雪の朝ぼくは突然歌いたくなった

2005年1月26日。雪の朝、突然歌いたくなった。「題詠マラソン」に参加。3月6日に完走。六十路の未知の旅が始まった…。

記録的な猛暑の8月は山中湖1周13.6キロを含めて16回(日々走る)

2010-09-01 17:47:34 | 日々走る

東京も記録的な猛暑となった8月。
10度は気温の低い山中湖で、とことこ一人で1周13.6キロを走った以外は、猛暑の東京で全身汗まみれとなって、5.2キロを夕方6時過ぎに12回、7.8キロを比較的涼しかった日の夕方に1回、2.6キロをまだ陽のある4時過ぎに2回、都合16回94.2キロを走った。
「熱中症」はもちろん、夏バテにも食欲不振にもまるで無縁で今年の猛暑を乗り切れたのは、まずはめでたい。
とはいえ、猛暑はまだまだ続きそうだ。
9月も大いに汗を流して、秋の到来を待ちたい。
この調子なら、秋にはまたコンスタントに10キロ以上を走れるようになるだろう。

      六十の半ばを過ぎて日々走るくらしをかつて思はざりけり
      老ひてなほ鍛ふる余地のあるを知る死も衰へも不可避にあれど

以下は、身辺雑記を兼ねた箇条書き風8月「日々走る」である。

8/1(日) 5.2キロ。
8/3(火) 5.2キロ。
  8/4(水) 夕方から、大塚の名店「くう」でブログのオフ会。
    酔流亭さん佐平次さん夢八さんnaoさんみづほさんに、初参加の風屋さんと僕の7人。
    いつもながら、おいしい料理にお酒と会話を楽しんだ。
  8/5(木) 午後から見沼野草教室。
8/6(金) 7.8キロ。
  8/7(土) 夕方から、桜新町に住む吾妹の高校時代からの親しい友人Kさん宅に招かれる。
    氷川台からのOサン・Mサンカップルと横浜から加わったYさんに、Kさんの大学時代の友人2人とで、総勢8人。
    ここでも、おいしい料理にお酒と会話を十分に楽しんだ。
8/8(日) 5.2キロ。
8/9(月) 5.2キロ。
8/10(火)5.2キロ。
  8/11(水) 娘が夕食を食べに来る。
  8/12(木) 夜10時に五反田駅前で待ち合わせ、義妹夫婦の車で山中湖芙蓉台の山荘に向う。
    H大学女子ラクロス部の4年生である、義妹夫婦ヒロちゃん・ツンちゃんの次女、つまり姪のノエちゃんが、山中湖湖畔の合宿を終えて4人の仲間を連れて来ていた。
8/13(金) 曇り気味で温度も22、3度。思い切って、山中湖1周13.6キロを走ることにした。
    7月から10キロ以上を走っていなかったので、最後のダラダラ上りがきつかったが、特に筋肉痛にもならずに完走できた。
    ノエちゃんたちは、夕方帰京。
  8/14(土) 吾妹と義母・次男が昼ごろに到着。

      雄大な富士を仰ぎつ高原の生物(いのち)を愛でて山路さすらふ

  8/16(月) 午後から全員で富士霊園に義父の墓参をし、義妹夫婦の車で帰京。
8/17(火)5.2キロ。
8/18(水)5.2キロ。
  8/19(木) 午後から見沼野草教室。  
    70代半ばのY先生と60代半ばの僕と60代前半のHさんのトリオで、2時間半ほど文字通りの炎天下を歩く。
    お互いの物好き振りを笑いあう。
    帰りがけ、東浦和駅前の居酒屋でY先生と生ビールを飲み、焼き鳥を食う。
8/20(金)5.2キロ。
8/21(土)5.2キロ。
  8/22(日) 夕方から、根津の中華料理店で、近くに住む下の義妹トコちゃんの夫マサト君と長男アキト君の送別会。
  マサト君が1年間ケンブリッジに行くことになり、小学校3年生のアキト君を連れて行くことになったのだ。
8/23(月)5.2キロ。
8/24(火)5.2キロ。
  8/26(木) 午後から見沼野草教室。
8/27(金)2.6キロ。
  娘と銀座で芝居「W~ダブル」(ル・テアトル銀座)を観に行く前に、4時ごろから走った。
  いつもよりスピードを出して走ったので、やっぱり汗だくになる。
  「W~ダブル」は、音楽を担当している卒業生の作曲家・アコーディオニストの佐藤史朗君から切符をいただいたのだ。
  奇想天外のどんでん返しの結末をふくめ、楽しかった。
  芝居がはねた後、一緒になったもう一人の卒業生で宝石商のT君と史朗君と僕たち親子4人で、近くの居酒屋で歓談した。

  8/28(土) 夕方から、元の職場の親しい同僚たち3人が来訪してくれた。とても楽しかった。

       盟友と呼びうる朋ら吾にあり一夜来りて清飲懇話す

  8/29(日) 夕方から、ノエちゃんのラクロス招待試合を観に、太田第2球技場へ出かけた。
    球技場の入り口近くで、突然「目良先生!」と声をかけられた。
    僕が学年主任をしていたときの、30歳になる卒業生のI君だった。
    なんと彼は、高校から始めたラクロスを大学でも続け、今は小学校の先生をしながら、M大学女子ラクロス部のコーチをしていた。
    全日本女子のコーチもしていて、H大学のノエちゃんのことも知っているという。
    驚いた。昔から長身・温厚な生徒だったが、さらに磨きがかかって素敵な青年になっており、偶然の再会がとてもうれしかった。
    試合は、前半3対ゼロで楽勝かと思われたが、後半、T大に攻め込まれ、立て続けに4点を取られて逆転負けを喫してしまった。
8/30(月)2.6キロ。
  6時半から駒場時代の友人たちとの飲み会が中目黒であり、その前に走った。
  いくぶん速めのスピードで、汗だくになる。
8/31(火)5.2キロ。


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ゲンノショウコ(現の証拠)―8月の山中湖31

2010-09-01 12:21:18 | 日々写す

              雄大な富士を仰ぎつ高原の生物(いのち)を愛でて山路さすらふ

               亡き祖母の煎じくれける野の草がかくも可憐な花咲かすとは


 

                              8月13日 ゲンノショウコ(現の証拠)、山中湖芙蓉台にて


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100901 日々歌ふ

2010-09-01 11:34:02 | 日々歌ふ

アプレ・モワ・ル・デリュージュとふ罪深き言の葉浮かぶ震災の日に

                  *

亡き祖母の煎じくれける野の草がかくも可憐な花咲かすとは

薄幸の祖母は俳句を詠みゐたりかな女を師とししげ女の名にて


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