余呉に棲む龍

2012年01月12日 | 滋賀のパワースポット

 

 



【余呉湖】

賤ヶ岳(約422m)を一つ隔てた琵琶湖の北にある。
面積約1.8平方キロメートル・周囲約6.4km、水深13
m、三方を山で囲まれた断層盆地にあって琵琶湖と
の水面落差が49m近くある。古くは、琵琶湖を大江
(おえ)、余呉湖を伊香(いか)の小江と称し、天
女の羽衣や龍神・菊石姫の伝説が残る神秘の湖。別
名「鏡湖」とも呼ばれている。白鳥に姿を変え水浴
びを楽しんでいた8人の天女の姉妹のうち伊香刀美
(いかとみ)に羽衣を取られた末妹だけが天に帰れ
なくなり、夫婦となって2男2女をもうけたという
物語が残っている。また羽衣を取ったのは桐畑太夫
で、菅原道真がその子であると伝える話もあるとい
う。


 むかし、近江の国余呉の湖に、織女(たなば
 た)の下りて、水あみけるに桐畑太夫という
 男ありて、ぬぎ置きたる天衣をとりて、たわ
 むれば、織女天へのぼることを得ず。やがて、
 その男の妻になりて居給いけり。子ども生み
 て、年を経たけれど、天上へのぼらん、ここ
 ろざしをうしなわずして、常に天衣をのみき
 にかけおれり。

               『
天女伝説


余呉湖と琵琶湖にのみ棲息する特産物・イワトコナ
マズをはじめ、ワカサギ、フナ、コイ、ウナギ、ナ
マズなど魚類も多く、夏は水面近くをフナの大集団
が回遊する姿が見られ、冬には水鳥も飛来する。

【塩の華と龍の玉】

余呉町菅並に洞寿院(禅宗)に塩の華と、龍の玉が
あるという。6百年ほど昔、越前の国から如仲禅師
が、余呉に仏道の教えのため丹生川の妙理白山の仙
人が菅並の山地に案内しその仙人は「この地は、北
には安蔵に妙理東には白谷、西には七七頭、南に墓
谷と四方を山にかこまれ、中国の五台山に似て蓮の
花のうてなの中で寿の洞のようである。この地こそ
、人々に仏の道を教える霊地である」と言い残し立
ち去ったという。如仲禅師は寺を建立中のある夜、
天地雷鳴が起こり地面ははげしくゆれ地もさけるほ
ど揺れたたとあるから、これは地震によると推察さ
れる。大凡4百年に一度太平洋沖で大地震が起きて
いるというわれるから、そのさちゅうに位置し断層
地震かもしれないし遠因の日本海沖による地震かも
しれない。いずれにしても古い文状などの記録を調
べれば判るかも知れない。

さて、地割れが発生し、寺の裏山のふもとから塩を
含んだ塩泉が吹き出している。菅並は山の中で、今
までは塩を手に入れるのに苦労をしていたがこれ
により塩泉が枯れることがなかったという。このた
め禅師は寺の名を「塩谷山 洞寿院と名付けたとい
う。いま洞寿院に寺宝として残っている塩の華はこ
の塩泉に由来する。もう一つこの寺の裏山の妙理山
の妙理川の妙理谷に二本の滝の間にしぶきをあげて
落ちるさまはを雲間を二つの龍と喩えたが、この妙
理の山中に悪い龍が住みつき、里に出ては人々を苦
しめていたため禅師が法の力で龍に説き聞かせ、龍
をしずめて人びとの難を救う。ある夜、禅師の寝て
いる枕元にその龍が現われ「われはもと、この妙理
の主で業の深い龍であった。貴僧の教えで悪夢から
覚め、今では心安らかで、まことにありがたい。こ
れからはこの寺の守護となり、人々のためにつくし
たい。その証あかしとして、ここに龍の玉を置いて
おく。」といって姿を消すが枕元に大人のにぎりこ
ぶし程の重い玉があったと伝えられこれが寺宝とし
て残っている「龍の玉」という。

 
 塩谷には雪の白山峯つづき妙理の洞に福寿円満


竜は神獣・霊獣であり、麒麟・鳳凰・霊亀とともに
四霊のひとつ。『史記』における劉邦出生伝説をは
じめとして、中国では皇帝のシンボルとして扱われ
た。水中か地中に棲むとされることが多い。その啼
き声によって雷雲や嵐を呼び、また竜巻となって天
空に昇り自在に飛翔すると言われる。

秋になると淵の中に潜み、春には天に昇るとされる
が、十二支に各々動物が当てはめられた際、唯一採
用された伝説上の生物。後漢の王充『論衡』言毒篇
に「辰為龍、巳為蛇。辰、巳之位在東南」とあるの
が、確かめられる最も古い記述とされるがなぜ辰だ
けが想像上の動物になったのかは未だに定説がない。

定説がないぶん、十二支を面白く展開させる要因に
もなっているように思われる。水の神、竜神は河川
滝、長谷部の自然現象をトータルに表し、八岐大蛇
(ヤマタノオロチ)も山神・水神として民間信仰と
して継承れてきたものだが東日本大震災の津波が河
川や長谷部を遡る様はさながら荒れ狂う龍の化身と
喩えられるかのように圧倒された。
 

さて、このような余呉の民間信仰や昔話は滋賀県の
各地に残されていて、戒めとして、あるいは記録と
して、そしてパワースポット、スピリチュアルスポ
ット(自然崇拝)として残っている。因みに、荒俣
宏はパワースポットで何を感じるかは人により様々
だとする。そこにある自然を通して癒しを求めるの
もよいし、やる気を得るのでもよい、とし、感じ方
は人それぞれでよい言う。


 


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