Johann Sebastian Bach: Musikalisches Opfer, die Kunst der Fuge, Kanons (J. S. Bach: Compact Disc Edition)
Archiv 413 643-2
演奏:Musica Antiqua Köln
バッハの「フーガの技法」(BWV 1080)は、かつてはバッハの最後の作品と考えられてきたが、その後の研究で、自筆譜の前半は1742年までに、後半は1742年から1746年の間に記入されたことが分かった。それによって「フーガの技法」の大部分は、1747年に出版された「音楽の捧げ物」(BWV 1079)より以前に成立していたことになる。そしてこの「音楽の捧げ物」の出版の後に、「フーガの技法」も出版しようと考え、当時バッハの作品の写譜に従事していた人物の手も借りて版下を作製し、印刷用の銅板の大部分を自らの監督下に作製させていた(注1)。小林義武の研究によると、未完の「3つの主題によるフーガ(Fuga a 3 Soggetti)」(BWV 1080/19)が記入された5枚の自筆譜は、1748年8月から1749年10月の間に作製された(注2)。これと同時期に、バッハは「ロ短調ミサ曲」(BWV 232)の作曲も行っており、クリストフ・ヴォルフは、自筆総譜における最後の記入は、「ニケア信経(Symbolum Nicenum)」に加えた修正で、1749年12月に行われたと考えている(注3)。これによって、その大半がすでに1746年までに作曲されていた「フーガの技法」に対して、「ロ短調ミサ曲」がバッハの最後の作品と考えられるようになってきたのである。しかし最近になって、バッハの晩年の筆跡の変化について、それが視覚の衰えによるのではなく、脳の血行不全によって生じたもので、それに基づいてバッハの最晩年の筆跡の分析を行った結果、バッハが「フーガの技法」に加えた最後の記入が、1750年の1月から3月の間であるという研究が発表された(注4)。それによって、バッハの最後の作品は「フーガの技法」であるという結論を導き出しているが、「ロ短調ミサ曲」との前後関係は僅かなものであり、対位法的作品と声楽作品の集大成という位置づけに何ら変わりはないと言っていいように思える。
「フーガの技法」には、楽器の指定がないが、だからといって抽象的な作品と言うことも出来ない。グスタフ・レオンハルトの主張によると、この作品はチェンバロによる演奏を想定していると言うことになるが、オルガンや器楽による演奏の試みも依然としてなされている。それらの一つとして、今回はムジカ・アンティクヴァ・ケルンの演奏によるアルヒーフ・レーベルのCDを紹介する。ムジカ・アンティクヴァ・ケルンは、1973年にラインハルト・ゲーベルによって結成されたアンサンブルで、1978年にアルヒーフ・レーベルと専属契約を結んだ頃から広く知られるようになり、編成や構成員の変動はあったものの30年以上にわたって活動し、2006年に解散した。「フーガの技法」は、1984年の録音で、ヴァイオリンのラインハルト・ゲーベル、ハヨ・ベース、ヴィオラのカールハインツ・シュティープ、チェロのフェーベ・カライ、チェンバロのアンドレアス・シュタイアーとロバート・ヒルによって演奏されている。曲に応じて、各声部を弦楽器で奏するものやチェンバロ独奏や2重奏、時には弦とチェンバロを加えて演奏しているものもある。この作品は、各声部の対位法的な絡み合いが特徴であるが、同質的な弦楽器による演奏は、その特徴を充分に生かしており、筆者はその存在意義に対して肯定的である。
このCDは、”Compact Disc Edition”と題するアルヒーフのシリーズ企画の一つとして発売された3枚組で、他に「音楽の捧げ物」とバッハが友人、知人の記名帳に記入したものなど種々のカノン、そして「ゴールトベルク変奏曲」の「アリア」の低音主題の最初の8音にもとづく14のカノンも収められている。「音楽の捧げ物」は1979年のアナログ録音、カノンは「フーガの技法」と同年の録音である。これらの録音は、ムジカ・アンティクヴァ・ケルンの結成当時のメンバーがまだ殆ど残っている時期のもので、最もこのアンサンブルの特徴が出ていると言うことが出来る。なお、「音楽の捧げ物」では、フラウト・トラベルソをヴィルヴァート・ハーツェルツェット、ヴィオラ・ダ・ガムバをチャールス・メドラム、チェンバロをヘンク・ボウマンが演奏している。その他のカノンでは、チェンバロをアンドレアス・シュタイアーが演奏している。ムジカ・アンティクヴァ・ケルンはこれ以降、意見の相違により脱退したメンバーがあり、次第にゲーベルの個性が強く出た演奏になって行く。
この3枚組のCDは、バッハの対位法技法にもとづく作品すべてを聴くことができる非常に優れた企画であったが、現在は廃盤になっている。ただ、「フーガの技法」はアルヒーフ・レーベルの0289 447 2932 0として1995年8月に、「音楽の捧げ物」はドイツ・グラモフォンの0289 469 6802 4として、フルートとチェンバロのためのソナタ変ホ長調(BWV 1031)、フルートと通奏低音のためのソナタホ長調(BWV 1035)との組み合わせで2000年9月に発売されており、これらは入手できる可能性がある。
発売元:Archiv Deutsche Grammophon
Archiv 0289 447 2932 0 (BWV 1080)
Deutsche Grammophon 0289 469 6802 4 (BWV 1079, 1031, 1034)
(注1)「フーガの技法」の手稿、出版譜の成立に関しては、「グスタフ・レオンハルトのチェンバロ演奏で聴く、バッハの『フーガの技法』」で詳しく述べた。
(注2)Yoshitake Kobayashi, “Zur Chronologie der Spätwerke Johann Sebastian Bachs. Kompositions- und Aufführungstätigkeit von 1736 bis 1750”, Bach-Jahrbuch 1988, p. 7 - 72
(注3)Christoph Wolff, “Johann Sebastian Bach”, S. Fischer Verlag Frankfurt am Main, 2000, p. 480
(注4)Anatoly P. Milka, “Zur Datierung der H-Moll=Messe und der Kunst der Fuge”, Bach-Jahrbuch 96. Jahrgang 2010, p. 53 - 68
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