金属中毒

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氷樹7

2009-02-25 17:42:56 | 鋼の錬金術師
氷樹7

弟に手を引かれていったのは大きな冷凍倉庫。
「ここは?」
「起こしに来たんだ。兄さんを」
フレッチャーが兄をラッセルのことを口にしたのは、再会してから初めてのことだった。
フレッチャーはアルのことを訊かない。
エドはラッセルのことを訊かない。
約束も相談もしていないが,どちらも今ここにいない兄弟の話題を口にしなかった。

だが、そのバランスはフレッチャーが崩した。
「ここに兄さんがいます」
エドはよどみなく歩き続けるフレッチャーに引かれ、冷凍倉庫の奥へと踏み込んでいく。
もう外の光は見えない。青白い天井灯が足元をおぼつかなく照らす。
水のそこへ落ちていくような錯覚をエドは感じた。

そこに在ったのは棺。
「ラッセル、死んで」
エドの声が凍りつく。恐怖からではなく極上の笑みを浮かべる『弟』に。
フレッチャーの両手が棺に触れた。次に何が起こるのかエドは知っていた。自分がやった事だから。エドの手がフレッチャーの手を押さえた。止めなければいけない。この弟を。
「どうしてですか?エドワードさんもアルフォンスさんを取り戻したでしょう。僕が兄さんを取り戻してはいけませんか」
死者は取り戻せない。
そう答えようとしたエドに、先にフレッチャーが答えた。
「兄さんは生きています。眠っているだけで。
ただ、凍結しただけです。僕が」
「それで、氷樹か」
この弟が低温の術を極めたのは兄をとどめておくため。それがどういう事か、エドにはわかる。
同じだ。あの日の自分の選択と。弟を失いたくない。独りになりたくない。弟の魂を鎧に閉じ込めた自分と。
しかし、ひとつ違う事がある。アルは生きている。鎧の姿であっても。
世界中が弟の存在を否定しても、エドには弟が生きている事がわかる。だが、ラッセルはどうか。凍結された棺。それは死体だ。
「エドワードさん。そんな顔をして、僕が人体錬成をするとでも思っているんですか。残念だけど、僕にはそこまでの腕はありませんよ」
フレッチャーは楽しそうだ。これから最愛の兄を取り戻せると信じている。
「俺を使うのか」
この時点で、エドは気が付いた。フレッチャーは知っている。エドが赤い石を使って弟を取り戻した事を。その石は父のナッシュがラッセルのために残したもの。
だとしたら、自分をこの冷凍倉庫まで連れてきた目的は赤い石の代わりに触媒として使うためなのか。
最初エドワードはそれでもいいと思った。復讐する権利はフレッチャーにある。
しかし、きょとんとしたフレッチャーの顔がその可能性を否定した。
「つかう・・・?あぁ、そういうやり方もありますね」
やっぱり兄さんはすごいや。高い木に登って果物をとってやったときと同じ瞳で、フレッチャーはエドを見上げる。
「そういう計算がすぐ出るなんて、さすがに最年少合格者ですね」
「でも、わかっていませんね。ぼくは兄さんと同じくらいエドワードさんが好きです」
そのあなたを失うような事ができるわけ無いでしょう。フレッチャーは楽しげに微笑む。