たけじいの気まぐれブログ

スローライフ人の日記風雑記録&フォト

今日のネタ 探し探しの 爺散歩

2017年03月23日 17時31分26秒 | ぶらり街巡り・ウオーキング

当地 今日は 終日 曇り空、まだまだ 薄ら寒く ウオーキング、散歩も 躊躇してしまいますが・・、「いかん、いかん」、
午後になって やおら 飛び出しました。
いつものように 路端や民家の庭先の花を コンデジで カシャ、カシャ 撮りながら・・・。

 

 

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ふっと思い出した故郷の言葉 No.15 「がい」

2017年03月23日 10時52分09秒 | 懐かしい故郷の方言

故郷を離れて50年以上、子供の頃 使ったり 聞いたりしていた言葉(方言)も すっかり忘れてしまっていますが 突然 ふっと思い出すことがあります。

No.15 「がい」
「丈夫」「元気」「頑丈」という意味で 使われていたように思います。

例えば

「コメダワラ カツゲル ガイナ アンチャダネ」
(米俵 担げるなんて 頑丈な お兄さんですね)

「ヒャクショウハ ガイデナキャ デキンワネ」
(農業は 丈夫でないと 出来ませんよ)

後年になって 日活映画等で 盛んに 「たふがい」等という言葉が使われましたが その「がい」に通じているのかなと 思ったものです。

たけじいの気まぐれブログ 「懐かしい故郷の方言」 → こちら

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病院 のち プール

2017年03月22日 22時19分10秒 | スイミング

今日は 3月第4水曜日。
午後に H病院の定期的経過観察検査の予約が入っており 受けてきましたが 16時には 帰宅。
それではということで 19時~20時の スイミングクラブ成人クラスレッスンに 出席してきました。
今日は 前半 バタフライ、後半 平泳ぎ でした。
レッスン終了後 いつものように 居残った 前向きな TUさん、KAさん、TAさんと フリーコースで 600m泳いで 先程 戻ったところです。
泳いで帰った後の遅い夕食、テーブルに用意されていたのは 今日 ハンバーグでした。
冷蔵庫から取り出した発泡酒で 一人乾杯? いい気分になっているところです。
いつまで続けることが出来るか分かりませんが 爺さんの ささやかな幸せのひとときです。

庭で やっと咲きだした 喇叭水仙

 

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ウクレレ

2017年03月22日 14時54分06秒 | 日記・エッセイ・コラム

日頃 雑物整理廃棄処分を心がけているにも拘わらず 先日は 天袋から出てきた 40年~50年前に 一時遊んだことのある 古いウクレレを 懐かしがってしまい 自分で修理までして 生き返らせてしまった 爺さん、

先日の記事 → 「ミイラ取りがミイラになってしまい」

なんと 無駄なことをしてしまったことか、大いに 反省しているところですが、生き返らせてしまった以上 多少 元をとらなけりゃ・・、
という訳で ボロローン♪
脳と手が 連動しません。

あっ!そうだ、Youtubeだ、
今は 動画で 弾き方が 見られる時代、便利で 有難い時代です。
初歩の初歩で いいんですから・・・、

Youtubeから 共有させていただきました。

ウクレレ練習曲 アロハ・オエ

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古い写真から蘇る山の思い出 その3 剱岳・立山

2017年03月21日 14時26分38秒 | あの日あの頃(the good old days)

バカチョンカメラ(小型フィルムカメラ)しか持っていなかった時代、当時は 撮った写真を その都度 せっせとプリントして アルバムに貼っていたものです。
1997年9月に 妻と次男と 3人で 剱岳・立山に登った時の写真が貼ってあるアルバムが 有ります。
久し振りに 引っ張り出して 眺めると あの日あの時の記憶が 映像のように蘇ってきます。
何枚か スキャナーで取り込んで 思い出を辿ってみることにしました。

それは 室堂から 剱岳へ、そして 立山を周回する 一般的なルートの山行でした。ただ・・、
単に山登りが趣味 というレベルの我が家族にとっては 体力、経験、技量、いずれからしても 最も厳しい山行の一つであったことは間違いなく それだけに 強烈な思い出になっているのです。

さらに 出発直前に 妻が極度の体調不良に陥り まず 室堂で 中止しようか、どうしょうか しばらく 思案した程だったのです。
「とりあえず 別山乗越まで 登ってみよう。そこで 無理と判断した時は 即 引き返そう」と決断して 出発したのです。

ミクリガ池、雷鳥平、そして 雷鳥坂を そろりそろり・・・、
天気は 最高、素晴らしい景観でした。

なんとか 別山乗越、剱御前小屋に辿り着きましたが そこで 初めて 夢にまで見ていた 剱岳の堂々たる雄姿と対面、その絶景に息を呑み 歓声を上げたものです。
昼食をとり しばし 休憩している間に 妻の体調は 少し好転、剱岳の絶景を見て 力を貰ったんでしょう。

本人は 「大丈夫、行ける」、
一抹の不安を残しながらも 「では とりあえず 剣山荘まで 行ってみよう。宿泊して 翌朝の体調を見て 剱岳登頂するか、断念して 撤退するか 決めよう」ということで 剱御前中腹コースを下りました。
剣山荘は 夏山最盛期から 少し外れていたこともあって 広い部屋を使わせてもらい 夕食前には 入浴まで出来て 熟睡出来ました。

一夜明けて 妻の体調は ほぼ正常に戻った様子で 尚 悪化する不安が有るものの 「行ける」と判断、やや 出発を予定より遅らせて 午前5時頃 そろり出発したのでした。

剣山荘出発が遅かったため ご来光は 一服剱 手前の地点で迎えました。

登山道の直ぐ脇の岩に 雷鳥が1羽が出迎えてくれて 気分高揚。

妻の体調を気にしながら 無理せず、ゆっくり、ゆっくり・・・

一服剱(標高 2,618m)



前剱(標高 2,813m)、平蔵のコル、カニノタテバイ、・・を クリアし

カニノタテバイ

午前8時20分、ついに 剱岳(標高 2,998m)山頂に 立てたのでした。

鎖場、ハシゴ場、肝を冷やすようなヤセ尾根岩場の連続、緊張感と 妻の体調悪化の心配、二重のストレスを抱えての登頂で 夢のような瞬間でした。
コンロで 暖かい朝食、スープ、コーヒー、
快晴の下 後立山連峰はじめ 360度 大パノラマ、
絶景を堪能しながら たっぷり 至福の時を過ごし 下山に掛かりました。

下山は 登りより もっと危険、慎重に、ゆっくり、ゆっくり、

最難関部をクリアし 生きた心地のする地点に。

11時30分頃 剣山荘に戻り着き デポしておいたザックを詰め直し 再出発。

振り返ってみる 剱岳。



剣沢小屋、三田平から 別山尾根上に上がり 立山方面に向かい 左折。
15時30分頃 宿泊先 内蔵助山荘に 到着しました。
体力、経験、技量 共 自信の無い家族3人組であり 無理をしない、余裕をもった計画にしていたのです。

内蔵助山荘

第3日目は 朝の内はまだ 晴れ間も見えており 白馬等 後立山連峰を 眺めることができましたが
予報通り 天気は 下り坂、次第に 雨になってしまいました。

富士ノ折立(標高 2,999m)、大汝山(標高 3,015m)、雄山(標高 3,003m)、立山三山縦走は 絶景眺望叶わず 黙々と歩くのみとなりました。

立山の主峰 雄山山頂、雄山神社

一の越

午前10時頃 無事 室堂に帰還しました。
「家族で登った 剱岳・立山」が 終わったのです。

「あの時は 最悪だったけど 良くも登ったもんだ」「無理 と 判断して 撤退していれば あの感動の思い出も無かったわけだし」「微妙だったが 判断が間違っていなくて 良かった」「幸運だった ということか」
いまでも 家族の語り草になっているのです。
年老いた今はもう 「剱岳・立山」は 決して 再び 登ること叶わない山であり 遠い思い出の山なのです。

 

 

 

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