雑文の旅

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猫爺のエッセイ「辞世の時」 第十二回 正岡子規

2014-01-19 | エッセイ
 中国の故事から出た言葉に、「鳴いて血を吐く不如帰(ホトトギス)」というのがある。 子規とはそのホトトギスの当て字だ。
 正岡子規は、21歳の時に大喀血し、医師に肺結核と診断された。 それを切掛けに、半ば自虐と思われる、血を吐くホトトギス、の[子規」と筆名を付けた。 (本名「正岡常規(つねのり)

 二度目の大喀血は、 28歳の折で、結核菌が脊椎を冒し、脊椎カリエスに罹るなど、病状は悪化していった。 寝返りも打てない重病に苦しむなか、農業に携わる二十三歳の愛弟子、「長塚節(ながつかたかし)」に当てて手紙を送っている。

   ◇只今、君に貰った大和芋食いながら、つくづく考えた。 (中略)思うに君の村では、君の家一軒だけ比較的開けていて、他は悉く野蛮(やばん)なのに違いない。そこで僕の考えるに、君には大責任がある。 それは君が自ら率先して、君の村を開かねばならぬ。 学校も建てるが良い。 村民の子弟の少し俊秀(しゅんしゅう)とも言うべき者あらば、君は学費を出して、東京へでも、水戸へでも出し、簡易農学校くらいを修業させてやるが良い。(以下略)

 長塚節の小説代表作は「土」 短歌には、

   ◇垂乳根の 母が釣りたる 青蚊帳を すがしといねつ たるみたれども

 子規は長塚節がこの手紙を送った一ヶ月後に、息を引き取った。

   ◇(我が)棺の前にて、空涙(嘘の涙)は無用に候。 談笑、平生の如くあるべく候

   享年35歳であった。

        (原稿用紙3枚)

第一回 宮沢賢治
第二回 斉藤茂吉
第三回 松尾芭蕉
第四回 大津皇子
第五回 井原西鶴
第六回 親鸞上人
第七回 滝沢馬琴
第八回 楠木正行
第九回 種田山頭火
第十回 夏目漱石
第十一回 十返舎一九
第十二回 正岡子規
第十三回 浅野内匠頭
第十四回 平敦盛
第十五回 良寛禅師


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