金属中毒

心体お金の健康を中心に。
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氷樹9

2009-02-28 16:49:51 | 鋼の錬金術師
氷樹9
「鋼の!」
聞き慣れた怒鳴り声が聞こえた。

この展開になればもう賢明なる読者方にはネタバレだろう。ロイが外から建物全体を燃やし飛び込んで来たのだ。

棺以外何も無い冷凍倉庫でも、柱や外壁は可燃性であった。酸素濃度を自在にする焔の術師にかかれば氷さえも燃えるというものだ。
氷はしばらくの間、焔に対抗した。しかし、すぐに火の裁きに道を譲り渡した。

「どうしてじゃまが入るんだろ」
フレッチャーは憮然とした口調でつぶやく。
「マスタング准将、僕は軍の規則を破っていないし、あなたの利益を侵してもいませんよ」
フレッチャーの手が棺から離れた。
「鋼の!」
再びの怒鳴り声にエドははじかれたように壁から離れた。
「来い」
エドはフレッチャーの手首を乱暴に掴むと外へと走り出した。
考えてみれば妙な行動である。ロイはフレッチャーからエドを救うために、焔で攻撃した。だが、当のエドが敵であるはずのフレッチャーを助けようとしている。
「鋼の?!」
「ロイ、火を消してくれ。あいつがまだ」
中にいるといいかけ、エドの声は止まる。
錬成は成功していない・・・筈だ。ラッセルは生き返ってなどいない、筈だ。
改めてフレッチャーを見るがリバウンドを起こした様子はない。
ただ、不機嫌なだけだ。


ロイの術ですぐ火は消された。
「どうしてここに?」
エドの問いにロイは答えない。
答えの代わりのようにその手には銃があった。
「フレッチャー・トリンガム、国家錬金術師エドワード・エルリックへの殺人未遂およびラッセル・トリンガムへの殺人容疑、人体錬成の罪で拘束する」
「なに言い出すんだよ!」
抗議するエドの言葉を無視して、マスタングは後ろで控えていた憲兵達に命じる。
「連れて行け」
エドは両手を打ち鳴らそうとした。
が、ロイの手が乱暴にエドの両手を掴んだ。

エドがマスタングに捕まっている間にフレッチャーは護送車に放り込まれた。
扉が閉まる前、フレッチャーはエドを振り返った。
「さよなら」
護送車が走り去る。

車のたてた埃がおさまるとロイはエドの手首を離した。
「来い。鋼の、お前は確認する義務がある」
連れて行かれたのは棺の前。
何故錬成がうまくいかなかったのか、それなのに何故リバウンドが起きなかったのか。棺を見てエドワードは納得した。棺のふたが数ミリずれ、錬成陣は切れていた。つまり最初から発動していなかったことになる。
「開けるぞ」
ロイの手が棺にかかる。
デスクワークが増えているとはいえ、ロイは武闘派筆頭の軍人である。棺のふたを開けるくらい訳もない。
棺の中は、なにもなかった。

エドとロイは電気系のショートが原因のぼやという事で警察や消防をごまかし、ロイの運転する車でセントラルに戻ろうとした。
「どうして」つぶやくエドにマスタングはよどみなく答える。

「考えられるのは、兄の死を目前にした弟はそれを受け止められなかった。そこで自分の手で兄を殺し、死体を保存した。さらに兄を再生、蘇生させようとした」
「だけど、あの中は」
「そうだ、死体はなかった。あるいはショックを受けた弟の妄想かもしれない」
「・・・ロイ、俺はそう思わない。ラッセルはいたんだ。あの棺のなかに。だから、フレッチャーが人体錬成をするのを止めるために棺のふたをずらして、錬成陣を壊した」
「そう思ってもかまわない」
マスタングもエドも錬金術師だ。人は肉体と精神と魂でできている。それが基本の考えである。
棺が最初から空だったのか、ラッセルの精神か魂かが入っていたのかはもはや証明できない。

「ラッセルはいやみたっぷりのひねくれ者だったから、素直に頼むとは言わないよなぁ」
セントラルの明かりがちらちら見え始めてから、エドは不意に明るい声で言った。
「弟を頼む」
そう言いたくて、意地をはって言えない、銀の瞳がみえるようだ。
「頼まれたら、絶対ことわるな。けど、頼まれてないしな。
ロイ、俺フレッチャーを連れてアルを迎えに行く」
「報告があった。アルフォンスの記憶退行が止まった。人体錬成の前の日だ。肉体の記憶と魂の記憶が一致するまで後退したようだな。そこからは正常に記憶している。鋼の、当然お前のことも覚えている」
「あちゃー、アル怒ってるだろうな」
一人でほったらかしていたのだから。
「今はリゼンブールにいる。盛大に怒鳴られて来い」
にやりとマスタングは人の悪い笑みをうかべる。

マスタングの宝玉たち、黄金のエドワード、琥珀金のアルフォンス、銀のフレッチャーが手元に揃うまであと2年という年であった。