ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

第20次支援活動<気仙沼市・震災3年>(その4)~「WINE BAR 風の広場」

2014-04-06 20:51:54 | 能楽の心と癒しプロジェクト
気仙沼災害FMへの出演が終わった頃、年輩の男性の方がスタジオの窓をノックされました。放送中だったらどうするんだろう。(^_^;) ちょうどこの時は音楽を掛けている最中だったので、その気遣いはなかったのですが、災害FMのスタッフさんも窓を開けてこの男性と親しく話をしておられます。うまく音楽の最中にスタジオを出ないと、というわけで、このタイミングで我々もスタジオを辞しました。

外に出てみるとこの男性がちょうど ぬえの車の前に立っておられたので、何気なく話しかけてみました。「どこから来たの?」「東京です」と、平凡なやりとりに終始するかと思いきや。なんとこの方、「目黒のさんま祭り」の気仙沼実行委員会の松井会長さんでした(!) 落語の「目黒の秋刀魚」にあやかって震災前から東京の目黒で気仙沼の旬のサンマを振る舞うイベントが行われていて、東京ではかなり有名だと思いますが、松井会長さんはまさにそのアイデアを出した発起人なのだそうです(なお、知らなかったのですが、「目黒のさんま祭り」には2つのイベントがあって、ひとつは気仙沼産のさんま、もう一方では宮古のさんまを使っているのだそうです)。

さて松岩を離れて市内に戻りましたが、この日の夕方から、住民ボランティアの伊藤雄一郎さんの「WINE BAR 風の広場」で行われるというライブに出演させて頂くことになっていました。伊藤さんは内湾地区にあったご自宅を流されて失いましたが、その土地を「グラウンドゼロ」と名付けて、散乱していたガラスの浮き玉を飾ったり、同じく拾い集めた大量の大漁旗を 解体か保存かで揺れていた被災漁船「第十八共徳丸」に掲げたり、光害から気仙沼の星空を守ろう、という運動を起こしたり、とにかくユニークな活動を続けておられる方です。


↑グラウンドゼロの様子

ぬえたちも去年の2月に伊藤さんのイベントと同時期に近い場所で行う予定があって、何度か伊藤さんとは連絡を取り合っていましたが、結局 同時に開催できるイベントには実を結ばず、こちらのイベントが終わってから伊藤さんの会場にも行ってみましたが、いつものように奔走中の伊藤さんとは会えずじまい。この日はそれから1年ぶりに初めて顔を合わせる機会となるはずです。

ところがこの日、さだまさしのコンサートが市民会館で予定されていた関係から、気仙沼市内の音響機器はコンサートに動員されてしまったとかで(これは災害FMさんでも聞いた話です)、伊藤さんもライブの音響機器の確保に困っておられ、結局 笛のTさん所蔵の簡易PAを提供することになっていました。こうして、ライブは夜なのだけれども、この日はさらにもう1件打合せの予定が入っていたので、まずは機器を会場に届けてしまうことにしました。

会場の「WINE BAR 風の広場」は「グラウンドゼロ」のすぐ向かいにある被災建物でした。。緑さんのお話しではここは「主婦の店」として市民におなじみだった、管野商店さんというスーパーマーケットだったようです。それにしても被害状況はものすごいもので、ここに伊藤さんがワイン・バーを開いているとは にわかに信じがたいほど。。





伊藤さんは別のイベントに奔走中でお留守(またか)でしたが、壊れたドアから中に入り、大漁旗が掲げられた階段を2階にあがってみると、ををっ、これはまた なかなかどうして、綺麗なスペースが広がっていました。カギもかからない、電気も一部しか通っていない、という状態でしたが、PA機器を運び込んで、さすがに装束を置いておくわけにはいかず。。あれ? 寒いと思ったら雪が降ってきましたよ。。?



こうして次の打合せの会場、煙雲館に向けて走り出しました。

第20次支援活動<気仙沼市・震災3年>(その3)~気仙沼災害FMに出演

2014-04-06 02:44:05 | 能楽の心と癒しプロジェクト
昼食を摂ってから緑さんがショップを開いている洋服店で紋付に着替え、この日生放送の番組に出演させて頂くことになっていた臨時災害放送局の「気仙沼災害FM」に向かいましたが、そのスタジオは、普通の民家でした。(^_^;)





プロジェクトの活動では以前にも石巻の「ラジオ石巻」に出演させて頂いたことがありましたが、そちらは既存のコミュニティFM局が震災を受けて臨時災害放送局としての認定を受けたもので、きちんとしたスタジオも備えられていました(もっともコミュニティFM局のスタジオは津波の被害を受けて使用不能となり、ぬえたちが出演させて頂いたスタジオは駅前の一等地とはいえ仮住まいのようでしたが。。)。

気仙沼災害FM(サイトを見ると正しくは「けせんぬまさいがいエフエム」と ひらがな表記のようですが)はそれとは違い、震災の直後に情報伝達のために新たに開設された放送局とのことです。そんなわけだからでしょう、スタジオも民家の一室を改装しただけのもので、防音設備もなし。外からドア1枚を開ければそこがスタジオで、同じ空間がそのまま控室もキッチンも兼ねています。そのうえ窓の外にはすぐ目の前に松岩小学校があって、伺ったお話では下校時など、やっぱり子どもたちの歓声などが放送に紛れ込まないか心配になることもあるそうです。(もっとも放送される番組は必ずしも生放送ではないそう)。

今回出演させて頂く番組は月曜から金曜までの毎日、午後2時から3時にかけて放送される「にじなま」という生放送の番組で、ぬえたちの出番はそのうちの15分間ということでした。打合せをするにも控室がそのままスタジオなので、スタジオ入りとして指定された時間は13:45~13:50の間、と なんとたった5分間。ピンポイントでドアを開けなければなりません。(^_^;)

こうしてお邪魔させて頂いたスタジオで、初めてお会いしたパーソナリティの佐藤梨華さんと藤村陽子さんとも すぐに打ち解け、出演の段取りの説明を受けました。質問頂く内容や、こちらもせっかくの機会なので謡と笛の実演をすることにしていまして、そのタイミングなどを細かく打ち合わせて、さて放送が始まると、自分たちの出番まで 物音を立てないように気を遣いながら待ちます。

ぬえたちのお相手をしてくださったのは佐藤梨華さんですが、お若いのに的確な質問で、これまでの活動の経緯や内容、今回の気仙沼訪問のスケジュール、今後の市内での活動など、余すところなくお話しできたと思います。災害FMへの出演のコーディネートは やはり緑さんにやって頂いたので、この日は緑さんにも出演願いましたが、4月下旬の桜の頃に予定している北野神社での奉納能の宣伝もしっかり話してくださいました。



放送の中で ぬえたちが実演したのは能『松風』の一節。。ほんの数分にまとめたのですが、この曲はラジオ石巻に出演したときも上演しました。愛する人を千年間も待ち続けている哀しいお話しで、被災地にとっては内容が微妙と感じられるかも知れないのですが、ぬえはこの曲に愛を貫く思いの美しさを感じていて、機会を見つけては上演している曲です。

もうお決まりとなった気仙沼へのエールを3人で叫ばせて頂き、ぬえたちの15分間の出番は終わりました。音楽を掛けている間にスタッフさんたちと記念撮影をしたりしましたが、出演ゲストには放送の中で流れるジングルを収録することになっている、とのことで、そちらにも3人でそれぞれ出演。

はいわかりました、と 言われた通りに「頑張って! 気仙沼」と ぬえも叫んだのですが、すぐにダメ出しが入りました。

あのー。。「頑張って」じゃなくて「頑張っぺ」なんです。。

あ。。ああ、そうですか。。

というわけで ぬえのみ再収録になりました。頑張っぺ? 気仙沼。