雪の朝ぼくは突然歌いたくなった

2005年1月26日。雪の朝、突然歌いたくなった。「題詠マラソン」に参加。3月6日に完走。六十路の未知の旅が始まった…。

060923 日々歌う

2006-09-23 11:46:00 | 日々歌ふ
けふ想ふ戦に抗し<法燈>を<一億二心>でひとり継ぐ詩人を

「戦争に反抗して殺されるのを怖れる人たちも、結局は駆り出されて死ぬ。反抗する者がたくさんあれば、或いは戦争を食い止めることができるという希望があり、まだしもよいのに、どうしてそこのふんぎりがつかないのかと歯がゆかった。
じぶん一人でもいい踏み止まろう。踏み止まることがなんの効果がないことでも、それでいい。法燈をつぐという仏家の言葉がある。末世の混濁のなかで、一人無上の法をまもって次代に引きつぐことをいうのだ。僕も、人間の良心をつぐ人間になろうと考えた。一億一心という言葉が流行っていた。それならば、僕は、一億二心ということにしてもらおう。つまり、一億のうち九千九百九十九万九千九百九十九人と僕一人とが、相容れない、違った心を持っているのだから。
そんな考えのうえで生きていく一日一日は、苦しくもあったが、また、別な生甲斐があった。」

詩人金子光晴が1957年、今のぼくと同じ62歳のときに出版した自伝『詩人』の中で書いていることばです。

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7 コメント

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窓下の・・・ (sakuraasako)
2006-09-23 21:32:50
虫の音が真っすぐに耳のそばまで届くこんな夜は

からだの隅々にまで

金子光晴さんの着ぐるみを着た

髭彦さんの言葉が染み入ります。

“違った心”で生きていくのを

辛いことだと思わなくていいんですね。

“違った心”を継いでいってもいいんですね。

ありがとう。
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半世紀後に… (髭彦)
2006-09-23 22:26:19
asakoさん



茨木のり子さんを通じて知った金子光晴のこうした言葉を、半世紀後にまた切実な思いで想わなければならないとは。

戦後民主主義のもろさ、ですね。

<虚妄>とまではもちろん思いませんが、自分自身も含めてかつての戦後<左翼>の民主主義理解も一面的でした。

いま必要なのは、イデオロギーや権威ではなく金子光晴のようなこうしたつよい精神に裏打ちされた民主主義理解ですよね。



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ワガハイノカイミヨウモナキ (きょんふぁ)
2006-09-23 23:18:27
「苦しくもあったがまた別の生き甲斐もあった」ですか。苦しいばかりだけどなぁ(笑)。覚悟が違うのかしら。



こんばんは。このごろ、少しづつ俳句を読んでいます。詠む、ではなく。



場違いなコメントは遠慮すべきかもしれませんが、なにかと触発されます。



『現代俳句の鑑賞101』より、いまこの瞬間

面白いと思ったものをいくつか。



秋雨や好きで混じって匙が降る 永田耕衣

逢ひたき友に故小野正夫大試験 田川飛旅子

秋の淡海かすみ誰にもたよりせず 森澄雄

この国を捨てばやとおもふ更衣 安東次男

絶滅のかの狼を連れ歩く  三橋敏雄

木の葉髪史観てふこの愚かなもの 志城柏

女老いこはいものなしアッパッパー 菖蒲あや



春の句ですが

「大和」よりヨモツヒラサカスミレサク



お邪魔いたしました。

また。









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通ずるものが… (髭彦)
2006-09-24 09:04:15
<この国を捨てばやとおもふ更衣 安東次男>



茨木のり子さんの『うたの心に生きた人々』(ちくま文庫)の中に、金子光晴の評伝があります。

ご存知ですか?
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個人の賦活とぞ (きょんふぁ)
2006-09-24 18:34:01
晶子・光太郎・獏・光晴の評伝とまでは。



今日は光晴の『人よ、寛かなれ』(中公文庫)を読みました。「すべて楽観的に考えて、せせこましくなく生きることだ。自分も他人もいじめないことだ。」とありました。大きなパオのような金木犀の樹下にすわって、天然アロマテラピーよろしく、いい気分で頁をめくったもので、するする入ってきましたし、いまの時代にも全然あてはまっていて、こそばゆいようなエッセイ集でした。



外地も見ており、既成概念に囚われず個としてかんがえていらっしゃるところ、大いに共感しました。
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茨木さんの絵本 (きょんふぁ)
2006-09-25 22:05:54
今日書店で茨木のり子さんの絵本(唯一らしい)を

たまたま立ち読みして、結末にうわああああと思いました。



たしか『貝の子プチキュー』とかいったかしら、ちょっと自信ないですが・・・。



やっぱり茨木さんは、コワイところがあるお方ですね。鋭いということは甘くないということか。



・・・わたしはやっぱり、あまったるうく生きたくなりました。ねうねう♪

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知りませんでした! (髭彦)
2006-09-25 23:37:00
茨木のり子さんの絵本、知りませんでした!

<茨木さんは、コワイところがあるお方>。

茨木さんのそこがまたイイのです。
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