雑文の旅

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猫爺の短編小説「続・赤城の勘太郎」第五部 朝倉兄妹との再会(最終回)

2016-12-28 | 短編小説
(原稿用紙19枚)

   「和尚さま、寛延は放浪の身、住職に収まる器ではございません」
 お寺のご住職には、村々の長と相談をして、相応しい和尚さまに来ていただきましょうと、寛延は住職の願いをやんわり断った。寄り道ばかりしているが、自分は何れ朝倉辰之進を見つけ出して、庶民の子供を相手にした小さい道場と塾を併せ持った手習い塾を作りたいのだ。

   「和尚様、今夜はお亡くなりなられた草薙村の長(おさ)、吉兵衛さんの通夜に行って参ります」
 住職と夕食を摂ったあと、寛延は「深夜までには帰って参ります」と、出かけて行った。
   「本来なら、わしが行かねばならないのに、寛延、済まないなぁ」と、布団の中から出掛ける寛延の背に合掌した。

 その夜、寛延は明日執り行う葬儀の段取りをつけて、夜半過ぎになって寺へ戻ってきた。寺の門をくぐろうとして、寛延は立ち止まった。住職が一人しかいない筈の寺で、本堂に複数の人が居る気配がしたのだ。
   「もしやご住職がご遷化‥‥」
 不吉な思いが寛延の脳裏を横切った。だが、こんな夜更けに檀家の人が寺を訪れるだろうかと、訝しくもある。念の為、行き成り本堂へは行かず、裏口からこっそり入って様子を窺った。
 二人、町人の破落戸風の男がしゃがみ込んでひそひそと話している。その奥には柱に縛り付け猿轡を噛まされた八、九歳の男の子がぐったりしている。その形(なり)からして、恐らくは商家の子息であろう。
   「拐(かどわ)かしだな」
 寛延はピンときた。と、すれば仲間がまだ居る筈である。あと何人居るのかわからないが、きっと子供の家へ脅迫に行っているのであろう。寛延は躊躇わず木刀を手にして本堂へ飛び込んだ。
   「お前たちは阿弥陀様の御前で何をしている」
 不意をつかれて、男たちは一瞬驚きの形相を見せたが、相手が若造、それも寺の僧と知るや落ち着きはらって寛延に襲いかかってきた。
   「へん、坊主かい、驚かせやがる」
 寛延とて、腕には自信がある。負けずに前へ出て、八双に構えた。
   「坊主とは言っても、其処らの坊主とは違うぞ」
   「煩せえ、黙らせてやろうぜ」
 掴みかかった男を、寛延は横っ飛びで体を交わすと、男の手首を木刀で打ち据えた。悲鳴をあげると、負け犬のごとく寛延の傍から逃れた。
   「拙僧は、新免一刀流免許皆伝の坊主だ。お前らは心してかかって来なさい」
 もう一人の男に向かって、寛延は凛として言い放った。男は懐からドスを出したが、鞘を抜く暇もなく飛び込んだ寛延に手首を打ち据えられてドスを落した。
 男二人は、慌てて外へ飛び出し、寺の外へに消えて行ったが、恐らく親玉を呼びに行ったのであろう。寛延は柱に縛られた男の子の縄を解くと、住職の寝所へ連れて行った。
   「きっと助け出すから、温和しくここで待っていなさい」
 男の子は恐怖と疲れでぐったりしているものの、気は確りしていた。寛延は、子供に話しかけて、安心させようとした。
   「名は何という?」
   「庄吉です」
   「年は?」
   「九歳」
   「庄吉ちゃんの家は、お店かい」
   「三国屋という乾物商です」
   「いま、庄吉ちゃんのお店に、身代金を持って来させるために、投げ文をしに出掛けて行ったようだが、やがて戻って来るだろう」
   「おいらなんか拐かしたところで、旦那さまは一文も出さないだろう」
   「どうして?」
   「だって、おいらはおっ母ちゃんの連れ子だもの」
   「それで、お父っちゃんとは呼ばせてもらえないのかい?」
   「うん、」

 父親は、子連れの女に惚れて妻にしたが、やがて男児が生まれると、妻の連れ子庄吉を嫡子とする気が失せて、庄吉を長男と認めなくなったようだ。現に、庄吉を奉公に出すように妻を説得している最中だったと言う。庄吉も、母親と別れてお店を出る覚悟を決めた矢先のこの拐かしである。
 寛延は、阿弥陀像の御前で戦うのは些か躊躇われるので、外へ飛び出して男たちが引き返してくるのを待った。幸か不幸か、松ヶ枝に架かった十六夜の月が、群雲を拭って地上に煌々と光を降り注いでいた。

   「戻って来たな」
 男は四人に増えていた。寛延は、寺の門前に仁王立ちで男たちが近付くのを待った。
   「何だ、大の男が二人、あんな小僧に追っ払われたのか」
 親分格の浪人者が、二人の男を叱咤した。浪人一人と町のならず者三人、計四人組らしい。
   「へい、面目ねえ」
   「攫ってきたガキは百両に化けるのだぞ、それを放り出して逃げて来やがって」
 寛延は作戦をたてた。留守番役だった二人は、今も手が痺れている様子である。親分格の浪人は、先ず子分らしい町人の男に自分を襲わせるだろう。そうなると、この子分を倒す自信は大である。残るは、腕が立つかも知れない浪人との一騎打ちである。相手は真剣白刃、寛延は木刀である。白刃を木刀で受ければ木刀は真っ二つか、使い物にはならないだろう。寛延の策は、浪人が刀を抜かない間に攻め込むことである。

 案の定、浪人は顎で町人の男に「行け!」と、指示した。男は腰を低く落としてドスを寛延に向けた。そのすぐ後ろには浪人が腕組みをして控えている。寛延は木刀を上段に構え、先手を取って男に突進したかのように装い少し男の左に避けると、男は尚もドスの切っ先を寛延に向けて構えた。
   「とう!」
 寛延の木刀が男の肩先に入ったかのように見えたが、飛び込んで浪人の首根っこを打ち据えていた。浪人は「うっ」と呻いて前屈みになったその脳天を「ごつん」と木刀が捉えた。
 町人の男は一瞬唖然となった。気を取り戻して寛延に突進してきたが、寛延の振った木刀が半回転して男の後頭部を殴りつけた。
   「おぼえていやがれ、仕返しに来るからな」
 四人の賊は、捨て台詞を残して町とは反対の方角へ逃げていった。

   「庄吉ちゃん、もう大丈夫だよ、やがてお店の人たちが駆けつけてくるだろう」
   「来ないよ、今頃投げ文を破り捨て、店の者はみんな寝ているだろう」
   「いくら本当のお父っちゃんではなくても、心配して飛んでくるさ」
 たとえ義理とはいえども、妻とは血の繋がった子供、百両ぐらいは用意して飛んでくるだろうと寛延は高を括って待っていたが、来たのは母親一人であった。 
   「庄吉、庄吉は何処? 庄吉を返して‥」
 半狂乱で叫びながら、寺の門を潜って入ってきた。

   「おっ母ちゃん、おいらは此処だよ」
 庄吉も飛び出して行った。訊けば、主人は「金など一文も出せない」と、投げ文を無視して、店の者にも「構うな、放っておけ」と指示したようである。堪り兼ねた母親は、「自分を離縁してくれ」と叫び、飛び出して来たのだという。金は一文も持ち出せなかったが、拐かしの賊には、自分を売ってくれと願うつもりであったと言う。
 母親は、もうお店には帰れない。さりとて、実家に戻ろうとも世間の目を気にして置いては貰えないだろう。せめて庄吉だけはお店に帰して、自分は苦界に身を沈めるほかに手立てはないが、その代金は庄吉の命を助けてもらったお礼にしたいと寛延に訴えた。

   「庄吉はどうする?」
   「おっ母ちゃんの居ないお店には帰らないよ、おいらが働いておっ母ちゃんの面倒をみる」
 
 とにかく、今夜は二人を寺に泊めてやりたいが、生憎布団が無い。遠慮する母親を無理矢理寛延の布団に寝かせて、寛延と庄吉は本堂で将来のことを語り明かすことした。
   「俺は上州にある昌明寺という寺の寛延という僧であるが、赤城の勘太郎というやくざでもある」
   「変なの」
   「うん、変だよね」
 江戸で信州浪人の兄妹を探していることや、その人のもとで手習い道場を開くのが夢だと話して聞かせた。庄吉は、どこかのお店で年季奉公をして、いずれはお店を構えたいことなど、ぼそぼそと打ち明けあい、四人の賊が仕返しにくるだろうことを予測して、眠らずに夜を過ごした。
 夢は夢として、寛延はこの寺をほっぽり出して出て行くわけにはいかない。ご住職の介護も必要なのだ。
   「ところで、お坊さま、そのご浪人の名はなんていうのですか?」
   「朝倉辰之進さまで 妹さんはお鈴というのだが‥」
   「お鈴さん?」
 庄吉は、お鈴という名に心当たりがあるようだ。
   「一度おっ母さんが着物を縫ってもらった人が、確かお鈴さんと言っていたような‥」
   「その人のお兄さんの名は朝倉さまと言わなかったかい?」
   「知らないけれど、店の者がお武家の娘のようだと言っていた」

 夜が明けたが、庄吉のいう通り義理の父親も、お店の使用人も現れなかった。賊も羞恥心に屈したのか、仕返しに来なかった。寛延は、庄吉の母親がめざめるのを待って、お鈴という人のことを尋ねてみようと思った。

   「失礼かと思い、苗字までは訊かなかったが、三国屋のお店からそう遠くない長屋にお住まいだそうですよ」
 庄吉の母親は、「気品がある娘さんですよ」と、付け加えた。
   「拙僧が探しているお鈴さんかも知れないので、今日訪ねてみたいのですが、その長屋の場所を教えていただけませんか」
   「それでしたら、庄吉に案内させましょう。庄吉、お前知っているだろう。手代の巳蔵のおっ母さんが住んでいる権兵衛長屋だよ」
   「じゃぁ、おいらが案内する」
   「寛延さんが一緒なら、また拐かされることは無いでしょう」
   「安心してください。命を賭けても庄吉ちゃんは護ります」

 町へ出て、それでも半刻(1時間)は歩いただろうか、漸く庄吉が「間もなくだよ」と行く方角を指さした。権兵衛長屋への路地に入ると、井戸端で洗濯をしているおかみさん達に混ざって、若い女が藍微塵の縮緬お召しを洗っている。
   「お鈴さんだ!」
 寛延が、素っ頓狂な声をあげたものだから、おかみさん達の視線を一斉に浴びた。お鈴もまた大袈裟に驚いて見せた。
   「お鈴さん、お前さん坊主の知り合いがあったのかい?」
   「ええ、まあ」
   「おやすくないねぇ」
   「何を言っているのおばさま、お坊様に失礼ですよ」
 だが、寛延もお鈴も、喜び様は恋人のそれであった。

   「勘太郎、よく来てくれた」
 長屋の家の中で、傘張り内職をしていた朝倉辰之進も、満面の笑みで寛延を迎えてくれた。長屋で傘張りとは、落ちぶれ果てたのであろうが、寛延は落ちぶれ果てた辰之進しか見ていない。内心「変わっていないなぁ」と、安心した寛延であった。兄妹揃って、元気そうなのが何よりなのだ。
   「今日はこれで帰りますが、おいらは明日から道場を開く場所を探しますよ」
 辰之進に言って別れたが、寛延には漠然とした自信があったのだ。

 その夜、思いがけない人が大徳寺の門を叩いた。
   「あっ、曹祥和尚どうしてここへ?」
 紛れもなく、板割の浅太郎だ。
   「勘太郎、この寺の和尚に成っていたのか」
   「いいえ、私は一介の流浪僧で、和尚と呼ばれる身分ではありません」
   「私は、檀家に背中の入れ墨がばれて忌み嫌われ、仙光寺を後にしてきた」
   「ちゃんと得度した僧の過去がどうであれ、追い出すなんて‥」
   「いや、追い出されたのではなく、拙僧が逃げてきたのだ」
 曹祥が大徳寺を訪れたのは偶然であった。陽も暮れ、本堂の隅でも借りようと立ち寄ったのだ。信州では、国定の忠次郎親分が何者かに売られて、代官殺しの罪でお縄になったそうである。恐らくは既に仕置きされ、その命は露と消えたであろう。
   
 寛延の頭に、ある思いが涌いた。いずれ曹祥にこの寺の住職になって貰うのだ。当座は庄吉母子にもこの寺に居て貰うが、いずれは三国屋の主人を諭して、庄吉の母親だけでも元の鞘に戻したいのだ。
 庄吉の心は致命的に傷ついている。もはや店に戻るとは言わないだろう。庄吉の将来も寛延が見るつもりである。

 翌日から、寛延は町中を歩き回り、廃屋となった寺や屋敷を探しまわった。一月ほど経て、漸く一軒の武家屋敷が無人になっているのを探し当てた。元の住人が首を括り、その幽霊が出るという曰くつきの屋敷を持ち主に掛け合い、安い家賃で借り受け、手を加えて道場とは程遠いものが完成した。とはいえども、この屋敷で竹刀を振り回すと床が抜けそうである。もっと頑丈にするまで、道場は辰之進に待って貰い。お鈴と二人で手習い塾を開いた。当座は二人とも通いであるが、何れは辰之進らとともにここに住むつもりである。
 場所が町なかで良かった所為か、寛延の呼び掛けが功を奏したのか、町人の子供がひとり、また一人と増えて何とか塾らしいものになっていった。
 その矢先、寛延が仕事を終えて大徳寺に戻ってくると、住職の顔に白い布が掛けられていた。寛延はひととき住職の亡骸に涙を零していたが、思い切るように通夜の準備を始めた。その間、曹祥は経を読み続けてくれた。

 それから一ヵ月ほど経ったある朝、想定外の男が大徳寺を訪れた。三国屋の主人だ。女房に帰ってほしいと懇願していた。新しい女を引き入れる為に、身を粉にしてよく働いていた女房をほうり出したという悪い噂が立って、客が減ったのが原因らしい。
 もちろん、主人が寛延に一言の礼も言わないのを気遣ってか、女房は頑として首を縦に振らなかった。だが、寛延と、庄吉の勧めがあって、母親の方はなんとか帰る決心をしたが、庄吉の心は冷めていた。
   「おいらはここに居て、寛延さんの弟子にして貰う」

 曹祥の過去を包み隠さず話して檀家を説き伏せると、大徳寺を曹祥に任せて寛延と庄吉は手習い塾へ移った。その塾の名を、「昌明寺手習い指南所」として、朝倉辰之進の名を出さなかったのは、彼の叔父の立場を考えてのことであった。
 「町人も文字の読み書きぐらいは出来るべき」という風潮も起こり、入門料や謝儀はとらず、月極銭も他の寺子屋の半分以下だった為に塾生が増えていった。また、依然として女に学問は不要という風潮も根を張っていたので、お鈴が裁縫や行儀作法を教えることで、親御も抵抗なく女子児童を通わせた。男子の希望者には、護身術として剣道を教えたところ、これが意外と人気になり、課外指南として児童には寛延が、大きな子供には、朝倉辰之進が指南に当たった。

 ある日、塾に思いがけなく辰之進の叔父が訪れた。信州の辰之進が仕えていた藩から使いが来て、罪を許すから藩に戻れとの達しであった。大いに躊躇した朝倉辰之進であったが、「丁重にお断りしてくだい」と、叔父に伝えていた。叔父は落胆したものの、子供たちに剣道を教えている甥の生き生きとした姿を見て、諦めて戻って行った。その背中に、辰之進は手を合わせていた。

 その後、しばらくして塾の名が、「朝倉手習い指南所」と、変わった。 -終-

 猫爺の短編小説「赤城の勘太郎」
   第一部 板割の浅太郎
   第二部 小坊主の妙珍
   第三部 信州浪人との出会い
   第四部 新免流ハッタリ
   第五部 国定忠治(終)
 猫爺の短編小説「続・赤城の勘太郎」
   第一部 再会
   第二部 辰巳一家崩壊
   第三部 懐かしき師僧
   第四部 江戸の十三夜
   第五部 朝倉兄妹との再会(最終回)

ジャンル:
小説
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2 コメント

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見事な筋書き (takezii)
2016-12-28 21:23:16
偶々が 重なり 落ち着きところを 見出していく、創作力、
毎度のこと、感じ入っています。
ご苦労さまでした。
楽しませていただきました。


偶然、偶々 (猫爺)
2016-12-31 00:36:01
 ずばりです。不自然な偶然で物語を進行させているのを見破られてしまいました。参りましたというところでしょうか。
小生がYouTubeで遊び呆けている間も、過去の記事をお読み頂き、当ブログが寂れないでいられるのも、皆さまのお蔭さまです。
 やはり、創作を読んでもらえることは、なによりも嬉しいことです。
(takezii)様には、唯々長ッちょろいだけの稚拙な創作をお読みいただきまして、本当に有難うございました。貴兄こそお疲れさまでした。
 横道に逸れながらも、まだまだ書くつもりですので、お暇なときには、当方へもいらっしていただけますように、お願いします。

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