〈第五回〉
・大森は上野の美術展に満希子を誘う。デート場所のチョイスがインテリかつ上品な感じで、いかにも満希子のような裕福な奥さま(でもさして教養はない)をくすぐりそうなチョイスです。
初デートをいかにOKさせるかは相手が遊びなれない人妻だけに重要なポイントですが、満希子がためらいを見せたり逃げようとしたりする局面では両肩つかんでぐっと正面に向かせるなどの強引さを見せつつも、適度な距離を保って表情や言葉つきは爽やかな笑顔のまま、最後は「・・・無理ですよね、明日なんて」とちょっとしょげて見せることで満希子がついOKしてしまうように仕向けるというなかなかの高等戦術を見せている。さすが恋愛詐欺師の面目躍如たるところ。
・デートの言質を取った大森は欄干のほうに向き直り海に目を向けて、「すごいなここで偶然会えたの」とはずんだ声で言う。さすがにこれは偶然でしょうね。さらに「運命かな」とか「念力が効いたのかな」などと付け加える。
ちょっとすれた女性なら笑っちゃうようなキザな台詞ですが満希子みたいなタイプには十二分に効き目があったようです。あとで「運命・・・」「念力・・・」と思い出してにやけてたくらいだし。
・そのまま家まで送っていこうとする大森に、「明日」といって反対側に駆け出す満希子。そのまま公園のわき道まできて足を止めはーっと息をつく。すぐにまた歩きだすものの自然と笑いがこみあげてきてます。
一方大森はまださっきの場所に佇み、笑みを浮かべながら満希子が去った後を見つめている。本気で満希子に惚れていて満希子の行動を微笑ましく思ってるのか、それとも何か企んでいるのか、その表情からはどちらともわからない。決定的な瞬間が訪れるまで大森の本心は視聴者にも伏せられたままで、本気か詐欺か大森の表情や態度から類推するよりなかったわけですが、こうした“どちらともつかない”表情を貫き最後まではっきりしたボロは見せずなおかつ満希子を本気で愛してるという(偽の)確信も与えなかった。
本気と言われても嘘だったと言われても納得できるように表情をちゃんとコントロールしてる――大森役崎本くんはいかにも優しいお坊ちゃん風の風貌も含めはまり役だったと思います。
・西尾家。「ただいまー」と帰ってきた満希子はばたばたと食卓へ走りこむ。ゆかりが「どこいってたのー」と声をかけて台所へ入ってくるが、「ごめんごめん高校のときの友達と偶然会っちゃってー」と目を合わせずそのままシンクに向かう。目を合わせない、落ち着きのない態度はやっぱりやましさがあるからですね。
一方のゆかりは「家のことしかしてないんだからさぼんないでよ」とちょっととがった声で言い捨てて出ていく。大森に実質振られたことで不機嫌なんですね。その大森が直後に満希子にコナかけてたと知ったらどんな顔したやら。よその女ならともかく、ゆかり的には女にカウントされてもいない、中年のつまらない主婦にすぎない母親が自分に優越したなんて絶対認めたくないでしょうからね。
・このゆかりの態度に「なんだその言い方はママに対してー」「母親を家政婦みたいにいうなんてとんでもないよ」と武。強く咎める口調ではないものの、満希子は「やさしいのねパパ」とちょっと笑顔になる。さらに「ありがと」とふふっと笑う満希子を武は一瞬無言で怪訝そうに見つめますが、そんなに満希子が夫に優しい態度を取るのは珍しいんだろうか。
浮気相手と会ってきた日は妻(夫)が優しいとはよく聞く話ですが、やましさがあるからというだけでなく幸せな気分になってるからその分自然と優しくなれるというのもあるんでしょう。満希子の場合は(まだ浮気までいかないけど)まさにこれですね。妻からも子供たちからも軽く扱われながら腐るでもなく家業と家庭をちゃんと守っている武も、実は浮気してるからこそ穏やかな態度を保っていられるのかも?
・洗い物しながら竹内まりやの「恋の嵐」を歌い出す満希子。こんな歌詞(もろに不倫)の歌を歌っちゃっていいのか?語るに落ちてるというか。
しかし武は疑いを抱くどころかサビの部分で一緒に歌い出し、二人してすっかり熱唱デュエットモードへ。勢いのまま?満希子が水切りかごに伏せたお椀を拭いてもくれる。なんだかんだ仲良しなんですよねこの夫婦。
・ネリが詩文堂を来訪。頼んであった老人ホームのバンフレットを詩文は読むが、民間の老人ホームは地方にいけば空いてる、でも入所金が最低でも500万はかかると聞いてしばし絶句。
「そんなお金なーい」「だから老人保健施設を考えてるのよわたしは」「老人保健施設って半年まででしょ?」と二人のやりとりは続く。「半年で追い出されたんじゃこーまーるー」と駄々をこねる詩文を「贅沢いってる場合じゃないでしょ、半年後に移るところも探してあげるから」とネリはなだめすかす。すねたような顔をあげた詩文は「ありがとう」とお礼を言ったあと「半年後も見捨てないでね。半年後もそのまた半年後も」とネリを見据えて言う。
基本さばさばしてる詩文としてはちょっと粘着的な物言いですが、先の「こーまーるー」という言い方といい、そもそも老人ホーム探しを頼んだところといい、何だかネリには甘える気持ちがあるみたいです。こんな状況ですから誰か頼りたくなって無理ないし、ネリが姉御気質なのもあるんでしょうけど。
・本当に用件だけで「じゃまた連絡するね」と席を立つネリを、お茶くらい飲んでってよと詩文は引き止めるが「時間がないのよ」とネリは断って玄関へ向かう。実際ネリは立場からして多忙なはずで、貴重な時間を割いてまで詩文のためにこうも骨を折ってるのが不思議な気もします。詩文自身も「なんで・・・あたしなんかにそんな良くしてくれるの」と質問してますし。
ネリの答えは「ほっとけないのよね原って」。後に英児はネリを「先生は、捨て猫をほっとけないんだよな」と評しますが、詩文いわく英児と詩文は似てるそうなので英児をほっとけなかったように詩文もほっとけなかったんでしょう。
・「・・・英児!どうしてる」と唐突に尋ねる詩文。「英児」という部分に力がこもっている。背中向けたままのネリの表情は詩文には見えてませんが、笑顔のまま硬直してる感じです。
ややあってネリは向き直り「知らないわ」「外来にも来ないし」と答える。直接家を訪問したり食事作ったりしてることを詩文には話そうとしない。詩文の方から英児を捨てた経緯はネリも知ってるのだから遠慮はいらないようなものですが、別れたそばから手を出したような形だけに(しかも恋知らずの女と周囲から見なされてるだけに)言いづらいんでしょうね。どうしてる、と聞いてくるあたり何だかんだ詩文も英児に未練があるのを感じてるんでしょうし。ネリが詩文のために骨を折るのはそのへんのやましさも手伝ってるのかもしれません。
・出て行くネリを見送りながら「ほんとありがと」と頭を下げる詩文に、今日は母校の東都医大に寄ったついでだから気にしないでとネリは言う。ごく軽い口調で深い意味はまったくないんでしょうが、おそらく詩文はネリに大学教授の声がかかってる(選挙がらみで母校に用があったぽい)ことを改めて思い出し、自分とネリの立場の懸隔にいささか落ち込んだんじゃないでしょうか。
・直後詩文堂に電話が。「澤田歯科医院の澤田です」と中年男性の声。先に詩文父が入れ歯の調子が悪いと歯医者に行った話が出てたのでお父さんの主治医だなとはすぐわかりますが、「・・・お父様が治療のあとどこに帰ったらいいかわからないとおっしゃいまして」とやや苦笑気味の声で言うのには詩文ともども「ええー」と言いたくなります。ついにここまで来たか、という。ついさっきは安くても半年で追い出される施設なんてと言ってた詩文ですが、もはや一刻の猶予もならないと腹をくくったことでしょう。
しかし日傘を差して足早に歯医者へ向かう詩文は、真顔ではあってもそこまで深刻に嘆いてる感じではない。生命力の強い詩文だけに、事態が切迫することでかえってちょっと元気づいてるのかもしれません。横断歩道を渡るときにつんのめって転びそうになっても持ち直すシーンがそれを象徴しています。
詩文に煮え湯を飲まされた美波なんかからすれば「運命は過酷です。もっともっと過酷でもいいと私は思うのですけれど」「転びそうで転ばないところがこの女の憎たらしいところ。転んで血まみれになればあれもこれも忘れてあげるのに」と言いたくなって無理もないところですね。美波自身は圭史と詩文の浮気現場を見て転んで血まみれになってるだけに。
・歯医者に到着し、父の手を引いて帰ろうとすると「澤田先生は去年奥さまを亡くされたんだそうだ。素晴らしいだろ」と詩文父はとんでもないことを言い出す。台詞の前半と後半が見事に乖離してます。
「なにが素晴らしいの、すみません失礼なこと言って」。詩文は父をたしなめ、澤田を振り向いて頭を下げる。澤田は体育会系のさわやかな笑顔で咎めようとはしない。これだけはっきり正気を失ってる相手に怒りが湧きようもないですからね。
・手を引く詩文に父はなぜか抵抗。後ろを見ながら「先生、この子もらってやってくれませんか」と言い出し、詩文と澤田はさすがに驚いて父を見る。なるほど、だから澤田が妻を亡くし現在独身なのが「素晴らしい」(詩文を妻にできる)なのか。見た感じいかにも良い人そうだし、歯科医なら経済的には十分潤ってそうだし、結婚相手の候補には悪くない。詩文の表情にも「それはいい手だ」と一瞬考えてしまった気配がちらりと見えるような気もします。
・しかし詩文父は、詩文と圭史が再婚すると信じてるんじゃなかったっけ?といぶかってたら、「圭史くんと上手くいってるなんて嘘をついてもお父さんにはわかってる」と妙に力強く言い出す。
詩文は大きく頷いて(もうどうでもいいから一刻も早く連れ帰りたいんでしょう)怖い声で「帰るわよ」と言い渡すと、澤田の方に向いて来週は私がついてきますので、今日は本当にご迷惑を、と改めて笑顔作って頭を下げる。澤田は笑顔で気にするなというように首を横に振る。
「この子は気は強いがなかなかいい女なんですよ」「親が言うのもなんですがいい女」と繰り返す父を、詩文は振り向き振り向きしながら強引に手を引いて出て行く。娘としては恥ずかしい事このうえないでしょうが、ボケてもなお娘の先々を心底案じている―だからこそこれまでも圭史との復縁について彼の死を理解できないままに言い募ってきた―父親の愛情深さには胸打たれるものがあります。
“支離滅裂な事をわめく痴呆症患者を娘が力ずくで連れ去る”という本来痛ましいはずの光景を澤田がどこか微笑ましげに見送っているのも、そんな父の愛を感じ取っているからでしょう。
・家のリビングで腕時計を見てはそわそわする満希子。ごちそうさまと声をかけた武に「今日亡くなった美波を偲ぶ会のことで出かけるけど(ちょっと上ずった声)夕食までには帰るから」と断りを入れると、「おれも今日は遅くなるわ」と武は答える。「あ、そ?パパの夕食はいいのね?」。
ならば多少ゆっくりできると内心満希子は喜んでるんでしょうが、それだけに武が目を合わせようとしない不自然さに気がつかない。武はきちんとしたYシャツとベスト姿で仕事で出かけるかのごとくですが、その実仕事以外の理由があるのは慧眼な視聴者なら察したことでしょう。
美波のことみんな私に押しつけられちゃって困っちゃう、などと後ろめたさ隠すようにことさら言い立てながらテーブルを片づける満希子に、男と死んだのに偲ぶ会までやってもらえる美波は幸せだ、満希子は気がいい、と武は褒めるがその笑顔はどこか冷ややか。美波の死からこのかた妙に生き生きして、親友が死んだのにそれをネタに面白がってるかのような満希子に呆れ揶揄してるのか?
満希子は夫の内心など忖度せず「私のそういうとこ、好きー ?」と明るく声を張り上げながら満面の笑顔で武の側を通りすぎる。会話だけ聞けば仲良し夫婦、しかしそれぞれに他の相手との密会に心を奪われている(らしい)というちょっと寒々しい光景です。
・父の手を引いて足早に街中を歩く詩文。途中「あ、そうだ。宇治川?の羊羹を澤田先生に届けておきなさい」といきなり言い出す父に詩文は困惑。父いわくお詫びだそうですが、どういう趣旨の迷惑をかけたか理解してるんでしょうか。
何十回も頭下げてお詫びしたじゃない、と詩文はたしなめますが、「勝負に出るときは金は惜しまんもんだぞ」などと言い出す。お詫びにかこつけて澤田と個人的に親しくなれと作戦を授けてるつもりなんですね。勝負に出るも何も、詩文はまだ何ら澤田に関心を抱いてる気配さえないのですが。
最初は無視しようとした詩文ですが「よしお父さんが買ってくる」と勝手に横断歩道を歩き出すにいたって「買ってくるからあたしが」「今行く、行けばいいんでしょ」と言わざるを得なくなる。ちゃっかり「うちの分も買ってきて」と父が言い出すのを「そんなお金うちにはないって言ったでしょう」と叱るくらいだから詩文的には痛い出費なんだろうに。
・父の手をつかんで並んで歩く詩文は、ふと顔だけ後ろに向けてはっとした表情になる。何かと思えば、横断歩道の途中にこちらを怪訝そうに見つめる英児の姿が。詩文も軽い驚きを示したものの、思いきりべーっと舌を出してそのまま歩き去る。
ネリにどうしてるかと尋ねるくらいで彼のその後が気になってたところに偶然出会ってしまった、心が騒ぐものの父の頭の状態や経済的困窮(羊羹もろくに買えない)を改めて突きつけられた直後だけに、これ以上英児との関係を続けることはどうしたってできないと、未練を断ち切る意味でこんな行動に出たんじゃないでしょうか。
英児は無表情かつ所在なげにしばし立ち尽くしてますが、わけがわからないなりに詩文の追いつめられた気分を感じ取って困惑してるのだろうと思います。
・待ち合わせ時間の二時に駅前で腕時計を見てため息をつく満希子。淡いピンクの上品なスーツを着て、いそいそした足取りで小走りに階段を下りてきょろきょろする姿は十代の少女のごとくです。
そこへメールの着信音。画面を見ると「西尾さん、超キレー、左のほうを見て OM」とある。きょとんと左を見ると歩道橋の上から子供のような笑顔で手を振る大森の姿が。それを見て「あー」と深く息を吐き出して満希子も満面の笑顔になり小さく手を振る。演出効果まで見事に計算されつくしてますね。満希子のような物慣れない女がイチコロでやられるわけです。
・さらに手を振り返した大森が小走りに駆けてくる。「いつからいたのー」「見てました、ずっと」。やだあと恥じらって見せる満希子。
それに答えず信号を渡って前方に急ぎ足で向かう大森。先生待ってと花柄のスカートを揺らしながら満希子は走り、足を止めて振り向いた大森に「もうー」と言ったところで大森が今度は駆け出し、満希子も嬉しそうな顔で後を追って走る。息が上がって止まる満希子を大森が笑顔で振り向き走って戻ってくる。すると今度は満希子が駆け出す。後を追って走る大森は満希子の右手をつかまえて「逮捕!」と明るく言う。
何ですかこのバカップル。思わず経過を細かに書き出してしまうほどに、絵に描いたような青春をやっています。
・並んで美術館の門から出てきた二人。「やっぱりよくわからなかった」と素直に言う大森に「自由と空想の画家って感じがしたわー」と満希子。いかにも雑誌などの紹介文をそのまま覚えてきた感じの実のない感想です。昨夜新聞記事で予習してましたからね。
・オープンカフェのテーブルに座ってる満希子に大森が飲み物を持ってきてくれる。「ありがとう」という満希子に「ミルク入れる?」と尋ねる大森。紳士な気遣いを見せつつさりげなくタメ口をきいてきてます。向かいでなく半隣りの席に腰掛けるあたりもさりげなく距離感を詰めてきてますね。
・二人で芝生のほうを見ると、母親と幼い男の子連れが遊ぶ姿が。満希子が目を細めて「大森先生もあんなころあったのねー」と言い出したところから大森の家庭環境―すでに両親はいない、母はごく小さいころに亡くなり父に男手一つで育てられた―の話に発展。まあ後から思えば満希子の同情引くための作り話なんでしょうけど。
先生が幸せにいきいき生きることが一番の親孝行だと思うな、親にとっては子供の幸せが自分の幸せだものと母親らしい慈愛をのぞかせた満希子ですが、「私でよかったら先生のお母さん代わりしてもいいわよ?」との言葉に、大森は急に真剣な顔と声になって「満希子さんは母親じゃない。明くんの母親かもしれないけれど、僕にとっては・・・」「先生っていうのもやめてください」と語る。
ちょうど親子連れを見たところだけに家族を裏切ることへの抵抗感から「お母さん代わり」という落としどころに走りかけた満希子を牽制し一気に関係を詰めてくる。何気に「満希子さん」呼びになってますし。
・ローカルな感じの電車に一人乗る詩文。ひざの上には紙袋。例の高級羊羹でしょうか。
向こうの車両にふと扉越しに目をやると並んで雑誌(美術展のパンフ?)を見る満希子と大森のツーショットが。さすがに驚いた詩文は目を反対にそむけ隠れるように体沈めてからまたそちらを見つめる。大森が満希子の手からハンカチを取って額を拭い、両手で丁寧にハンカチを返す。大森が次の駅で降りるのを満希子はわざわざ一回席を立ってドアの前で初々しい笑顔を浮かべ見送る。微笑みながら再び席に腰を下ろした満希子は、ハンドバッグからさっきのハンカチを取り出し、嬉しそうに鼻と口を覆ってみる。
これら一切を見届け、口をぽかんと開ける詩文。うわこれ恥ずかしい。人間どこで誰に見られてるかわからないですね。そもそも知り合いに見つからなくても、赤の他人が見てさえ公衆の面前でのこの「ハンカチ当て」はどうかと思います。詩文ももはや驚くというより呆れ果ててるような表情になっちゃってます。
・夜の公園を紙袋を手に大股に走るネリ。その足どりがゆるやかになりやがて止まる。彼女の斜め前方で上半身裸の英児が汗だくで縄跳びしている。ネリに気付いたらしく縄跳び続けながら横目でちょっと見たものの、微笑ましげに目を細めるネリにかまわずスピードあげる。
スローモーションで英児の胸板や腹筋がアップで捉えられる。勝地ファン垂涎のシーンですね(笑)。役作りのためにジム通ったりして鍛えただけあります。
・少しして手を止めた英児にネリは小走りに近寄り、「ジムで働く気になったのね」と話しかける。これまではアパートを訪ねるたび奥の部屋で布団に転がってるばかりですっかり抜け殻のようだった英児が熱心にトレーニングしてる、再びやる気を出してくれたのがネリには嬉しかったんでしょうね。
英児はタオルで髪の毛をぐしゃぐしゃ拭きながら「まだわかんねえよ」と返す。言い方はぶっきらぼうですがそんなに声はとがっていない。彼の気持ちが安定して前向きになってきてるのがわかります。
・英児のアパート。「今日はアジフライに挑戦してみるわ」と宣言したネリは、台所で慣れた手付きでアジを綺麗に三枚に下ろす。家で作った料理を置いていくのだとまた放置して腐らせかねないので、その場で作ることに方針転換したんでしょうか。ものが魚料理なのは、肉をどかんと持ち込む詩文との対比でしょうね。より生活感があって家庭的な風があります。
それにしても脳外科医やってるくらいでもともと手先が器用とはいえ、これまでろくに料理やってこなかったらしい彼女が短期間にこれだけできるようになったのは大したもの。髪の毛をシュシュ?でまとめ、側を通る英児に気付いてちょっと微笑む姿は若奥さんのごとく初々しいです。英児は無言無表情ですが、ボロアパートに家庭の匂いを持ち込んだネリに戸惑い、どう振る舞っていいのかわからなくなってる感じです。
・ネリが持ってきた雑誌?を立ったまま開いた英児は「たけー。先生の親が入んのかよ」と声をあげる。どうやら例の老人ホームのパンフレットのよう。「原詩文のお父さんと会ったことある?」「彼女に頼まれて施設探してるの」。英児の方に顔を向けずに説明するネリ。英児の前で詩文の名前を出すことにやはり抵抗感があるんでしょうね。
英児のほうも少しためらってから「・・・あいつ、大丈夫なのか」と尋ねる。前に詩文堂で詩文の父と会った時はいきなり圭史と間違われて彼が明らかに正気でない(詩文も「ボケてる」と言い切ってた)のを目の当たりにしているし、街中でばったり会った時も詩文が手を引いてるような状態だった。そして人前もはばからず思いきり舌を出すことで強い拒絶―その一方でどこか甘えを感じさせる女らしい仕草でもあった―を示してきた詩文の姿。拒絶されるほどに心配になるのも無理もない。そんな気遣いが英児の声に滲み出ています。
ネリは一瞬英児の方を見て「彼女はたくましいもの」とだけ答える。いくぶんそっけない言葉が、英児の声音に詩文への情を感じて湧き上がった嫉妬を示しているようです。直後に「できる女は料理もうまいってね、ねえ知ってる?」と妙に明るく自画自賛発言してるのもそんな自身の動揺をごまかそうとしてるように思えます。
・家でアイロンをかける詩文は、眉をひそめ目をぱちぱちさせつつさっきの満希子のことを思い出してる。想像に気を取られたのか、つい左手をやけどしてしまう。むしろこれ満希子がやりそうな失敗ですね。これまでは他人の恋愛を横から眺めてあれこれ想像していた満希子が逆にあの詩文から想像される立場になった。一種出世したといえるのかも?
・詩文は携帯を取り上げてどこかへ電話をかける。「はい河野です。ただいま留守にしています。メッセージをどうぞ」という声は冬子のものっぽい。詩文は少し沈んだ顔でそのまま切り、「はい、河野です」と無表情に繰り返す。養女に行ったのだから当然なんですが今は河野を名乗ってるんですね。わかってはいても実の母親としてはやはりショックでしょう。
しかし「留守にしています」という表現からすると電話した先は冬子の携帯ではなく河野家なんでしょうか。そもそも携帯の留守番メッセージを自分自身で吹き込む、それも名前まで名乗る人って(商売用の電話ならともかく)まずいないでしょうし。河野家にかけたということは冬子でなく河野母に用事だったわけですよね。父をホームに入れることを報告するつもりだったのか。
・そこへがらがらと扉が開いてママーと冬子が入ってくる。こんばんは、と紙袋もった冬子に詩文も微笑み返し、「今電話してたのよ冬ちゃんに」と言う。ということはやはり冬子個人の携帯にかけてたんでしょうか。それであのメッセージ内容はちょっと不思議。
ともあれ冬子は「これ、歌舞伎座のおみやげ」とお菓子と爪楊枝入れを渡す。「歌舞伎もまあまあ面白いけど歌舞伎座の売店ってちょー面白いんだから」と楽しげな冬子に詩文も破顔する。どうやら冬子は今までになくリッチな新生活を満喫してる様子。母としては娘が幸せそうなのが嬉しくもあり寂しくもありの心境ですね。
・しかし「こんばんは」と続けて河野母の声がしたのに詩文は驚いた顔に。「あはは詩文さんごきげんよう」と着物姿の母が上品に笑顔で挨拶。こちらも何だか上機嫌です。
詩文も笑顔で頭下げ、どうぞ、と席を立とうと(お茶を用意しようと)すると、表に車待たせてありますからお茶は結構ですよ。との返答。せっかくの親子対面なのにろくに話もさせない気なのか。あたかも冬子を引き取った幸せぶりを見せつけるためだけに訪ねてきたかのようです。
詩文もそれを感じてむっとしたのか、河野母の言葉を無視してコップとお茶を用意してます。
・「冬子ちゃんがねーどうしてもお母さんにおみやげもってくってきかないのよー」「圭史に似てほんとに優しい子ね冬子ちゃんは」。冬子の美質は全部圭史由来と言わんばかり。ことさらはしゃいだ態度といい、ここに至ってまだ詩文に喧嘩を売るのか。冬子を引き取る念願も果たして、もはや詩文に完勝したんでしょうに。
勘ぐるなら「お母さんにおみやげもってくってきかない」冬子の実の母への執着に嫉妬して、ことさら冬子は自分のもの、冬子を幸せにできるのは自分だとアピールしてるのかもしれません。一方の詩文が河野母の前にだけお茶を置いて冬子には出さないのも、冬子は身内だというこれまたアピールのように思えます。
・河野母はアイロンを取り上げ、「詩文さん、アイロンの水なくなってますよ」といかにも姑っぽいツッコミ。お茶も結構なくらいの短時間の滞在なのにそんなところはしっかり見てるという。詩文も思わず苦笑顔に。
直後「じゃ冬子ちゃん、お店予約してあるし行きましょうか」と席を立つ河野母。冬子もあっさり席を立ち詩文は「えっ」と声をあげる。「これからまだどっかいくの」と思わず声が裏返る詩文に、「ステーキ食べにいくの。すっごいおいしいんだから」と冬子は河野母と並んで笑顔見交わす。食べ物に釣られてるにせよ、冬子がもはや河野家側の人間になってしまったような、詩文目線で寂しさを感じてしまうワンシーンです。
・あなたもご一緒にいかがと河野母に言われた詩文は驚いた顔になるが、「私さっき食事済ましてしまったんで」と作った笑顔で断る。「それは残念。もっと早く電話すればよかったわね」などと河野母は言いますが、絶対電話なんかする気なかったでしょうね。
そもそも予約してるというのだからすでに人数二人で伝えてあるはずだし、詩文が断るとわかっててあえて形だけ誘ってるのがみえみえです。もしも詩文が誘いに乗ったとしてもなんか理由をつけて体よく詩文のプライドを傷つけるような断り方をしてくれたことでしょう。
意味深な笑顔を向け合ってる女二人を前に冬子は真顔で詩文を見てますが、両者の間の空気をどれくらい読みきれてることやら。
・ともかく形だけは和気藹々と二人を見送った後、詩文のお腹が鳴る。案の定夕飯食べてなんかなかったですね。詩文はお土産の包みを開けて饅頭を食べ、むしゃむしゃやりながらおいしい、と無表情に呟く。
羊羹を買うのにも躊躇する詩文と気安く饅頭をお土産に買ってきてくれる、今からステーキを食べに行くという娘とのコントラストが痛いです。
・マンション14階の自室へと廊下を歩くネリ。鍵を開けて中へ入り、電気つけると窓が空いていてそこら中荒らされている。無言で立ち尽くしたまま顔だけ動かして部屋の状況を確認するネリはちょっと泣きそうな顔。
夜だし一人だしこれは相当怖い。先から脅迫状送られたりつけられてるような気配がしたりはありましたが、ついに敵がはっきり姿を現してきた。しかしこんなリッチなマンションなのにオートロックじゃないんでしょうか。住人の後についてマンション内に入り込んだとしても部屋の鍵をどうやって開けた(その後また閉めてるのでこじあけたわけじゃない)のか。
警察が言うようにプロの空き巣の犯行なら特殊スキルがあるんだろうと思うところですが、手先の不器用そうな研修医福山が犯人だと思うとどうも不思議なくだりです。
・警察による現場検証。二階への階段の途中に膝を抱えるように座りこんでそれを見下ろしているネリ。検証の邪魔にならない場所に居ざるを得ないのはわかりますが、膝を抱える姿勢のせいか何だか寄る辺なげな不安げな姿に見えてきます。
刑事たちはプロの空き巣の仕業だろうと彼らの手口をいろいろ説明してくれるが、その会話の中で年かさの刑事が「奥さんも警備会社と契約しておいた方がいいです」と言った後に「あ・・・失礼・・・奥さんじゃ、ないんですよね」なる発言。この言い方の方が何気に失礼なんですが。
その後も若い刑事が「男の出入りがあると犯人も警戒するんですけどねー」というのをネリと話してた刑事が叱りつけたり。40過ぎて結婚してない、男がいないとこんな言われ方しなきゃいけないのか。ネリがちょっと重い表情なのはいまや空き巣のせいではなく刑事たちの発言のせいですね。
留守が多いのが空き巣に狙われる原因ならいっそ詩文を家政婦兼留守番に雇えばいいのでは。男じゃないから防止効果ないですかね。
・部屋のテーブルの上で半裸で腹筋していた英児。やると決めたらとことんトレーニングやるんですね。そこへネリから電話が。ろくに事情も説明されないまま呼び出されたらしく戸惑い顔でネリのマンションを訪ねると、泣きそうな顔のネリが扉を開け、安堵のあまりかその場に崩れ落ちる。あわてて抱きとめて先生!先生!と呼びかける英児の声がちょっと幼い感じで、彼の焦りが伝わってきます。
・ネリの家のダイニング。ネリが英児の前に紙封筒を持ってくる。「何すか?」と意外に丁寧な態度の英児。中身はビニール袋に入った手紙の束。テーブルの上にがさっと開けて一枚開いてみた英児は眉をひそめる。他の手紙も次々開けてみると「人殺し 絶対に許さない」など大書してある。
ため息ついて目をそらすネリに「誰かに、恨まれてるのか ?」と英児が尋ねると、ネリはいやいやするように首を振る。わからない、思い当たらないわ。でも今年の7月くらいから来るようになったの、ときどき誰かにつけられてるような気になるときもあるし、空き巣の集団に監視されてるのかな、と語るネリ。空き巣の集団は脅迫状までは出さないような。さしものネリもあまり平静ではないですね。
・「これ、警察には見せたのか?」と英児に問われたネリは首を振る。「あんな刑事に根掘り葉掘り聞かれるのはいや。妙な疑いかけられたくないし」。自分は患者のために精一杯やってきた、恨まれるようなミスをした覚えもない、医者として恥じるような事はないのに、「医療ミスなんかで疑われたら耐えられないもの」と最後は少し強い口調で言い切る。
実際脅迫状を見せていたら、警察も単なる空き巣説ではなくもっと真剣に捜査してくれたでしょうが、その捜査内容がネリの危惧どおり医療ミス方向へ進む可能性は高い。犯人を捕まえることを実質放棄してもいいなら確かに話さなくて正解なのかもしれません。警察を当てにできない分なんらかの防護措置は必要になるでしょうが。
・ネリの言葉に英児は真顔で「誇りたけーなー」という。呆れるようではなくむしろ感心したような口調。誇り高いとは入院中に英児がネリから言われた言葉。自分のボクシングに対する思いをネリがそう評してくれたのが英児には嬉しかったはずで、だから「誇り高い」というのはネリの職業意識を評するうえで英児の語彙では最大の褒め言葉なのだと思います。
ネリが「・・・あなたと同じよ」と答えたのはそんな彼の気持ちが感じ取れたからでしょうね。さっきまで倒れかけるほど脅えピリピリしてたネリが一瞬微笑みを見せるのも、彼女の心が英児の言葉に癒された表れでしょう。
・しかしそれもつかの間、「母校の教授に推薦されてるの。今トラブルは困るのよ」と告げたのをきっかけに、今日の泥棒もこの脅迫状の相手なのかな、誰かが観察してる、誰かがあたしをひきずりおろそうとしてる、と神経症的な言葉が次々溢れ出す。静かだが気が高ぶってるのがわかる声のかすれ方がいかにも精神的にヤバい感じです。
そして英児の右手をとって「ねえお願い、今夜はここにいて」と懇願、英児の右手にすがりつき頬に押し当てると「怖いよお」と子供のような声で言う。英児は黙って彼女の肩を抱くようにし、ネリは小さく嗚咽する。
ネリが脅えてるのは本心からでしょうが、同時にここぞとばかり英児に甘えてる、媚態を見せて気を引こうとしてるのも一面の真実でしょう。警察に“男がいない”コンプレックスをつかれた後ですしね。
・夜、人気のない大通りに面したラブホテルに詩文はやってくる。こんばんはー、失礼します、と声かけて中に入り、奥の部屋の入り口のところで中の椅子に座ってるおばちゃんに「今日からお世話になる原です。よろしくお願いします」と挨拶する。結局ラブホテルの仕事することにしたんですね。給料が安いと躊躇ってたものの、他に選択肢ない感じでしたし。
それでも冬子が今までどおり原家にいたら、何の仕事してるのか娘に知られそうな状況だったら、さすがにこの仕事やらなかったかもですね。
・ホテルの部屋ですばやくベッドメーキングする二人。おばちゃんは手際がいいねと詩文を褒め、「この仕事はじめてじゃないね」と言いますが、本当に前にもラブホで働いた経験あったんでしょうか。特にそんな気配はこれまでなかったんですが何かの伏線?
・客が置いてったらしいスポーツ新聞に小さく英児の記事が。「リングに立てるなら海外でも 再起を誓う安城英児」と写真つき。写真にじっと見入る詩文。「最近の客は行儀が悪くなったもんだわ」などと掃除しながらおばちゃんが語るのを聞き流して英児の記事を破り取りポケットにねじこむ。
このおばちゃん、15年もここで働いてるのかって ?、15年なんてあっという間だよー、などと一人で勝手に喋っててくれて一緒に働くには楽な相手です。
・ネリのマンション。ベッドに一人横になり空いてる右スペースを気にしながらそちらに背をむけるネリ。下の階の水槽前のソファには英児が横になってる。英児は目を開けたまま何か思わしげな表情。考えてるのは・・・やはり詩文のことだろうか。
一緒にベッドに寝てないということはネリとはまだそういう関係にはなってないんですね。今夜はここにいてと懇願した時点で、それ以前に英児を頼ってきた時点でネリの方はその気と見ていいでしょうに。精神的に弱ってる女に、その弱気につけこんで手を出すなんて卑怯だというような潔癖さゆえに何もしなかったんだろうと思いますが、詩文のことを濃厚に引きずってるゆえに他の女に積極的に近付く気になれないのもあるのでは。
・朝。日傘差して一人路上を歩く詩文の隣に白い車が止まる。窓を開けて「原さん」と声かけたのは歯科医の澤田先生。羊羹のお礼を言う澤田に会釈して詩文も車に近寄る。
「ゴルフですか」と尋ねると「ええ。今度一緒にどうですかと」と誘われるが「運動神経にぶいですからあたし」と苦笑ぎみにやんわり断る。「原さんこそこんなに早く ?」「仕事だったんです。さっきまで湯島のラブホテルでシーツ替えてたんです」。にっこり笑顔であっさり言う詩文に澤田は面白くなさそうな顔で押し黙る。
しかし「呆れました?」とちょっといたずらっぽい笑顔で詩文が突っ込むと「いや・・・尊敬します」との返答が。詩文は小悪魔な笑顔になり手を振って「行ってらっしゃーい」と声をあげる。一見無邪気な態度ですが、それとなく話を打ち切って体よく追い払ってるようでもあります。
ラブホの話に嫌そうな顔したくせに「尊敬します」なんて答えた澤田を、“職業に貴賎はない、自分の仕事を恥じずに告白できるこの女性は立派だ、とか無理矢理自分に言い聞かせてる偽善者”と感じたんだろうか。
澤田はさわやかな笑顔で会釈して「行ってきます」と車を出す。足を止めて手を振りながら見送る詩文の姿に「あーあ、この男もあっさり詩文の魔性にからめとられてしまいました」と美波のナレーションが入る。
やっぱりそうなのか?詩文の方はゴルフの誘いを断ったりわざわざラブホで仕事してることを具体的仕事内容まで話したり、澤田を遠ざけようとしてるようにしか思えないのに。本人の気持ちにかかわらず、むしろ突き放そうとしてもかえって好かれてしまうあたりが魔性ってことですかね?
・澤田と別れてゆっくり歩き出した詩文は英児の切り抜きを取り出して見つめる。澤田に男としての興味がまったくない、彼女の関心はもっぱら(彼女の好きなポクサーに戻れるかもしれない)英児に注がれてるのがわかる一コマです。
・病院のパソコンでメールを読むネリ。「いつか許されるなんて思うなよ。一生許さないから」とのメールにため息をつき、軽く頭かかえるのを宮部がちらりと見る。ちょうど電話が鳴って宮部が取るが、「はい・・・」と当惑した声のあと「灰谷先生、警察からです」と力が抜けたような声をかける。
警察という言葉に他の看護婦もちらりと振り返り、近くにいた福山たち医師にも緊張が走る。こうなるとわかっててわざと警察という単語を口にしたのが丸わかりですね。宮部が福山がらみでネリを逆恨みしてる描写は早くから繰り返されていますが、脅迫状、後をつける、空き巣などの一連の行為がいかにも男が犯人のように(身体の一部が映るアングルなどで)思わせておいて実は宮部だったというオチじゃないかと視聴者に思わせるためのミスリードかと思います。
・電話でしばしやりとりし、「はい。そうです。よろしくお願いします」と元気のない声で受話器を置いたネリに、福山と坂元が寄ってきて「先生、何かあったんですか」と尋ねる。今さら答えないのも怪しいし隠すほどのことではないので、ネリもため息つきつつ「空き巣にやられたの。人生トラブルばっかりよ」とうんざり告白する。
福山が無表情に「先生この前も何か怖がってましたよね」と問いかけると「福山くんに泊まってもらおうとしたらふられたんだわ」と冗談ぽい答えが。さすがにテンション低いものの、昨日と比べてネリの精神状態がずいぶん安定してるのは、やはり英児が一晩そばにいてくれた、脅迫状のことも彼には話せたことが大きいのでしょう。
・「そういうことなら行きますよ」と福山が意外にしっかりした声で言い切る。さらに坂元も「ぼくも家遠いんで先生んちに下宿してもいいですよ」と便乗した軽口を叩く。しかし「空き巣ってここに入れると思ったらくりかえし入るんだって、あんたたち泥棒と戦ってくれる?」と言われると坂元は黙ってしまう。
一方福山はちょっと眉を上げて「僕らがいたら入らないですよ。女一人だからなめられるんです」。さらに微妙に余裕ある笑顔で「先生は僕ら研修医が守りますよ」と続ける。「へえー、頼りないと思ったけど嬉しいこと言ってくれるじゃない」とネリは本気でちょっと嬉しいような顔をしますが「でもセキュリティ入れたから大丈夫、あなたたちよりも完璧」と結局はさらっと断って席を立っていってしまう。まあ確かにボクサーの英児の方がずっと腕っぷしの強さにおいて頼りにはなりますね。
拒絶されたのに「可愛くないなあ」とどこか楽しそうな笑顔の福山に坂元は「おまえもよくいうよ」とちょっと呆れた様子。この頃になると明らかに福山のネリへの感情は好意の方に傾いてますね。「可愛くないなあ」と言いつつ嬉しそうなのも、ネリが自分を叱る時の眉根の寄せ方に萌える福山らしいマゾ的反応。宮部が拗ねたような顔で福山を見てるのは、そういう彼の感情の変化を察しているせいでしょう。
・洗面所の鏡台にもたれて立つ満希子は「大森先生だよー」との夫の声にはっと鏡見直してからいそいそ出て行く。いらっしゃいませと声をかけるも、大森は二階から下りてきた明に玄関先で、来週模擬テストだから今日は気合い入れるぞとか話した後さっさと一緒に二階へ行ってしまって満希子を見ようともしない。先日とうってかわったつれない態度に満希子は意外なような傷ついたような顔に。
その後おやつをもって二階へ行ったときも、ドアを開けて後ろからしばらく様子を見てても、気付いてないのか振り向きもしないのに口をとがらして部屋を出る。優しくしたかと思えば今度は気のないような素振りを見せる―まさに異性を落とすための初歩的手練手管ですね。
・大森も交えた夕飯の食卓。満希子が「先生、パエリアいかがですかー」と皿ごと勧めても、いただきました、と愛想は悪くないもののにべもない返事。満希子はつまらなそう。ゆかりと「小学校の頃女の子にもてた?」「好きな子には相手にされなかったけどね」なんて会話をしてるのにも複雑な表情を向けています。
ついには焦れてテーブルの下でそっと足を伸ばして大森の足を触ってみようとするが「誰だパパの足蹴飛ばしてるの」とまたも人違いする。また明らかに不自然な姿勢になっちゃってるし。武は「ママ ?足つったの ?」と好意的解釈をしてくれてますが。コミカルな描き方ですが大森にいいように翻弄されてますね。
・皆が去ったあと一人食器を洗う満希子は、エプロンのポケットにノートの切れ端に書いた大森のメッセージを見つける。「この前楽しかったです。また会いたいです」とのシンプルな文章にも、今日さんざんじらされた後だけに「んー、もうー」とにんまり。本当にもう、ちょろすぎます。
・夜病院を出たネリは玄関外で待っていた英児に声をかけられる。「どうしたの?」「ボクシング、やろうぜ」。軽く自分の両拳をファイティングポーズぽく振りながら英児が近づいてくる。ボクサー然とした仕草が何とも格好いいです。
「自分の身は、自分で守んねえとなんねえだろ」。言葉は乱暴でも声は存外優しい。いつ出てくるかわからないネリをずっと待っててくれた気遣いも暖かく、彼がネリを案じてくれてるのがわかる。坂元たちみたいな口先だけじゃなく、帰りを待つ、ボクシングを教えるという具体的な好意で示してくれてます。
しかし自分がずっとそばにいて守ってやるとは言わないんですよね。それが物理的に不可能だからというだけじゃなく、長くは一緒にいられない関係(ボクシングのために海外に行くつもりでいるから)だという思いが心の底にあるからでしょう。
・公園でまずは立ち方から教える英児。指示のいちいちに従うネリが少し嬉しそうなのは、ネリの身の安全のために労力を割いてくれるためばかりでなく、トレーナーになる心の準備ができた印と思ってるからでは。
・詩文堂。一人本棚をゆっくり見て歩く詩文父。途中から来て後ろで見ていた詩文は寂しそうな顔をしながら、大きなバッグを持って無言で後ろを通り抜ける。ん、詩文泊りがけでどこか行くのか?などと一瞬思ってしまった。
そしたら詩文父がお世話になりましたと静かに言い、詩文も悲しそうな顔を向ける。そうか、今日ホームに入所するのかとここで分かります。父は本棚から遠藤周作『沈黙』を取り出して「もっていくよ」「詩文が生まれた年に出た本だ」と言う。いつになくまともな事を言い出した父に詩文はちょっと驚いた顔になる。
「お父さんは詩文が自由に生きているのを見るのが好きだった。詩文にしかできない人生を生きてほしいと思っていたからねえ。だけどもう40だよ」「二人でする貧乏は耐えられるが一人でする貧乏は耐えがたい。いい人がいたら一緒に生きることを考えたほうがいいよ」。
痴呆症は行きつ戻りつでどんどん悪くなっていくのが定石ですが、わずかな正気の時間が長年暮らした家と店を離れる最後の瞬間に訪れたのは僥倖だった。穏やかな笑顔で「わかってます」と頷く詩文も、久しぶりに父と話せたような気がしたんじゃないでしょうか。「ホームにいっても、いつでも相談に来ていいからな」と続けるあたりは(自分の頭の状態がよくわかってないという意味で)また怪しくなっていますが。
・夜一人の家に帰宅する詩文。ただいまーと空気の混じった声で誰にともなく言い、暗い玄関先で俯く。詩文が本当に一人になってしまったその孤独感をひしひしと感じさせます。
そして本に挟んだ英児の切り抜きをしばしじっと見た詩文は、すでに閉まってる肉屋の玄関を叩き、主人にステーキ肉500グラム切ってほしいと頼む。「1枚500?高くなるよ?」と言われても「いいです」と言い切る。娘も父も、もう身近で守るべきもの全てを手放した詩文のやけ気味の大盤振る舞いですね。何とか言っても誇り高い詩文があれだけ繰り返し拒絶してきた英児のもとに走ろうというのだから相応の景気づけが必要だったんでしょう。それだけ彼女の孤独がつくづく深いのも感じます。
・英児のアパート。詩文は玄関前で少しためらったもののドアを開けて中に入る。すると明らかにアレな荒い息遣いが聞こえてきて、詩文は寝室の前で固まる。中ではまさに行為の最中。しかも相手はネリという・・・。英児がいっさいドアに鍵を掛けない主義だからこそ発生しえたまさかのシチュエーションです。
ネリは詩文に気付いて済まなそうな表情になるが、詩文はまだ無表情のまま。こんな女たちの修羅場にもう一人の主役である英児が何も気付いてないのもシュールというか辛い光景というか。ネリも済まなそうな顔してるわりには英児に何も言わずそのまま続けてるし。
・「私が死ななかったらこの二人は再会せずこんなことも起こらなかったに違いありません」「そう考えると私はなんて罪深い女なのでしょう」。ここでまた美波のナレーションが。詩文とネリは冬子のケガがきっかけで病院で再会したのであって美波は関係ないんですけどね。死んでなお自己陶酔気味の台詞が、さすがは満希子の親友というか女の業というか。
・やがて詩文はゆっくりと笑顔になる。この笑顔が何とも怖いです。やるじゃない、的な感じにも取れますが。こんなことがあった後も詩文とネリが友人で居続けられたのも思えばすごいことです。
・大森は上野の美術展に満希子を誘う。デート場所のチョイスがインテリかつ上品な感じで、いかにも満希子のような裕福な奥さま(でもさして教養はない)をくすぐりそうなチョイスです。
初デートをいかにOKさせるかは相手が遊びなれない人妻だけに重要なポイントですが、満希子がためらいを見せたり逃げようとしたりする局面では両肩つかんでぐっと正面に向かせるなどの強引さを見せつつも、適度な距離を保って表情や言葉つきは爽やかな笑顔のまま、最後は「・・・無理ですよね、明日なんて」とちょっとしょげて見せることで満希子がついOKしてしまうように仕向けるというなかなかの高等戦術を見せている。さすが恋愛詐欺師の面目躍如たるところ。
・デートの言質を取った大森は欄干のほうに向き直り海に目を向けて、「すごいなここで偶然会えたの」とはずんだ声で言う。さすがにこれは偶然でしょうね。さらに「運命かな」とか「念力が効いたのかな」などと付け加える。
ちょっとすれた女性なら笑っちゃうようなキザな台詞ですが満希子みたいなタイプには十二分に効き目があったようです。あとで「運命・・・」「念力・・・」と思い出してにやけてたくらいだし。
・そのまま家まで送っていこうとする大森に、「明日」といって反対側に駆け出す満希子。そのまま公園のわき道まできて足を止めはーっと息をつく。すぐにまた歩きだすものの自然と笑いがこみあげてきてます。
一方大森はまださっきの場所に佇み、笑みを浮かべながら満希子が去った後を見つめている。本気で満希子に惚れていて満希子の行動を微笑ましく思ってるのか、それとも何か企んでいるのか、その表情からはどちらともわからない。決定的な瞬間が訪れるまで大森の本心は視聴者にも伏せられたままで、本気か詐欺か大森の表情や態度から類推するよりなかったわけですが、こうした“どちらともつかない”表情を貫き最後まではっきりしたボロは見せずなおかつ満希子を本気で愛してるという(偽の)確信も与えなかった。
本気と言われても嘘だったと言われても納得できるように表情をちゃんとコントロールしてる――大森役崎本くんはいかにも優しいお坊ちゃん風の風貌も含めはまり役だったと思います。
・西尾家。「ただいまー」と帰ってきた満希子はばたばたと食卓へ走りこむ。ゆかりが「どこいってたのー」と声をかけて台所へ入ってくるが、「ごめんごめん高校のときの友達と偶然会っちゃってー」と目を合わせずそのままシンクに向かう。目を合わせない、落ち着きのない態度はやっぱりやましさがあるからですね。
一方のゆかりは「家のことしかしてないんだからさぼんないでよ」とちょっととがった声で言い捨てて出ていく。大森に実質振られたことで不機嫌なんですね。その大森が直後に満希子にコナかけてたと知ったらどんな顔したやら。よその女ならともかく、ゆかり的には女にカウントされてもいない、中年のつまらない主婦にすぎない母親が自分に優越したなんて絶対認めたくないでしょうからね。
・このゆかりの態度に「なんだその言い方はママに対してー」「母親を家政婦みたいにいうなんてとんでもないよ」と武。強く咎める口調ではないものの、満希子は「やさしいのねパパ」とちょっと笑顔になる。さらに「ありがと」とふふっと笑う満希子を武は一瞬無言で怪訝そうに見つめますが、そんなに満希子が夫に優しい態度を取るのは珍しいんだろうか。
浮気相手と会ってきた日は妻(夫)が優しいとはよく聞く話ですが、やましさがあるからというだけでなく幸せな気分になってるからその分自然と優しくなれるというのもあるんでしょう。満希子の場合は(まだ浮気までいかないけど)まさにこれですね。妻からも子供たちからも軽く扱われながら腐るでもなく家業と家庭をちゃんと守っている武も、実は浮気してるからこそ穏やかな態度を保っていられるのかも?
・洗い物しながら竹内まりやの「恋の嵐」を歌い出す満希子。こんな歌詞(もろに不倫)の歌を歌っちゃっていいのか?語るに落ちてるというか。
しかし武は疑いを抱くどころかサビの部分で一緒に歌い出し、二人してすっかり熱唱デュエットモードへ。勢いのまま?満希子が水切りかごに伏せたお椀を拭いてもくれる。なんだかんだ仲良しなんですよねこの夫婦。
・ネリが詩文堂を来訪。頼んであった老人ホームのバンフレットを詩文は読むが、民間の老人ホームは地方にいけば空いてる、でも入所金が最低でも500万はかかると聞いてしばし絶句。
「そんなお金なーい」「だから老人保健施設を考えてるのよわたしは」「老人保健施設って半年まででしょ?」と二人のやりとりは続く。「半年で追い出されたんじゃこーまーるー」と駄々をこねる詩文を「贅沢いってる場合じゃないでしょ、半年後に移るところも探してあげるから」とネリはなだめすかす。すねたような顔をあげた詩文は「ありがとう」とお礼を言ったあと「半年後も見捨てないでね。半年後もそのまた半年後も」とネリを見据えて言う。
基本さばさばしてる詩文としてはちょっと粘着的な物言いですが、先の「こーまーるー」という言い方といい、そもそも老人ホーム探しを頼んだところといい、何だかネリには甘える気持ちがあるみたいです。こんな状況ですから誰か頼りたくなって無理ないし、ネリが姉御気質なのもあるんでしょうけど。
・本当に用件だけで「じゃまた連絡するね」と席を立つネリを、お茶くらい飲んでってよと詩文は引き止めるが「時間がないのよ」とネリは断って玄関へ向かう。実際ネリは立場からして多忙なはずで、貴重な時間を割いてまで詩文のためにこうも骨を折ってるのが不思議な気もします。詩文自身も「なんで・・・あたしなんかにそんな良くしてくれるの」と質問してますし。
ネリの答えは「ほっとけないのよね原って」。後に英児はネリを「先生は、捨て猫をほっとけないんだよな」と評しますが、詩文いわく英児と詩文は似てるそうなので英児をほっとけなかったように詩文もほっとけなかったんでしょう。
・「・・・英児!どうしてる」と唐突に尋ねる詩文。「英児」という部分に力がこもっている。背中向けたままのネリの表情は詩文には見えてませんが、笑顔のまま硬直してる感じです。
ややあってネリは向き直り「知らないわ」「外来にも来ないし」と答える。直接家を訪問したり食事作ったりしてることを詩文には話そうとしない。詩文の方から英児を捨てた経緯はネリも知ってるのだから遠慮はいらないようなものですが、別れたそばから手を出したような形だけに(しかも恋知らずの女と周囲から見なされてるだけに)言いづらいんでしょうね。どうしてる、と聞いてくるあたり何だかんだ詩文も英児に未練があるのを感じてるんでしょうし。ネリが詩文のために骨を折るのはそのへんのやましさも手伝ってるのかもしれません。
・出て行くネリを見送りながら「ほんとありがと」と頭を下げる詩文に、今日は母校の東都医大に寄ったついでだから気にしないでとネリは言う。ごく軽い口調で深い意味はまったくないんでしょうが、おそらく詩文はネリに大学教授の声がかかってる(選挙がらみで母校に用があったぽい)ことを改めて思い出し、自分とネリの立場の懸隔にいささか落ち込んだんじゃないでしょうか。
・直後詩文堂に電話が。「澤田歯科医院の澤田です」と中年男性の声。先に詩文父が入れ歯の調子が悪いと歯医者に行った話が出てたのでお父さんの主治医だなとはすぐわかりますが、「・・・お父様が治療のあとどこに帰ったらいいかわからないとおっしゃいまして」とやや苦笑気味の声で言うのには詩文ともども「ええー」と言いたくなります。ついにここまで来たか、という。ついさっきは安くても半年で追い出される施設なんてと言ってた詩文ですが、もはや一刻の猶予もならないと腹をくくったことでしょう。
しかし日傘を差して足早に歯医者へ向かう詩文は、真顔ではあってもそこまで深刻に嘆いてる感じではない。生命力の強い詩文だけに、事態が切迫することでかえってちょっと元気づいてるのかもしれません。横断歩道を渡るときにつんのめって転びそうになっても持ち直すシーンがそれを象徴しています。
詩文に煮え湯を飲まされた美波なんかからすれば「運命は過酷です。もっともっと過酷でもいいと私は思うのですけれど」「転びそうで転ばないところがこの女の憎たらしいところ。転んで血まみれになればあれもこれも忘れてあげるのに」と言いたくなって無理もないところですね。美波自身は圭史と詩文の浮気現場を見て転んで血まみれになってるだけに。
・歯医者に到着し、父の手を引いて帰ろうとすると「澤田先生は去年奥さまを亡くされたんだそうだ。素晴らしいだろ」と詩文父はとんでもないことを言い出す。台詞の前半と後半が見事に乖離してます。
「なにが素晴らしいの、すみません失礼なこと言って」。詩文は父をたしなめ、澤田を振り向いて頭を下げる。澤田は体育会系のさわやかな笑顔で咎めようとはしない。これだけはっきり正気を失ってる相手に怒りが湧きようもないですからね。
・手を引く詩文に父はなぜか抵抗。後ろを見ながら「先生、この子もらってやってくれませんか」と言い出し、詩文と澤田はさすがに驚いて父を見る。なるほど、だから澤田が妻を亡くし現在独身なのが「素晴らしい」(詩文を妻にできる)なのか。見た感じいかにも良い人そうだし、歯科医なら経済的には十分潤ってそうだし、結婚相手の候補には悪くない。詩文の表情にも「それはいい手だ」と一瞬考えてしまった気配がちらりと見えるような気もします。
・しかし詩文父は、詩文と圭史が再婚すると信じてるんじゃなかったっけ?といぶかってたら、「圭史くんと上手くいってるなんて嘘をついてもお父さんにはわかってる」と妙に力強く言い出す。
詩文は大きく頷いて(もうどうでもいいから一刻も早く連れ帰りたいんでしょう)怖い声で「帰るわよ」と言い渡すと、澤田の方に向いて来週は私がついてきますので、今日は本当にご迷惑を、と改めて笑顔作って頭を下げる。澤田は笑顔で気にするなというように首を横に振る。
「この子は気は強いがなかなかいい女なんですよ」「親が言うのもなんですがいい女」と繰り返す父を、詩文は振り向き振り向きしながら強引に手を引いて出て行く。娘としては恥ずかしい事このうえないでしょうが、ボケてもなお娘の先々を心底案じている―だからこそこれまでも圭史との復縁について彼の死を理解できないままに言い募ってきた―父親の愛情深さには胸打たれるものがあります。
“支離滅裂な事をわめく痴呆症患者を娘が力ずくで連れ去る”という本来痛ましいはずの光景を澤田がどこか微笑ましげに見送っているのも、そんな父の愛を感じ取っているからでしょう。
・家のリビングで腕時計を見てはそわそわする満希子。ごちそうさまと声をかけた武に「今日亡くなった美波を偲ぶ会のことで出かけるけど(ちょっと上ずった声)夕食までには帰るから」と断りを入れると、「おれも今日は遅くなるわ」と武は答える。「あ、そ?パパの夕食はいいのね?」。
ならば多少ゆっくりできると内心満希子は喜んでるんでしょうが、それだけに武が目を合わせようとしない不自然さに気がつかない。武はきちんとしたYシャツとベスト姿で仕事で出かけるかのごとくですが、その実仕事以外の理由があるのは慧眼な視聴者なら察したことでしょう。
美波のことみんな私に押しつけられちゃって困っちゃう、などと後ろめたさ隠すようにことさら言い立てながらテーブルを片づける満希子に、男と死んだのに偲ぶ会までやってもらえる美波は幸せだ、満希子は気がいい、と武は褒めるがその笑顔はどこか冷ややか。美波の死からこのかた妙に生き生きして、親友が死んだのにそれをネタに面白がってるかのような満希子に呆れ揶揄してるのか?
満希子は夫の内心など忖度せず「私のそういうとこ、好きー ?」と明るく声を張り上げながら満面の笑顔で武の側を通りすぎる。会話だけ聞けば仲良し夫婦、しかしそれぞれに他の相手との密会に心を奪われている(らしい)というちょっと寒々しい光景です。
・父の手を引いて足早に街中を歩く詩文。途中「あ、そうだ。宇治川?の羊羹を澤田先生に届けておきなさい」といきなり言い出す父に詩文は困惑。父いわくお詫びだそうですが、どういう趣旨の迷惑をかけたか理解してるんでしょうか。
何十回も頭下げてお詫びしたじゃない、と詩文はたしなめますが、「勝負に出るときは金は惜しまんもんだぞ」などと言い出す。お詫びにかこつけて澤田と個人的に親しくなれと作戦を授けてるつもりなんですね。勝負に出るも何も、詩文はまだ何ら澤田に関心を抱いてる気配さえないのですが。
最初は無視しようとした詩文ですが「よしお父さんが買ってくる」と勝手に横断歩道を歩き出すにいたって「買ってくるからあたしが」「今行く、行けばいいんでしょ」と言わざるを得なくなる。ちゃっかり「うちの分も買ってきて」と父が言い出すのを「そんなお金うちにはないって言ったでしょう」と叱るくらいだから詩文的には痛い出費なんだろうに。
・父の手をつかんで並んで歩く詩文は、ふと顔だけ後ろに向けてはっとした表情になる。何かと思えば、横断歩道の途中にこちらを怪訝そうに見つめる英児の姿が。詩文も軽い驚きを示したものの、思いきりべーっと舌を出してそのまま歩き去る。
ネリにどうしてるかと尋ねるくらいで彼のその後が気になってたところに偶然出会ってしまった、心が騒ぐものの父の頭の状態や経済的困窮(羊羹もろくに買えない)を改めて突きつけられた直後だけに、これ以上英児との関係を続けることはどうしたってできないと、未練を断ち切る意味でこんな行動に出たんじゃないでしょうか。
英児は無表情かつ所在なげにしばし立ち尽くしてますが、わけがわからないなりに詩文の追いつめられた気分を感じ取って困惑してるのだろうと思います。
・待ち合わせ時間の二時に駅前で腕時計を見てため息をつく満希子。淡いピンクの上品なスーツを着て、いそいそした足取りで小走りに階段を下りてきょろきょろする姿は十代の少女のごとくです。
そこへメールの着信音。画面を見ると「西尾さん、超キレー、左のほうを見て OM」とある。きょとんと左を見ると歩道橋の上から子供のような笑顔で手を振る大森の姿が。それを見て「あー」と深く息を吐き出して満希子も満面の笑顔になり小さく手を振る。演出効果まで見事に計算されつくしてますね。満希子のような物慣れない女がイチコロでやられるわけです。
・さらに手を振り返した大森が小走りに駆けてくる。「いつからいたのー」「見てました、ずっと」。やだあと恥じらって見せる満希子。
それに答えず信号を渡って前方に急ぎ足で向かう大森。先生待ってと花柄のスカートを揺らしながら満希子は走り、足を止めて振り向いた大森に「もうー」と言ったところで大森が今度は駆け出し、満希子も嬉しそうな顔で後を追って走る。息が上がって止まる満希子を大森が笑顔で振り向き走って戻ってくる。すると今度は満希子が駆け出す。後を追って走る大森は満希子の右手をつかまえて「逮捕!」と明るく言う。
何ですかこのバカップル。思わず経過を細かに書き出してしまうほどに、絵に描いたような青春をやっています。
・並んで美術館の門から出てきた二人。「やっぱりよくわからなかった」と素直に言う大森に「自由と空想の画家って感じがしたわー」と満希子。いかにも雑誌などの紹介文をそのまま覚えてきた感じの実のない感想です。昨夜新聞記事で予習してましたからね。
・オープンカフェのテーブルに座ってる満希子に大森が飲み物を持ってきてくれる。「ありがとう」という満希子に「ミルク入れる?」と尋ねる大森。紳士な気遣いを見せつつさりげなくタメ口をきいてきてます。向かいでなく半隣りの席に腰掛けるあたりもさりげなく距離感を詰めてきてますね。
・二人で芝生のほうを見ると、母親と幼い男の子連れが遊ぶ姿が。満希子が目を細めて「大森先生もあんなころあったのねー」と言い出したところから大森の家庭環境―すでに両親はいない、母はごく小さいころに亡くなり父に男手一つで育てられた―の話に発展。まあ後から思えば満希子の同情引くための作り話なんでしょうけど。
先生が幸せにいきいき生きることが一番の親孝行だと思うな、親にとっては子供の幸せが自分の幸せだものと母親らしい慈愛をのぞかせた満希子ですが、「私でよかったら先生のお母さん代わりしてもいいわよ?」との言葉に、大森は急に真剣な顔と声になって「満希子さんは母親じゃない。明くんの母親かもしれないけれど、僕にとっては・・・」「先生っていうのもやめてください」と語る。
ちょうど親子連れを見たところだけに家族を裏切ることへの抵抗感から「お母さん代わり」という落としどころに走りかけた満希子を牽制し一気に関係を詰めてくる。何気に「満希子さん」呼びになってますし。
・ローカルな感じの電車に一人乗る詩文。ひざの上には紙袋。例の高級羊羹でしょうか。
向こうの車両にふと扉越しに目をやると並んで雑誌(美術展のパンフ?)を見る満希子と大森のツーショットが。さすがに驚いた詩文は目を反対にそむけ隠れるように体沈めてからまたそちらを見つめる。大森が満希子の手からハンカチを取って額を拭い、両手で丁寧にハンカチを返す。大森が次の駅で降りるのを満希子はわざわざ一回席を立ってドアの前で初々しい笑顔を浮かべ見送る。微笑みながら再び席に腰を下ろした満希子は、ハンドバッグからさっきのハンカチを取り出し、嬉しそうに鼻と口を覆ってみる。
これら一切を見届け、口をぽかんと開ける詩文。うわこれ恥ずかしい。人間どこで誰に見られてるかわからないですね。そもそも知り合いに見つからなくても、赤の他人が見てさえ公衆の面前でのこの「ハンカチ当て」はどうかと思います。詩文ももはや驚くというより呆れ果ててるような表情になっちゃってます。
・夜の公園を紙袋を手に大股に走るネリ。その足どりがゆるやかになりやがて止まる。彼女の斜め前方で上半身裸の英児が汗だくで縄跳びしている。ネリに気付いたらしく縄跳び続けながら横目でちょっと見たものの、微笑ましげに目を細めるネリにかまわずスピードあげる。
スローモーションで英児の胸板や腹筋がアップで捉えられる。勝地ファン垂涎のシーンですね(笑)。役作りのためにジム通ったりして鍛えただけあります。
・少しして手を止めた英児にネリは小走りに近寄り、「ジムで働く気になったのね」と話しかける。これまではアパートを訪ねるたび奥の部屋で布団に転がってるばかりですっかり抜け殻のようだった英児が熱心にトレーニングしてる、再びやる気を出してくれたのがネリには嬉しかったんでしょうね。
英児はタオルで髪の毛をぐしゃぐしゃ拭きながら「まだわかんねえよ」と返す。言い方はぶっきらぼうですがそんなに声はとがっていない。彼の気持ちが安定して前向きになってきてるのがわかります。
・英児のアパート。「今日はアジフライに挑戦してみるわ」と宣言したネリは、台所で慣れた手付きでアジを綺麗に三枚に下ろす。家で作った料理を置いていくのだとまた放置して腐らせかねないので、その場で作ることに方針転換したんでしょうか。ものが魚料理なのは、肉をどかんと持ち込む詩文との対比でしょうね。より生活感があって家庭的な風があります。
それにしても脳外科医やってるくらいでもともと手先が器用とはいえ、これまでろくに料理やってこなかったらしい彼女が短期間にこれだけできるようになったのは大したもの。髪の毛をシュシュ?でまとめ、側を通る英児に気付いてちょっと微笑む姿は若奥さんのごとく初々しいです。英児は無言無表情ですが、ボロアパートに家庭の匂いを持ち込んだネリに戸惑い、どう振る舞っていいのかわからなくなってる感じです。
・ネリが持ってきた雑誌?を立ったまま開いた英児は「たけー。先生の親が入んのかよ」と声をあげる。どうやら例の老人ホームのパンフレットのよう。「原詩文のお父さんと会ったことある?」「彼女に頼まれて施設探してるの」。英児の方に顔を向けずに説明するネリ。英児の前で詩文の名前を出すことにやはり抵抗感があるんでしょうね。
英児のほうも少しためらってから「・・・あいつ、大丈夫なのか」と尋ねる。前に詩文堂で詩文の父と会った時はいきなり圭史と間違われて彼が明らかに正気でない(詩文も「ボケてる」と言い切ってた)のを目の当たりにしているし、街中でばったり会った時も詩文が手を引いてるような状態だった。そして人前もはばからず思いきり舌を出すことで強い拒絶―その一方でどこか甘えを感じさせる女らしい仕草でもあった―を示してきた詩文の姿。拒絶されるほどに心配になるのも無理もない。そんな気遣いが英児の声に滲み出ています。
ネリは一瞬英児の方を見て「彼女はたくましいもの」とだけ答える。いくぶんそっけない言葉が、英児の声音に詩文への情を感じて湧き上がった嫉妬を示しているようです。直後に「できる女は料理もうまいってね、ねえ知ってる?」と妙に明るく自画自賛発言してるのもそんな自身の動揺をごまかそうとしてるように思えます。
・家でアイロンをかける詩文は、眉をひそめ目をぱちぱちさせつつさっきの満希子のことを思い出してる。想像に気を取られたのか、つい左手をやけどしてしまう。むしろこれ満希子がやりそうな失敗ですね。これまでは他人の恋愛を横から眺めてあれこれ想像していた満希子が逆にあの詩文から想像される立場になった。一種出世したといえるのかも?
・詩文は携帯を取り上げてどこかへ電話をかける。「はい河野です。ただいま留守にしています。メッセージをどうぞ」という声は冬子のものっぽい。詩文は少し沈んだ顔でそのまま切り、「はい、河野です」と無表情に繰り返す。養女に行ったのだから当然なんですが今は河野を名乗ってるんですね。わかってはいても実の母親としてはやはりショックでしょう。
しかし「留守にしています」という表現からすると電話した先は冬子の携帯ではなく河野家なんでしょうか。そもそも携帯の留守番メッセージを自分自身で吹き込む、それも名前まで名乗る人って(商売用の電話ならともかく)まずいないでしょうし。河野家にかけたということは冬子でなく河野母に用事だったわけですよね。父をホームに入れることを報告するつもりだったのか。
・そこへがらがらと扉が開いてママーと冬子が入ってくる。こんばんは、と紙袋もった冬子に詩文も微笑み返し、「今電話してたのよ冬ちゃんに」と言う。ということはやはり冬子個人の携帯にかけてたんでしょうか。それであのメッセージ内容はちょっと不思議。
ともあれ冬子は「これ、歌舞伎座のおみやげ」とお菓子と爪楊枝入れを渡す。「歌舞伎もまあまあ面白いけど歌舞伎座の売店ってちょー面白いんだから」と楽しげな冬子に詩文も破顔する。どうやら冬子は今までになくリッチな新生活を満喫してる様子。母としては娘が幸せそうなのが嬉しくもあり寂しくもありの心境ですね。
・しかし「こんばんは」と続けて河野母の声がしたのに詩文は驚いた顔に。「あはは詩文さんごきげんよう」と着物姿の母が上品に笑顔で挨拶。こちらも何だか上機嫌です。
詩文も笑顔で頭下げ、どうぞ、と席を立とうと(お茶を用意しようと)すると、表に車待たせてありますからお茶は結構ですよ。との返答。せっかくの親子対面なのにろくに話もさせない気なのか。あたかも冬子を引き取った幸せぶりを見せつけるためだけに訪ねてきたかのようです。
詩文もそれを感じてむっとしたのか、河野母の言葉を無視してコップとお茶を用意してます。
・「冬子ちゃんがねーどうしてもお母さんにおみやげもってくってきかないのよー」「圭史に似てほんとに優しい子ね冬子ちゃんは」。冬子の美質は全部圭史由来と言わんばかり。ことさらはしゃいだ態度といい、ここに至ってまだ詩文に喧嘩を売るのか。冬子を引き取る念願も果たして、もはや詩文に完勝したんでしょうに。
勘ぐるなら「お母さんにおみやげもってくってきかない」冬子の実の母への執着に嫉妬して、ことさら冬子は自分のもの、冬子を幸せにできるのは自分だとアピールしてるのかもしれません。一方の詩文が河野母の前にだけお茶を置いて冬子には出さないのも、冬子は身内だというこれまたアピールのように思えます。
・河野母はアイロンを取り上げ、「詩文さん、アイロンの水なくなってますよ」といかにも姑っぽいツッコミ。お茶も結構なくらいの短時間の滞在なのにそんなところはしっかり見てるという。詩文も思わず苦笑顔に。
直後「じゃ冬子ちゃん、お店予約してあるし行きましょうか」と席を立つ河野母。冬子もあっさり席を立ち詩文は「えっ」と声をあげる。「これからまだどっかいくの」と思わず声が裏返る詩文に、「ステーキ食べにいくの。すっごいおいしいんだから」と冬子は河野母と並んで笑顔見交わす。食べ物に釣られてるにせよ、冬子がもはや河野家側の人間になってしまったような、詩文目線で寂しさを感じてしまうワンシーンです。
・あなたもご一緒にいかがと河野母に言われた詩文は驚いた顔になるが、「私さっき食事済ましてしまったんで」と作った笑顔で断る。「それは残念。もっと早く電話すればよかったわね」などと河野母は言いますが、絶対電話なんかする気なかったでしょうね。
そもそも予約してるというのだからすでに人数二人で伝えてあるはずだし、詩文が断るとわかっててあえて形だけ誘ってるのがみえみえです。もしも詩文が誘いに乗ったとしてもなんか理由をつけて体よく詩文のプライドを傷つけるような断り方をしてくれたことでしょう。
意味深な笑顔を向け合ってる女二人を前に冬子は真顔で詩文を見てますが、両者の間の空気をどれくらい読みきれてることやら。
・ともかく形だけは和気藹々と二人を見送った後、詩文のお腹が鳴る。案の定夕飯食べてなんかなかったですね。詩文はお土産の包みを開けて饅頭を食べ、むしゃむしゃやりながらおいしい、と無表情に呟く。
羊羹を買うのにも躊躇する詩文と気安く饅頭をお土産に買ってきてくれる、今からステーキを食べに行くという娘とのコントラストが痛いです。
・マンション14階の自室へと廊下を歩くネリ。鍵を開けて中へ入り、電気つけると窓が空いていてそこら中荒らされている。無言で立ち尽くしたまま顔だけ動かして部屋の状況を確認するネリはちょっと泣きそうな顔。
夜だし一人だしこれは相当怖い。先から脅迫状送られたりつけられてるような気配がしたりはありましたが、ついに敵がはっきり姿を現してきた。しかしこんなリッチなマンションなのにオートロックじゃないんでしょうか。住人の後についてマンション内に入り込んだとしても部屋の鍵をどうやって開けた(その後また閉めてるのでこじあけたわけじゃない)のか。
警察が言うようにプロの空き巣の犯行なら特殊スキルがあるんだろうと思うところですが、手先の不器用そうな研修医福山が犯人だと思うとどうも不思議なくだりです。
・警察による現場検証。二階への階段の途中に膝を抱えるように座りこんでそれを見下ろしているネリ。検証の邪魔にならない場所に居ざるを得ないのはわかりますが、膝を抱える姿勢のせいか何だか寄る辺なげな不安げな姿に見えてきます。
刑事たちはプロの空き巣の仕業だろうと彼らの手口をいろいろ説明してくれるが、その会話の中で年かさの刑事が「奥さんも警備会社と契約しておいた方がいいです」と言った後に「あ・・・失礼・・・奥さんじゃ、ないんですよね」なる発言。この言い方の方が何気に失礼なんですが。
その後も若い刑事が「男の出入りがあると犯人も警戒するんですけどねー」というのをネリと話してた刑事が叱りつけたり。40過ぎて結婚してない、男がいないとこんな言われ方しなきゃいけないのか。ネリがちょっと重い表情なのはいまや空き巣のせいではなく刑事たちの発言のせいですね。
留守が多いのが空き巣に狙われる原因ならいっそ詩文を家政婦兼留守番に雇えばいいのでは。男じゃないから防止効果ないですかね。
・部屋のテーブルの上で半裸で腹筋していた英児。やると決めたらとことんトレーニングやるんですね。そこへネリから電話が。ろくに事情も説明されないまま呼び出されたらしく戸惑い顔でネリのマンションを訪ねると、泣きそうな顔のネリが扉を開け、安堵のあまりかその場に崩れ落ちる。あわてて抱きとめて先生!先生!と呼びかける英児の声がちょっと幼い感じで、彼の焦りが伝わってきます。
・ネリの家のダイニング。ネリが英児の前に紙封筒を持ってくる。「何すか?」と意外に丁寧な態度の英児。中身はビニール袋に入った手紙の束。テーブルの上にがさっと開けて一枚開いてみた英児は眉をひそめる。他の手紙も次々開けてみると「人殺し 絶対に許さない」など大書してある。
ため息ついて目をそらすネリに「誰かに、恨まれてるのか ?」と英児が尋ねると、ネリはいやいやするように首を振る。わからない、思い当たらないわ。でも今年の7月くらいから来るようになったの、ときどき誰かにつけられてるような気になるときもあるし、空き巣の集団に監視されてるのかな、と語るネリ。空き巣の集団は脅迫状までは出さないような。さしものネリもあまり平静ではないですね。
・「これ、警察には見せたのか?」と英児に問われたネリは首を振る。「あんな刑事に根掘り葉掘り聞かれるのはいや。妙な疑いかけられたくないし」。自分は患者のために精一杯やってきた、恨まれるようなミスをした覚えもない、医者として恥じるような事はないのに、「医療ミスなんかで疑われたら耐えられないもの」と最後は少し強い口調で言い切る。
実際脅迫状を見せていたら、警察も単なる空き巣説ではなくもっと真剣に捜査してくれたでしょうが、その捜査内容がネリの危惧どおり医療ミス方向へ進む可能性は高い。犯人を捕まえることを実質放棄してもいいなら確かに話さなくて正解なのかもしれません。警察を当てにできない分なんらかの防護措置は必要になるでしょうが。
・ネリの言葉に英児は真顔で「誇りたけーなー」という。呆れるようではなくむしろ感心したような口調。誇り高いとは入院中に英児がネリから言われた言葉。自分のボクシングに対する思いをネリがそう評してくれたのが英児には嬉しかったはずで、だから「誇り高い」というのはネリの職業意識を評するうえで英児の語彙では最大の褒め言葉なのだと思います。
ネリが「・・・あなたと同じよ」と答えたのはそんな彼の気持ちが感じ取れたからでしょうね。さっきまで倒れかけるほど脅えピリピリしてたネリが一瞬微笑みを見せるのも、彼女の心が英児の言葉に癒された表れでしょう。
・しかしそれもつかの間、「母校の教授に推薦されてるの。今トラブルは困るのよ」と告げたのをきっかけに、今日の泥棒もこの脅迫状の相手なのかな、誰かが観察してる、誰かがあたしをひきずりおろそうとしてる、と神経症的な言葉が次々溢れ出す。静かだが気が高ぶってるのがわかる声のかすれ方がいかにも精神的にヤバい感じです。
そして英児の右手をとって「ねえお願い、今夜はここにいて」と懇願、英児の右手にすがりつき頬に押し当てると「怖いよお」と子供のような声で言う。英児は黙って彼女の肩を抱くようにし、ネリは小さく嗚咽する。
ネリが脅えてるのは本心からでしょうが、同時にここぞとばかり英児に甘えてる、媚態を見せて気を引こうとしてるのも一面の真実でしょう。警察に“男がいない”コンプレックスをつかれた後ですしね。
・夜、人気のない大通りに面したラブホテルに詩文はやってくる。こんばんはー、失礼します、と声かけて中に入り、奥の部屋の入り口のところで中の椅子に座ってるおばちゃんに「今日からお世話になる原です。よろしくお願いします」と挨拶する。結局ラブホテルの仕事することにしたんですね。給料が安いと躊躇ってたものの、他に選択肢ない感じでしたし。
それでも冬子が今までどおり原家にいたら、何の仕事してるのか娘に知られそうな状況だったら、さすがにこの仕事やらなかったかもですね。
・ホテルの部屋ですばやくベッドメーキングする二人。おばちゃんは手際がいいねと詩文を褒め、「この仕事はじめてじゃないね」と言いますが、本当に前にもラブホで働いた経験あったんでしょうか。特にそんな気配はこれまでなかったんですが何かの伏線?
・客が置いてったらしいスポーツ新聞に小さく英児の記事が。「リングに立てるなら海外でも 再起を誓う安城英児」と写真つき。写真にじっと見入る詩文。「最近の客は行儀が悪くなったもんだわ」などと掃除しながらおばちゃんが語るのを聞き流して英児の記事を破り取りポケットにねじこむ。
このおばちゃん、15年もここで働いてるのかって ?、15年なんてあっという間だよー、などと一人で勝手に喋っててくれて一緒に働くには楽な相手です。
・ネリのマンション。ベッドに一人横になり空いてる右スペースを気にしながらそちらに背をむけるネリ。下の階の水槽前のソファには英児が横になってる。英児は目を開けたまま何か思わしげな表情。考えてるのは・・・やはり詩文のことだろうか。
一緒にベッドに寝てないということはネリとはまだそういう関係にはなってないんですね。今夜はここにいてと懇願した時点で、それ以前に英児を頼ってきた時点でネリの方はその気と見ていいでしょうに。精神的に弱ってる女に、その弱気につけこんで手を出すなんて卑怯だというような潔癖さゆえに何もしなかったんだろうと思いますが、詩文のことを濃厚に引きずってるゆえに他の女に積極的に近付く気になれないのもあるのでは。
・朝。日傘差して一人路上を歩く詩文の隣に白い車が止まる。窓を開けて「原さん」と声かけたのは歯科医の澤田先生。羊羹のお礼を言う澤田に会釈して詩文も車に近寄る。
「ゴルフですか」と尋ねると「ええ。今度一緒にどうですかと」と誘われるが「運動神経にぶいですからあたし」と苦笑ぎみにやんわり断る。「原さんこそこんなに早く ?」「仕事だったんです。さっきまで湯島のラブホテルでシーツ替えてたんです」。にっこり笑顔であっさり言う詩文に澤田は面白くなさそうな顔で押し黙る。
しかし「呆れました?」とちょっといたずらっぽい笑顔で詩文が突っ込むと「いや・・・尊敬します」との返答が。詩文は小悪魔な笑顔になり手を振って「行ってらっしゃーい」と声をあげる。一見無邪気な態度ですが、それとなく話を打ち切って体よく追い払ってるようでもあります。
ラブホの話に嫌そうな顔したくせに「尊敬します」なんて答えた澤田を、“職業に貴賎はない、自分の仕事を恥じずに告白できるこの女性は立派だ、とか無理矢理自分に言い聞かせてる偽善者”と感じたんだろうか。
澤田はさわやかな笑顔で会釈して「行ってきます」と車を出す。足を止めて手を振りながら見送る詩文の姿に「あーあ、この男もあっさり詩文の魔性にからめとられてしまいました」と美波のナレーションが入る。
やっぱりそうなのか?詩文の方はゴルフの誘いを断ったりわざわざラブホで仕事してることを具体的仕事内容まで話したり、澤田を遠ざけようとしてるようにしか思えないのに。本人の気持ちにかかわらず、むしろ突き放そうとしてもかえって好かれてしまうあたりが魔性ってことですかね?
・澤田と別れてゆっくり歩き出した詩文は英児の切り抜きを取り出して見つめる。澤田に男としての興味がまったくない、彼女の関心はもっぱら(彼女の好きなポクサーに戻れるかもしれない)英児に注がれてるのがわかる一コマです。
・病院のパソコンでメールを読むネリ。「いつか許されるなんて思うなよ。一生許さないから」とのメールにため息をつき、軽く頭かかえるのを宮部がちらりと見る。ちょうど電話が鳴って宮部が取るが、「はい・・・」と当惑した声のあと「灰谷先生、警察からです」と力が抜けたような声をかける。
警察という言葉に他の看護婦もちらりと振り返り、近くにいた福山たち医師にも緊張が走る。こうなるとわかっててわざと警察という単語を口にしたのが丸わかりですね。宮部が福山がらみでネリを逆恨みしてる描写は早くから繰り返されていますが、脅迫状、後をつける、空き巣などの一連の行為がいかにも男が犯人のように(身体の一部が映るアングルなどで)思わせておいて実は宮部だったというオチじゃないかと視聴者に思わせるためのミスリードかと思います。
・電話でしばしやりとりし、「はい。そうです。よろしくお願いします」と元気のない声で受話器を置いたネリに、福山と坂元が寄ってきて「先生、何かあったんですか」と尋ねる。今さら答えないのも怪しいし隠すほどのことではないので、ネリもため息つきつつ「空き巣にやられたの。人生トラブルばっかりよ」とうんざり告白する。
福山が無表情に「先生この前も何か怖がってましたよね」と問いかけると「福山くんに泊まってもらおうとしたらふられたんだわ」と冗談ぽい答えが。さすがにテンション低いものの、昨日と比べてネリの精神状態がずいぶん安定してるのは、やはり英児が一晩そばにいてくれた、脅迫状のことも彼には話せたことが大きいのでしょう。
・「そういうことなら行きますよ」と福山が意外にしっかりした声で言い切る。さらに坂元も「ぼくも家遠いんで先生んちに下宿してもいいですよ」と便乗した軽口を叩く。しかし「空き巣ってここに入れると思ったらくりかえし入るんだって、あんたたち泥棒と戦ってくれる?」と言われると坂元は黙ってしまう。
一方福山はちょっと眉を上げて「僕らがいたら入らないですよ。女一人だからなめられるんです」。さらに微妙に余裕ある笑顔で「先生は僕ら研修医が守りますよ」と続ける。「へえー、頼りないと思ったけど嬉しいこと言ってくれるじゃない」とネリは本気でちょっと嬉しいような顔をしますが「でもセキュリティ入れたから大丈夫、あなたたちよりも完璧」と結局はさらっと断って席を立っていってしまう。まあ確かにボクサーの英児の方がずっと腕っぷしの強さにおいて頼りにはなりますね。
拒絶されたのに「可愛くないなあ」とどこか楽しそうな笑顔の福山に坂元は「おまえもよくいうよ」とちょっと呆れた様子。この頃になると明らかに福山のネリへの感情は好意の方に傾いてますね。「可愛くないなあ」と言いつつ嬉しそうなのも、ネリが自分を叱る時の眉根の寄せ方に萌える福山らしいマゾ的反応。宮部が拗ねたような顔で福山を見てるのは、そういう彼の感情の変化を察しているせいでしょう。
・洗面所の鏡台にもたれて立つ満希子は「大森先生だよー」との夫の声にはっと鏡見直してからいそいそ出て行く。いらっしゃいませと声をかけるも、大森は二階から下りてきた明に玄関先で、来週模擬テストだから今日は気合い入れるぞとか話した後さっさと一緒に二階へ行ってしまって満希子を見ようともしない。先日とうってかわったつれない態度に満希子は意外なような傷ついたような顔に。
その後おやつをもって二階へ行ったときも、ドアを開けて後ろからしばらく様子を見てても、気付いてないのか振り向きもしないのに口をとがらして部屋を出る。優しくしたかと思えば今度は気のないような素振りを見せる―まさに異性を落とすための初歩的手練手管ですね。
・大森も交えた夕飯の食卓。満希子が「先生、パエリアいかがですかー」と皿ごと勧めても、いただきました、と愛想は悪くないもののにべもない返事。満希子はつまらなそう。ゆかりと「小学校の頃女の子にもてた?」「好きな子には相手にされなかったけどね」なんて会話をしてるのにも複雑な表情を向けています。
ついには焦れてテーブルの下でそっと足を伸ばして大森の足を触ってみようとするが「誰だパパの足蹴飛ばしてるの」とまたも人違いする。また明らかに不自然な姿勢になっちゃってるし。武は「ママ ?足つったの ?」と好意的解釈をしてくれてますが。コミカルな描き方ですが大森にいいように翻弄されてますね。
・皆が去ったあと一人食器を洗う満希子は、エプロンのポケットにノートの切れ端に書いた大森のメッセージを見つける。「この前楽しかったです。また会いたいです」とのシンプルな文章にも、今日さんざんじらされた後だけに「んー、もうー」とにんまり。本当にもう、ちょろすぎます。
・夜病院を出たネリは玄関外で待っていた英児に声をかけられる。「どうしたの?」「ボクシング、やろうぜ」。軽く自分の両拳をファイティングポーズぽく振りながら英児が近づいてくる。ボクサー然とした仕草が何とも格好いいです。
「自分の身は、自分で守んねえとなんねえだろ」。言葉は乱暴でも声は存外優しい。いつ出てくるかわからないネリをずっと待っててくれた気遣いも暖かく、彼がネリを案じてくれてるのがわかる。坂元たちみたいな口先だけじゃなく、帰りを待つ、ボクシングを教えるという具体的な好意で示してくれてます。
しかし自分がずっとそばにいて守ってやるとは言わないんですよね。それが物理的に不可能だからというだけじゃなく、長くは一緒にいられない関係(ボクシングのために海外に行くつもりでいるから)だという思いが心の底にあるからでしょう。
・公園でまずは立ち方から教える英児。指示のいちいちに従うネリが少し嬉しそうなのは、ネリの身の安全のために労力を割いてくれるためばかりでなく、トレーナーになる心の準備ができた印と思ってるからでは。
・詩文堂。一人本棚をゆっくり見て歩く詩文父。途中から来て後ろで見ていた詩文は寂しそうな顔をしながら、大きなバッグを持って無言で後ろを通り抜ける。ん、詩文泊りがけでどこか行くのか?などと一瞬思ってしまった。
そしたら詩文父がお世話になりましたと静かに言い、詩文も悲しそうな顔を向ける。そうか、今日ホームに入所するのかとここで分かります。父は本棚から遠藤周作『沈黙』を取り出して「もっていくよ」「詩文が生まれた年に出た本だ」と言う。いつになくまともな事を言い出した父に詩文はちょっと驚いた顔になる。
「お父さんは詩文が自由に生きているのを見るのが好きだった。詩文にしかできない人生を生きてほしいと思っていたからねえ。だけどもう40だよ」「二人でする貧乏は耐えられるが一人でする貧乏は耐えがたい。いい人がいたら一緒に生きることを考えたほうがいいよ」。
痴呆症は行きつ戻りつでどんどん悪くなっていくのが定石ですが、わずかな正気の時間が長年暮らした家と店を離れる最後の瞬間に訪れたのは僥倖だった。穏やかな笑顔で「わかってます」と頷く詩文も、久しぶりに父と話せたような気がしたんじゃないでしょうか。「ホームにいっても、いつでも相談に来ていいからな」と続けるあたりは(自分の頭の状態がよくわかってないという意味で)また怪しくなっていますが。
・夜一人の家に帰宅する詩文。ただいまーと空気の混じった声で誰にともなく言い、暗い玄関先で俯く。詩文が本当に一人になってしまったその孤独感をひしひしと感じさせます。
そして本に挟んだ英児の切り抜きをしばしじっと見た詩文は、すでに閉まってる肉屋の玄関を叩き、主人にステーキ肉500グラム切ってほしいと頼む。「1枚500?高くなるよ?」と言われても「いいです」と言い切る。娘も父も、もう身近で守るべきもの全てを手放した詩文のやけ気味の大盤振る舞いですね。何とか言っても誇り高い詩文があれだけ繰り返し拒絶してきた英児のもとに走ろうというのだから相応の景気づけが必要だったんでしょう。それだけ彼女の孤独がつくづく深いのも感じます。
・英児のアパート。詩文は玄関前で少しためらったもののドアを開けて中に入る。すると明らかにアレな荒い息遣いが聞こえてきて、詩文は寝室の前で固まる。中ではまさに行為の最中。しかも相手はネリという・・・。英児がいっさいドアに鍵を掛けない主義だからこそ発生しえたまさかのシチュエーションです。
ネリは詩文に気付いて済まなそうな表情になるが、詩文はまだ無表情のまま。こんな女たちの修羅場にもう一人の主役である英児が何も気付いてないのもシュールというか辛い光景というか。ネリも済まなそうな顔してるわりには英児に何も言わずそのまま続けてるし。
・「私が死ななかったらこの二人は再会せずこんなことも起こらなかったに違いありません」「そう考えると私はなんて罪深い女なのでしょう」。ここでまた美波のナレーションが。詩文とネリは冬子のケガがきっかけで病院で再会したのであって美波は関係ないんですけどね。死んでなお自己陶酔気味の台詞が、さすがは満希子の親友というか女の業というか。
・やがて詩文はゆっくりと笑顔になる。この笑顔が何とも怖いです。やるじゃない、的な感じにも取れますが。こんなことがあった後も詩文とネリが友人で居続けられたのも思えばすごいことです。