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ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

珍しい曲『三笑』の仕舞を勤めてきました。

2008-07-04 02:58:21 | 能楽
お休みモードも終わって、これからまた忙しく、とくに8月の『狩野川薪能』とその翌月の研能会9月公演にシテが連続しているので、稽古三昧の夏になりそう。。

ちなみに3日間の休暇では夕方には茨城県の鹿島港の防波堤で釣りをしていました。釣果は、初日=メゴチ×2匹・アイナメ×1匹。二日目はメバル×2匹・スズキ×1匹でした。それぞれ2時間程度だから大漁でした~!


『三笑』。。残念ながら ぬえはまだこの能の実際のお舞台を拝見したことさえない。。それぐらい珍しい曲です。その珍しい曲の仕舞を、ぬえは先週の日曜に開催された同門の先輩の主宰会「青木一郎能の会」で勤めさせて頂く機会に恵まれました。

能『三笑』は次のようなあらすじの曲です。
昔、中国の廬山の虎渓に三十余年山居する慧遠禅師(シテ)のもとに陶淵明・陸修静(ともにツレ)が訪れ、三人で滝を愛でながら酒を酌み交わし、淵明や修静の身の上などを語り合ったところで感興が増し、三人は連れ立って舞を舞う。やがて別れの時が来て慧遠は二人を見送るが、ついつい酒が過ぎて足元が覚束なくなった慧遠は苔むす橋をよろめき、淵明・修静の二人はこれを介抱しながら歩んでゆくところ、ふと淵明は気がついて虎渓を出でじという自らに課した禁足の戒めをお破りなさったか、と慧遠に問うと、慧遠もようやくそれに気がついて、三人でどっと笑ったのだった。

ん~、おじいさん三人だけが登場し(舞台の冒頭に間狂言の口開けはあるらしい)、およそ事件というものの起こらない能。地味といってしまえばそれまでですが、こんな曲も能にはあるのです。

現代ではこの三人の中で名前が知られているのはツレの一人の『帰去来辞』で有名な詩人の陶淵明(365-427)ぐらいのものでしょうが、シテの慧遠(えおん)禅師(334-416)はまさに中国の仏教の礎を築いた著名人です。仏道の師匠・道安(312?-385)は中国仏教の開拓者といわれ、さらにその道安の師・仏図澄(ぶっとちょう ?-348)は西域から戦乱の洛陽に渡って仏教の普及に努めた人。まさに中国仏教の黎明期の偉人たち。

どうも『三笑』の舞台づらは(ぬえは写真でしか見たことがないのですが。。)、白い髭をたくわえて山中に隠遁する孤高の聖人たち or 哲学者の物語、という風情ですが、じつは慧遠が廬山に居を構えたのは、彼が率いる一大教団の本拠地として廬山を定めたからなのでした。慧遠は能では「禅師」とされていますが、実際には浄土宗の祖師で、鳩摩羅什とも親交を結んで、のちに廬山に東林寺を建立し白蓮社(びゃくれんしゃ)という念仏結社をつくりました。その規模は謡曲『三笑』本文に「十八の賢あり。その外数百人世を捨て栄を忘れて共に西方を修し六字を礼してこの草庵に遊止す」とあるのは大げさとしても、相当であったでしょう。そして廬山の慧遠は「影 山を出でず、迹 俗に入らず」として、来訪した客人を見送るにも廬山精舎の境界にあたる虎渓の橋を超えることをせず、亡くなるまで三十余年をこの地で過ごしたとされます。

ところが後世、陶淵明と陸修静が慧遠を訪ねた折に彼らと清談しながら見送る際につい虎渓を越え、虎が鳴く声を聞いてそれと気づいた三人が大笑する、という「虎渓三笑」と呼ばれる伝説が生まれ、とくに仏教(慧遠)・儒教(淵明)・道教(修静)の儒仏道の三教一致を象徴する題材として水墨画に好まれて描かれたのでした。

それがこれ。 →曽我蕭白「虎渓三笑図」

。。た、楽しそう。。ま、蕭白さんですから仕方ないが。

めくるめく蕭白ワールドへトリップしたい方はこちらへどうぞ → 曽我蕭白の世界
  。。注意! グロ画像。閲覧は自己責任で(笑)

能『三笑』は、この水墨画の三笑図の世界をそのまま舞台化した曲だといえるでしょう。ぬえは今回は仕舞でこの曲のシテを勤めさせて頂きましたが、三人も舞台に登場する仕舞はこの『三笑』ただ1曲だけ。しかも上演が稀な曲目なのに、そのシテを勤めさせて頂いたのは幸運でした。

実際に演じてみて感じたことは、まずは三人も登場して舞う舞台の狭いこと! そして今回は仕舞だから舞台の中だけで舞うのですが、能ではキリの途中で虎渓の橋に見立てた橋掛りに三人が移動して、そこで「どっと」笑って曲は終わるのです。これは文句の長さから考えると相当に型が忙しいようですね。面装束を着けて、ゆったりと見送る風情で橋掛りまで行き着けるのかしらん。難しい曲だなあ、と思いました。

ま、『三笑』を舞う機会なんてなかなか巡ってこないので、この度は良いチャンスに恵まれました。今回はそのご報告まで。

ちなみに廬山は中国の景勝地で、近代では毛沢東の「廬山会議」の舞台ともなり、現代では世界遺産に登録されています。いくつもの峰が湖水に映え、その峰の一つが香炉峰。白居易の詩と、それに基づいた『枕草子』のウィットに富んだ280段のエピソードも同じ場所のお話なんですよね。一度は行ってみたいな~