままの状態が維持されている。したがって、オリジナルの楽器本体はそのままの状態のようである。
 今回紹介するCDには、16世紀末から17世紀初めのネーデルランド地方の作曲家による作品が収録されている。まず最初に、アントワープの裕福な商人の娘が所有していた鍵盤楽器のための作品を書き込んだ手稿から、作者不詳の3曲の舞曲が紹介される。この手稿には1599年という年号とシュザンヌ・ファン・ソルト(Susanne van Soldt)という名前が記入されており、33曲の歌謡や舞曲、詩編に基づく曲が含まれていて、ルネサンスからバロックへの移行期のネーデルランドにおける市民社会の日常の音楽を知る貴重な資料となっている。なお、シュザンヌ・ファン・ソルトについては、くらんべりぃさんのブログ「すばらしき古楽の世界」の「シュザンヌ・ファン・ソルトの鍵盤音楽帳(1599)」ですでに紹介されているので、参照されたい。
 それに続いて、ピーター・ブスティン(Pieter Bustijn, ? - 1729)、ヤン・ピエーテルスゾーン・スウェーリンク(Jan Peiterszoon Sweelinck, 1562 - 1621)、アントーニ・ヴァン・ノールト(Anthoni van Noordt, 1620 1675) シブラント・ファン・ノールトII世(Sybrant van Noordt Jr., 1660 - 1705)、 等の作品が紹介される。そして最後にヤン・アダム・ラインケン(Jan Adam Reincken, 1623 - 1722)の「ホルトゥス・ムジクス」*の第1組曲をバッハが鍵盤楽器用に編曲したソナタイ短調(BWV 965)収められている。これらの作品によって、16世紀末から18世紀初めまでのネーデルランドの世俗鍵盤音楽を概観することが出来る。ブスティンやノールト一族の音楽は単独のCDではなかなか聴くことが出来ないので、貴重と言えよう。
 演奏をしているのは、ボブ・ファン・アスペレン(Bob van Asperen)である。アスペレンは、1947年にアムステルダムで生まれ、大学での音楽教育を受けた後1967年からグスタフ・レオンハルトの教えを受けるようになり、さらにアムステルダム音楽学校で、アルベルト・デ・クレルク(Albert de Klerk)にオルガンを学び、1972年に学業を終えると、デン・ハーグの音楽学校で教職に就いた。その後レオンハルトの後任として、アムステルダムのスウェーリンク音楽学校のチェンバロの教授に就任した。アスペレンは教職にある一方で、1968年のデビュー以来広範囲の演奏活動も続けており、17世紀と18世紀の鍵盤楽器奏者として高い評価を受けている。
 このCDの録音は、1990年6月にフェレン城で行われたものだが、楽器からやや距離を置いた位置から捉えており、演奏されている部屋の響きも適度に加わって、チェンバロの録音としては非常に好ましいものである。演奏されているピッチや調律については何も触れられていない。スウェーリンクの作品などを聴いていると、中全音律に調律されているように聞こえるが、確かではない。
 ヴォルフ・エリクソンの制作になるこのCDは、例によってソニーBMGのサイトにも、日本のソニー・クラシカルのサイトにもない。こういう優れた企画のCDをすぐに廃盤にしてしまうレーベルは本当に困ったものだ。

発売元:Sony BMG Classical

* ホルトゥス・ムジクスについては、この「私的CD評」の「もう一つのオルガニストによる室内楽、ラインケンの『ホルトゥス・ムジクス』」 で紹介しているので、参照されたい。

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