生き延びる勇気、生き続ける苦しみ。

2009-12-20 | ◆Photo Diary


一昨日から片山右京(元F-1レーサー)さんの
富士山遭難ニュースを見るたびに、涙が止まらなくなる。

僕は人が亡くなってもあまり涙を流す方ではないので、
案外冷血漢な人間かと思うことがあるが、
人間五十を過ぎれば病気等で死んだとしても、
ある程度は自然な事で、
残された身近な方達の悲しみは理解出来るが、
それも、やはりしょうがない事かなと思ってしまう。
例外的に本当に悲しいと思うのは、あまりにも早く
子を理不尽な理由で亡くしてしまった親の様なケースでしょうか、
他には若い恋人、夫婦の連添いの死とか…
だから、よほど想い入れのある人以外の死では泣かない。

前置きが長くなりましたが、本人が亡くならなくても
それ以上に悲しいのは、今回の右京さんの様なケースでしょう。
事故の顛末はニュースで知られている事を前提に書きますが、
あのケースでは最低限生き延びられる可能性のあるものは、
どんな事をしても生還する義務があると思いましたし、
実際、右京さんはその通りにしました。

生き延びる勇気を持って、彼は必死で生還した訳ですが、
それでもごく一部の無理解な人々の誹謗中傷や、
マスコミの無神経な紋切り型の質問には呆れてしまう。

自分(右京氏)の夢やライフワークの犠牲に、
家族とは違うが、ある意味同等に近い関係にあるパートナーを、
一度に二人も亡くしてしまった悲しさ苦しさ、
そしてそれぞれの家族の方に対する申し訳なさを、
一生背負って生きていかなければならない辛さくらい、
どんな人間でも理解出来ると思うんですがね…
出来るなら、一緒に死んだ方がどんなに楽な事か…

ただ、不幸中の幸いだったのは、
亡くなられた宇佐見さんの奥様、堀川さんのお父様共に、
右京さんとの良い関係をしっかり理解されている
コメントを出されていた事でした。

だから、右京さんには決して自分を必要以上に責めないで、
夢を捨てず、今まで以上にファンや子供達に、
夢を与える仕事を続けていって欲しいと願います。
それが亡くなられたお二人に報いる、
最上の方法ではないでしょうか。

最後に亡くなられたお二人の方には、
心よりご冥福をお祈り申し上げます。


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