私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Beethovens Klavier: Sonate As-dur op. 110, Sechs Bagatellen op. 126
harmonia mundi HM 30 177 L
演奏:Jörg Demus (spielt auf dem “letzten Flügel Beethovens” von Conrad Graf, Wien um 1725, auf dem Besitz des Beethovenhaus in Bonn

ベートーフェンは、生涯に幾つものピアノフォルテを所有していた。18歳の頃に、ヴァルトシュタイン伯爵から送られたヨハン・アンドレアス・シュタイン作のピアノフォルテ、その後ヴィーンのアントン・ヴァルターやナネッテ・シュトライヒャー作の楽器、1803年にパリのセバスティアン・エラールから贈られたピアノフォルテ、1818年に贈られたロンドンのブロードウッド社製のピアノフォルテ等を弾いていたが、1823年にヴィーンのコンラート・グラーフから贈られたのが、「ベートーフェンの最後のピアノフォルテ」となったのである。ベートーフェンの死後この楽器はいったんグラーフの許に戻り、その後様々な人の手を経て、1889年にボンのベートーフェン・ハウス創設に当たっていた人達が取得し、以来そこに保管されていた。しかしこの楽器は、ベートーフェンの死後間もなく演奏できない状態になっており、1963年になってようやくベートーフェン・ハウスによって、ベートーフェンが使用していた状態への復元が行われた。
 1720年にイタリアのバルトロメオ・クリストフォーリがピアノフォルテを製作して以来、19世紀の初めにかけては、多くの製作者が様々な改良を重ねてきた。特にモーツァルトやベートーフェンが活動していた時期は、打弦機構などの構造が製作者によって異なっていた時期であった。音域も次第に拡大され、グラーフの楽器は、CC – c’’’の6オクターヴ、73鍵に達している。
 今回紹介するLPは、筆者が1970年8月に、ボンのベートーフェン・ハウスを訪れた際に購入したものである。ジャケットの写真を見ると分かる様に、下に大きく”Beethovenhaus Bonn”と入っており、特にそこで販売されるために製作されたのかも知れない。というのは、このLPに収録された2曲の他に、ソナタ第24番と第30番も収録されたものが、ハルモニア・ムンディから”Beethovens Klavier”と言う標題で発売されていたからである。
 このLPの録音は、これもその際筆者が訪れた、ボンとデュッセルドルフの間にあるブリュールのアウクスブルク城の音楽室で行われた。この音楽室は非常に豊かな響きを持っていたことを記憶している。その豊かな響きを取り入れながら、非常に硬質な強音、ハンマーが弦をこするような弱音が明瞭に捉えられている。イエルク・デームスの演奏は、強弱の巾を大きく取り、最強音では、思いっきり弦を強打しており、ベートーフェンが弾いたら、この様な響きになったのではと想像させるものである。ソナタ第31番は18分40秒、6つのバガテルは19分30秒と、両面ともゆったりとカッティングされていることも、それを可能にしているのだろう。
 筆者はこのLPで、初めてピアノフォルテの音を聞き、モダン・ピアノとの音の違いを強く印象づけられた。オリジナル楽器による演奏を積極的に聴くことになった、一つの大きな要因となったのである。以後様々なオリジナルや複製のピアノフォルテの演奏を聴いてきたが、このLPほど硬質な音のものはない。例えば以前に紹介した「ベートーフェンのピアノソナタをオリジナル楽器で聴く」で、パウル・バドゥラ=スコダが演奏している1815年ロンドンのブロードウッド社製のピアノフォルテや「オリジナルフォルテピアノで聴くモーツアルト」で、イゴール・キプニスが演奏しているドレースデンのヨハン・ゴットフリート及びヨハン・ヴィルヘルム・グレープナー兄弟が1793年に製作したピアノフォルテなどと比較すると、基本的には同じ特徴を持っているが、このグラーフ製のピアノフォルテは、際だって硬質な響きを有している。 この音質の違いには、楽器の状態の違いや録音された部屋の音響特性の相違もあるとは思われるが、最弱音から最強音まで、全音域にわたって音はよく整っており、十分に調整されているようなので、決して経年変化によって、ハンマーが硬化したり、弦が錆を生じてるためとは考えられない。
 今回紹介するLPに収録されている2曲は、ベートーフェンがこのグラーフ製のピアノフォルテを贈られた1823年を考慮して、同時期に作曲された作品が選ばれたのだろう。
 このピアノソナタ第31番変イ長調作品110は、1721年には一応完成し、翌年多少修正を施し、最終的な形となった。出版は、1822年にシュレジンガー社によって、ベルリンとパリで行われた。従ってこの作品は、ベートーフェンがグラーフの楽器を贈られる以前に完成していたことになる。第1楽章は、非常に叙情的な旋律と、分散和音による楽句によって構成されている。それに対して和音の強弱の連打によるアレグロ・モルトの第2楽章は、第1楽章と際立った対照を成している。第3楽章は、6つの部分からなっていて、アダージョは、「嘆きの歌(Klagender Gesang)」と題されている。その後の主部は3声のフーガである。このフーガの後に、「嘆きの歌」の再現による間奏部があり、その後に反行主題によるフーガが来るが、それほど展開しないうちにメノ・アレグロの終結部となり、フーガの主題が分散和音の伴奏を伴いながら何度も繰り返されて、最後は分散和音によって終わる。
 「バガテル(Bagatelle)」というのは、「つまらないもの」、「くだらないもの」という意味で、特定の形式はなく、ピアノのための小品の一つである。その起源はフランソア・クープランの第10オルドルのロンドーが”Les bagatelles”と題されていることに発していると言われるが、最も知られているのは、ベートーフェンによって出版された3つの連作である。作品126の「6つのバガテル」は、1823年から1724年にかけて作曲され、1825年にマインツのB. ショットから出版された、ベートーフェン晩年の作品である。基本的には緩・急・緩・急の構成で、それぞれ対照的な曲想を有しているが、第4番はA•B•A’•B’の構成で、プレストの嵐のように強烈な曲想のA部と、低音部のロ長調の持続和音の上に穏やかな主題が流れるB部からなっている。第5番の緩やかな曲を挟んで、第6番はプレストの短い序奏のあと、「緩やかに、愛らしく(Andante amabile)」と題された穏やかな楽想を持つ主部が来るが、次第に活気付いて、荘重な高まりに達し、序奏部のプレストが回帰して終わる。
 演奏をしているイエルク・デームスは、1928年オーストリア生まれのピアノ奏者で、パウル・バドゥラ=スコダやアルフレート・ブレンデルとともに、第2次大戦後、オーストリアの若手のピアニストとして、日本では「三羽ガラス」などと呼ばれていた。デームスとバドゥラ=スコダは、ともに積極的にピアノフォルテによる演奏を行ってきた。
 このLPに収録された曲の録音がいつ行われたのかは記載がないが、楽器は1963年に修復されているので、それから筆者が購入した1970年の間と言うことになる。
 なおこのLPと同じ内容のCDが、今もボンのベートーフェン・ハウスのショップで販売されている。CD1枚のものと、他にヴァイオリンとヴィオラそれぞれとグラーフのピアノフォルテによる演奏、および弦楽四重奏曲を収録したCD4枚のセットで購入できる。

発売元:Beethoven-Haus Bonn


CD Beethovens piano


CD Beethoven-Haus CD-Box

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