雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の短編小説「赤城の勘太郎」第五部 国定忠治(終) (原稿用紙17枚)

2016-05-27 | 短編小説
 勘太郎は、やくざになりたくて辰巳一家で下働きをしてきたのではない。さりとて、坊主に戻る気はさらさらない。百々村(どどむら)は元、大前田一家の貸元(親分)国定村出身の忠次郎に会って、父親三室の勘助は「裏切り者では無かった」と、言わせたい。もしも、頑として自分の非を認めようとしなければ、腕のひとつも折ってドスが持てないようにしてやりたい。この一途な思いが、自称新免一刀流の達人の朝倉辰之進の剣に食らいついて自己鍛錬をしてきたのだ。

   「朝倉さま、長い間面倒をみていただき、有難う御座いました」
 猪熊一家の殴り込みの片がついて間もない日、勘太郎は朝倉の前に手をついた。
   「御座いましたとは、過去のことか? 勘太郎には、まだ免許皆伝しておらぬぞ」
   「はい勘太郎は武士では御座いません、喧嘩長脇差ですので、もう十分に教わりました」
   「十分かどうか、門下生が見極めてどうする」
 師が、皆伝とは言っていないのに、門下生が「もう十分」とは、何事かと勘太郎は叱られた。朝倉辰之進は、勘太郎に剣道を教え込み、江戸で道場を開いたときの師範代にするつもりであった。考えてみれば辰巳一家の借金など、遠の昔に返している。それでもなお辰巳一家に留まっているのは、その所為である。
   「忠次郎親分に遭って決着をつけたら、勘太郎は朝倉さまを頼って江戸に参ります」
   「儂よりも勘太郎が先に江戸へ着くかもしれないぞ」
   「では、信濃の朝倉さまのお屋敷を訪ねましょうか」
   「さて、それだが、屋敷が残っていれば良いのだが」
 朝倉辰之進が脱藩したのち、妹が婿をとって屋敷を護っているとは考え難い。むしろお家取り潰しになり、妹も追放されているかも知れない。親友の千崎は、はたして妹のお鈴を妻にしてくれたであろうか。些か不安もあった。
   「朝倉さま、お国で一体何があったのですか?」
   「そうだなぁ、勘太郎には話しておこうか」
 朝倉の妹お鈴には、千崎駿太郎という末は夫婦と約束した恋人が居た。後から田沼意信という朝倉たちの上司がお鈴を見初め、嫁にすると言い出した。朝倉は、お鈴と千崎の仲を分かって貰うべく田沼の屋敷に出向いたが、田沼は自分が上役であることを笠に着て、一歩も引き下がろうとしなかった。
 仕方がなく、千崎と妹お鈴を諦めさせようとしたが、お鈴は落胆の余りに身投げもやりかねない嘆きようであった。お鈴を見かねて、田沼の屋敷に日参したが、しまいには田沼が激怒して打刀(うちがたな)を抜いて、朝倉に斬りつけてきた。
 朝倉も抜刀して田沼の刀を凌いでいたが、凌ぎきれずに応戦してしまった。田沼が斬り込んできた刀を朝倉は左へはらったつもりだったが、手元が狂って田沼の喉を裂いてしまったのだ。「しまった」と思った時は、既に田沼は朱に染まっていた。
 朝倉辰之進は、自分の屋敷には戻らず、迂闊にもそのまま出奔してしまった。
   「千崎とお鈴はどうなったであろうか」
 二人には何の罪もない。悪いのは自分一人である。千崎は罪に問われることはないだろうが、お鈴は追放されてしまったかも知れぬ。どうか、千崎の妻になることは許されなくとも、せめて下女として雇い、千崎が庇っていてくれることを祈り続けた朝倉であった。
   「だがなぁ、お鈴の身を思うと、儂は恐ろしくて未だに確かめに行けないのだ」
   「どうしてもっと早く打ち明けて下さらなかったのですか、こんなところで五年もの歳月を費やすとは…」
 勘太郎は、呆れ返ってしまった。そんなことであれば、自分が信濃の千崎の屋敷へって、確かめて来たものをと、朝倉の優柔不断を心のなかで詰った。
 もし、お鈴が藩を追放されていたら、身寄りのない若い女が一人流れて行くところは遊里であろう。

   「朝倉さま、すぐここを出て、信濃に向かいましょう」

 当然、辰巳一家の貸元は二人がここに留まることを勧めた。ことに、勘太郎には親分子分の盃をやりたい。必死に止めるのを押し切って、師弟は旅に出た。

 宿と飯が伴ったとはいえ、小遣い程度の報酬で働かされていたのだ。朝倉も、勘太郎にも、辰巳に恩義は無い。二度と立ち寄ることは無いと思うが、万が一立ち寄って一宿一飯の恩義を受けた暁には、喧嘩の加勢か、命がけの使い走りは引き受けてやろうと、勘太郎は自分の心に湧いた後ろめたさをふりきった。

 勘太郎は朝倉を途中の旅籠に残し、一人で信濃の国の朝倉辰之進の屋敷を訪ねたが、そこは空き家であった。それではと、千崎の屋敷を訪ね、朝倉の使いだと言って妹のお鈴に逢いたいと願い出たが、千崎も奥方も「そんな女は知らない」と、突っぱねた。そればかりか、上役を殺して逃げた朝倉辰之進なる男とは一切関わりがないと、冷たい対応であった。
   「師匠は、親友だと言っていたのに、随分冷たい親友だなぁ」
 千崎の奥方は、朝倉から聞いていたお鈴の容貌とは違っていた。
   「では、お鈴さんはどうなったのだろう」
 考え込みながら、朝倉が待つ旅籠への道を辿っていたら、後ろから追ってきた男が声を掛けてきた。
   「旅人さん、待ってください」
 千崎の使用人であった。
   「朝倉様の妹さんの消息を聞いて知っております」
 主人の目を盗んで、知らせに来てくれたらしい。

 朝倉の家は断絶となり、妹お鈴は追放になったそうである。後の噂では、行く当てもなく呆然自失で身投げをもしかねなかったお鈴を、やくざの親分が助けて連れて帰ったそうである。それを千崎の使用人に伝えに来たのも、その親分一家の三下だった。
   「それは何処の親分でしょうか?」
   「国定忠治とかいう親分です」
 国定? 忠治? 勘太郎は「もしや?」と、ある男を頭に浮かべた。その男こそ、勘太郎が怨みに思っていた国定村生まれの長岡忠次郎親分に違いない。そんな男の手に落ちれば、お鈴の身は遊里に売り飛ばされているか、妾にでもされていることだろう。朝倉のもとへ戻る勘太郎の足は、俄かに重くなった。

 朝倉は勘太郎の帰りを待ちかねていた。そんなことであれば、自分が足を運び確かめたら良いものを、「それでも武士か」と勘太郎は、腹立たしい思いを抑えて、一部始終を報告した。
   「そうか、やはりお鈴は千崎に見捨てられたのか」
 千崎を責めてはいけない。全ては自分の軽率な行動がお鈴を不幸に陥れたものだ。朝倉は自分を責めた。
   「その一家へ行ってみよう」
 国定忠治とか言うやくざ者が、お鈴を辛い目に遭わせていたら斬る。朝倉はそこまで言ってのけた。
   「実は…」
   「勘太郎、どうした」
   「その国定忠治は、俺らのお父を殺させた長岡忠次郎の偽名かも知れないのです」
   「そうだったのか、よし、仇討ちに行こう」

 仮初にも、一時は仏にお仕えした身である。仇打ちではないと自分に言い聞かせる勘太郎であったが、父ばかりではなく、たった一人の血がつながった浅太郎を仏門に追いやり、わが身を天涯孤独にした憎い男である。とは言え、父の目が見えなくなったときには、大枚を惜しまずはたき、江戸から医者を呼び寄せてくれた恩義もある。

 勘太郎は、複雑極まりない気持ちで国定一家を訪ねた。
 
   「軒下三寸借り受けまして、ご挨拶申し上げます」
 勘太郎の切る仁義に応えて、若い男が座敷に正座して手をついた。
   「当方、三下でございます、どうぞ旅人さんからお控えなすって…」
   「いえ、当方こそしがない若造でござんす、あんさんからお控えなすって…」
 仁義はたんなる挨拶ではない。一宿一飯の恩義を与るだけの偽侠客でないことを分かってもらう儀式でもある。
   「お言葉に甘えて、控えさせて戴きます」
   「早速のお控え、有難うございます」
 ここからが、辰巳一家で覚えた勘太郎の腕のみせどころである。
   「手前生国と発しますは、上州です。上州と申しましても些か広うござんす」
 奥で、国定忠治が聞いているだろうと、名前の紹介は声高になった。
   「上州は赤城山の麓、百々村の在所で産声を上げ、赤城の勘太郎と二つ名の渡り鳥にござんす」
 奥で反応はなかった。勘太郎の仁義を認めてくれた若い衆は、親分は留守であるが、座敷に上がることを勧めてくれた。
   「忠治親分とは、幼い頃にお会いしおります」
   「そうでしたか」
   「実は、もう一人お侍の連れが外で待っているのだが」
   「親分に御用の方ですかい?」
   「当家に御厄介になっている筈のお鈴さんの兄上なのです」
   「そんな大切なことは先に言ってください、たしかにお鈴さんをお預かりしています」
 お鈴は、離れの座敷で生活しているそうである。
   「親分さんのお妾ですかい?」
   「違います、親分は大切なお預かりものだと、あっし達には、話もさせて貰えません」
 若い衆は、「今、お呼びしてきます」と、奥へ引っ込んだ。その間に、勘太郎は朝倉を呼びに外へ出た」

   「朝倉様、お鈴さんはご無事ですよ」
 その勘太郎の一言を聞いて、朝倉は転がり込むように戸を潜った。
   「お鈴、お鈴は何処だ!」
   「今、呼びに行って貰っています」

 お鈴もまた、奥から転がり出て来た。
   「兄上、ご無事でしたか」
 言うなり、朝倉辰之進の胸に顔を埋めて慟哭した。
   「良かった、お前も無事だったのだな」
   「はい」
 そう答えたのであろうが、声にはなっていなかった。

   「親分のお帰りです」
 表で若衆の声がした。奥に居た子分たちがサッと出て来て勢揃いした。
   「お帰りなさいまし」
 男が入ってきた。男は脇に居た若いのに腰から抜いた長脇差を渡し、二人の客人とお鈴に気付いた。
   「何かあったのか?」
   「お鈴さんのお兄さんが会いにこられました」
   「何、朝倉さんが?」
   「さいです」

 勘太郎の見覚えのない男であった。無理もない、勘太郎が忠次郎をみたのは、まだ幼い頃である。それも、父親勘助が正座して忠次郎を迎えたその背越しにチラっと見ただけである。
   「それで、こちらの旅人さんは?」忠治が子分に訊いた。
   「赤城の勘太郎さんです」
   「朝倉さんを案内して来てくれたのか?」
   「さいです、勘太郎さんは親分のことを知っているそうです」
   「さて、いつどこで会ったのやら」
 勘太郎が親分の前に進み出た。
   「親分、俺らの顔に見覚えはありませんか?」
   「知らないなぁ」
   「では、誰かに似てはいませんか?」
   「似ていると言えば、板割の浅太郎に似ている気がするが…」
   「もっと、似ている男が居るでしょう」
   「うーむ」
   「あんたが浅太郎に殺させた、三室の勘助の倅ですよ」
 忠治は、勘太郎の顔をまじまじと見つめて、瞬きさえ忘れ沈黙した。暫くして漸く口を開いた。
   「あのチビ助が、こんなに立派になりやがって…」
 忠治の視線が、勘太郎の目から離れて宙に浮かんだ。過去を悔いているように見える。
   「勘太郎、仇討ちか? 遥々仇討ちにやって来たのか」
 先ほど、親分から長脇差を受け取った若衆が戻そうとしたが、忠治は黙って手で「要らない」と合図した。
 勘太郎はゆっくり首を左右に振った。
   「親父は、忠次郎親分に逃げてもらおうと、大声で逃げ道を教えた」
 追われる身であったとは言えその謎が解けず、思慮なく父と甥の浅太郎を手柄に走った裏切り者と罵り殺害を命じた。幼くして親をなくした子の嘆きなど、お前には察することは出来まい。もし自分が武士の子であれば、返り討ちに遭おうともせめて一太刀でも恨みを晴らそうものを、と勘太郎は悔し涙を零した。

   「よくぞお鈴さんを護ってくだすった」
 恨みは恨み、礼は礼。朝倉兄妹と勘太郎は、丁重に国定忠治に頭を下げると表に出た。入れ替わりに、国定の子分が転がり込んだ。
   「親分、てえへんです、羽柴一家が縄張りを取り返しに殴り込みをかけてきます」
 国定一家は、俄かに騒々しくなったが、勘太郎は振り返りもせずに一家を後にした。
   「勘太郎、お鈴を頼む」
 朝倉は、腰の刀を抑えると、一家に取って返した。(終)

赤城の勘太郎 (悪戯半分に股旅演歌風の歌詞を書きました)

墨染衣 網代の笠で
赤城背にして 峠を越えた
青葉目に沁む そのただ中を
何処へ行くのか 勘太郎

 親父譲りの 度胸と意地を
 胸に隠して 網代を捨てて
 脇に抱えた その三度笠
 やくざ渡世の 勘太郎

人は斬らずに やくざの縁を
斬って戻って きはきたけれど
待っていてくれ その墓の中
親父恋しい 旅鴉

 今度戻って 来たそのときは
 親父が願った 堅気の姿
 墓に供えた その濁り酒
 ほろり零した ひとしずく

この物語はフィクションであり、登場するかって存在したであろう人物とは全く関係ありません。

 猫爺の短編小説「赤城の勘太郎」
  第一部 板割の浅太郎
  第二部 小坊主の妙珍
  第三部 信州浪人との出会い
  第四部 新免流ハッタリ
  第五部 国定忠治(終)
 猫爺の短編小説「続・赤城の勘太郎」
  第一部 再会
  第二部 辰巳一家崩壊


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんばんは! (まーくん)
2016-05-27 16:42:14
YouTube「妹とじゃれるミルキィーちゃん!」にコメントいただきありがとうございました。
今、気がつきまして、お返事できなくて申し訳けありませんでした。

いつも妹が風呂あがりにミルキィーちゃんは、膝の上でじゃれます。
忙しい妹にとっては、至福のひとときのようです。(笑)
第5部 (takezii)
2016-05-27 20:29:35
最終章の展開が また 素晴らしいです。
舞台の幕は おりましたが なんか 続編が 期待されるような?
なんと 挿入歌の作詞も?
東海林太郎の歌声が 聞こえてきそうです。
毎度のこと 猫爺様の創作力に 魅せられています。
是非 また 新作を・・・。