壁際椿事の「あるくみるきく」

東京都内在住の50代男性。宜しくお願いします。

『黒い仮説 白い仮説』(竹内薫著)読後記

2013年11月27日 | よむ

『黒い仮説 白い仮説』(竹内薫著)を読みました。人気サイエンスライターによる、科学的態度の入門書です。

前半は、ミネラルウォーターとボトルドウォオーターの違いとか、マイナスイオンが身体に良いというのは黒い仮説とか、身近な話題です。後半は、宇宙誕生の謎など、興味深い読み物になっています。宇宙はどうして生まれたか。知的設計者仮説(一種の創造主説)と、子宇宙仮説があり、両者のパラドックス関係など、面白かったです。

エピローグでは、竹内さん自身の、自身のキャリアスタート時の恨み節を聞け、人となりが分かり、親しみが湧きました。

以下、アトランダムに。

●血液型性格分析は科学的か否かというテーマ。「いい出しっぺは1916年、原来再(はら・きまた)という人らしいですネ。その後(中略)古川竹二という人が研究をして(中略)『血液型による気質の研究』を発表し、本も出しています。そのときに、この学説を当時の金沢医科大学教授だった古畑種基という人が支持しました。古畑さんはのちにこの説には距離をおきますが、こういう偉い人たちが言い始めたことで(血液型による性格傾向は)普及してしまったのでしょう。」

この古畑という人物。あの弘前大教授夫人殺害事件で、冤罪の鑑定をした人ですね。法医学界の帝王といった風で、彼の鑑定には誰も疑義を挟めなかったようです(詳細は『冤罪の軌跡』井上安正著)。こんなところにも、彼は顔を出しているんですね。驚きです。

●テレビの視聴率は、東日本・西日本で、それぞれ600世帯に調査器を置いてもらい、調べている。600世帯程度では、3~4%の誤差があるものだとか。だから、3~4%の差に意味はない。なるほど、その通りですね。しかし、テレビ関係者やスポンサーは視聴率に一喜一憂し、それで番組の改廃が決まってしまう。その理由を、著者は「テレビ局の人がほとんど文科系であることに大きな問題があります。」としています。

が、ちょっと違うのでは。誰も「誤差がある」とは分かっている。しかし、視聴率に代わる評価指標を持たないから、ずるずる視聴率に頼っているのではないでしょうか。

入試では、偏差値には無理がある、面談や作文で人物を見よ、と言われます。しかし、こういう言い方をすると、温情が入る、客観性に欠ける等と批判する人がいます。そうした批判がイヤで、安易に偏差値を利用する。メディアの客観報道、中立報道と同じですね。客観・中立なんてありえないのに、偏差値のごとくそれを信奉する。でも、これってアリバイ作りだと僕は思うんですよね。テレビの視聴率も同じです。

ちなみに、誤差の範囲の求め方は、調査数の平方根だそうです。この場合、600の平方根は24.4948……で、24.4948の600世帯に対する割合は、4.08%で、だいたい4%です。

●地球温暖化について、イギリス政府肝いりの「ニコラス・スターン報告書」が紹介されていました。同報告書によると、温暖化のせいで、将来的には世界のGDPの20%の打撃を受けるだろう、それを予防するには毎年GDPの1%をかけて対策をしなければならない、のだとか。

「(世界のGDPの20%というと)第一次世界大戦や第二次世界大戦、あるいは世界恐慌レベルのGDPの落ち込みが世界を襲うかもしれない、といっているんですね。(中略)もし、本当にそういう状態になったときにいきなり20パーセントがなくなるわけだから大混乱に陥ると思います。人が苦しんで、人が死ぬわけです。大恐慌のときも世界大戦のときも大勢の人が死にました。」

僕は、ちょっと違うと思う。「将来的に世界のGDPの20%」といいますが、「将来的」の期間が分かりません。1年や2年ではないでしょう。地球が温暖化していくプロセスは、20年とか30年、場合によっては10年とか200年といった長期スパンだと思います。けっして「いきなり20%」ではない。一方、戦争や恐慌は一瞬です。

世界のGDPが、仮に「20年かけて毎年1%ずつ下げていく」という緩いペースなら、痛みを感じないのでは。いわゆる「ゆでガエル」です。確かに茹で上がるかもしれないが、「いい湯だな」と思っているうちに、先に人間の寿命が尽きます。それはそれで幸せなのではないでしょうか。ま、残される子孫にはいい迷惑ですがね。そこを何とかしようというのが、いまの議論ですよね。

●原子力発電についても、面白い記述がありました。「日本の電力供給の3分の1は原子力発電が占めています。それをなくしたら、日本の工業は停止し、ビルのエレベーターも止まります。経済は確実に崩壊するでしょう。治安は悪化し、人が大勢死ぬでしょう。やがて食料の輸入もできなくなり、餓死者も増え、疫病も、蔓延するに違いありません。」

本の発行年は、もちろん3・11の前。2008年3月です。3・11以降、長く原発ゼロが続きましたね。もちろん、石油の輸入増で、国富が流出し、貿易赤字になりましたが、だからといって「工業が停止し、経済が崩壊し、治安が悪化し、人が大勢死に、食料輸入が止まり、餓死者が増え、疫病が蔓延」はしていませんね。それどころか、外国人観光客はワンサと来日していますし、2020東京オリンピックも決まりました。これは、一体どういうことでしょうか?

●マンモス絶滅は、気候が一気に変わったから。徐々に変わるなら理解できるが、なぜ一気だったか。その理由として「地軸が一気にずれる説」と、「冷めたミルクの表面みたいな地表がズルリと移動した説」があるんですって。どちらも珍説です。竹内さんの言葉を借りると「黒い仮説」です。

「『地軸が変わった』といっている人がいます。チャールズ・ハップグッドという人です。」(同書p141)

「ちなみに、地軸が変わっているという説の出典ですが、1967年に、ヒュー・ブラウンという人が、8000年に1度の割合で南極が80度以上回転すると唱えています。(中略)また、先ほどの地球の表面だけがペロンと動いたという仮説の出所はチャールズ・ハップドッグという人です。」(同書p146)

いったい、どっちやねん? 著者の誤解か、編集者の見落としか。たぶん両者が重なったんでしょう。科学の啓蒙書で、こんな初歩的なミスがあると、内容そのものが信じられなくなりますね。残念。

以上、長くなりました。失礼します。