〈第四回〉
・日中に詩文堂を訪ねる英児。しかし店番が父親なので入らずに中を覗いてると、ちょうど冬子が帰ってきて怪訝な顔をする。英児は顔をそむけますが、やはり娘には顔を合わせづらい心理があるんでしょうね。
冬子の方は母親に恋人がいることは知ってるはずですが、英児の挙動から彼がそうだと察したでしょうか。
・ただいまと台所に入り詩文に声かける冬子。どうやら無事仲直りしたらしい。そして夕飯いらない、おばあちゃまのところへ行く、とさらっと言う。おばあちゃまという呼び方に驚く詩文に、そういうと喜ぶから、「魔性は女にも通じるんだよ」とからかうような甘えるような口調で冬子は説明する。
本当に河野の家に行く気なの?といくぶん呆れたように詩文は言うが、これまでのようにヒステリックなまでのキツい拒絶の態度はすっかりなりをひそめています。大学も行かしてくれるし海外にも旅行行けるって、と冬子は言ってから「ママがいやならやめる。でもママもどっかでそのほうが気が楽だって思ってるし」と自然な調子で口にして、虚をつかれたように詩文は言葉を失う。
これまでは河野母への反感もあり、何より母の情として冬子を手元に置きたいと思ってむきになってきたけれど、強い執着は生きがいになると同時に重荷ともなるわけで、痴呆の進む父、赤字か重なるばかりの店を背負った詩文が、このうえ冬子まで育てることに限界を感じはじめるのは無理もないでしょう。まだ詩文自身もはっきり自覚してるかわからないそんな心の弱りを、冬子にさらりと指摘されたのだからこれは痛いですね。
・詩文は気を取り直して、その方が冬子がいいと思うなら止めない、でもあの家に養女にいくということはいずれ婿を取るということ、あの人はお墓を守る人が欲しいだけだとマイナスポイントを並べますが、おばあちゃまが死んだらそんなの全部無視すればいいと冬子はあっけらかんとしたもの。そう簡単に死なないわよあの人はと詩文は一人言を呟きますが、この一人言の時だけちょっといつもの元気を取り戻したように見えます。
しかしこの頃河野母はブティックでうきうきと冬子のための服を買い物したりしていて、それを見る限り「お墓を守る人が欲しいだけ」という評価は当たってない。むしろこの年になって突然得た孫が可愛くて仕方ないようにしか思えないです。
・英児が詩文堂の扉を開けて中へと入る。店番は相変わらず父なのですがいいかげん業を煮やしたのでしょう。足早にカウンターに向かい「あの、詩文さんは」と単刀直入に切り出すと、父は少し睨むような目で英児を見る。
その視線に戸惑った英児は「あの、おれ・・・」と思わず口ごもる。血の気の多いボクサーをびびらせるのだから詩文の父親も大したものです(笑)。
・父の脳内に圭史の姿が浮かび、「圭史くん」と呼びかけられて英児は驚きに眉を寄せる。詩文ー、圭史くんが見えたよー、と奥へ声をかけてくれたのはいいとして圭史よばわりに当惑していると、すいませーんと言いながら詩文が出てくる。お客をつかまえて圭史扱いしてると思ったんでしょうね。
こんな父に店番させといていいんですかね?多分誰も来店しない前提だからなんだろうけど。
・店に出てきて英児の姿を認めた詩文は動きを止める。「どうぞごゆっくり」と父が席を外したため二人きりに。困ったような顔の詩文に「圭史って誰」と英児はちょっと強めの声で尋ねる。他の男の名前が出たことで嫉妬してるのが丸分かりで、そのへんが英児の幼さというか可愛いところ。
しかし詩文は英児の問いかけを無視し、「カナダで死んだやつ ?」と聞かれても「もう閉店なんで」と顔を見ようともしない。ですが詩文が言ったでしょうもう終わりだって、と告げた―英児を無視することを止めともかくも彼に向き合った―とき、彼は詩文に大股に近寄り両肩をつかんで正面に向けさせる直接行動に出る。
ちょうど棚の影から出てきた冬子はこの光景に口を開けて止まってしまいますが、詩文が笑顔を作って「お客さま」というと冬子もびっくり顔のまま頷くとふーんと意味ありげに笑って引っ込む。そのまま棚の後ろを回って外へ出て行く気の利かせ方も(もともと出かける予定だったとははいえ)なかなかに理解のある娘です。
・冬子が出て行ったあと詩文は、わかったでしょあたしにはあんな大きな子供がいるの、ボケた父親も抱えてるの、だからもう英児にかまってる暇はないのと背中押しやるように英児を玄関から出そうとする。
店の入口で英児は向き直り「ボクシングできなくなったからいやなのか」と問う。頭打たなくたっていつかはボクサーやめなきゃならないんだ、そのときはおれを捨てる気だったのか、とすねた子供っぽい表情で英児は言い募る。
「死んでもボクサーでいてえんだ」とネリに叫んだときに比べると、ずいぶん後退したというか現役引退を少しずつ受け入れられてきた感じの発言。確かにボクサーを止めることを受け入れた英児は牙を抜かれたがごとくで、それまでのギラギラした魅力がどこかへ行ってしまった感がある。詩文がボクサーじゃなきゃ英児じゃないというのもわかる気がします。
だからというべきか、詩文はしばし沈黙の後、唇の端をあげて笑顔を作り「そうよ」と嫣然と笑い、傷ついた顔でじっと見ている英児を押し出して店の扉を閉める。
・ネリは英児の今後についてジムの会長に相談にいく。うちのトレーナーになりたいというならウエルカム、けどどうかな(英児にその気があるだろうか)という会長に「彼がその気になったらお願いします」とネリはつい勢いごむ。
会長はわざわざネリの隣に来て座り、なんでそんなに英児に親切なんだと尋ねてくる。私は彼の主治医です、他の患者さんには家族や友人がいるが彼には誰もいないんだなと感じました、立ち直るには親身になって心配してくれる人間が必要なんです、とあくまで医者として当然の行為だと強調するものの、「余計な世話かもしれないがあいつに惚れるのだけはやめときな」と完全に会長に見透かされてしまってます。
ネリは笑いながら、余計なお世話です、あくまで医者として患者さんのことを考えてるだけです、ととぼけるものの、早々にジムを立ち去るあたりの挙動で語るに落ちてるような。
・英児のアパート前までやってきたネリは、階段を上がるのをためらってるところへちょうど帰ってきた英児と遭遇する。ネリはそのまま英児がやってくるのを待つが、英児は彼女の前をすり抜けて階段をあがっていってしまう。
ネリが後を追いながら「外来の予約すっぽかさないでよね」と言っても、閉まりかけたドアをそのまま開けて中へ入っても完全に無視。先日のキスの後どんな別れ方したんだろう。恐らく英児は詩文堂帰りだと思われるので、詩文に袖にされたばかりで誰とも話したくない気分だったんでしょうか。
・詩文は銀行で残高128円の文字に無表情に見入る。両目を閉じて何も言えない様子。確かに残高3ケタは精神的に堪えますね。前に河野母が置いてったお金はもうなくなってしまったんでしょうか。
そのとき横目に隣の男性がごそっと万札降ろすのを目撃した詩文は、男が札を数えるのをじっと見る。相手の顔へ視線を移すと、向こうも気づいたのか横を向いて結果目があう。詩文が気まずさを隠すように微笑むと男は魅入られたようにお札を取り落としてしまう。詩文の「魔性」が発動したか。
あわてて男が札を拾い集めるのを詩文も手伝い、男の手に拾った札をそのままごそっと乗せるが、後から一枚だけ拾った札を彼が取ろうとしても手を離さずに二人で引っ張りあう格好になる。
拾ってあげたんだから一割寄こせというアピールなのか、あまりの残高の低さに打ちのめされたゆえの奇行なのか。男が詩文の笑顔に一瞬幻惑されたのは確かなようなので、てっきりこのまま誘惑にかかるかと思ったんですが。
・一人食卓で丁寧にマニキュアを塗る満希子。夫に両手をみせびらかして「パパがいやなら取るけどー」という満希子に武は「ママの爪なんだから好きにしなさい」とあっさり。要はあまり関心がないだけか。なぜ急に満希子がお洒落になったのか妙にうきうきしてるのか考えもしないらしい。
そこへやってきた大森は「いつもおいしいご飯ご馳走になってるんで」と満希子個人へのプレゼントとして高級店のものらしいマカロンを渡し、「爪、綺麗ですね」と褒めることも忘れない。ちょっといたずらしてみただけ、と照れたように指をみる満希子の表情と仕草が年若い娘のごとくです。
大森が二階に行ったあと満希子は一人マカロンを食べてみて「硬」と呟くが、彼女にとって大森が禁断の果実、彼と関わることで痛い目を見る伏線なのかも。
・河野家を訪ねた冬子は、白地に鮮やかなピンクをところどころあしらった、いかにも女の子向けかつゴージャスな部屋へ案内される。あなたのお父さんの部屋だったんだけどこれからは冬子ちゃんに使ってもらおうと思って。カーテンもベッドもデスクもみんな入れ替えたのよ、と河野母はもうすっかり冬子が一緒に暮らすと決め込んでいる様子。
というより口調は自然ながら恩着せがましい言い方には、真綿で首を締めるように養女話を承知せざるを得ない雰囲気を作ろうとする計算が感じられます。詩文と丁々発止やりあうくらいですから、この人も冬子が思うほどちょろい年寄りではない。
さらに、ネグリジェも買っちゃったと袋からさっきの服を出して冬子の身体に当ててみたりしてじわじわ攻めた上で、早くこの家に来てちょうだいよとずばり切り出すが、「それはまだ・・・」と冬子は躊躇いを見せる。詩文さんがうんて言わないの?という河野母の反応には、そんなのは冬子さえその気があれば関係ないと続けようとする気配があります。詩文の反対を見越しているからこそ、冬子当人を物欲で釣って冬子が自主的に詩文を説得するか家を出てくるかするよう図ってるわけですし。
しかし冬子は「母に心から送り出してもらうためにはもう少し時間が必要かと」「出来のいい母じゃないけど、やっぱり母は母なんで」と、母親思いの良い子と思ってもらえるようふるまいつつ、でもいずれは養女になるという含みを持った話しぶりと、ちょっと顔をそむけ口にハンカチ当てて嗚咽するような素振りとで上手くその場を逃れる。
わかった、泣かないで、と河野母は自分から引き、「冬子ちゃんは圭史に似て思いやりがあって頭のいい子ねー。おばあちゃま嬉しい」とかえって喜ぶ気配さえ見せる。海千山千の女傑を相手に魔性の小娘が一歩リードを取った感じですが、おばあちゃま冬子ちゃんのためにお母さんとも仲良くするわ。そしたら安心してこっち来られるでしょ、と続けるあたり、一刻も早く冬子を養女にしようという気持ちは全くぐらついていない。
実際に仲良くするかどうかはともかく、詩文の困窮ぶり、先日養子の件を切り出したときの動揺ぶりから、詩文を説得できる自信があるということでしょうね。やはりまだまだ冬子が歯の立つ相手ではなさそうです。
しかしなぜ河野母は冬子を引き取ることをこうも急いでるんだか。このままじゃ早晩詩文は冬子の学費も払えなくなる、そうなれば冬子の、未来の養母たる自分の不名誉にもなるし、だからといって詩文に学費名目であっても金を渡したくはない、というあたりが理由でしょうか。
・詩文は家のテレビを消し、こたつに入ったまま寝てしまった父に毛布をかけてやる。かえってそれで目を覚ました父は、どうしたんだこんな悲しい顔をして、と意外にまともなことを言う。
だからなのか詩文も、「お父さん。詩文堂閉めない?」「このままだと借金かさむばっかりだし。ここの借地権売って借金返していかないと大変なことになると思うのよ」と普段はしがたいような難しい話を切り出す。言葉は穏やかだけど説得するような笑顔で詩文は言い、父もあっさり得心した様子。
「お父さんは老人ホームでもどこでも行くが、詩文はどうするんだ?」と尋ねるのへ詩文がにっこり笑って、「圭史と再婚するから」。だから私と冬子のことは心配しないでと言うと、そうかやっと決心したか、それならお父さんいつでも死ねる、と嬉しそうに言う。
普段に比べずいぶんまともに思えましたが、やっぱり圭史の死は相変わらず認識できていなかった。ここで詩文がにっこりするのは、やっぱり父はもう正気にはなりえないのだという諦めの笑顔のように思えます。
・ネリは院長室に呼ばれ、来年の秋に東都医大第二外科の教授選があるんだが出られるか、と切り出される。静かだが驚いた顔で院長を見るネリ。
今の第二外科の教授は友人だが前々から君に注目してるそうだ。君の母校でもあるしいい話じゃないか。僕らの時代はどんなに優秀でも女の教授はありえなかった。君は時代の先端をゆく宿命なんだよ、と院長はご機嫌だが、ネリは「はあ」と気乗りしない笑顔。
東都医大初の女教授(しかも外科)となると確かにパイオニアとして注目と尊敬を集めるでしょうが、前例がないだけに嫉妬の矢がさんざん飛んでくるだろうことも想像できる。結局「少しだけ考える時間をいただけないでしょうか」とネリはひとまず返事を保留にする。まあ賢明な判断でしょうね。
・電話で呼びだされ手術室に足早に入るネリ。福山の操作がもたついてるのを見て「どきなさい、どけっていってんの!」と乱暴に割って入り、先から福山に興味ありげだった看護婦の宮部が上目使いにネリを睨む。福山は東都医大きっての秀才だったそうですが、実戦では見事に使い物にならない、ペーパーのみの秀才タイプですね。
福山は横にずれてネリに道具を渡しますが、正面を思いつめたように見据えたままネリの方を見ようともしていない。この視線の動かなさが福山の偏執狂的な性格を暗示してるように思えます。
・エスカレーターを上がるネリを後ろから宮部が追う。「灰谷先生て福山先生のこと嫌いなんですか」と咎める口調。「怒られてばかりだってしょんぼりしてましたよ」と言うのを「教育してるだけよ、一人前の外科医になれるように」とネリは母親的笑顔で応じる。
それに対し宮部はちょっと顔をそむけて「あたし付き合ってるんです福山先生と」と妙に高らかに宣言。加えて「今度相談に乗ってください」と言い出すのにネリは困ったように返事をしない。男っ気がない、それが周囲にも知れ渡ってるネリに何を相談したいというのか、宮部の意図がわからず困惑してるんでしょう。
宮部の方も「あ」と足を止めて「やっぱりいいです」と訂正する。これどうも最初っから彼氏をいじめるネリに嫌味言いたさで、わざわざ福山との関係を宣言したうえで相談もちかけるふりして取り下げるという高度な嫌がらせをしかけたんじゃ。上司に対してずいぶん思い切った行動です。しかも恋愛がらみだし。ネリの呆れたようなな何ともいえない笑いはそのへんを見透かしてるからなんでしょうね。
・詩文が店番しているところへ河野母が来訪。「詩文さんごきげんよう」といつになく爽やかな河野母に詩文は居心地悪げ。冬子ちゃんがお母さんと仲良くしてほしいっていうから、だから今日はみんなですき焼きしようと思って、と紙袋から大きな包みを取り出す。「今話題の宮崎の黒毛和牛」とにっこり。そして「あのね、冬子ちゃんも7時には帰るって言ってたから、じゃあ奥失礼しますよ」と勝手に奥へ入っていく。
この行動に詩文はあっけにとられる。冬子に言われたからとはいえあの河野母が自分に友好的態度を示してくるというのが信じがたかったんでしょう。
単純に孫娘にメロメロで言いなりになってるということではなく、詩文を懐柔することによって養子話を実現させようという意図があるにもせよ、それだけ河野母が冬子を本気で養子に望んでいるには違いない。詩文にはそうそう買えないような高級肉をどんと持ち込んだのも、河野家の経済力を示し詩文を心理的に圧倒する作戦なんでしょうが、そうとわかっていても河野家に行った方が冬子は幸せなんだと納得しそうになってしまう。
冬子の気持ち(母と仲良くしてほしい)から今日の帰宅時間まで把握してるのも含め、完全に河野母が優位に立っています。
・詩文が帰宅した冬子に「河野のお母さんくることあんた知ってたの」と聞くと、冬子はふっと笑って「ほんとにきたんだ」と軽く答える。「どうなってんのよ」と抗議するような口調の詩文。
詩文にしてみれば河野母との対面は冬子を取られるかどうかの戦いに他ならないのに、肝心の冬子は気軽に河野母にすり寄り、養女の件も河野家から好きにお金を引き出せるくらいに捉えていて、詩文と法的に親子でなくなることに抵抗を感じてる様子はない。
見方を変えれば、法律上どうあろうが自分と詩文が母子であることは揺るがない、母子の絆をそれだけ確信してるともいえるんですが、詩文と冬子の温度差が詩文目線で何だか悲しくなってきます。
・皆ですき焼き鍋を囲むものの沈黙気味。んーおいしい、とろけるーと冬子が一人で盛り上げ、河野母も冬子の発言にはおばあちゃんが今日は奮発しちゃった、と楽しげに応じる。
対照的に面白くなさそうな顔の詩文は「お父さんほらお野菜もいただいてよ」といいながら父の鉢に野菜を取ってやる。明らかに河野母への反発から肉を避けて代わりに野菜を勧めてるのがみえみえですね。そんな詩文の気持ちなどまるで忖度していない父は「いいや私は肉でいいよ」と素直なお答え。
「いいじゃないのおじいさまには好きにしていただいたら」と口を挟む河野母の方はそんな詩文の心情を読みきっているのが、たしなめるような見下すような笑顔に顕著。元嫁姑の間の見えない火花が恐ろしいです。
・詩文の父は今さらいぶかるように河野母を見て「あなたは、どなた?」 河野母は戸惑ったように詩文を見、詩文は無言でちょっと父に目をやり、その仕草で事態を了解したらしい母は「あの、わたくし、河野良子と申します」と上品な笑顔で挨拶する。
最初に詩文堂を訪ねてきて詩文父に会った時点で彼がボケてるのは知ってるはずですが、あの時は自分を圭史の母と認識できていたのがもはや出来なくなってることに思わず呆気に取られてしまったんでしょう。
この後も詩文の父がすっとぼけた発言・行動を重ねるほどに詩文と河野母はどんどん暗い顔になってゆく。ついには詩文父以外は全員沈黙。詩文父だけが皆の心などなにも知らず陽気にしてるのに、何ともいえない哀しさがあります。
とはいえ、原作に比べるとこの父を取り巻く空気は哀しいながらも乾いた哀しさでどこか明るさをも感じさせる。原作では父は血圧が高く身体は弱り気味なものの特に痴呆の症状は出ていない。ドラマの方がずっと原家の状況は深刻なはずなのになぜ、と考えるとこのお父さんのとっぱずれた言動、自分たちの置かれた状況の深刻さが理解できないゆえの明るさが原因なんじゃないかと思えてきます。父親役品川徹さんの名演技によるところ大ですね。
・沈黙ののち、やがて箸置いた詩文は「河野さん」と呼びかけ、冬子のほうに視線をやってから「冬子を、お願いいたします」と寂しげに笑う。河野母と冬子はとっさに無言。「こんな家で苦労するよりもそちらでお世話になったほうが幸せだろうと思います」ともはや割りきった笑顔で告げ、「どうか幸せにしてやってください」と一番のにっこり顔を見せる。
あの父の体たらくを見たあとだと「こんな家」という言葉に非常な説得力があります。すでに河野家に行ったほうが冬子のためじゃないかという思いに傾きかけてた詩文に止めを差したのもまさに今日の父の恍惚ぶりだったのでしょうし。
河野母もすでに詩文父の痴呆を知っていたとはいえ、さすがにこの展開を読んで夕飯を一緒しようと持ちかけたわけではないでしょうが、結果的にこちらが何も働きかけない内に詩文の方から養子の件を頼んでくるという、彼女にとって最高の結末になりましたね。
・河野母は感動を抑えてるような静かな表情で「もちろんですとも、圭史の大事な忘れがたみですもの。大事に大事にしますよ」と答える。
ずっと詩文を嫌ってきた(自分も詩文から嫌われてるのをわかってる)この人も、だからこそその自分に娘を、娘の幸せを願えばこそ託そうとする親心に、同じ人の親として感動を覚えずにいられないんでしょう。
・黙って見つめてくる冬子に「冬ちゃん、冬ちゃんも後悔しないような人生を生きていきなさいよ」と詩文は真顔で言い聞かせるように言う。冬子は破顔して「どうしたの?マジになってる」と言うと「マジでいってるんです」と真顔のまま詩文は答え冬子も真顔になる。
悲しいのはこのとき詩文が冬子の意向をちゃんと確認せずに養子話を切り出してること。原家の現況や冬子の態度から冬子はもう完全に河野家に行きたがってると決め込んでいる。冬子は「ママがいやならやめる」と一応の留保をつけていたのに。冬子が黙って詩文を見ていたのは、「私の意志は確認してくれないの?」という一抹の寂しさを感じたゆえだったのかもしれません。
こんなやりとりに何の関心も示さず詩文父が食べ続けてるのもまた悲しい。お父さんは冬子が河野家に移ったあと、なぜ彼女がいなくなったのか(いなくなったことも)理解できたんでしょうか。
・台所で並んで片付け物をする河野母と詩文。圭史が生きてたころは嫁姑として一緒に台所に立つこともなかった、今になってこうやって仲良く並んでるなんてねえ、と感慨深げにいう母に「・・・ほんとですねえ」と答える詩文。
続けて母は「どんな思いで見てるかしらね圭史、私たちのこと」と言いますが、詩文はこれには返事をしない。念願通り冬子の養女話がまとまったのと、それに際して詩文が見せた態度に感銘を受けたのとで大分河野母も軟化したというか感傷的になってる印象です。詩文はそれを感じ取りつつ、彼女の感傷に同調しようとはしない。それどころか「冬子ちゃんは河野家の子供になるけどあなたは実のお母さんですからね、どうなってもいいってわけにはいかないのよね」と原家に対する援助をほのめかしたのに対して「お心にかけて頂かなくても結構です、私一人くらい何をやってでも生きていけますから」と突き放してしまう。
以前父の痴呆を知られたときも「父のことはご心配なく。冬子のことだけご心配ください」と笑顔で同情をシャットアウトしていた。河野母にとって実の孫にあたる冬子に関することなら大金を要求するのも正当な行為と見なせるけれど、自分や父は河野家とは関係ない人間、援助や同情を受けるいわれはないということでしょう。詩文の(あまり人目にはわからないだろう)誇り高さが表れています。
にべもない拒絶に河野母もむっとして「そうですか、そりゃ余計なことを申しましたね」といかにも憎憎しげに言う。そして結論が「やっぱりあたしとあなたは合わないわ」「そうですねー」。気が合わないという認識が一致してる点で、逆説的ながら気が合ってるようでもあるんですが。
・ハローワークで求人情報を見ながら考え込む詩文。「古本屋の店員とかないでしょうか」と職員に尋ねるが、おわかりいただけないかなあ、あなたは40過ぎてるんですよ、特別な資格もお持ちではないし、と呆れたように言われてしまう。
とはいえ「本気で働く気が、おありなんですか」とは失礼な言い草。「あるから、来てるんです」と言い返した詩文も少なからずむっとしたんでしょう。しかし「だったらこの中から選んで面接に行きましょう」とリストを提示されると、悔しさを呑み込んだ顔で再び情報に目を落とさざるをえない。よほど不本意な仕事ばかりなんだろうと察せられます。
・病院のパソコンで献立表を見るネリ。後ろから福山が覗きこみ「うそ。先生料理するんですか」と一言。坂元もやってきて「灰谷先生の手料理、食べてみたいな」と冗談を言うと、「あなたたちのために料理する暇はないわよ」とネリが冷たく、でも冗談に冗談で返すような口調でつっぱねる。
そこへもう一人後輩医師(井上)がきてネリの真後ろに立ち、東都医大の教授になられるんですかと勢いこんで尋ねてくる。東都医大始まって以来の女性教授になる、しかも外科だと騒ぐ井上と坂元を、まだ出るか決めたわけじゃないんだからと牽制し、勝手な噂流さないでねと釘をさしてネリは病棟へ。
福山は「灰谷先生が東都医大に戻るなら僕も戻ろうかな」とにやにやしていますが、すでに女としてのネリに惹かれる気持ちが芽ばえつつあったのか。あるいはネリは東都医大になんて戻れない、教授になんかさせないという思いを秘めての台詞だったんでしょうか。
・英児のアパートへ紙袋を持って訪ねていくネリ。台所から窓越しに眠っている英児を見つめて、紙袋を玄関先に置いてそっと帰る。中には「栄養のいい食事をしてください。来週の外来に必ずきてください」とのメモ入り。すでに医者と患者の枠を越えた親切ぶり。それももともと料理自慢ならともかく、英児に食べさせるために料理を研究までしてるんですからね・・・。
・明の部屋へケーキと飲み物を届けに向かう満希子はいそいそした足取り。この年になりながら、家の中に格好いい若い男がいるだけでこの浮き足の立ち方はすごい。むしろ「この年」だからこそなのか。
しかし廊下に立って話すゆかりと大森を見て階段の途中で足を止めそっと二人を覗く。かつて美波が自宅のトイレ前で弟の家庭教師だった圭史とキスしたという話を思い返して、ゆかりと大森に重ね合わせる。
夕飯のときもゆかりや明が大森をもりりん呼ばわりして馴れ馴れしく接してるのを危惧していきなり「先生はおつきあいしてる方いらっしゃるでしょー?」とゆかりを牽制するような発言をしたり、体を乗り出し気味に「つきあったげようか、あたし」というゆかりを「許しません」とヒステリックに叱りつけたり。少女のように大森に胸ときめかせていたのがどこへやら、すっかり娘に悪い虫をつけまいとする母親モードに切り替わってます。
しかしそれも根底には、ゆかりというよりゆかりと大森二人への嫉妬、かつて評判の美人の自分でなく親友の美波の方にロマンスが降りかかってきたように、今回も自分でなく娘の方が恋物語の主役に選ばれた(と思いこんだ)ことへの寂しさと疎外感が理不尽な怒りを呼んだのだろうと思います。
・冬子の部屋。ダンボールに荷物詰めたり服たたんだりしながら無言の母子。詩文が冬子が子供の頃の作文を見つけて読み始める。「うちのママは男の人にモテます。うちは本屋ですが、ママに会いたいから本を買うお客さんがいます」「あたしもママがモテるのを見ているとすごく嬉しいです。あたしも大きくなったらママみたいな女の人になりたいと思います」。子供が書く内容とも思えません。冬子の早熟さ、そうさせた詩文のただならぬ色香を想像させます。
しかし母親が男にちやほやされるのに反感を抱くのでなく「すごく嬉しい」というのが。モテるのも才能のうちだし、だから才能豊かな母が自慢だという心理なんでしょうが。だから冬子は詩文が若い男と付き合ってることには特に反発しないし、自分は母親譲りの魔性だというときもどこか誇らしげでさえある。母の男関係に潔癖な子だったら母親を憎み嫌って非行化してもおかしくなかったかもしれない。詩文がいつも堂々としてるからこそ、冬子もそういう母親を自然に受け入れ、憧れてもいるんでしょう。
・「冬ちゃんは?好きな人いないの?」という詩文の問いかけに、「好きってどういうこと?」「キスしたいとか触りたいとか一緒に暮らしたいとか、そういうのが好きってことなら、いないな」と冬子は答える。自他ともに認める魔性の女でありながら、肉体的にも精神的にも恋や男を求めてはいないんですね。
そんな冬子に詩文は「・・・好きってことはね冬ちゃん、一緒に成長したいとか、一緒に何かを築きたいとかって思うことよ」と語る。大人の、経験者の重みを感じさせる口ぶりですが、詩文自身も英児に対する思いは「導くなんてあたしにできるわけないじゃない、一緒に落ちていくなら付き合えるけど」と「一緒に何かを築きたい」とは対極に位置しているし、後に澤田との結婚を考えたのも「穏やかな暮らし」を彼が(一方的に)与えてくれるのを期待してのことだった。
その意味では詩文も本当に人を「好き」になったことはないのかも。圭史に対しては多少なりとも一緒に成長したい気持ちを持ったこともあったんでしょうか?
・病院のラウンジでネリと会う詩文。お父さんの施設のことは調べさせてるからというネリ発言から、詩文が痴呆の進む一方の父を施設に入れるつもりでいるのがわかります。まああのお父さんの面倒みながらじゃ外に働きに出ることもままならないですしね。
・そこに満希子がやってきて、「うっそー、なんであたしがここにくると必ず原がいるの」とすねたように言う。詩文がいると知らなかったところからしてアポなしの訪問のようです。忙しい外科医を相手によくよく相手の迷惑を考えてない行為です。しかし外来が押したりで食事時間も不規則になりがちな外科医をよく無事に捕まえられたものだと思います。一種の才能か?
・何その爪、とネリはげんなりした様子で満希子のネイルアートにツッコみますが、詩文は一瞬意味深な笑顔になってから「きれいね。何があったの」と問いかける。明らかに詩文は急に色気づいた満希子に男の存在を嗅ぎ取っている。ネリとの反応の違いは二人の男性経験の差ですね。
・喫茶店?に三人は移動し、詩文とネリは満希子から家庭教師と娘の仲への不安を打ち明けられる。満希子自身の恋愛ネタを想像してたろう詩文は肩すかしを食ったと感じたでしょうね。あるいは満希子が大森とゆかりの仲に過敏になる裏には満希子自身の大森への好意がひそんでいると鋭く察したか。
・ダンナに相談しなさいといわれた満希子は「うちの人は無理、堅物だから」と答えますが、詩文は意味深な笑顔で「そういう人にかぎって女がいたりするんだよねー」と口にする。後から思えばほとんど予言ですね。
・大森をクビにするべきかと言い出す満希子をに詩文とネリはそこんちの娘と立ち話しただけでクビになったんじゃ納得しないよねーと反論。満希子はその場の状況を述べ、状況証拠的にどっちかがトイレ行くふりして相手に会いにでてきた、それは「美波のときと全く同じ」なのだと叫ぶように言う。ネリと詩文は「ブッキってほんとうに、暇ねえ」「仕事もしないでそんな心配だけしてればいいって、うらやましいなー」と呆れているのを隠そうともしない。
ただ思えば満希子はニュースキャスター志望だったわけで、推理を重ねてストーリーを構築していく行動は、果たせなかった夢の名残りなのかもしれません。推理するテーマが下世話というか下らないですけどね。
・あたしはその日その日を生きてくのが精一杯だっていうのに、という詩文発言から、話題は詩文の経済的困窮へと移る。35を越えるととにかく仕事の口がない、ラブホテルの掃除係くらいだがそれもいたって安いと具体的金額をあげての話ぶりに、金の苦労とは無縁の満希子もネリも言葉をなくす。
さすがにネリのみならず満希子も同情顔なのに「・・・西尾仏具店で働かせてくれない?」「ネリの家の家政婦にしてよ」という詩文の冗談めかしたお願いは揃って拒絶する。結局自分の身に面倒事が降りかかってくるのはごめんというあたり冷たいっちゃ冷たい。
そんな話の流れのなかで満希子の家の貯金額やネリに大学教授の声がかかってることも話題に上る。特に西尾家の貯金額については、女たちのとめどもないお喋りという体裁で、後々の伏線を張っているのが上手いです。
ところでこの時ネリが聞かれもしないのに「大学の教授になったら給料下がっちゃうしあたしも貯金しないといけないのかな」などと教授選ネタを自分から持ち出してるのがちょっと意外。満希子ならわかりますが、ネリはそういう自慢ぽいことをしない性格だと思っていたので。同じ年だけど生活環境はまるで違う元同級生という関係柄、ネリでも彼女らへのライバル意識がふと湧き上がることがあるんでしょうか。
・みんな磐石なのねーその日ぐらしはあたしだけかー、と頬杖ついて元気ない声の詩文にネリも言葉をなくすが、満希子ときたら「原は、人を傷つけてきたから手が回ったのよー」と間延びした口調でふざけたように言う。いまだに親友の彼を奪ったことに拘ってるとはいえ、父親は痴呆症で施設に入居予定、経済的困窮から娘は養女に出し、家業の古本屋も閉店せざるを得ないうえ仕事も見つからないどん底的状況にいる相手にあまりにひどい言い方では。ワインに酔っ払って自制心を失っているのか。「自業自得ね。かわいそ」と追い打ちの一言まで付け加えるし。さすがに常識をわきまえてるネリは無言に徹してます。
しかし満希子の発言にむかついたゆえか、かえっていつものペースを取り戻したらしい詩文は「・・・その日暮らしが一番強いってとこもあるけどね」「幸せな老後とかっていうけど将来が見えすぎてるのって、つらくない?」と反撃に出る。まあ開きなおりとしか表現しようがないですけど。そんな詩文を気の毒に思ったかからかってるのか、詩文の魔性の才能で金のある男をつかまえればいい、お金持ちのじじいを誘惑するとか、若いお金持ちだって詩文の魔性をもってすれば落ちるかもしれないなどと言い合う二人に、詩文も「そうしようかー」と納得?してしまう。
ナレーションいわく「ほら、最後にいつも勝つのはこの女」だそうですが、現状の詩文は徒手空拳のまま強がってるようにしか思えない。無事澤田との結婚に成功していれば、まさに魔性の才能で「最後は勝つ」ところを見せられたんですが。
・夜のバーガーショップ。一人窓席に座るゆかりに「どうしたの」と入ってきて声かけたのは大森。「来てくれたー」とゆかりは意外そうな嬉しそうな声を出す。こうしてみると満希子の懸念は満更外れていなかったよう。現代っ子のゆかりはさすがに大人しいタイプだった美波より、相手への接近スピードも上の様子。
しかし「どんなタイプの女の子が好き?」というゆかりの問いに大森はちょっと真剣な顔で「危険な人」「ここに踏み出したら命がけになるなーみたいな」とその風貌・これまでのイメージからは意外な答えを返す。ガラスに映る大森の顔もいつになくちょっと危険な表情を浮かべています。「あたしみたいな子供は興味ないってこと?」というゆかりの言葉にはっきりは答えませんが、「あたし、もりりんみたいな予測不能なこと言う人が好き」というなかなかストレートなアプローチを「これ飲んだら帰ろ」とはぐらかして話を打ち切るあたり、ゆかりには興味ないと言ってるに等しいですね。
しかし結局は金目当てだった大森が最初は満希子とゆかり両方に軽くアプローチをかけながら、いつしかすっかり満希子に照準を絞り自分から近付いてきたゆかりは相手にしないというのは何故なんでしょう。時間かけて満希子を落としにかかるより手軽に遊べてすぐ金も引き出せそうなのに。
まあ多少時間はかかっても確実に落とせる確信さえあれば高校生のゆかりより一家の主婦である満希子の方が大金を動かせる立場だからでしょうね。危険な人、危険な恋が好きというのがある程度本音であるなら、人妻で堅物の満希子を落とす方が危険な恋であり、やり甲斐があると思ったのもあるかも。
・夜の道を一人歩く満希子。ゆかりから携帯に「部活の先輩の家に寄るから、ちょっと遅くなる」とメールが入りますが、その頃ゆかりは例のメイドカフェでまた踊っている。大森に今日は彼に会うため部活を休んだと言ってましたが、本当は部活じゃなくバイトを休むつもりが存外早く身体が空いてしまったためやっぱりバイトに出たというところでしょうか。
・後ろから「西尾さん」と声をかけられ振り向いた満希子は大森の姿を見出す。大森は大股に歩み寄ると「お送りしますよ、お宅まで」と満希子の横をすりぬけて歩き、満希子の顔にはじわじわ笑顔が浮かぶ。ついさっき大森先生をクビにするべきかなんて話をしていたのに。やはり大森がゆかりに気があると勘ぐったことが彼女を不機嫌にさせてたわけですね。
・一人家のちゃぶ台で例の作文をぼそぼそと読み上げる詩文。すでに冬子は河野家に移ったあとなんでしょうか。娘との絆を示す作文を一人ぼっちで読み返してる姿が何とも哀れに映ります。
・無言のままゆっくり並んで歩く満希子と大森。満希子がサンダルのかかとを踏み違えたか体が一瞬傾き「あいた」と声をあげる。「つまずくなんて、年だわねー」と満希子は照れ笑いするが、大森は「そんなことないですよ西尾さんはきれいだ」と爽やかな笑顔でさらっと口にする。
驚いたように大森を見つめる満希子。真剣な目で見返す大森。いきなりロマンスの気配が訪れるが、やがて焦ったような顔になった満希子は」「あー!」と声を上げて空を指差し「まんまるなお月さまー」と笑ってごまかそうとする。
「年だわねー」発言もそうですが、人一倍ロマンティックに憧れながら、憧れているからこそいざ自分の身にそれが降りかかりそうになると思い切り気後れしてしまう、わざと色気がない方向に逃げ出そうとする満希子の臆病さと恥じらいがこのシーンには濃厚に滲みだしています
。しかし大森は満希子の態度に動じず、隣りに並んで満希子の左肩に手を回す。満希子は身体を硬くして横目に左肩を見つめるがもう逃げ出すことはせず、その顔が次第に笑顔になっていく。レインボーブリッジ右手に満月見上げる二人の後姿を遠景で映すいかにもなロマンティックな画面のバックに「16歳の娘より41歳の母親のほうが素敵だなんて、人生は捨てたものではないのです」とナレーションまで浮き浮きした様子で、絵に描いたようなアバンチュールシーンを盛り上げてくれます。
・日中に詩文堂を訪ねる英児。しかし店番が父親なので入らずに中を覗いてると、ちょうど冬子が帰ってきて怪訝な顔をする。英児は顔をそむけますが、やはり娘には顔を合わせづらい心理があるんでしょうね。
冬子の方は母親に恋人がいることは知ってるはずですが、英児の挙動から彼がそうだと察したでしょうか。
・ただいまと台所に入り詩文に声かける冬子。どうやら無事仲直りしたらしい。そして夕飯いらない、おばあちゃまのところへ行く、とさらっと言う。おばあちゃまという呼び方に驚く詩文に、そういうと喜ぶから、「魔性は女にも通じるんだよ」とからかうような甘えるような口調で冬子は説明する。
本当に河野の家に行く気なの?といくぶん呆れたように詩文は言うが、これまでのようにヒステリックなまでのキツい拒絶の態度はすっかりなりをひそめています。大学も行かしてくれるし海外にも旅行行けるって、と冬子は言ってから「ママがいやならやめる。でもママもどっかでそのほうが気が楽だって思ってるし」と自然な調子で口にして、虚をつかれたように詩文は言葉を失う。
これまでは河野母への反感もあり、何より母の情として冬子を手元に置きたいと思ってむきになってきたけれど、強い執着は生きがいになると同時に重荷ともなるわけで、痴呆の進む父、赤字か重なるばかりの店を背負った詩文が、このうえ冬子まで育てることに限界を感じはじめるのは無理もないでしょう。まだ詩文自身もはっきり自覚してるかわからないそんな心の弱りを、冬子にさらりと指摘されたのだからこれは痛いですね。
・詩文は気を取り直して、その方が冬子がいいと思うなら止めない、でもあの家に養女にいくということはいずれ婿を取るということ、あの人はお墓を守る人が欲しいだけだとマイナスポイントを並べますが、おばあちゃまが死んだらそんなの全部無視すればいいと冬子はあっけらかんとしたもの。そう簡単に死なないわよあの人はと詩文は一人言を呟きますが、この一人言の時だけちょっといつもの元気を取り戻したように見えます。
しかしこの頃河野母はブティックでうきうきと冬子のための服を買い物したりしていて、それを見る限り「お墓を守る人が欲しいだけ」という評価は当たってない。むしろこの年になって突然得た孫が可愛くて仕方ないようにしか思えないです。
・英児が詩文堂の扉を開けて中へと入る。店番は相変わらず父なのですがいいかげん業を煮やしたのでしょう。足早にカウンターに向かい「あの、詩文さんは」と単刀直入に切り出すと、父は少し睨むような目で英児を見る。
その視線に戸惑った英児は「あの、おれ・・・」と思わず口ごもる。血の気の多いボクサーをびびらせるのだから詩文の父親も大したものです(笑)。
・父の脳内に圭史の姿が浮かび、「圭史くん」と呼びかけられて英児は驚きに眉を寄せる。詩文ー、圭史くんが見えたよー、と奥へ声をかけてくれたのはいいとして圭史よばわりに当惑していると、すいませーんと言いながら詩文が出てくる。お客をつかまえて圭史扱いしてると思ったんでしょうね。
こんな父に店番させといていいんですかね?多分誰も来店しない前提だからなんだろうけど。
・店に出てきて英児の姿を認めた詩文は動きを止める。「どうぞごゆっくり」と父が席を外したため二人きりに。困ったような顔の詩文に「圭史って誰」と英児はちょっと強めの声で尋ねる。他の男の名前が出たことで嫉妬してるのが丸分かりで、そのへんが英児の幼さというか可愛いところ。
しかし詩文は英児の問いかけを無視し、「カナダで死んだやつ ?」と聞かれても「もう閉店なんで」と顔を見ようともしない。ですが詩文が言ったでしょうもう終わりだって、と告げた―英児を無視することを止めともかくも彼に向き合った―とき、彼は詩文に大股に近寄り両肩をつかんで正面に向けさせる直接行動に出る。
ちょうど棚の影から出てきた冬子はこの光景に口を開けて止まってしまいますが、詩文が笑顔を作って「お客さま」というと冬子もびっくり顔のまま頷くとふーんと意味ありげに笑って引っ込む。そのまま棚の後ろを回って外へ出て行く気の利かせ方も(もともと出かける予定だったとははいえ)なかなかに理解のある娘です。
・冬子が出て行ったあと詩文は、わかったでしょあたしにはあんな大きな子供がいるの、ボケた父親も抱えてるの、だからもう英児にかまってる暇はないのと背中押しやるように英児を玄関から出そうとする。
店の入口で英児は向き直り「ボクシングできなくなったからいやなのか」と問う。頭打たなくたっていつかはボクサーやめなきゃならないんだ、そのときはおれを捨てる気だったのか、とすねた子供っぽい表情で英児は言い募る。
「死んでもボクサーでいてえんだ」とネリに叫んだときに比べると、ずいぶん後退したというか現役引退を少しずつ受け入れられてきた感じの発言。確かにボクサーを止めることを受け入れた英児は牙を抜かれたがごとくで、それまでのギラギラした魅力がどこかへ行ってしまった感がある。詩文がボクサーじゃなきゃ英児じゃないというのもわかる気がします。
だからというべきか、詩文はしばし沈黙の後、唇の端をあげて笑顔を作り「そうよ」と嫣然と笑い、傷ついた顔でじっと見ている英児を押し出して店の扉を閉める。
・ネリは英児の今後についてジムの会長に相談にいく。うちのトレーナーになりたいというならウエルカム、けどどうかな(英児にその気があるだろうか)という会長に「彼がその気になったらお願いします」とネリはつい勢いごむ。
会長はわざわざネリの隣に来て座り、なんでそんなに英児に親切なんだと尋ねてくる。私は彼の主治医です、他の患者さんには家族や友人がいるが彼には誰もいないんだなと感じました、立ち直るには親身になって心配してくれる人間が必要なんです、とあくまで医者として当然の行為だと強調するものの、「余計な世話かもしれないがあいつに惚れるのだけはやめときな」と完全に会長に見透かされてしまってます。
ネリは笑いながら、余計なお世話です、あくまで医者として患者さんのことを考えてるだけです、ととぼけるものの、早々にジムを立ち去るあたりの挙動で語るに落ちてるような。
・英児のアパート前までやってきたネリは、階段を上がるのをためらってるところへちょうど帰ってきた英児と遭遇する。ネリはそのまま英児がやってくるのを待つが、英児は彼女の前をすり抜けて階段をあがっていってしまう。
ネリが後を追いながら「外来の予約すっぽかさないでよね」と言っても、閉まりかけたドアをそのまま開けて中へ入っても完全に無視。先日のキスの後どんな別れ方したんだろう。恐らく英児は詩文堂帰りだと思われるので、詩文に袖にされたばかりで誰とも話したくない気分だったんでしょうか。
・詩文は銀行で残高128円の文字に無表情に見入る。両目を閉じて何も言えない様子。確かに残高3ケタは精神的に堪えますね。前に河野母が置いてったお金はもうなくなってしまったんでしょうか。
そのとき横目に隣の男性がごそっと万札降ろすのを目撃した詩文は、男が札を数えるのをじっと見る。相手の顔へ視線を移すと、向こうも気づいたのか横を向いて結果目があう。詩文が気まずさを隠すように微笑むと男は魅入られたようにお札を取り落としてしまう。詩文の「魔性」が発動したか。
あわてて男が札を拾い集めるのを詩文も手伝い、男の手に拾った札をそのままごそっと乗せるが、後から一枚だけ拾った札を彼が取ろうとしても手を離さずに二人で引っ張りあう格好になる。
拾ってあげたんだから一割寄こせというアピールなのか、あまりの残高の低さに打ちのめされたゆえの奇行なのか。男が詩文の笑顔に一瞬幻惑されたのは確かなようなので、てっきりこのまま誘惑にかかるかと思ったんですが。
・一人食卓で丁寧にマニキュアを塗る満希子。夫に両手をみせびらかして「パパがいやなら取るけどー」という満希子に武は「ママの爪なんだから好きにしなさい」とあっさり。要はあまり関心がないだけか。なぜ急に満希子がお洒落になったのか妙にうきうきしてるのか考えもしないらしい。
そこへやってきた大森は「いつもおいしいご飯ご馳走になってるんで」と満希子個人へのプレゼントとして高級店のものらしいマカロンを渡し、「爪、綺麗ですね」と褒めることも忘れない。ちょっといたずらしてみただけ、と照れたように指をみる満希子の表情と仕草が年若い娘のごとくです。
大森が二階に行ったあと満希子は一人マカロンを食べてみて「硬」と呟くが、彼女にとって大森が禁断の果実、彼と関わることで痛い目を見る伏線なのかも。
・河野家を訪ねた冬子は、白地に鮮やかなピンクをところどころあしらった、いかにも女の子向けかつゴージャスな部屋へ案内される。あなたのお父さんの部屋だったんだけどこれからは冬子ちゃんに使ってもらおうと思って。カーテンもベッドもデスクもみんな入れ替えたのよ、と河野母はもうすっかり冬子が一緒に暮らすと決め込んでいる様子。
というより口調は自然ながら恩着せがましい言い方には、真綿で首を締めるように養女話を承知せざるを得ない雰囲気を作ろうとする計算が感じられます。詩文と丁々発止やりあうくらいですから、この人も冬子が思うほどちょろい年寄りではない。
さらに、ネグリジェも買っちゃったと袋からさっきの服を出して冬子の身体に当ててみたりしてじわじわ攻めた上で、早くこの家に来てちょうだいよとずばり切り出すが、「それはまだ・・・」と冬子は躊躇いを見せる。詩文さんがうんて言わないの?という河野母の反応には、そんなのは冬子さえその気があれば関係ないと続けようとする気配があります。詩文の反対を見越しているからこそ、冬子当人を物欲で釣って冬子が自主的に詩文を説得するか家を出てくるかするよう図ってるわけですし。
しかし冬子は「母に心から送り出してもらうためにはもう少し時間が必要かと」「出来のいい母じゃないけど、やっぱり母は母なんで」と、母親思いの良い子と思ってもらえるようふるまいつつ、でもいずれは養女になるという含みを持った話しぶりと、ちょっと顔をそむけ口にハンカチ当てて嗚咽するような素振りとで上手くその場を逃れる。
わかった、泣かないで、と河野母は自分から引き、「冬子ちゃんは圭史に似て思いやりがあって頭のいい子ねー。おばあちゃま嬉しい」とかえって喜ぶ気配さえ見せる。海千山千の女傑を相手に魔性の小娘が一歩リードを取った感じですが、おばあちゃま冬子ちゃんのためにお母さんとも仲良くするわ。そしたら安心してこっち来られるでしょ、と続けるあたり、一刻も早く冬子を養女にしようという気持ちは全くぐらついていない。
実際に仲良くするかどうかはともかく、詩文の困窮ぶり、先日養子の件を切り出したときの動揺ぶりから、詩文を説得できる自信があるということでしょうね。やはりまだまだ冬子が歯の立つ相手ではなさそうです。
しかしなぜ河野母は冬子を引き取ることをこうも急いでるんだか。このままじゃ早晩詩文は冬子の学費も払えなくなる、そうなれば冬子の、未来の養母たる自分の不名誉にもなるし、だからといって詩文に学費名目であっても金を渡したくはない、というあたりが理由でしょうか。
・詩文は家のテレビを消し、こたつに入ったまま寝てしまった父に毛布をかけてやる。かえってそれで目を覚ました父は、どうしたんだこんな悲しい顔をして、と意外にまともなことを言う。
だからなのか詩文も、「お父さん。詩文堂閉めない?」「このままだと借金かさむばっかりだし。ここの借地権売って借金返していかないと大変なことになると思うのよ」と普段はしがたいような難しい話を切り出す。言葉は穏やかだけど説得するような笑顔で詩文は言い、父もあっさり得心した様子。
「お父さんは老人ホームでもどこでも行くが、詩文はどうするんだ?」と尋ねるのへ詩文がにっこり笑って、「圭史と再婚するから」。だから私と冬子のことは心配しないでと言うと、そうかやっと決心したか、それならお父さんいつでも死ねる、と嬉しそうに言う。
普段に比べずいぶんまともに思えましたが、やっぱり圭史の死は相変わらず認識できていなかった。ここで詩文がにっこりするのは、やっぱり父はもう正気にはなりえないのだという諦めの笑顔のように思えます。
・ネリは院長室に呼ばれ、来年の秋に東都医大第二外科の教授選があるんだが出られるか、と切り出される。静かだが驚いた顔で院長を見るネリ。
今の第二外科の教授は友人だが前々から君に注目してるそうだ。君の母校でもあるしいい話じゃないか。僕らの時代はどんなに優秀でも女の教授はありえなかった。君は時代の先端をゆく宿命なんだよ、と院長はご機嫌だが、ネリは「はあ」と気乗りしない笑顔。
東都医大初の女教授(しかも外科)となると確かにパイオニアとして注目と尊敬を集めるでしょうが、前例がないだけに嫉妬の矢がさんざん飛んでくるだろうことも想像できる。結局「少しだけ考える時間をいただけないでしょうか」とネリはひとまず返事を保留にする。まあ賢明な判断でしょうね。
・電話で呼びだされ手術室に足早に入るネリ。福山の操作がもたついてるのを見て「どきなさい、どけっていってんの!」と乱暴に割って入り、先から福山に興味ありげだった看護婦の宮部が上目使いにネリを睨む。福山は東都医大きっての秀才だったそうですが、実戦では見事に使い物にならない、ペーパーのみの秀才タイプですね。
福山は横にずれてネリに道具を渡しますが、正面を思いつめたように見据えたままネリの方を見ようともしていない。この視線の動かなさが福山の偏執狂的な性格を暗示してるように思えます。
・エスカレーターを上がるネリを後ろから宮部が追う。「灰谷先生て福山先生のこと嫌いなんですか」と咎める口調。「怒られてばかりだってしょんぼりしてましたよ」と言うのを「教育してるだけよ、一人前の外科医になれるように」とネリは母親的笑顔で応じる。
それに対し宮部はちょっと顔をそむけて「あたし付き合ってるんです福山先生と」と妙に高らかに宣言。加えて「今度相談に乗ってください」と言い出すのにネリは困ったように返事をしない。男っ気がない、それが周囲にも知れ渡ってるネリに何を相談したいというのか、宮部の意図がわからず困惑してるんでしょう。
宮部の方も「あ」と足を止めて「やっぱりいいです」と訂正する。これどうも最初っから彼氏をいじめるネリに嫌味言いたさで、わざわざ福山との関係を宣言したうえで相談もちかけるふりして取り下げるという高度な嫌がらせをしかけたんじゃ。上司に対してずいぶん思い切った行動です。しかも恋愛がらみだし。ネリの呆れたようなな何ともいえない笑いはそのへんを見透かしてるからなんでしょうね。
・詩文が店番しているところへ河野母が来訪。「詩文さんごきげんよう」といつになく爽やかな河野母に詩文は居心地悪げ。冬子ちゃんがお母さんと仲良くしてほしいっていうから、だから今日はみんなですき焼きしようと思って、と紙袋から大きな包みを取り出す。「今話題の宮崎の黒毛和牛」とにっこり。そして「あのね、冬子ちゃんも7時には帰るって言ってたから、じゃあ奥失礼しますよ」と勝手に奥へ入っていく。
この行動に詩文はあっけにとられる。冬子に言われたからとはいえあの河野母が自分に友好的態度を示してくるというのが信じがたかったんでしょう。
単純に孫娘にメロメロで言いなりになってるということではなく、詩文を懐柔することによって養子話を実現させようという意図があるにもせよ、それだけ河野母が冬子を本気で養子に望んでいるには違いない。詩文にはそうそう買えないような高級肉をどんと持ち込んだのも、河野家の経済力を示し詩文を心理的に圧倒する作戦なんでしょうが、そうとわかっていても河野家に行った方が冬子は幸せなんだと納得しそうになってしまう。
冬子の気持ち(母と仲良くしてほしい)から今日の帰宅時間まで把握してるのも含め、完全に河野母が優位に立っています。
・詩文が帰宅した冬子に「河野のお母さんくることあんた知ってたの」と聞くと、冬子はふっと笑って「ほんとにきたんだ」と軽く答える。「どうなってんのよ」と抗議するような口調の詩文。
詩文にしてみれば河野母との対面は冬子を取られるかどうかの戦いに他ならないのに、肝心の冬子は気軽に河野母にすり寄り、養女の件も河野家から好きにお金を引き出せるくらいに捉えていて、詩文と法的に親子でなくなることに抵抗を感じてる様子はない。
見方を変えれば、法律上どうあろうが自分と詩文が母子であることは揺るがない、母子の絆をそれだけ確信してるともいえるんですが、詩文と冬子の温度差が詩文目線で何だか悲しくなってきます。
・皆ですき焼き鍋を囲むものの沈黙気味。んーおいしい、とろけるーと冬子が一人で盛り上げ、河野母も冬子の発言にはおばあちゃんが今日は奮発しちゃった、と楽しげに応じる。
対照的に面白くなさそうな顔の詩文は「お父さんほらお野菜もいただいてよ」といいながら父の鉢に野菜を取ってやる。明らかに河野母への反発から肉を避けて代わりに野菜を勧めてるのがみえみえですね。そんな詩文の気持ちなどまるで忖度していない父は「いいや私は肉でいいよ」と素直なお答え。
「いいじゃないのおじいさまには好きにしていただいたら」と口を挟む河野母の方はそんな詩文の心情を読みきっているのが、たしなめるような見下すような笑顔に顕著。元嫁姑の間の見えない火花が恐ろしいです。
・詩文の父は今さらいぶかるように河野母を見て「あなたは、どなた?」 河野母は戸惑ったように詩文を見、詩文は無言でちょっと父に目をやり、その仕草で事態を了解したらしい母は「あの、わたくし、河野良子と申します」と上品な笑顔で挨拶する。
最初に詩文堂を訪ねてきて詩文父に会った時点で彼がボケてるのは知ってるはずですが、あの時は自分を圭史の母と認識できていたのがもはや出来なくなってることに思わず呆気に取られてしまったんでしょう。
この後も詩文の父がすっとぼけた発言・行動を重ねるほどに詩文と河野母はどんどん暗い顔になってゆく。ついには詩文父以外は全員沈黙。詩文父だけが皆の心などなにも知らず陽気にしてるのに、何ともいえない哀しさがあります。
とはいえ、原作に比べるとこの父を取り巻く空気は哀しいながらも乾いた哀しさでどこか明るさをも感じさせる。原作では父は血圧が高く身体は弱り気味なものの特に痴呆の症状は出ていない。ドラマの方がずっと原家の状況は深刻なはずなのになぜ、と考えるとこのお父さんのとっぱずれた言動、自分たちの置かれた状況の深刻さが理解できないゆえの明るさが原因なんじゃないかと思えてきます。父親役品川徹さんの名演技によるところ大ですね。
・沈黙ののち、やがて箸置いた詩文は「河野さん」と呼びかけ、冬子のほうに視線をやってから「冬子を、お願いいたします」と寂しげに笑う。河野母と冬子はとっさに無言。「こんな家で苦労するよりもそちらでお世話になったほうが幸せだろうと思います」ともはや割りきった笑顔で告げ、「どうか幸せにしてやってください」と一番のにっこり顔を見せる。
あの父の体たらくを見たあとだと「こんな家」という言葉に非常な説得力があります。すでに河野家に行ったほうが冬子のためじゃないかという思いに傾きかけてた詩文に止めを差したのもまさに今日の父の恍惚ぶりだったのでしょうし。
河野母もすでに詩文父の痴呆を知っていたとはいえ、さすがにこの展開を読んで夕飯を一緒しようと持ちかけたわけではないでしょうが、結果的にこちらが何も働きかけない内に詩文の方から養子の件を頼んでくるという、彼女にとって最高の結末になりましたね。
・河野母は感動を抑えてるような静かな表情で「もちろんですとも、圭史の大事な忘れがたみですもの。大事に大事にしますよ」と答える。
ずっと詩文を嫌ってきた(自分も詩文から嫌われてるのをわかってる)この人も、だからこそその自分に娘を、娘の幸せを願えばこそ託そうとする親心に、同じ人の親として感動を覚えずにいられないんでしょう。
・黙って見つめてくる冬子に「冬ちゃん、冬ちゃんも後悔しないような人生を生きていきなさいよ」と詩文は真顔で言い聞かせるように言う。冬子は破顔して「どうしたの?マジになってる」と言うと「マジでいってるんです」と真顔のまま詩文は答え冬子も真顔になる。
悲しいのはこのとき詩文が冬子の意向をちゃんと確認せずに養子話を切り出してること。原家の現況や冬子の態度から冬子はもう完全に河野家に行きたがってると決め込んでいる。冬子は「ママがいやならやめる」と一応の留保をつけていたのに。冬子が黙って詩文を見ていたのは、「私の意志は確認してくれないの?」という一抹の寂しさを感じたゆえだったのかもしれません。
こんなやりとりに何の関心も示さず詩文父が食べ続けてるのもまた悲しい。お父さんは冬子が河野家に移ったあと、なぜ彼女がいなくなったのか(いなくなったことも)理解できたんでしょうか。
・台所で並んで片付け物をする河野母と詩文。圭史が生きてたころは嫁姑として一緒に台所に立つこともなかった、今になってこうやって仲良く並んでるなんてねえ、と感慨深げにいう母に「・・・ほんとですねえ」と答える詩文。
続けて母は「どんな思いで見てるかしらね圭史、私たちのこと」と言いますが、詩文はこれには返事をしない。念願通り冬子の養女話がまとまったのと、それに際して詩文が見せた態度に感銘を受けたのとで大分河野母も軟化したというか感傷的になってる印象です。詩文はそれを感じ取りつつ、彼女の感傷に同調しようとはしない。それどころか「冬子ちゃんは河野家の子供になるけどあなたは実のお母さんですからね、どうなってもいいってわけにはいかないのよね」と原家に対する援助をほのめかしたのに対して「お心にかけて頂かなくても結構です、私一人くらい何をやってでも生きていけますから」と突き放してしまう。
以前父の痴呆を知られたときも「父のことはご心配なく。冬子のことだけご心配ください」と笑顔で同情をシャットアウトしていた。河野母にとって実の孫にあたる冬子に関することなら大金を要求するのも正当な行為と見なせるけれど、自分や父は河野家とは関係ない人間、援助や同情を受けるいわれはないということでしょう。詩文の(あまり人目にはわからないだろう)誇り高さが表れています。
にべもない拒絶に河野母もむっとして「そうですか、そりゃ余計なことを申しましたね」といかにも憎憎しげに言う。そして結論が「やっぱりあたしとあなたは合わないわ」「そうですねー」。気が合わないという認識が一致してる点で、逆説的ながら気が合ってるようでもあるんですが。
・ハローワークで求人情報を見ながら考え込む詩文。「古本屋の店員とかないでしょうか」と職員に尋ねるが、おわかりいただけないかなあ、あなたは40過ぎてるんですよ、特別な資格もお持ちではないし、と呆れたように言われてしまう。
とはいえ「本気で働く気が、おありなんですか」とは失礼な言い草。「あるから、来てるんです」と言い返した詩文も少なからずむっとしたんでしょう。しかし「だったらこの中から選んで面接に行きましょう」とリストを提示されると、悔しさを呑み込んだ顔で再び情報に目を落とさざるをえない。よほど不本意な仕事ばかりなんだろうと察せられます。
・病院のパソコンで献立表を見るネリ。後ろから福山が覗きこみ「うそ。先生料理するんですか」と一言。坂元もやってきて「灰谷先生の手料理、食べてみたいな」と冗談を言うと、「あなたたちのために料理する暇はないわよ」とネリが冷たく、でも冗談に冗談で返すような口調でつっぱねる。
そこへもう一人後輩医師(井上)がきてネリの真後ろに立ち、東都医大の教授になられるんですかと勢いこんで尋ねてくる。東都医大始まって以来の女性教授になる、しかも外科だと騒ぐ井上と坂元を、まだ出るか決めたわけじゃないんだからと牽制し、勝手な噂流さないでねと釘をさしてネリは病棟へ。
福山は「灰谷先生が東都医大に戻るなら僕も戻ろうかな」とにやにやしていますが、すでに女としてのネリに惹かれる気持ちが芽ばえつつあったのか。あるいはネリは東都医大になんて戻れない、教授になんかさせないという思いを秘めての台詞だったんでしょうか。
・英児のアパートへ紙袋を持って訪ねていくネリ。台所から窓越しに眠っている英児を見つめて、紙袋を玄関先に置いてそっと帰る。中には「栄養のいい食事をしてください。来週の外来に必ずきてください」とのメモ入り。すでに医者と患者の枠を越えた親切ぶり。それももともと料理自慢ならともかく、英児に食べさせるために料理を研究までしてるんですからね・・・。
・明の部屋へケーキと飲み物を届けに向かう満希子はいそいそした足取り。この年になりながら、家の中に格好いい若い男がいるだけでこの浮き足の立ち方はすごい。むしろ「この年」だからこそなのか。
しかし廊下に立って話すゆかりと大森を見て階段の途中で足を止めそっと二人を覗く。かつて美波が自宅のトイレ前で弟の家庭教師だった圭史とキスしたという話を思い返して、ゆかりと大森に重ね合わせる。
夕飯のときもゆかりや明が大森をもりりん呼ばわりして馴れ馴れしく接してるのを危惧していきなり「先生はおつきあいしてる方いらっしゃるでしょー?」とゆかりを牽制するような発言をしたり、体を乗り出し気味に「つきあったげようか、あたし」というゆかりを「許しません」とヒステリックに叱りつけたり。少女のように大森に胸ときめかせていたのがどこへやら、すっかり娘に悪い虫をつけまいとする母親モードに切り替わってます。
しかしそれも根底には、ゆかりというよりゆかりと大森二人への嫉妬、かつて評判の美人の自分でなく親友の美波の方にロマンスが降りかかってきたように、今回も自分でなく娘の方が恋物語の主役に選ばれた(と思いこんだ)ことへの寂しさと疎外感が理不尽な怒りを呼んだのだろうと思います。
・冬子の部屋。ダンボールに荷物詰めたり服たたんだりしながら無言の母子。詩文が冬子が子供の頃の作文を見つけて読み始める。「うちのママは男の人にモテます。うちは本屋ですが、ママに会いたいから本を買うお客さんがいます」「あたしもママがモテるのを見ているとすごく嬉しいです。あたしも大きくなったらママみたいな女の人になりたいと思います」。子供が書く内容とも思えません。冬子の早熟さ、そうさせた詩文のただならぬ色香を想像させます。
しかし母親が男にちやほやされるのに反感を抱くのでなく「すごく嬉しい」というのが。モテるのも才能のうちだし、だから才能豊かな母が自慢だという心理なんでしょうが。だから冬子は詩文が若い男と付き合ってることには特に反発しないし、自分は母親譲りの魔性だというときもどこか誇らしげでさえある。母の男関係に潔癖な子だったら母親を憎み嫌って非行化してもおかしくなかったかもしれない。詩文がいつも堂々としてるからこそ、冬子もそういう母親を自然に受け入れ、憧れてもいるんでしょう。
・「冬ちゃんは?好きな人いないの?」という詩文の問いかけに、「好きってどういうこと?」「キスしたいとか触りたいとか一緒に暮らしたいとか、そういうのが好きってことなら、いないな」と冬子は答える。自他ともに認める魔性の女でありながら、肉体的にも精神的にも恋や男を求めてはいないんですね。
そんな冬子に詩文は「・・・好きってことはね冬ちゃん、一緒に成長したいとか、一緒に何かを築きたいとかって思うことよ」と語る。大人の、経験者の重みを感じさせる口ぶりですが、詩文自身も英児に対する思いは「導くなんてあたしにできるわけないじゃない、一緒に落ちていくなら付き合えるけど」と「一緒に何かを築きたい」とは対極に位置しているし、後に澤田との結婚を考えたのも「穏やかな暮らし」を彼が(一方的に)与えてくれるのを期待してのことだった。
その意味では詩文も本当に人を「好き」になったことはないのかも。圭史に対しては多少なりとも一緒に成長したい気持ちを持ったこともあったんでしょうか?
・病院のラウンジでネリと会う詩文。お父さんの施設のことは調べさせてるからというネリ発言から、詩文が痴呆の進む一方の父を施設に入れるつもりでいるのがわかります。まああのお父さんの面倒みながらじゃ外に働きに出ることもままならないですしね。
・そこに満希子がやってきて、「うっそー、なんであたしがここにくると必ず原がいるの」とすねたように言う。詩文がいると知らなかったところからしてアポなしの訪問のようです。忙しい外科医を相手によくよく相手の迷惑を考えてない行為です。しかし外来が押したりで食事時間も不規則になりがちな外科医をよく無事に捕まえられたものだと思います。一種の才能か?
・何その爪、とネリはげんなりした様子で満希子のネイルアートにツッコみますが、詩文は一瞬意味深な笑顔になってから「きれいね。何があったの」と問いかける。明らかに詩文は急に色気づいた満希子に男の存在を嗅ぎ取っている。ネリとの反応の違いは二人の男性経験の差ですね。
・喫茶店?に三人は移動し、詩文とネリは満希子から家庭教師と娘の仲への不安を打ち明けられる。満希子自身の恋愛ネタを想像してたろう詩文は肩すかしを食ったと感じたでしょうね。あるいは満希子が大森とゆかりの仲に過敏になる裏には満希子自身の大森への好意がひそんでいると鋭く察したか。
・ダンナに相談しなさいといわれた満希子は「うちの人は無理、堅物だから」と答えますが、詩文は意味深な笑顔で「そういう人にかぎって女がいたりするんだよねー」と口にする。後から思えばほとんど予言ですね。
・大森をクビにするべきかと言い出す満希子をに詩文とネリはそこんちの娘と立ち話しただけでクビになったんじゃ納得しないよねーと反論。満希子はその場の状況を述べ、状況証拠的にどっちかがトイレ行くふりして相手に会いにでてきた、それは「美波のときと全く同じ」なのだと叫ぶように言う。ネリと詩文は「ブッキってほんとうに、暇ねえ」「仕事もしないでそんな心配だけしてればいいって、うらやましいなー」と呆れているのを隠そうともしない。
ただ思えば満希子はニュースキャスター志望だったわけで、推理を重ねてストーリーを構築していく行動は、果たせなかった夢の名残りなのかもしれません。推理するテーマが下世話というか下らないですけどね。
・あたしはその日その日を生きてくのが精一杯だっていうのに、という詩文発言から、話題は詩文の経済的困窮へと移る。35を越えるととにかく仕事の口がない、ラブホテルの掃除係くらいだがそれもいたって安いと具体的金額をあげての話ぶりに、金の苦労とは無縁の満希子もネリも言葉をなくす。
さすがにネリのみならず満希子も同情顔なのに「・・・西尾仏具店で働かせてくれない?」「ネリの家の家政婦にしてよ」という詩文の冗談めかしたお願いは揃って拒絶する。結局自分の身に面倒事が降りかかってくるのはごめんというあたり冷たいっちゃ冷たい。
そんな話の流れのなかで満希子の家の貯金額やネリに大学教授の声がかかってることも話題に上る。特に西尾家の貯金額については、女たちのとめどもないお喋りという体裁で、後々の伏線を張っているのが上手いです。
ところでこの時ネリが聞かれもしないのに「大学の教授になったら給料下がっちゃうしあたしも貯金しないといけないのかな」などと教授選ネタを自分から持ち出してるのがちょっと意外。満希子ならわかりますが、ネリはそういう自慢ぽいことをしない性格だと思っていたので。同じ年だけど生活環境はまるで違う元同級生という関係柄、ネリでも彼女らへのライバル意識がふと湧き上がることがあるんでしょうか。
・みんな磐石なのねーその日ぐらしはあたしだけかー、と頬杖ついて元気ない声の詩文にネリも言葉をなくすが、満希子ときたら「原は、人を傷つけてきたから手が回ったのよー」と間延びした口調でふざけたように言う。いまだに親友の彼を奪ったことに拘ってるとはいえ、父親は痴呆症で施設に入居予定、経済的困窮から娘は養女に出し、家業の古本屋も閉店せざるを得ないうえ仕事も見つからないどん底的状況にいる相手にあまりにひどい言い方では。ワインに酔っ払って自制心を失っているのか。「自業自得ね。かわいそ」と追い打ちの一言まで付け加えるし。さすがに常識をわきまえてるネリは無言に徹してます。
しかし満希子の発言にむかついたゆえか、かえっていつものペースを取り戻したらしい詩文は「・・・その日暮らしが一番強いってとこもあるけどね」「幸せな老後とかっていうけど将来が見えすぎてるのって、つらくない?」と反撃に出る。まあ開きなおりとしか表現しようがないですけど。そんな詩文を気の毒に思ったかからかってるのか、詩文の魔性の才能で金のある男をつかまえればいい、お金持ちのじじいを誘惑するとか、若いお金持ちだって詩文の魔性をもってすれば落ちるかもしれないなどと言い合う二人に、詩文も「そうしようかー」と納得?してしまう。
ナレーションいわく「ほら、最後にいつも勝つのはこの女」だそうですが、現状の詩文は徒手空拳のまま強がってるようにしか思えない。無事澤田との結婚に成功していれば、まさに魔性の才能で「最後は勝つ」ところを見せられたんですが。
・夜のバーガーショップ。一人窓席に座るゆかりに「どうしたの」と入ってきて声かけたのは大森。「来てくれたー」とゆかりは意外そうな嬉しそうな声を出す。こうしてみると満希子の懸念は満更外れていなかったよう。現代っ子のゆかりはさすがに大人しいタイプだった美波より、相手への接近スピードも上の様子。
しかし「どんなタイプの女の子が好き?」というゆかりの問いに大森はちょっと真剣な顔で「危険な人」「ここに踏み出したら命がけになるなーみたいな」とその風貌・これまでのイメージからは意外な答えを返す。ガラスに映る大森の顔もいつになくちょっと危険な表情を浮かべています。「あたしみたいな子供は興味ないってこと?」というゆかりの言葉にはっきりは答えませんが、「あたし、もりりんみたいな予測不能なこと言う人が好き」というなかなかストレートなアプローチを「これ飲んだら帰ろ」とはぐらかして話を打ち切るあたり、ゆかりには興味ないと言ってるに等しいですね。
しかし結局は金目当てだった大森が最初は満希子とゆかり両方に軽くアプローチをかけながら、いつしかすっかり満希子に照準を絞り自分から近付いてきたゆかりは相手にしないというのは何故なんでしょう。時間かけて満希子を落としにかかるより手軽に遊べてすぐ金も引き出せそうなのに。
まあ多少時間はかかっても確実に落とせる確信さえあれば高校生のゆかりより一家の主婦である満希子の方が大金を動かせる立場だからでしょうね。危険な人、危険な恋が好きというのがある程度本音であるなら、人妻で堅物の満希子を落とす方が危険な恋であり、やり甲斐があると思ったのもあるかも。
・夜の道を一人歩く満希子。ゆかりから携帯に「部活の先輩の家に寄るから、ちょっと遅くなる」とメールが入りますが、その頃ゆかりは例のメイドカフェでまた踊っている。大森に今日は彼に会うため部活を休んだと言ってましたが、本当は部活じゃなくバイトを休むつもりが存外早く身体が空いてしまったためやっぱりバイトに出たというところでしょうか。
・後ろから「西尾さん」と声をかけられ振り向いた満希子は大森の姿を見出す。大森は大股に歩み寄ると「お送りしますよ、お宅まで」と満希子の横をすりぬけて歩き、満希子の顔にはじわじわ笑顔が浮かぶ。ついさっき大森先生をクビにするべきかなんて話をしていたのに。やはり大森がゆかりに気があると勘ぐったことが彼女を不機嫌にさせてたわけですね。
・一人家のちゃぶ台で例の作文をぼそぼそと読み上げる詩文。すでに冬子は河野家に移ったあとなんでしょうか。娘との絆を示す作文を一人ぼっちで読み返してる姿が何とも哀れに映ります。
・無言のままゆっくり並んで歩く満希子と大森。満希子がサンダルのかかとを踏み違えたか体が一瞬傾き「あいた」と声をあげる。「つまずくなんて、年だわねー」と満希子は照れ笑いするが、大森は「そんなことないですよ西尾さんはきれいだ」と爽やかな笑顔でさらっと口にする。
驚いたように大森を見つめる満希子。真剣な目で見返す大森。いきなりロマンスの気配が訪れるが、やがて焦ったような顔になった満希子は」「あー!」と声を上げて空を指差し「まんまるなお月さまー」と笑ってごまかそうとする。
「年だわねー」発言もそうですが、人一倍ロマンティックに憧れながら、憧れているからこそいざ自分の身にそれが降りかかりそうになると思い切り気後れしてしまう、わざと色気がない方向に逃げ出そうとする満希子の臆病さと恥じらいがこのシーンには濃厚に滲みだしています
。しかし大森は満希子の態度に動じず、隣りに並んで満希子の左肩に手を回す。満希子は身体を硬くして横目に左肩を見つめるがもう逃げ出すことはせず、その顔が次第に笑顔になっていく。レインボーブリッジ右手に満月見上げる二人の後姿を遠景で映すいかにもなロマンティックな画面のバックに「16歳の娘より41歳の母親のほうが素敵だなんて、人生は捨てたものではないのです」とナレーションまで浮き浮きした様子で、絵に描いたようなアバンチュールシーンを盛り上げてくれます。