両王手9
歴史に残る言葉は第一皇子が知らぬ間に全世界に報道されていた。
数分後、それを知ったオデッセウスはもはや戻る道が無い事を知った。
善良な凡人が追い詰められたとき火事場の馬鹿力を発揮する事がある。このときその典型パターンが現れた。
オデッセウスは皇室専用回線で次々と弟妹達に連絡を取った。彼らの手持ちの軍をまずは味方にしなければならない。
それが、ある一人の弟に繋がったとき核融合反応のように物事は走り出した。
第2皇子シュナイゼル。皇帝の宰相。
「兄上、兄上は世界をどうするおつもりですか」
ルルーシュならばシュナイゼルのこの言葉をいやみや皮肉としか取らなかっただろう。
だが、オデッセウスは真剣に答えた。
「民の幸福を守りたい。だが、私の手に負える範囲までで。世界は大きすぎる。私には父上のようにはなれない」
「よろしいでしょう。私を兄上の、国王陛下の宰相に命じてください」
シュナイゼルが皇帝を裏切り、兄王に付いた。これをどう解釈すべきかについては論議の分かれるところである。
シュナイゼルには皇帝を裏切る動機が無いのだから。シュナイゼルは権力も財力もすでに持っている。利益供与の約束で味方にできる相手ではない。といって兄オデッセウスの人格や才能に惚れて協力したとはまったく考えられない。後に凡庸王と呼ばれるオデッセウスが弟を説得できるとも思えない。唯一ありえるのは父皇帝への反抗だが、それならシュナイゼル自身がトップに立ったほうが良い。現に貴族や高級軍人達は味方に付くよう説得するオデッセウスに対して「シュナイゼル殿下が皇帝になるなら味方するが、あなたがトップでは」と平然と返答している。革命に成功してからオデッセウスは彼らを罰しなかった。
「彼らは本当のことを言っただけだからね。真実を口にしたから罰を受けるような国では誰も本当のことを言ってくれなくなるだろう」
後世の意見だが、シュナイゼルは父皇帝の軍事主義(植民地主義)に限界を見ていたのではないか。植民地政策はコスト的には引き合わないともいわれる。ましてブリタニア本国人が異常なほど生産に携わらず、軍事のみに人材をはじめ国力を傾ける事にはプロの軍人でさえも疑問を抱いていた。繰り返されるエリアの反乱に兵士の死亡率は急速に上がっている。前年統計では22パーセントであった。国を再生産するべき世代が、植民地政策というローラーにかけられつぶされ死んでいく。
皇帝の権力で今はまだ抑えられているが、あと5年もすれば押さえられなくなる。その読みがシュナイゼルにはあった。これは、公式文書から読み取れる。たとえ、父から皇帝位を譲られたとしても、ぼろぼろの国では受け取りたくも無い。そんなとき、凡庸としか形容詞の無い兄が計算外の行動を起こした。ならば火中の栗を兄に拾わせて自分は実質を握ろうか。
そうとでも解釈しなければ、シュナイゼルが兄に付く理由は説明できない。
あるいは悪魔か美しき魔性の者にでも操られたのか。