(写真更新しました)
我がやどの いささ群竹(むらたけ) 吹く風の
音のかそけき この夕(ゆうべ)かも
=巻19-4291 大伴家持=
わが家の庭の清らかな笹竹に吹く風の音がかすかに聞こえる、この夕暮れよ。という意味。
「いささ」は、いささかの、わずかな。「音のかそけき」は、吹き過ぎて行く風の音の薄れゆくこと、かすかになってゆくこと。
音がかすかに聞こえその後遠ざかってゆく、そこに静寂がある。かすかな音を歌ったというより、静寂そのものを歌ったともいえる。
天平勝宝5年(753年)2月、家持はこの2年前に少納言に任ぜられ、越中から帰京した。しかし、政治の実権は藤原仲麻呂に握られ、家持の不満は日増しに募るばかりであり、ここの歌はそうした時期に詠まれたものである。
タケはイネ科。米や麦と竹が親戚とはどうも理解できないが、植物学上ではそうなっているのである。
『万葉集』には「たけ」は十八首詠まれている。
この万葉歌碑は名古屋の東山動植物園内の万葉の散歩道に置かれている(2010/12/24写す)。
我がやどの いささ群竹(むらたけ) 吹く風の
音のかそけき この夕(ゆうべ)かも
=巻19-4291 大伴家持=
わが家の庭の清らかな笹竹に吹く風の音がかすかに聞こえる、この夕暮れよ。という意味。
「いささ」は、いささかの、わずかな。「音のかそけき」は、吹き過ぎて行く風の音の薄れゆくこと、かすかになってゆくこと。
音がかすかに聞こえその後遠ざかってゆく、そこに静寂がある。かすかな音を歌ったというより、静寂そのものを歌ったともいえる。
天平勝宝5年(753年)2月、家持はこの2年前に少納言に任ぜられ、越中から帰京した。しかし、政治の実権は藤原仲麻呂に握られ、家持の不満は日増しに募るばかりであり、ここの歌はそうした時期に詠まれたものである。
タケはイネ科。米や麦と竹が親戚とはどうも理解できないが、植物学上ではそうなっているのである。
『万葉集』には「たけ」は十八首詠まれている。
この万葉歌碑は名古屋の東山動植物園内の万葉の散歩道に置かれている(2010/12/24写す)。