雑文の旅

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猫爺の短編小説「赤城の勘太郎」第四回 新免流ハッタリ   (原稿用紙15枚)

2016-05-02 | 短編小説
   「おい、坊主これから何処へ行く」
 二人並んで黙って歩いていたが、信州浪人朝倉辰之進が口を開いた。文無しになるところを助けて貰ったくせして偉そうに、「坊主」とは何だと勘太郎は言い返そうとしたが、よく考えてみれば髪はボサボサだが坊主に違いない。
   「信濃方面です」
   「行くあてはあるのか?」
   「無いから方面と言っているでしょう」
   「わしも信濃へ行く、一緒に行こう」
   「妹さんに会うためでしょう、それはさっき聞いた、その後はどうするのですか」
   「そうだなあ、仕官は望めないから、この腕を活かして江戸で庶民の子供相手に剣道指南の道場でも開くか」
 またしても腕自慢である。余程腕が立つのか、空威張りなのか分からないが、だいたい新免一刀流などと言う剣の流儀があるのだろうか。新免宮本武蔵政名の流れを汲む流儀であれば、新免二刀流である筈だ。宮本武蔵の話は昌明寺の若い僧侶真寛が寝物語に聞かせてくれたからである。だが、住職に知られることになり「寺で血生臭い決闘の物語を小坊主に聞かせるとは何事か」と、真寛が叱られたことにより封印された。
   「俺らも、父ちゃんの恨みを晴らしたら、江戸へ出ようと思っています」
 朝倉辰之進は、小僧の一人旅に何か訳がありそうだと睨んでいたが、まさか仇討ちだとは思わなかった。
   「坊主が仇討ちか?」
   「いいえ、ヤクザになってヤツの腕の一本も圧し折ってやる程度の仕返しです」
   「それで気が晴れるのか?」
   「仮初の縁たりとも、得度して僧侶になった身、血生臭い仕返しは出来ません」
   「そうか、その心得はよしとしても、相手は大人の男であろう」
   「もと、上州大前田一家の親分で、時の代官を斬って逃げています」
   「その親分に父親が殺されたのか?」
   「はい、こともあろうに父ちゃんの甥、俺らの従兄弟に命じて殺させたのです」
   「父ちゃんが親分に裏切行為をしたのか?」
   「いいえ、父ちゃんは目明しだったので、捕物で凶状持ちを逃がすことが出来ず、せめて世話になった親分にそれとなく逃げ道を教えたのですが、その謎が解けずに裏切り者と思い込み殺させたのです」
   「そうか、それは悔しいなぁ」
   「はい」
   「なぜ坊主になったのだ?」
   「俺らも幼心に殺されると思ったので、従兄弟の隙をついて闇に逃れ、寺に駆け込んで庇ってもらったのが縁で、そこで育てて貰いました」
   「辛かったであろう」
   「はい、ですが真寛師僧がお優しい方でしたので、厳しい修行にも耐えることが出来ました」
 勘太郎は空を眺めた。真寛にはもう会えないだろうと思ったので、悲しくなり涙を零すまいとしたのだ。

 朝倉辰之進は、ふと立ち止まった。何を思ったのか、ヤクザ風の男を呼び止め、賭場の場所を尋ねた。ここからすぐ近くの辰巳一家が、夕刻から賭場を開くそうであった。
   「懐の物が乏しいので、ここらで増やして行こうと思う、付き合ってくれるか」
   「俺らは、何をすればいいのですか?」
   「何もしなくて良い、黙って待っていてくれ」
   「待つだけで、何の役にたつのですか?」
   「役に立つのではなく、今夜、旅籠で一緒に泊まろうと思っているのだ」
   「それで?」
   「これから勘太郎と行動を共にして、強い男にしてやろうと思う、どうだ、やってみるか?」
   「剣道の指南が受けられるのでしたら、是非お願いします」

 勘太郎は、賭場(とば)の外で朝倉辰之進が出て来るのを待った。だが、いつまで待っても出てこない。痺れを切らして賭場を覗き込み、若いヤクザに叱られた。
   「ここは子供の来るところではない、けえれ」
 勘太郎は、ぶすっとしてその場を離れたが、一刻(二時間)は待っている。もう日暮れも間近であるから諦めて独りで旅に立とうと思うが、剣道指南に未練がある。旅籠に泊まれるかもしれないのも魅力だ。
   「どうせ独りで立てば野宿だ」
 こうなれば、野宿の積りでとことん待ってやろうじゃねぇか、と腹を括ったとき、漸く朝倉が出て来た。
   「いやぁ済まん、済まん、こんな筈ではなかったのだが」
 持ち金を、すっかり摩ってしまったうえに、借金まで作ってしまったようだ。
   「わしは、この一家で用心棒をさせられることになった、坊主もここへ草鞋を脱がないか?」
   「子供など、子分にしてはくれないでしょう」
   「下働きをして、置いてもらうのだ」
 どうやら、勘太郎を働かせるのも借金返済の算段に入っているらしい。勘太郎とて、その積りで旅に出たのである。不満どころか、朝倉から剣道指南が受けられるので御(おん)の字である。


 朝倉と共に辰巳一家に来て、早くも五年の年月が流れた。貸元は、勘太郎が一丁前になったとして親分子分の盃を交わしてやろうと言うのだが、のらりくらりとその矛先を躱(かわ)して十九歳になった。

 月夜には、暇をみて朝倉とふたり街はずれの空き地へ出かけ、「えいっ!」「とう!」と、剣道の指南を受ける勘太郎であった。
   「勘太郎、まだ慢心するなよ、お前の腕はまだまだである」
   「はいっ、お師匠さま」
 
 ある日、辰巳一家の若い衆が意気込んでいる。その割には、ふっと表情に陰りをみせる。
   「勘太郎、世話になったなぁ」
   「泰吉兄ぃ、何処かへいっちまうのですかい?」
   「多分な」
   「どうしたのです?」
   「猪熊一家へ喧嘩状の返事をもって行かされることになった」
   「そんな使いなら、俺らが行ってきますぜ」
   「簡単に言うな、多分、生きては帰れねぇのだぞ」
   「何故?」
   「喧嘩開始の血祭りだ」
   「ふーん」
   「ふーんって、それだけか?」
   「兄ぃ、俺らに任せとけって、上手く返事を伝えて逃げ帰ってやる」
   「それはダメだ、親分が許さねぇ」
   「どうして?」
   「だって、おめえは将来辰巳一家の跡取りになるのだろう」
   「俺が?」
 勘太郎は寝耳に水であった。泰吉に問い質せば、いずれ親分の養子になって、一家を束ねることになるのだそうである。
   「あはは、ならねぇよ」
 勘太郎は、三下でも半かぶち(半分やくざ)でもない。ただの下働きで、しかも置いて貰っているだけで、決まった駄賃すら貰っていない。
 たまに、「女郎買にでも行って来い」と、一朱か二朱持たされるが、これでは夜鷹も買えない。それでも黙って働いているのは、朝倉辰之進に剣の指南が受けられるからである。

 猪熊一家には、俺らが行くと親分にいうと、「子分でもないおめぇを‥」と、渋っていたが、勘太郎のたっての申し出に折れた。あの様子だと、養子の話は満更嘘でもないらしい。「そろそろ潮時かな?」と勘太郎はそろそろ旅に発とう思った。

 清水一家の桶屋の鬼吉は、喧嘩状の使いの時は棺桶を担いで行ったという。殺られた時は、これに入れて帰してくれという覚悟を示したものである。勘太郎は、長脇差を一本だらしなく腰に差し、鼻唄まじりで出かけていった。

   「おひけぇなすって」
   「なんだ、三下の勘太郎じゃねぇか」
 三下じゃねぇやと口からでそうになったが、飲み込んだ。
   「へい、喧嘩状の返事を、口頭でさせていただきやす」
   「それで?」
   「売られた喧嘩、買わせていただきやしょう」
   「それが辰巳の返事だな」
   「確かにお伝えしゃした、では勘太郎帰らせていただきやす」
   「待て、そう急がずとも、乗り物に乗せて送ってやろう」
 ははん、戸板だなと思ったが、にンまり笑って「結構です」と、断って頭を下げた。
   「そいつを帰すな、血祭にあげろ」
 それ来た、泰吉の兄ぃが言っていたことは本当だったのだと、「キッ」と身構えた。
   「わかりやした、殺って貰いましょう。その前に、この喧嘩のもとは何か教えてくれませんか?」
   「死に土産だ、教えてやろう。猪熊の縄張りで、辰巳の若いもンが、女を手籠めにしょうとしたところを、うちの若いもンが止めたので殴りかかってきた」
   「いつ?」
   「昨日の昼よ」
   「まっ昼間に、女を手籠め?」
   「そうよ、うちの若いもンは、歯を折られちまったのよ」
   「ふーん」
   「納得したか?」
   「ばか、そんな下らねぇことで殴り込みか」
   「親分に、ばかとは何だ」
 子分の一人が、勘太郎を捕まえようと腕を伸ばしてきたところを斜め後ろへ飛び、腰の長ドスを抜きざまに男の腕を斬った。いや、見ていた者は斬ったと見たが、武士さながらの素早い峰打ちであった。一同は「おお」と唸り一瞬固まったが、気を取り戻して長ドスを抜いて勘太郎に向けた。
 その時、師の「先手必勝!」の声が、勘太郎の耳に飛び込んだような気がした。長ドスの峰を返したまま、勘太郎は子分たちの中に飛び込んだ。
 束になって斬り込んでくる子分たちを、物の見事に躱(かわ)していたが、「やめた、やめた」と突然長ドスの切っ先を下げた。
   「てめえらのドスじゃ、この勘太郎を斬るのは無理だ」
 師譲りの、ハッタリをかました。これも、新免一刀流の奥義だとか。
   「これ以上かかってくるなら、明日の殴り込みでドスを持てるものは少なくなるぜ」
 それに、辰巳一家には、勘太郎の師匠が居る。
   「猪熊一家に、勝目はないと思うが、明日を楽しみにしているぜ」

 それでも、威勢の良い若いのが、長ドスを水平に構えて突っ込んできたのを、勘太郎は横にはらい、返すドスで手首を打ち付けた。
   「ギャッ」
 男は柄に似ず、高い声で悲鳴を上げた。
   「ほら、また一人減ったぜ、なんなら、五・六人減らしておこうか」
 勘太郎は、落ち着き払っていた。「俺らは、強くなった」と、満悦気味である。だが、長居をしていてはハッタリがばれてしまう。一斉にかかってくると、お手上げだ。用は済んだ、ここらで引き上げておこうと、挨拶をして猪熊一家を出た。

 子分たちが、後を追って来るかと用心したが、その様子は無かった。
   「先生直伝の、ハッタリが効いたようです」
 勘太郎は、独り言を言いながら、帰途を急いだ。

   「親分、勘太郎が元気に戻ってきやしたぜ」
 泰吉である。勘太郎のことが心配で、門口で待ち受けていたようである。
   「ほう、流石先生の手解きを受けているだけはあるな」
 親分も、目を細めた。

 翌朝になっても、猪熊一家の殴り込みは無かった。昼近くになって、猪熊親分が子分を一人連れて辰巳一家にやってきた。
   「すまねぇ、女を出会茶屋へ連れ込もうとしたのはこの野郎だった」
 その女を助けたのが辰巳の若いモンだったそうだ。連れてこられ、悄気返っていた子分が、深々と頭を下げた。
   「こいつには、きっちり落とし前をつけさせるので、許してくれ」
 親分は懐からドスを出すと、台の上に懐紙を重ね、子分に「ここへ手を置け」と、命令した。子分は手の震えを隠そうと、懸命になっている。
   「正直に白状したことだし、猪熊の、そいつを許してやってくれねぇか」
 辰巳が声をかけた。勘太郎も、濡れ衣を着せられかけた若衆も頷いた。  -続く-
 
 猫爺の短編小説「赤城の勘太郎」
   第一部 板割の浅太郎
   第二部 小坊主の妙珍
   第三部 信州浪人との出会い
   第四部 新免流ハッタリ
   第五部 国定忠治(終)
 猫爺の短編小説「続・赤城の勘太郎」
  第一部 再会
  第二部 辰巳一家崩壊
  第三部 懐かしき師僧
  第四部 江戸の十三夜


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1 コメント

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第4回 (takezii)
2016-05-03 21:23:27
拝読致しました。
これだけのストーリーを 原稿用紙15枚に ぴったりまとめ上げる才、素晴らしいし うらやましい限りです。 
登場人物、場面情景の イメージが出来上がってきていますので 映画の「続く」の ような 感覚になっています。
第5回を 楽しみにしております。
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