Barocke Orgelmusik aus Mitteldeutschland
ARTE NOVA 74321 85293 2
演奏:Mario Hospach-Martini
プロテスタントのルター派に於ける音楽を重視する礼拝式によって、宗教改革以後のドイツでは、村の小さな教会に至るまでオルガンを備えるようになった。それにともなって、礼拝の奏楽のためのコラール曲を初めとしたオルガン音楽が多数生み出される事となった。バロック時代ドイツでは、特に北ドイツと中部ドイツがオルガン音楽の中心地であった。チューリンゲン地方を中心にザクセンやヘッセン地方を含む中部ドイツには、多くのオルガニスト=作曲家が輩出した。今回紹介するCDは、これら中部ドイツの代表的なオルガニストの作品を、ザクセン地方フライベルクの聖ペトリ教会にあるジルバーマン・オルガンで演奏したものである。このCDに収録されている曲とその作曲家を古い順に紹介しよう。
ヨハン・パッヒェルベル(Johann Pachelbel, 1653 - 1706)は、17世紀末から18世紀初めにかけての中部ドイツを代表的するオルガニストである。ニュルンベルクに生まれ、1677年からアイゼナハ公国の宮廷オルガニストとなり、ヨハン・アムブロジウス・バッハをはじめバッハ一族との交流が始まり、1678年にエールフルトの伝道者教会のオルガニストとなり、1685年から1688年までは、バッハの長兄、ヨハン・クリストフが、彼のもとで学んでいる。1690年にシュトゥットガルト、1692年にニュルンベルク、続いてゴータ、そして1695年に再びニュルンベルクの聖ゼーバルト教会のオルガニストに就任した。パッヒェルベルの作品は、コラール曲を中心にトッカータやシャコンヌなどの自由曲も含めた数が残されており、18世紀前半のオルガニスト達に大きな影響を与えた。このCDに収録されているのは、シャコンヌへ短調で、このフラットが4つ付く隔たった調性によって、陰鬱な雰囲気を持つ曲である。
ヨハン・ハインリヒ・ブットシュテット(Yohann Heinrich Buttstett, 1666 - 1727)は、エールフルト近郊のビンダースレーベンの生まれで、パッヒェルベルの弟子となり、パッヒェルベルの後、伝道師教会のオルガニストとなった。ブットシュテットの作品はほとんどが鍵盤楽器のための作品で、パッヒェルベルの弟子でありながら、その作風はブクステフーデやブルーンスなどの北ドイツの様式に近い。フーガト短調もそのような曲である。
ヨハン・ゴットフリート・ヴァルター(Johann Gottfried Walther, 1684 - 1748)は、バッハの母方の親戚に当たり、バッハがヴァイマールの宮廷オルガニスト兼宮廷楽士であった1708年から1717年まで同じ町で活動し、親しく交際していた。その間に多くのバッハの作品を写譜している。ヴァルターは若くして死亡した、ヴァイマール公国のヨハン・エルンスト王子の音楽教師をしており、共同統治者であったエルンスト・アウグスト公の宮廷でおそらくは王子の要請で、バッハと共にイタリアの協奏曲の鍵盤楽器のための編曲を行った。このCDに収録されているトマゾ・アルビノーニの協奏曲の編曲変ロ長調もそのひとつである。
バッハの作品は、1722年からアンハルト=ケーテンと同様アスカーニア家の領邦であるアンハルト=ツェルプストの宮廷楽長であったヨハン・フリートリヒ・ファッシュ(Johann Friedrich Fasch, 1688 - 1758)のトリオの編曲ハ短調(BWV 585)と、自作の前奏曲とフーガハ短調(BWV 546)の2曲が収録されている。
このCDの最初に収められているのは、バッハの弟子ヨハン・ルートヴィヒ・クレープス(Johann Ludwig Krebs, 1713 - 1780)のコラール作品3曲である。父のヨハン・トービアス・クレープス(Johann Tobias Krebs, ca. 1690 - 1762)は、1710年からヴァイマール近郊のブットシュテットのカントール兼オルガニストであったが、ヨハン・ゴットフリート・ヴァルターの弟子であり、同時に1712年から1717年までバッハの教えも受けていた。ヨハン・ルートヴィヒ・クレープスは、1726年から1735年までライプツィヒのトーマス学校に学び、その後2年間ライプツィヒ大学で哲学を学んだ。その間バッハの弟子として学びながら写譜の仕事にも従事した。1737年に、ツヴィカウのマリア教会のオルガニストに採用され、その後1743年にツァイツの宮廷オルガニスト、1756年にアルテンブルクのフリートリヒIII世の宮廷オルガニストに任命され、死亡するまでその地位にあった。クレープスはオルガニストとして、また作曲家として後世になって高く評価されるようになり、フォルケルはバッハ伝の中で、「小川(バッハ)から獲れたのは蟹(クレープス)1匹だけだった」と書いている。バッハの6曲のオルガンのための小前奏曲とフーガ(BWV 553 - 560)は、真作でないと考えられ、その作者として父親のヨハン・トービアス・クレープスと共に候補に挙げられている。このCDには、コラール曲が3曲収録されているが、バッハの作品とは明らかに異なり、新しい世代の多感様式を示している。
このCDで演奏されているオルガンは、フライベルクの聖ペトリ教会のジルバーマンオルガンである。この教会はその起源を13世紀まで溯る事の出来る古い教会であるが、1728年に2度目の火災に遭い、再建された後、1733年にゴットフリート・ジルバーマンの提案が採用され、1735年に2段鍵盤とペダル、32のレギスターを持つオルガンが完成した。ジルバーマンのオルガンとしては中規模の楽器で、同じフライベルクのマリア教会の大オルガンに較べれば規模は小さいが、そのパイプ構成はジルバーマンの多くのオルガンと共通する特徴を備えている。北ドイツのアルプ・シュニットガーのオルガンが高音域が伸びた輝かしい響きを持っているのに対し、ジルバーマン・オルガンは、種々のパイプの特長ある響きが混じり合った響きを特徴としている。演奏のピッチについては触れられていないが、調律はジルバーマン=ゾルゲ調律と記されている。この調律はジルバーマンが、当時の音楽理論家ゲオルク・アンドレアス・ゾルゲ(Georg Andreas Sorge, 1703 - 1778)の助言により採用した調律法で、11の5度の間隔を1/6ピュタゴラス・コンマ狭くし、それによって生じた余剰をgis-es間で調整している。
演奏をしているマリオ・ホスパッハ=マルティーニ(Mario Hospach-Martini)は、1971年生まれで、ザルツブルクとトロッシンゲンで教育を受け、ヨーロッパ各国やカナダで演奏活動を行うと同時に、チューリヒの音楽学校や「南ドイツ・オルガンアカデミー」で教えている。録音は2001年2月に行われた。
このCDは、ソニーBMG傘下のARTE NOVAという廉価版レーベルの1枚で、他に北ドイツ、南ドイツのバロック・オルガンと音楽を紹介するシリーズがあるが、例によって現在は廃盤になっているようである。
発売元:Sony Music
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何度か触れました、消滅していたRicercar, Alpha, Fuga Libraのウェブサイトが、新たに登場しました。<Ricercar>にアクセスすれば、AlphaおよびFuga Liberaも含めて、その情報を得る事が出来る様になりましたのでお知らせします。
訂正
「バッハの初期のオルガン及び鍵盤楽器のための作品について(その2)」において、トッカータとフーガニ短調(BWV 565)の唯一の原典であるヨハネス・リンクの筆写譜に関して、筆者の思い違いから、間違った記述をしてしまった事に気が付きました。当該箇所を書き直しましたので、ご報告いたします。
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ドイツ語やフランス語の文字が文字化けする問題について
この「私的CD評」では、ドイツ人やフランス人の名前、それにそれらの国の作品や文書をそれぞれの国の言語で用いられているウムラウトやアクセント付きの文字を用い表記していますが、これらの文字がブラウザーによっては文字化けする事を、「私的CD評」をよく読んでくださっている方から知らせていただきました。これに対する解決策として、Mozilla Firefoxを用いることをおすすめしましたが、その後「私的CD評」を愛読していただいている方々から、様々なご助言をいただき、記事の編集、投稿、修正をMacintosh OSの標準ブラウザーであるSafariで行うと、文字化けしない事が分かりました。今後の投稿、修正は、Safari上で行いますので、文字化け問題は解消すると思います。過去の記事についても、順次修正する予定です。ご助言をいただいたaeternitasさん、ykhtさん、ありがとうございました。
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