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猫爺の短編小説「続・赤城の勘太郎」第二部辰巳一家崩壊 (原稿用紙12枚)

2016-07-31 | 短編小説
 朝倉兄妹が並んで歩く三間先を思案気に歩いていた勘太郎が足を止めた。
   「勘太郎、どうした、腹でも痛くなったか?」
   「いいえ」
 勘太郎に追い付いた朝倉が、勘太郎の肩に手を置いた。
   「何か心配事でもあるのなら話して見なさい」
   「俺(おい)ら、このまま江戸へは行けません」
   「故郷の上州へ戻るのか?」
   「はい、俺らを育ててくれた昌明寺の師僧、真寛さまにお会いしとうございます」
   「会えば、僧侶に戻れと言われるかも知れないぞ」
   「それも、よく考えて来ます。 それと‥」
   「それと何だ?」
   「五年もお世話になった辰巳一家にも寄りとうございます」
   「そこでは、養子になれと言われるぞ」
   「それはきっぱりお断りしてまいります。俺らの心に阿弥陀様がおいでになり、俺らには人が斬れません」
   「そうだのう、ヤクザの世界では、勘太郎は何時までたっても売り出せない万年三下だろう」
 勘太郎の胸の内には、従兄弟の浅太郎が住職を務めているだろう西福寺へも寄って、胸の蟠りを取り除いて行きたいのだ。

 勘太郎は考えた。江戸には、朝倉辰之進の叔父、南町奉行所与力朝倉典膳が居る。少なくとも妹お鈴の面倒は見てくれるだろう。辰之助の親友北城一之進は、お鈴の許嫁千崎駿太郎同様、少年の頃の約束など忘れてしまったと言うに違いない。親友などというものはどちらかが落ち目になれば、泡のように消えてしまうものだ。
 ここで師と別れるが、勘太郎が江戸の辰之進を訪ねたとき、辰之進は身を持ち崩してやくざの用心棒になっているかも知れない。剣術の腕は立つが、渡世術はどこか甘いこの師匠のことが心配ではあった。

   「朝倉さま、この追分でお別れしますが、俺らも必ず江戸へ参ります。どうぞご無事で…」
   「何を申すか、儂なら心配は要らん、それよりお前だ」
   「俺らはしっかり者なので、食い逸れることはありません」
   「自分でしっかり者と言うヤツがあるか、お前は余計なことに首を突っ込んで、命を落とさんとも限らん」
   「そうでしょうか」
 笑いながら、勘太郎は兄妹と別れた。

 勘太郎は、辰巳一家に寄ってみた。羽振りのよかった辰巳一家が静まり返っていた。 戸は閉じられ、中から突っ張りがされているようであった。中で突っ張り棒がしているということは、中に誰か居るに違いないと思い声をかけてみたが返事はない。
   「親分どうした、誰か居ないのか」
 戸をガタガタしてみると、カタンと突っ張り棒が倒れた。
   「くそーっ」
 三下が一人、長ドスを抜いて飛び出してきた。勘太郎に優しかった泰吉だった。
   「泰吉兄ぃどうした、俺らだよ、勘太郎だ」
 急に緊張が解けたのか、泰吉はヘナヘナとその場にしゃがみ込んでしまった。
   「親分は奥に居るのか?」
 泰吉は声が出ないのか、ただ「うんうん」と頷くばかりであった。勘太郎が奥に入ると、辰巳親分は布団に俯せに寝かされており、もう一人の三下が親分を護って、長ドスの鞘を抜いて構えていた。
   「俺らだ、勘太郎だ。親分は斬られたのか?」
 その三下は、腰を抜かして泣き出してしまった。

 二人の三下が少し落ち着きを見せたので事情を訊いてみると、猪熊一家が縄張りを奪うのが目的で、親分を不意打ちで肩から背中にかけて斬りつけたらしい。これには、辰巳一家の元代貸半五郎が一役買っていて、半五郎に二代目を継がせる意思がない親分を恨んでの裏切りだと言う。

   「泰吉兄ぃ、親分の傷は深いのか? 医者はどう言っている」
   「命には別状ないらしいのだが…」
   「どうなのだ?」
   「一度看てくれただけで、膏薬の張替えもしてくれない」
   「金が払えないからか?」
   「いや、猪熊一家が医者を脅してここへ来させないようにしているらしい」
 今に、ここへ親分の息の根を止めにやってくるだろうと言う。そうなれば、自分達も殺されるに違いない。
   「兄いたち、凄いなぁ、それでも逃げずに親分を護っていたのか」
   「義理人情の世界に生きると決めたのだから仕方ないよな」
   「そうか、そんなことは俺らがさせねぇ。先手必勝だ、もうすぐ日暮れだが、今から猪熊一家に殴り込みをかけてやる。兄ぃたちは、親分を護っていてくれ」
 勘太郎は、腰に長ドスをぶっ込むと泰吉たちの返事も待たず、猪熊一家を目指して駆けて行った。

 猪熊一家では、辰巳一家を根絶やすために親分の指図を受けた半五郎ほか子分四人がこれから出掛けるところであった。

   「待ちやがれ、俺らが帰って来たからには、てめえらの勝手にはさせねえぞ」
 勘太郎は、両手を広げて五人を遮った。
   「なんでえ、勘太郎じゃねぇか。けえってきたのか」 裏切り者の半五郎が気付いた。
半五郎の顎が、「勘太郎も殺ってしまえ」と命令した。辰巳が「末は一家を継がせたい」と思った勘太郎だ。後腐れのないように、今の内に片付けておこうという魂胆であろう。

   「まだ若造だが、俺らは新免一刀流の免許皆伝だ。てめえらのドスじゃ俺らは斬れねぇぞ」
   「ガキが寝言を言ってやがる。殺ってしまえ」
 勘太郎は生意気な口をたたいたわりには、踵を返すと一目散に逃げ出した。暫く追いかけさせておいて、いきなり立ち止まり身を翻した。
   「バーカ、息切れしてやがるの」
 勘太郎はこれを待っていたのだ。 長ドスの鞘を払うと、小さな力でも打撃を受ける首、鳩尾など所謂急所を責めて追手を次々倒していった。
   「追ってきたのは、五人だけか? もうドスが握れないように、手首を斬り落としてやる。腕を前に出せ」
   「勘太郎待ってくれ、もう手出しはしねぇ、勘弁してくれ」 半五郎が言った。
   「ヘン、その手には乗るものか、てめえらは猪熊親分の命令には背けねぇのだろうが」
   「そりゃあそうだが…」
   「では丸坊主にしたうえ、牡牛にするように大人しくさせてやろうか」
   「バカバカ、そんなこと止めてくれ」
   「俺らを殺れずに、おめおめと一家には帰れないだろう。うまれ故郷へ帰って親孝行しな。今に猪熊の親分がこっちに来るぞ」

 案の定である。勘太郎がその場から消えて間もなく、猪熊親分が、子分を二人連れてやって来た。 腰を抜かしている子分たちを見付けると怒鳴りつけた。
   「既に始末をつけた頃かと思ったら、お前たちこんなところで遊んでいたのか」
   「勘太郎にやられました」
   「勘太郎とは、辰巳一家の下働きをしていた小僧か?」
   「その小僧です」 
   「勘太郎と言えば、まだほんの若造じゃねえか、そんなヤツに大の男が五人も居て、みなやられたのか」
   「恐ろしくはしっこいヤツでして…、 面目次第もねぇ」
 親分は、くたばっている子分を足蹴にして、号令を掛けた。
   「辰巳一家へ殴り込むぞ、早く立ちやがれ」
   「親分、立てません」

 勘太郎は、一足先に辰巳一家に戻っていた。
   「泰吉兄ぃ、もうすぐ猪熊がやってくるぜ、親分の仇をとらせてやる」
   「俺が殺るのか?」
   「殺るのはいかん、辰巳一家を護っていく兄ぃがお尋ね者になるのはまずい」
   「俺は喧嘩馴れをしていないから、無我夢中にドスを振り回すだけだ。 殺るか殺られるかで、器用な真似は出来ねえ」
   「そうか、では俺らが一撃するから、兄ぃはそこの突っ張り棒でブン殴って親分の意趣返しをするのだ」
   「わかった」
   「殺すなよ」
   「うん」
 
 それから暫くして、猪熊が子分を二人連れてやって来た。「ドンドン」と、戸叩いたが誰も出てこないので入り口の引き違い戸を開けようとしたが、突っ張り棒がされているらしく開かない。無理やり開けようと子分の二人が渾身の力を込めて開こうとすると、ポキンと音がして突っ張り棒が折れたようだ。
 二人が戸を開けて飛び込むと、辰巳親分が布団に俯せに寝かされており、子分共は誰も居なかった。
   「おい、辰巳の、お前の子分共は皆、逃げてしまったようだな」
 眠っているのか、殺られる覚悟をしているのか、辰巳は身動きもしなかった。
   「おい、辰巳、死んでしまったのか?」
 布団の上から踏みつけてみたが、やはり動かない。
   「とどめを刺してやるぜ」
 連れて来た一人の子分に、「殺れ」と、もう一人の子分に「布団を捲れ」と命じた。  ―つづく―


 猫爺の短編小説「赤城の勘太郎」
   第一部 板割の浅太郎
   第二部 小坊主の妙珍
   第三部 信州浪人との出会い
   第四部 新免流ハッタリ
   第五部 国定忠治(終)
 猫爺の短編小説「続・赤城の勘太郎」
   第一部 再会
   第二部 辰巳一家崩壊
   第三部 懐かしき師僧
   第四部 江戸の十三夜


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2 コメント

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待ってました! (takezii)
2016-07-31 11:41:12
第2部、
映画の1シーン、1シーン 展開を見ているようです。
「つづく」を 楽しみにしております。
多分?・・・。
想像してしまっているんですが。
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ネタ、ばればれ (猫爺)
2016-08-01 13:35:41
 うーん、ちょっとたけじいさんの想像を
裏切った展開にしてみようかな?

    (^^)/

 ………なんちゃって。フィクションは、どうにでもなるから。( ..)φメモメモ
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