私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




 Johann Sebastian Bach – ”Zerreisset, zersprenget, zertrümmert die Gruft” BWV 205, “Tönet, ihr Pauken! Erschallet, Trompeten!” BWV 214
Philips 432 161-2
演奏:Mieke van der Sluis (Soprano), Réne Jacobs (Alto), Christoph Prégardien (Tenor), David Thomas (Bass), Orchestra and Choir of the Age of Enlightenment, Gustav Leonhardt (Conductor)

バッハが1734年のキリスト生誕の祝日とそれに続く日曜、祝日に演奏するカンタータを、「「クリスマス・オラトーリオ」」というまとまった作品として演奏したことは、すでに「 バッハの「クリスマス・オラトーリオ」をオリジナル編成で聴く」で述べた。その際にも多くの楽章が、すでに作曲、演奏していた世俗カンタータから転用されたことは表を掲げて説明した。転用した世俗カンタータで現在残っている3曲は、いずれもザクセン選帝候兼ポーランド国王とその家族の誕生日などを祝う目的で作曲されたもので、1733年から1734年にかけて演奏されており、バッハはそれらの曲の作曲時点から、後の「クリスマス・オラトーリオ」への転用の構想を持っていた可能性がある。しかし、この一連のカンタータの作詞のうち、1725年以降多くのカンタータや受難曲などの歌詞を担当したクリスティアン・フリートリヒ・ヘンリーツィによるものは1曲しか無く、「クリスマス・オラトーリオ」の作詞も、ヘンリーツィによるものかどうかは、はっきりしていない。
 今回はその転用のもととなった世俗カンタータの内、第1部の冒頭の合唱を始め、4曲が転用された「 おまえ達の太鼓を叩け! ラッパを吹き鳴らせ!(Tönet, ihr Pauken! Erschallet, Trompeten!)」(BWV 214)を収録したCDを紹介する。
 この「 おまえ達の太鼓を叩け! ラッパを吹き鳴らせ!」は、1733年12月8日のザクセン選帝候兼ポーランド国王の王妃、マリア・ヨゼーファの誕生日に演奏された。作詞者は不明で、この時期多くの世俗カンタータの歌詞を提供したヘンリーツィではない。このカンタータも「ドラマ・ペル・ムジカ(Drama per musica)」と題され、古代の神話に題材を採り、戦いの神ベローナ(ソプラノ)、芸術と学問の守護神パラス(アルト)、平和の女神イレーネ(テノール)および栄光の神ファーマ(バス)を登場人物としている。このカンタータは9楽章からなっていて、第1楽章の合唱「おまえ達の太鼓を叩け! ラッパを吹き鳴らせ!」は、「クリスマス・オラトーリオ」の第I部の冒頭の合唱「歓声を上げよ、小躍りして喜べ、この日を誉め称えよ(Jauchzet, frohlocket, auf, preiset die Tage)」に、第5楽章のパラス(アルト)のアリア「誠実なミューズ、我が四肢よ(Fromme Musen, meine Glieder)」は第II部第6楽章のテノールのアリア「喜びに満ちた羊飼いたちよ、急げ、さあ急げ(Frohe Hirten, eilt, ach eilet,)」に、第7楽章のファーマ(バス)のアリア「冠と賞賛を戴いた王妃(Kron und Preis gekrönter Damen)」は第I部第8楽章のバスのアリア「偉大な主、おお強い王(Großer Herr, o starker König)」に、第9楽章の合唱「ザクセンの菩提樹よヒマラヤスギのように花咲け(Blühet, ihr Linden in Sachsen, wie Zedern!)」は第III部冒頭の合唱「天の支配者よ、呂律の回らない言葉を聞いて下さい、( Herrscher des Himmels, erhöre das Lallen,)」にそれぞれ転用された。このカンタータのレシタティーフ以外の楽章で残る第3楽章ソプラノのアリア「巧みな笛を吹け(Blast die wohlgegriffenen Flöten)」だけは、「クリスマス・オラトーリオ」に転用されていないが、その理由は明らかでない。このアリアだけが、他のカンタータに転用され、その作品が紛失してしまった可能性はあるが、その痕跡は見付かっていない。
 バッハがこのカンタータを作曲した時点で、「クリスマス・オラトーリオ」への転用を考えていたとしても、各楽章自体は、世俗カンタータの歌詞に基づいていることは明らかである。一例を挙げると、第1楽章の合唱の冒頭は、「 おまえ達の太鼓を叩け! ラッパを吹き鳴らせ!」の歌詞通りに、ティンパニーの連打とそれに続くトランペットのファンファーレ風の楽句が奏されている。それに対して「「クリスマス・オラトーリオ」」の第1楽章の歌詞の冒頭と、この部分との直接的な関係はない。バロック時代の音楽に於いては、聖と俗は対立的には理解されて居らず、世俗の権力者を称える音楽を、神の賛美に転用することには、何ら抵抗感はなかった。
 今回紹介するCDは、グスタフ・レオンハルト指揮、オーケストラ・オヴ・ジ・エイジ・オヴ・エンライトゥンメントと同合唱団の演奏によるフィリップス盤である。4人の独唱者は、いずれもバロック時代のオペラやカンタータを中心に活動している。録音は、1990年12月にロンドンで行われた。
 バッハの世俗カンタータの演奏における女声の起用に関しては、すでに「アンハルト=ケーテン候の誕生日を祝うカンタータ、『レオポルト殿下』」 http://blog.goo.ne.jp/ogawa_j/e/ad4d0943acac524f234946eab11b7b2a において触れた通り、宮廷での演奏や、個人的な機会での演奏を想定した作品には、女性歌手の参加があったと考えられるが、ライプツィヒで、ザクセン選帝候兼ポーランド国王自身およびその家族の誕生日や命名祝日などを祝って、一種の公式行事のような形で演奏されたカンタータ、あるいはそれに似た機会、例えば大学の行事などで演奏されたカンタータの場合、女性の歌手、混声合唱団が参加したとは考えにくい。当時ライプツィヒには、オペラ劇場がなかったので、職業的女性歌手は存在しなかったはずである。大学の学生でも、女性は居たとしても例外的であったと思われるので、混声合唱団を編成することは出来なかったと思われる。そうなれば、ソプラノやアルトの声部は、トーマス学校の生徒からなる聖歌隊か、大学生からなる合唱団が裏声で歌ったことになる。トーマス学校の聖歌隊が参加することは、生徒達への負担を考えると、考えにくい。それ故これらの世俗カンタータの演奏は、男声のみ、特にソプラノの独唱、合唱とも、男性による裏声唱法で歌われるべきである。しかし、オリジナル楽器編成をはじめ、当時の演奏をそのまま再現することが広く行われるようになった今日でも、バッハの世俗カンタータの声楽部の演奏に関しては、この点が充分に論議されて居ないようで残念である。そのため、バッハの世俗カンタータは、この「私的CD評」ではあまり紹介してこなかったが、真のオリジナル編成の録音がないからと言って、これらの作品を聴かないというのは、本末転倒であるので、今後折に触れて紹介していくことにする。
 グスタフ・レオンハルト指揮によるバッハの世俗カンタータは、このCDの他にも、1990年代に何枚か発売されたが、フィリップス・レーベルが、ユニヴァーサル・グループのデッカに吸収されてしまった後、すべて廃盤になっているようである。レコード・レーベルの合従連衡により、多くのレーベルが消滅し、優れた録音が入手できない状態は、非常に残念である。これらの曲も、再発されることを期待したい。

発売元:Philips Classics Productions

注)この項の記述に際しては、Alfred Dürr, “Die Kantaten von Johann Sebastian Bach”, Band 2, Bärenreiter-Verlag Kassel•Basel•Tours•London, 1971, p. 665 – 667を主に参考にした。

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今までリンクを掲示していた『音楽広場』が、2011年12月15日以降アクセス不能になっていますので、削除しました。

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