小田原周辺のマイナースポットや些細な出来事を少しずつ
小田原の端々



明治初期の旧小田原藩の獄舎を起源として何度かの変遷を経て、市内扇町の地に100年以上所在していた小田原少年院が3月末をもって閉鎖された。小田原少年院の沿革によると明治39年に横浜監獄小田原分監として現在地に新築移転。明治11年に小田原少年刑務所として独立。昭和18年に一旦、小田原少年刑務所は廃止となったが昭和27年に小田原少年院として開設された。小田原少年院は国内最古の少年院で敷地内には関東大震災直後に建てられた古い建造物が現存している。施設の老朽化や収容される少年の減少により閉鎖が決定しこの4月からは財務省により土地・建物が管理される。敷地内にある講堂や武道場は大正時代に建てられたものが閉鎖まで使用されてきた。また樹齢300年近いクスノキなども講堂の周囲に残っている。小田原少年院は仕事で1度と見学会で1度中に入ったことがあるが、歴史を感じる雰囲気で印象的だった。 6千人以上の少年が学んだ小田原少年院はこの春に役目を終えて現在は無人となっている。跡地の活用についてはいまのところ未定。施設の性質上、観光施設化などは難しいかもしれないが歴史的な建造物なので保存されることを願っている。

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小田原駅や小田原城址公園周辺は環境美化促進重点地区に指定されていて、屋外では灰皿が設置されている喫煙場所以外での喫煙は禁止されている。小田原城周辺に何カ所かある喫煙スペースのうちの一つが1月末で閉鎖された。 1月末で閉鎖されたのは市民ホール建設予定に設置されていた喫煙スペース。いつごろ設置されたのかは定かではないが、2013年の風景写真の中に写りこんでいるのが確認出来たので少なくとも5年以上前から利用されている。市民ホール建設予定地に設置されていた喫煙スペースはステンレス製のスタンドタイプの灰皿。景観に配慮してか木目調のシートでラッピングされている。灰皿は5年以上仕様されているが、手入れが行き届いていて新品のような光沢。市民ホール予定地の喫煙スペースが閉鎖されると小田原城周辺の喫煙スペースは本丸広場と歴史見聞館前とお堀北側の広場の3ヶ所となる。煙草を吸わないので個人的には今回の喫煙スペースの閉鎖は影響が無いが、今後建設される市民ホールの敷地内に喫煙スペースが設けられるのかは気になるところ。

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昭和から平成の時代の流れの中で徐々に小田原の街並から消えていったのがアーケードで、ここ数年では国際通りや銀座通りのアーケードが撤去。そして今月からは小田原銀座商店会のアーケードの撤去工事が始まった。先日、小田原銀座商店会のアーケードを歩いていると本町二丁目交差点近くの西側アーケードの撤去工事が行われていた。小田原銀座商店会のアーケードは2013年から2016年まで間、段階的に銀座通り交差点から北側のアーケードが撤去され、銀座通り交差点南側は残されていた。小田原銀座商店会のアーケードは支柱は太目のステンレス製だが屋根部分は薄い金属波板。割と速いペースで撤去作業が進んでいる。今回の撤去がアーケードの一部分のみの撤去なのか全体なのかは不明。小田原銀座商店会のアーケードは私が小学生の頃にはすでにあったので設置されたのは昭和50年代の中頃ではないかと思われる。アーケード下の歩道のタイルも昭和の頃からのもので、古い商店街の佇まいが残る中、アーケードが撤去されてしまいなんとも残念。小田原の街並から徐々に消えてゆくアーケードのある風景。平成も残りわずかとなり昭和の時代がまた遠のいてゆく。

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小田原市成田の豊川小学校横で30年以上研究開発を行っていた明治の小田原研究所は拠点の統合により2017年3月に八王子に移転。以後、小田原研究所は無人の状況となっていたが昨年末から建物の解体工事が始まった。昨年末に県道711号豊川小学校入口交差点前を通ると道路脇の旧明治小田原研究所の解体工事が始まっていた。県道側の建物は最上階まで足場が組まれていて長年見慣れた研究所はまもなく姿を消してしまう。敷地内ではすでに建物の解体が始まり、中央の建物と県道側の建物の間にあった低層の部分は重機による解体が進んでいる。明治小田原研究所は前身の明治乳業ヘルスサイエンス研究所として1984年に竣工。以後、乳製品の研究開発が行われてきた。図書館で明治乳業ヘルスサイエンス研究所に関する資料を探したが該当するものが無くて施設の概要などはわからなかったが、1980年代の空中写真を辿ると中央の建物が1984年に完成した後に、県道側と酒匂川側の建物が増築されたようだ。明るい茶色の外装でこの周辺エリアのランドマーク的な建物だった。研究所が移転してしまい、長年見慣れた建物も徐々に姿を消していってなんとも寂しいばかり。現地の看板によると今年中には解体工事が終わる予定とのこと。

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特別に公園や広場が好きという訳ではないが市内の公園めぐりを続けている。小田原市が管理する公園や広場の中に「みどりの広場」があって近頃1ヶ所のみどりの広場が無くなった。先日、小田原市のホームページに記載されているみどりの広場の項目をチェックすると17ヶ所あったみどりの広場が16ヶ所に減っていた。みどりの広場はすでに全部を巡っているので、ブログの記録とホームページのリストを突き合わしたところ久野にあった宮本みどりの広場の記載が無くなっていた。宮本みどりの広場は久野川と交差する小田原厚木道路の高架の近くに所在している。ホームページからの記載は無くなったが、現状は広場の時と同じ状況。宮本公民館に隣接した砂地の広場で割と手入れが行き届いている。もともと広場名を示した看板や案内版は無いので、撤去されたものは恐らく無し。公園緑地課が設置した注意書きの看板はそのまま残されていた。みどりの広場は地域住民の交流の場として、身近な公園を補完する目的で設置されている。広場の土地は比較的短期間の借地となっているとのことだが、どのような経緯かは不明だが近頃になってみどりの広場としての借地契約の継続が行われなかったようだ。今後の人口減少や財政難などでみどりの広場はだんだんと減少していくのかもしれない。

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