ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

謡初め

2010-01-10 01:04:05 | 能楽
え~と、年末ジャンボ宝くじは…惨敗でした。当たったのは300えん。そうです。アナタと同じですっ(T0T)

あ、それだけじゃありませんでした。実家に帰省していた ぬえ家のママぬえが、車を電柱に当てて帰って来てくれましたっ。あはは、大きいのが当たったから宝くじは外れて当然だねっ。(oo)/

しかも。

その翌日、車を運転しようとした ぬえはリアの窓ガラスに見慣れない神社のお札が貼ってあるのを発見! なんじゃこれ? と思ってよく見ると、それは ママぬえの実家の近所にある神社の交通安全のお札。。ダメじゃん。(.. )

ん~世の中にこれほど霊験のあらたかでない例を ぬえは知らない。
そのうえ ママぬえはご丁寧にも交通安全のお守りまで頂いてきたのだそうです。わ~

え、さて。

丹波篠山から東京に帰った ぬえは元旦をゆっくりと寝て過ごし、それから大掃除の続きをして、さて翌日の2日に師家の謡初めに行って参りました。

師家では毎年1月2日に謡初めを執り行います。これ、以前はやはり元旦に行われていたのだそうですが、丹波篠山の「翁神事」が始まってから、それに合わせて2日の開催に改められたのだそうです。丹波篠山の「翁神事」はご先祖様へのご挨拶という意味もありますから、やはり優先的に扱われるようになったのですね。

かつて、先代の師匠がいらっしゃった当時は、謡初めはこのようなやり方で行われました。まず師家に到着して三々五々、お互いに新年の挨拶を交わします…が、これはあくまで非公式。なんとなく小声で挨拶を交わしたりしていました。そうして定刻になると、まず先代の師匠、そのご子息お二人(=現在の ぬえの師匠)の三人で、仕舞『弓矢立合』が舞われます。『弓矢立合』は『翁』の演出のひとつで、三人の翁が登場します。要するに三人の師匠が、略式にでもあれ打ち揃って新年に『翁』を舞う、というのが真意なのだと思います。ぬえら門下はこの地謡を謡うことで

これが終わると三人の師匠も地謡に加わって、今度は全員で『老松』のキリを連吟します。これにて無事謡初めは終わり、これにて正式に新年の挨拶をお互いに交わし、そうして記念写真を撮っておしまい。謡初めといいながら、実演しているところはわずかに10分間でしょう。このあとは乾杯となって、しばし歓談の時を過ごします。

ところが先代の師匠が亡くなってからは、現在の ぬえの師匠が謡初めのやり方を改めまして、それ以来、謡初めでは門下全員によって1番づつ仕舞を勤めることになりました。これもいろいろ変遷があって、当初は毎年いろいろな仕舞の曲が割り当てられて、バラティに富んだ番組になりましたが、そのうちに曲目が固定されるようになりました。つまりこの人はこの仕舞、この人はこの曲、と毎年同じ曲を勤めるようになりました。ぬえの割り当ての曲は『盛久』です。毎年1月2日には ぬえはいつも『盛久』を舞うのです。ん~それじゃあ『盛久』を能で舞ってみたくなるじゃないか~

面白いのはこのときの仕舞を舞う演者の順番。普通の催しで、能のほかに仕舞が続くのであれば、若い者→中堅→師匠、と、なんというか前座→先輩・後輩→師匠という順番になるはずなのですが、この日ばかりは違います。師匠が一番最初→門下→書生さん、という順番です。年末に大掃除をしたお舞台を、最初に使うのが師匠であって、ついで門下が順番に初めて使わせて頂くわけですね。

こうしてようやく能楽師の年始は始まります。年末・年始は考えようによっては一年で一番忙しい時期かもしれませんですね~