goo blog サービス終了のお知らせ 

about him

俳優・勝地涼くんのこと。

『カリギュラ』人物考(4)-5

2009-05-05 00:43:02 | カリギュラ

蜷川さんは戯曲の台詞をほとんど変えることをしない方なので、戯曲から読み取れる人物像と実際の舞台上の人物像は理屈からいけばそう違わないはずなんですが、私が戯曲を読み返しながらブログを書く中である程度把握したつもりのシピオン像((4)-1~3参照)と勝地くんの演じるシピオンには大分違いがあったように思います。

戯曲のシピオンの言動のいちいちには「無意識の媚態」とでも言うべきものがある気がする。
幼時から周囲の人間に愛されることを当たり前としてきたがために、自分のどんな発言・仕草が相手の気を引くのか無意識に察知していて、適宜それを振りまいて見せている。
――というより子供の頃と同じように振る舞い続ければそれが他人の意に叶うとみて、その「勝利の方程式」通りの行動を取り続けているような印象です。

このやり方は年を重ねてゆくほどに効力を失い、それに本人が気づかないことでグロテスクにすらなってゆきかねませんが、シピオンはまだ充分それが通用する若さと美しさを持っていて、それがために一種小悪魔的な魅力を放っている。
愛されることに慣れている人間は、他人が自分に好意を持つのを大前提に行動するために、その自信に満ちた態度がさらに他人を惹き付けることになる――そういう「愛されスキル」をシピオンは元々備えている。
これらは幼時からの習性であって意識的に相手に媚びているわけではないので、他人には純粋という印象を与え、それがまた愛される要因になる。一言で言えば得な性格というやつでしょうか。
こうした「愛される自信」に満ちた態度は周囲から蔑まれ虐げられるのが当たり前になっている(いた)ような人間、たとえばエリコンなどには時として鼻につくんじゃないかと思いますが、そうした人間でさえ鼻につきつつも結局そんなシピオンを愛し、彼を愛しか知らない無垢のままに置いておきたいと願ってしまう、それがシピオンというキャラクターなのだと思います。

そんな彼を初めて決定的に傷つけ、憎しみと言う感情を教えたのがカリギュラだった。それでも久しぶりに昔のような優しさを見せたカリギュラと詩を詠みあううちに、彼の心は憎しみから愛へと帰ってゆく。
他人から愛され、その愛を投げ返すのが常態だった彼の心は、本来憎しみには馴染まない。カリギュラやケレアと激しく言い合う場面でも、完全に相手を拒絶することはしない。
拒絶するような言葉と身振りのあとで、ちょっと相手の顔色を、自分の態度が相手にどんな印象を与えたかを窺うような目つきをしてみせる――それが戯曲のシピオンのイメージでした。

対して勝地くんのシピオンにはこの「媚態」をあまり感じなかったのです。
戯曲を読んでいると、カリギュラとの論戦の中の「ぼくをばかにしていますね、カイユス」という台詞は(4)-2でも書いたとおりどこか甘ったるい響きを帯びているし、カリギュラ殺しへの協力を求めたケレアに「正しい人間など、ぼくにはもうだれもいない!」と叫ぶ場面も、台詞を言ったあとに上目使いのすがるような視線をケレアに向けてそうなんですが、勝地くんのシピオンはもっと直球。敢然と怒り、敢然と否定する。
台詞の内容やト書きの指示は基本忠実に守られてるので甘さ皆無ではないんですが、戯曲から受けるイメージより大分凛とした男らしさを勝地シピオンは持っていたように思います。
「ぼくはカイユスに真実をいおうと決めたんです」の言葉どおり、毅然とした態度で言うべきことを言う。それによって相手にどう思われるかは別段重要ではない。自分の信じる道を行くのだという信念を感じます。

こうした勝地シピオンの性格は、「相手が先輩であっても、明らかに間違っていると思えば堂々と意見することを辞さない」勝地くん自身の気性が少なからず反映された結果でしょう。
また上述の「ぼくはカイユスに真実をいおうと決めたんです」の台詞をあえて笑顔で言ってみたら蜷川さんに速攻ダメ出しされたというエピソード(※1)からすれば、蜷川さん自身の求めるシピオン像も、態度のそこここに無意識の媚びを含んでいるような柔々した少年ではなく、もっと硬質な、それゆえの強さと脆さを兼ね備えた人物だったということなのかもしれません。

複数回観劇された方の感想を読むと、公演初期のシピオンはもっと儚げで女性的な印象だったのが、後半になるにつれ強さと男らしさを感じさせるように変化していったそう。初期のシピオンはもっと原作のイメージに近かったのかも。こちらバージョンのシピオンも見てみたかったなあ。

 

※1-シアターコクーン『カリギュラ』パンフレットより勝地涼インタビュー。「シピオンがカリギュラに「真実を言うと決めたんです」と言うシーンであえて笑顔で言ってみたら、蜷川さんから速攻ダメ出しをされて、あくまでシピオンは屈折しないで真っ直ぐに感情をぶつけていく人間なんだと思いました。」

 

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『カリギュラ』人物考(4)-4 | トップ | 『カリギュラ』人物考(5)... »

カリギュラ」カテゴリの最新記事