小夜子のまわりに女子が集まり、由似子も小夜子との交流を通して過去の傷(幼い小夜子を見捨てた)を清算できたのは、この言い伝えとリンクしてるのでしょう。
・能楽クラブの稽古風景。由似子が部長なのは意外でしたが、原作ほどドン臭い設定じゃないのでそれもありかも。発表会の演目が「羽衣」というのはモロですね(笑)。
・大沢たちの暴行未遂事件をもみ消すべく小夜子に頭を下げる担任教師・根津を、彼が犯した過去の事件をほのめかして追いつめる小夜子。
どうも映画の根津は女生徒に手を出す悪癖がある様子。原作に登場しない(「叶家の死んだ長男」とだけ説明される)浮子の夫・泰之も小夜子以前にも「前科」があることになってたし。
普段は真面目な、少なくとも異常性癖のない人物が小夜子に対しては誘惑に抗しきれない、という設定の方が小夜子の魔性がより引き立ったんじゃ、とも思います。
・根津の胸ポケットにガラスの破片を入れ、衿に血をなすりつけて上目遣いに見上げる小夜子。目が大きいだけに迫力があり、妖艶な雰囲気を醸し出している。
キャスト発表当初、杏ちゃんはビジュアル的に小夜子のイメージじゃないなあと思ってたんですが、あの大きな目が原作とはまた違った雰囲気ながら十分に「男を破滅させる魔性の女」の空気を出している。何だかんだでナイスキャスティング。
・悲鳴をあげて逃げる小夜子に廊下で襲いかかって他の先生に引き剥がされる根津。
大沢事件も、かつて根津が女生徒を暴行したさいも、第三者のいない場だったためにうやむやにされた(されようとしている)。ゆえに人目につくところに根津を引っ張り出した小夜子の作戦勝ちですね。
・涼に助けを求め後ろに隠れる小夜子。涼の肩越しにのぞく小夜子の目は恐怖の色なく強く輝き、その眼光から涼は少し目をそらす。
この時点で小夜子が精神的に涼を呑んでしまってますね。
・一人下校途中の小夜子をバイクにもたれていた涼が追いかけ並んで歩く。
二人はしばらく無言のままですが、やがて小夜子が笑い涼も笑顔を見せる。二人の間に初めて好意的な空気が流れる場面。言葉がないぶんかえって心が通じ合っている印象を受けます。
しかこともあろうに教師に襲われかけたばかりの少女を一人で普通に帰らせるものだろうか。女の先生が送っていくとか家の人に迎えにきてもらうとかするもんだと思うのだけど。
・浮子の亭主は火事で亡くなった泰之だったと判明。
神社を継ぐための養子だった泰之がまわりの反対を押して浮子と結婚したというのだから相当なもの。おそらくは浮子が叶の財産を目当てにその美貌で泰之をたらしこんだものと推測されます。
そうでなければ泰之は小夜子の母と結婚してたんですかね?泰之が浮子と結婚しちゃったので小夜子母には別に婿を取ることになったとかそんな流れで。
しかしそれだけ浮子に打ち込んでいた泰之が小夜子はまだしも他にも幼女を食い物にしてたというのが不思議。浮子と上手くいかなくなって大人の女に嫌気がさしちゃったんだろうか。
このへんは映画オリジナルの設定で、原作より大分叶家の状況が複雑化しちゃってます。
・小夜子の着物を着付ける雪政。成人男子が女子高生の着替えを手伝うというシチュエーションが、小夜子も雪政も特に意識してる感じはないものの仄かなエロスを醸し出している。
幼い小夜子との出会いが雪政視点で回想されますが、無言ですっと手を差し出す女王然とした小夜子に一瞬で雪政が心を奪われたのがよくわかるようになっている。
短いシーンですが雪政が小夜子に献身的に尽くす理由がこれだけで納得いきます。
・お茶会の日。小夜子が涼と暁に茶をたてる。まわりに他の客がいないので妙に寂しい。
小夜子の着物と傘の赤い色が周囲の緑に映える。この場面に限らずこの映画は色のコントラストが秀逸。
・「羽衣」の舞台を長々と見せる。その間で小夜子の祖母が白い薄衣を手に持っているカットが挿入される。
薄衣は黒ずんだ赤い色が広範囲にわたって付いている。どうやら神社とともに燃えたはずの羽衣のようですが、なぜここに。
・能舞台を見ながら、由似子の脳裏に日本人形のような幼女(小夜子)が男に殺される光景がフラッシュバックする。
原作にはない二人の幼少期の一瞬の出会い。幻想的な見せ方が上手いです。
・図書館で叶家の過去の事件を調べる鷹子。
叶の家族写真に写っている幼女が由似子の回想?に出てきた幼女と同じ顔をしてるところから、由似子が出会ったのが幼い小夜子だと観客にわかるようになっている。
・水絵とあやとりをして遊ぶ小夜子のまわりを包み込むように白いカーテンがはためく。羽衣を纏った天女をイメージさせる演出が美しい。
小夜子も幼く無邪気な水絵の前では一切の計算なく澄んだ心のままいられるのでしょう。
涼ははからずも天女の水浴びに出会った男のポジションに立たされた感じですね。そばに「水」絵ちゃんもいるし。
・前に水絵の部屋が出てきたときは暗くて気づかなかったが、水絵のベッドはまるで病院のような白いパイプベッド。これだけでも水絵がこの家で冷遇されているのが知れる気がします。
もっとも後で出てくる暁の部屋のベッドも同じデザインのダブルベッドだったんだが・・・。
・小夜子が咳き込む水絵の喉元に手をやって「自分で治ろうと思わないと」と言い聞かせると咳が止まる。まるで魔術のような鮮やかさに、涼も奇蹟を見るような目になっています。
これまではもっぱら恐ろしい女だと感じていた小夜子がこの時にわかに女神のように見えたことでしょう。
・夕暮れ近い海辺を歩きながら語る小夜子と涼。
靴を脱ぎ捨て水に入る小夜子の所作は男を誘うような色香がありましたが、「私を取り巻く全てのものに私は腹を立てているの」と涼を振り返ったときの顔はいつもの艶麗さの代わりに、どこか泣き出しそうに見える可憐さを強く感じさせる。
小夜子が自分の弱い部分を垣間見せる唯一の男が涼なんですね(雪政にもそうかな)。美しく物悲しい夕陽の眩しさがこの場面をなお透明感に満ちたものにしています。
(つづく)