私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Jan Pieterszoon Sweelinck: Organ & Keyboard Music
Musikproduktion Dabringhaus und Grimm MDG 541 341 1256-2
演奏:ジークベルト・ラムペ(チェンバロ、ヴァージナル、クラヴィコード、オルガン)

ヤン・ピーテルスゾーン・スヴェーリンク(1562 - 1621)は、オランダのアムステルダムで生まれ、生涯アムステルダムの旧教会のオルガニストをしていた。アムステルダムを離れるのは、新しいオルガンの試奏や修理、修復についての助言をする時だけだったという。彼はオルガンやチェンバロの素晴らしい即興演奏で有名であった。彼の254曲の声楽曲と70曲の鍵盤音楽作品が残っている。スヴェーリンクは優れた教師でもあり、多くの鍵盤楽器奏者を生み出してきたが、その中にはザームエル・シャイトやハインリヒ・シャイデマンなど、いわゆる北ドイツ・オルガン楽派を創設した音楽家達がいた。
 鍵盤楽器のための作品は、マックス・ザイフェルト編纂の原典版の改訂第2版では、オルガンまたはチェンバロ等の鍵盤楽器のための作品、オルガンのための作品、 チェンバロ等の鍵盤楽器のための作品および追補に区分されている。最初のオルガンまたはチェンバロ等の鍵盤楽器のための作品には、ファンタジアやトッカータが含まれ、オルガンのための作品には、コラールや詩篇による変奏曲、チェンバロ等の鍵盤楽器のための作品には世俗歌謡や舞曲による変奏曲が含まれている。
 ここで紹介するCDでは、これらの作品を、オルガン、クラヴィコード、チェンバロ、ヴァージナルで演奏している。2台のクラヴィコード以外はオリジナル楽器が使用されている。クラヴィコードは、鍵盤の他の先端に取り付けられた金属板(タンゲントと言う)が、鍵盤を押すことによって弦をたたき、音を発するとともに、弦を押さえることによって音の高さが決まるようになっている楽器である。音量は非常に小さく、家庭内など狭い空間での使用が主で、人前での演奏や合奏には向かない。クラヴィコードには、複数の鍵盤が一本の弦を共有するものと、鍵盤ごとの弦を持つものがある。このCDで、複製のクラヴィコードを使用しているのは、単純な構造で、主に家庭用として使用されていた楽器のため、演奏可能な状態で残っているものが少ないためと思われる。一台は1540年頃にイタリアで作られた4フィート弦一対の楽器の複製で、a’ = 388 Hz、オリジナルの修正中全音調律である。もう一台は、1670年頃に南ドイツで作られた8フィート弦2対の楽器で、a’ = 435 Hz、これもオリジナルの修正中全音調律である。クラヴィコードは非常に音量の小さな楽器であるため録音も難しく、しばしば打鍵の際の雑音が目立つものが多いが、このCDでは、一段鍵盤のオルガンのある教会で、その音響を生かして幾分距離を置いてマイクを設置して録音をしているので、小さな音量にもかかわらず美しい音にとらえられている。
 チェンバロは1637年アントワープのアンドレアス・リュッカース製作の一段鍵盤の楽器で、8フィートと4フィートの弦各一対を備えている。この楽器は、外形の一部を除いて、音に影響のある構造には全く変更が加えられていない。a’ = 398 Hz、中全音律に調律されている。ヴァージナルというのは、一般的に直方体の外見を持つ小型のチェンバロで、チェンバロが鍵盤に直角に弦が張られているのに対し、鍵盤と平行に近い角度になっている。ここで使用しているヴァージナルは、1605年アムステルダムのアルトゥス・ヘールディンク製作の8フィート弦1対の楽器である。a’ = 396 Hz、中全音律に調律されている。これら2台の楽器とも現在ニュルンベルクのゲルマン国立博物館の所蔵で、録音もここで行われてる。マイクはかなり離して設置されているようで、鮮明な音とはいえない。
 オルガンの内1台は、1425年頃にまでその起源をさかのぼることができる楽器で、当初はドイツ、ノルトライン=ヴェストファーレン州ゼーストの聖トーマス教会にあったが、1721年に近くのゼースト=オストエンネンという村の聖アンドレアス教会に売却された。建造後何度も手を加えられたが、非常によい環境下におかれていたため、8つのレギスターの内6つの約80%のパイプが15世紀のままに保たれていて、風函など木部も15世紀のままだそうだ。2003年の修復で1721年の移設当時の状態に復元されている。a’ = 479 Hz、アルノルト・シュリックの1521年の音律に調律されている。中全音調律の一種であろう。
 もう一台のオルガンは、ドイツ、ザクセン=アンハルト、タンガーミュンデの聖シュテファン教会にある1624年ハンス・シェラーII世製作の3段鍵盤とペダル、32のレギスターを持つ楽器である。18世紀と19世紀に拡張の手が加えられているが、ケースや風函の一部それとパイプの約50%がオリジナルのまま残っている。a’ = 486 Hz、中全音調律である。
 このように、このCDで使用されている楽器は、複製の2台のクラヴィコードを含めて、スヴェーリンクが活動していた当時の響きをかなり忠実に再現していると言えるだろう。
 演奏しているジークベルト・ラムペは、鍵盤楽器奏者であると同時に音楽学者で、近年ドミニク・ザックマンという人と共同で、バッハに関する様々な研究論文を発表している。それらは、鍵盤楽器に関するものばかりではなく、バッハの管弦楽曲に関するベーレンライター社の本の編纂や、クヴァンツの設計になるフルートとバッハのフルートのための作品に関する論文など多岐にわたっている。スヴェーリンクに関しても、彼の編纂で同じくベーレンライター社からオルガンと鍵盤楽器のための作品全集を、出版している。このCDでの演奏も、この様なスヴェーリンクの作品の研究と、当時の奏法などの研究に基づいたものである。

発売元:Musikproduktion Dabringhaus und Grimm

<ブログランキング・にほんブログ村へ

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« ルネッサンス... イギリスの製... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。