〈第九回〉
・部屋の中に満希子が見当たらないため部屋の外へ出て捜す詩文。暗い階段を下りて駐車場まで出てみるがそれらしい気配はなし。また305号室のの前まで息を切らして戻った詩文は、隣の部屋の前に白いボタンが一つ落ちてるのを見つける。食事したときの服装を思い出して満希子のものと確信した詩文は306号室の扉を見つめ、そちらのチャイムを押してみる。
こちらの部屋に大森と満希子がいたとして素直にドアを開けるとは思えませんが、鍵がかかっていれば他にアプローチのしようがないですからね。詩文としてはボタンを見つけた時点で100%事件認定でしょうが、警察に通報しても強制的に踏み込んでもらうには証拠として弱い。だから彼らの悪事を暴くために、自ら彼らの悪事の証拠となるためにあれだけ無茶をやらかしたわけだ。
・男の一人がドアのレンズから詩文の姿を見て「戻ってきちゃたよ」というのを大森がどけよ、と軽く横にどかしてのぞきこむ。詩文はノックして「ブッキ ?そこにいるの?」と声をかけ、繰り返しチャイムを押す。こないだの君子宅襲撃を思い出させる光景です。詩文はつくづく満希子のために危ない橋渡ってますね。
・詩文にあきらめる気配がないのを見て、大森は「仲間に入れてやろうぜ」と今までにない悪い笑顔を見せる。後ろにいた仲間の指示で部屋の中の男が何か用意を始め、大森は部屋のドアを開ける。
詩文は大森の横をむっとした顔ですりぬけ「ブッキどこ?」とあがりこむ。部屋に入ると男が二人待機していて、詩文について中へ入った大森が後手にドアを閉める。はっと振り返る詩文。仲間がいるというのは想定外だったんでしょうか。人数だけでも圧倒的にピンチです。
・大森は猫なで声で「原さんも参加してくださるなら大歓迎です」と言い、パーティーへようこそとさっきの男はビデオカメラを向ける。状況からすればパーティーとは強制的乱交パーティー、男たちが集団で詩文と満希子をレイプしようということですね。しかもその光景をビデオにとって彼女たちを脅す材料に使おうという・・・。
もともとは標的にされたのは満希子だけ、その満希子は積極的に大森に貢いでくれてたわけで、脅迫するまでもなく700万同様「お願い」してむしりとればいいようなもんですが。若いゆかりでなく満希子を騙す対象に選んだのはより自由に大金を動かせる、よりちょろく騙せそうだったのみならず、単純に熟女をレイプするのが趣味だったのかも。もっとも少しあとで「原さんが邪魔さえしなければ満希子さんはずーーっとぼくの彼女でいられたし」と言っていたので、本当ならまだまだいい夢見させながら絞りとる方向だったのかもですが。
・斜め横から撮影されている詩文はさすがにちょっとあせった顔。ブッキと名前を呼びかける。隣りの部屋で男(一人)に見張られている満希子は詩文の声に顔をあげるが男に睨まれたため返事はしない。しかし縛るでも猿ぐつわかますでもなく、ずいぶんと緩い監禁の仕方です。もともと冷静さに欠けている満希子なんだから、やけ気味に大声で騒ぎ立てる可能性だってあるでしょうに。
・「そこにいるんでしょ」と扉を開けようとする詩文は男の一人でに首をつかまれ引き戻される。「落ち着いてくださいよ。愛がほしい主婦とお金がほしい若者の、これはギブアンドテイクでしょ~」と間延びしたむかつく話し方で言う大森。
ベッドから体を起こしドア方向に移動しようとする満希子を男が睨んだまま少し前へ出て牽制する。ここで満希子が自分を助けに来てくれた詩文を救うために機転を働かせ大活躍する!なんて展開をちょっと期待したんですが、やっぱり何もしないまま一方的に詩文に助けられるだけでしたね。いや、その後の展開を見るにもっと悪いか・・・。
・「議論する気はないわ。ブッキ返して。もう十分傷つけたでしょ」「あなたのせいで傷ついちゃいましたねえ。こうなったら一緒にパーティーを楽しみませんか?」気持ち悪い笑顔で言う大森を「・・・子供のくせに、セックスなめんじゃないわよ!」と詩文は怒鳴る。
セックスをなめるなとは凄い台詞ですが、詩文にとってのセックスとは病院の食堂でネリに説明したように命をこすりあうような切実さを伴うものであり、「パーティー」なんてのは表層の快楽だけを追った底の浅い行為と考えてるんでしょうね。詩文が「エッチ」といった隠語的軽い表現を使わずストレートに「セックス」という単語を用いるのも、彼女の性行為への真剣な向き合い方を象徴しているように思います。
・大森は真顔で無理やり詩文をソファに押し倒し、他の男が詩文の足を押さえる。詩文は男を蹴り飛ばし両手首を大森に抑えられながらも抵抗。その歯をくいしばる顔をカメラが映してる。完全に詩文不利の状況ですが、そのときパトカーのサイレン音が。嘘だろ、と顔こわばらせる男たち。
たまたま外の通りをパトカーが通った可能性の方が高いと思いますが、犯罪行為の真っ最中だけにさすがに平静ではいられないか。それによく考えてみれば詩文が女一人単身で乗り込んできたのは警察が来てくれる算段がしてあったからこそかもしれないわけで。
それを裏付けるように「泣き寝入りする女ばっかじゃ、ないのよ!」と力強く叫んで詩文は大森の頬を爪でえぐり、そのままソファから這って逃げ、外のドアをあけて「おまわりさんこっちです」と叫ぶ。最初はこれ、パトカーに男たちが動揺してるのにつけこんだとっさの芝居かと思ったんですが、本当に警察がかけつけてきたので、やはり詩文はあらかじめ通報したうえで乗り込んできたんですね。
・大森たちは階段から逃走。入れ違いに警察がエレベーターで3階へ上がってくる。隣りの部屋に入りベッドのうえに座りこんでる満希子を見つけた詩文はおまわりさん早くと叫ぶが、満希子は「おまわりさん・・・」と呟き、詩文の腕を引っ張って「おまわりさんはだめ」ときれぎれに訴える。「何言ってんのよ、殺されてたかもしれないのよあたしたち」と怒る詩文に「バレる、うちに、警察にバレたらうちにも・・・」と呆けたように満希子は繰り返す。
家族を捨てるつもりで出てきたはずなのに(離婚届置いてきたんじゃなかったっけ?)何をいまさらという感じはあります。まあ同じ家族を捨てるにしても“男と愛し合って駆け落ち”と“男と駆け落ちするはずが騙されて逃げられた”じゃ、本人的には後者の方がより知られたくないでしょうが。大森が逃げた以上、家に帰る以外行くところさえないんだし。
・刑事たちがあわてて乗り込んできて「通報した原詩文さん」と言うのに「はい」と詩文が手をあげる。実際に事件が起きるまでなかなか腰を上げない(空き巣事件でネリの家にやってきた刑事もそう言ってた)警察を、なんと通報して即刻動かしたのか。詩文の行動力と頭の回転の速さは大したものです。
ところがそこまでして助けてもらった満希子が後ろから作り笑顔で出てきて、「あの、なんでもないんです、なんでも」と必死に警察をごまかそうとする。実に往生際の悪い。通報した詩文の立場はどうなるった。幸い「なんでも・・・」と繰り返しながらいきなり満希子は意識失って後ろのベッドに倒れてしまいましたが。この“突然の失神”は結果的に“まぎれもなく何かがあった”ことを警察に印象づけたと思われ、満希子もようやく役に立つことをしたかという感じです。
・病院のベッドに横たわる満希子。傍らの椅子に座る詩文と反対側に立って見下ろすネリ。「あいつらもこれで終わりよ。詐欺と監禁だけでも間違いなく実刑だもの」「そういう若者をのさばらせといちゃいけないわ」という詩文とネリの言葉を聞きながら、「原・・・なかったことにして」と満希子は力なく言う。「え?」と詩文は驚きネリも意外そう。「警察には何にも言わないで」「何にもなかったことにしたいの」と涙声で続ける。
「何バカなこと言ってんのよ。あの大森にブッキ何されたかわかってんの?。お金だって700万も取られてんのよ。なかったことになんてできないわよ。あたしだって、」と怒った声で言う詩文に「お願い。子供たちは何にも知らないの。パパに女の人がいることは知ってるけど、そのうえあたしまで・・・そんなの子供たちが可哀想すぎる。ゆかりや明が」と懇願して満希子は鼻をすする。武に女がいるのをバラした(子供たちの前で当たり前に口にした)のは満希子じゃないか。満希子の予定通り事が進んでいればどのみち翌日には“母が男のもとに走った”ことは子供たちの知るところとなっていただろうに。自分の不名誉を隠蔽するために子供たちをだしに使ってるのは明らかですが、その思惑をわかってはいても詩文も母親として子供のことを出されると強く言い切れないでしょうね。
・ネリも呆れた顔で「あたしも訴えた方がいいと思うけどな。隠せないでしょもう」と意外に優しい口調で説得するように言うが、それでも満希子は首をいやいやと振って、「帰りたーい。寿町のあの家にしか、あたしの居場所はないのー」と泣き崩れる。子供たちには必要とされてないとか夫と一つ屋根の下にはいたくないとかさんざん言ってたのに、いまさらあの家が自分の居場所だというのだからどれだけ調子がいいのか。
・ネリは「700万も、諦めるには大きすぎる」と言いますが、彼女たちの知らないことながら満希子は700万以外にも家の財産の4分の1(西尾仏具店はキャッシュで5000万は持ってるといってたので1200万くらい?)を持ち出してたはず。
詩文が305号室に乗り込んだときテーブルの上になかったので大森たちがしまいこんだ、当然そのまま持って逃げたと考えられます。あれこそ700万以上にごまかせないだろうに。「いらない。なんにもいらないから」と満希子は首を振りますが、この時点で彼女も財産4分の1の方は忘れそうな感じです。
・「あたしは絶対に、許さないから」と怒りもあらわな詩文は、「・・・ごめんなさい」と素直な満希子の声にちょっと意外そうに顔を見る。「原に助けてもらって、原をまきこんで、でも・・・でも・・・」「何にもなかったことにしたいの。一っ生のお願い!」泣きじゃくりながら叫ぶように言う。
詩文は唇をひきむすんだまま顔を伏せ、しかし目はしっかり開いて内心の怒りに堪えている風情。ネリももはや何も言わず黙っている。そして詩文は「わかったわよー」「じゃあ、何事もなかったような顔して帰るのね」とついに折れる。どう考えても詩文の主張に利があるだけにネリが驚いています。泣く子と地頭には勝てないというか、こういう押し問答は結局ゴネ得に終わるというか。
・「完っ璧にしらばっくれんのよ」と世渡り術を伝授する詩文に満希子はうなずく。「だけど、しらばっくれんの難しくない?700万の事、旦那さんだって気づくでしょ」というネリの言葉に詩文は「・・・お金のことは・・・ダンナの女のことでむしゃくしゃしてたから株に手を出したって言えばいいわ」とすごい提案を。「株?」とネリは呆れたように言いますが、「隠すなら徹底的に隠すの。できる?」ときつい口調で言う詩文に満希子は決意の表情でうなずく。
確かに家内安全のためには中途半端が一番いけない。事の起こりとなった武の浮気沙汰も愛人宛てのメールを間違って妻に送信するという武のうっかりミスから起こったことだった。あれさえなければさすがに家族を捨てて大森に走る選択はなかなか出来かねたでしょうから。長期にわたってボロを出さず隠し切るには相当な注意深さが必要になると思いますが、自己保身の塊みたいな満希子は案外得意分野かも。
・病室から出てきた詩文に表で待っていた刑事たちが反応。詩文はこれからが戦いだという覚悟を定めてるような面持ちでゆっくりそちらに顔をむける。そしてつかつかと刑事の前に歩み出ると無言で右手を差し伸べる。「この爪の間に大森の皮膚が入ってます。大森をつかまえてDNA鑑定してください。私が、強姦されそうになったときに抵抗して引っかいた傷が大森の左頬にあるはずです」。
ネリに「事情聴取は適当にかわすわ。早とちりで110番したっていうし。訴える気はないって言えば、それまでよ」と説明していたので、満希子の懇願をいれて自分が怒られる覚悟で警察をごまかすつもりかと思ってましたが、やはり詩文はすんなり泣き寝入りはしなかったか。それでも「私が」のところを強調することで満希子には類が及ばないようにしているのがさすがの気遣いです。
・飲み屋のカウンター席の角に並んで座る武と君子。並んでといっても角の位置なので距離が近いような遠いような微妙な感じ。別れた(別れる予定の)カップルの距離感を象徴してるようでもあります。
・「そうだ忘れないうちに」と武は鍵を財布から取り出し彼女の前に置く。「今度のマンションからは、海が見えるのよ」と鍵を手に取りつつ笑いを含んだ声で君子は言う。マンション引っ越すことにしたんですね。確かにあんな騒ぎになってしまったらご近所の手前住みづらいですからね。武は君子に合鍵を返し、君子は武との思い出の染み付いたマンションを離れる。絵に描いたような綺麗な幕引きです。「じゃあ、まだ片付けがあるから。ごちそうさま」と君子が多くを語らず微笑んで席を立つ動作にも彼のことを綺麗に割り切った(割り切ろうとしてる)颯爽感があります。別れ際、最後の最後に「もし奥さんより先にあたしと出会ってたら結婚してた?」と尋ねる一抹の未練気と、本当か嘘か「もちろんだよ」と即答する武の優しさもこの別れのシーンを美しいものにしています。・・・なのにまさかあんなオチがつくとはなあ。
ところで途中、君子が席を立ったところで武は意を決したように何かを尋ねようとして「いや・・・いいや」と言葉を飲み込んでますが、これは手切れ金200万のことを質したかったのでは。君子の態度や経済力からしてやっぱり受け取ったようには思えなかったんでしょうね。とすれば満希子の言葉は嘘とわかったうえで、もとは自分が悪いことだからと黙って飲み込むことにしたということか。
・なんと詩文の家で布団に寝てる満希子。詩文はその隣に自分の布団を敷いている。「トイレ行きたい」という満希子にそこよというと「こわいー」と甘えた声。トイレが屋外にあるというならともかく、どれだけ子供なんですか。満希子のわがままぶりに詩文が口とがらせながら部屋から出て行くときも「どこいくのー?」「ひとりにしないでよ~」と泣きそうな声出してるし。
少しして戻ってきた詩文は「これ。冬子のだけど」と枕元に何かを置く。これ何なのかよく見えなかったんですが「まーなんだか可愛くて恥ずかしいー」という満希子の華やいだ声からすると何かファンシーグッズ的なものでしょうか。トイレに行くのも怖がる満希子の心を慰めるために取ってきてくれたわけですね。詩文もつくづく親切、というかもはや大きな子供と思って接してるのかも。
「あんなに帰りたかった寿町の家なんで帰んないのよー」「だってえ、今うちに帰ったら動揺して、全部しゃべっちゃいそうだもん」「明日は帰んなさいよ」なんて会話も大人と子供のよう。「大学生の彼がいたんだから(可愛くても)いいんじゃないの」とちょっと意地悪言うあたりは、わがままにつき合わされてるせめてもの意趣返しみたいなもんですね。
・急にいたずらっぽい笑顔になって「ねえ、なにか話して。全然違うこと」とせがむ満希子。後輩たちに食事をおごりながら面白い話を強要するネリみたいな台詞。詩文は宙を見つめて少し考えるが「ああ、結婚するわ」と唐突に言う。「誰が」「あたし」「うそ!」 ここで満希子が飛び起きる。俄然関心を持った様子。「穏やかな暮らしってものを一度してみよっかなって思って」と気のないような調子で詩文は言う。
河野母にも結婚の動機を「穏やかな暮らし」と語っていましたが、澤田個人に対する愛情をうかがわせるような発言は本人に対しても他人に対してもこれまで一切してないんですよね。詩文の気のなさそうな調子からすると、照れてるとかでなく本当に愛情はないみたいに思えます。父を老人ホームまで送ってくれたことなんかに関する“好意”はあるんだろうし、穏やかな暮らしを営むにはなまじ激しい(英児に対してのような)執着などない方がいいと思ってるんじゃないですかね。
・「退屈しそうで心配なんだけど」という詩文に「大丈夫よ~。頼もしい旦那さまに守られてたほうが結局女にとっては一番幸せだもん。退屈なくらいでちょうどいいのよ」と先輩的笑顔に。まさに今度の件で思い知らされたってとこですね。
よそに女がいる、子供たちからも軽く扱われてる感のある武が「頼もしい旦那さま」に当たるかは疑問ですが、浮気しようとも家業はきちんとこなし夫として父としての役割も放棄することはなかったわけですから(男に走って店の金を持ち出し家事を放り出した満希子とはまさに正反対)、家庭人としては信用に足る男でしょうしね。自分が恋敗れた直後だけに詩文の結婚話が内心不愉快なんじゃないかと思ったら「よかったわねえ、おめでとう」と本気で祝福しているようなのも、大森との恋の顛末を通して自分の本当の幸せが何かに気づいたがゆえなのでしょう。
・翌朝。西尾仏具店の前でじっと立っている武。満希子の帰りを待っているのか、その表情は沈んでいる。ふと後ろを振り向くとちょうど満希子が歩いてきたところ。虚脱した表情でゆっくり歩み寄る満希子を武はじっと見つめ、無言の満希子に決然と歩み寄り、しっかり目を見て「朝飯頼むよ。腹へった」。それだけ言って中に入ってしまう。
満希子の外泊理由を自分の浮気に対する怒りからだと思ってるだろう武ですが、あえてここで平身低頭詫びるのでなく(それはもうやったし)、ごく自然に、受け入れこれまで通りの生活を続けてゆきたい意志を示してみせる。何もなかったことにしたい、寿町の家に帰りたいと泣いた満希子にとっては、何事もなかったようにしてくれることが一番嬉しいのでは。泣きそうな顔でしばしそこに佇む姿にそんな心情が表れているように思えます。
・詩文が本棚を掃除しているところへ澤田がやってくる。おはようと声をかけてくるのへ詩文も今電話しようと思ってたの、と今までになく柔らかな答え。打ち解けた笑顔といい、彼と生きてくと決めたのがその態度の変容に表れています。「今夜は仕事を休もうと思ってるので、一緒に夕飯食べません?」と詩文から誘うのも。しかも手料理作るようだし。
なのに「はあ・・」となぜか気の乗らないような、申し訳なさそうな顔の澤田。さすがに男の顔色に敏感な詩文はすぐに澤田の態度がおかしいのに気付いてますね。もしかするとこの時点でもう後の展開をある程度予測してたかも。
・原家の居間。「すみません。先日のプロポーズ取り消させてください」。絞りだすような声で、しかし要点はきっぱり告げる澤田に、さすがに目を見開く詩文。取り乱したりしないのはさすがですが。「本当に申し訳ありません」と澤田は土下座し、「この何日かあなたを毎日見ていて気付いてしまったんです。あなたは誰かの妻に納まるような女性じゃないんだって」。何をいまさら、という感じはあります。毎日見てなくたってラブホで仕事してる話をさらっと話してきたあたりですぐわかりそうなものですが。「ラブホテルで働いていることも堂々と話すあなたの強さにぼくは惹かれました。ぼくは今でも心からすばらしいと思っています」「しかし、あなたには、穏やかな暮らしとか、世間の常識とか、ルールとか、何かを守り育てることとか夫とか妻とか子とかそういうものはまったく似合わないと思うんです」。
澤田が一方的に長台詞しゃべる間、詩文は口ぽかんとあけたり目をきょときょとさせたり、総じてあっけに取られた顔をしてます。人は変わるものだと言った彼の言葉にいくらか動かされて、その穏やかな暮らしをしてみようかという気になった矢先なのに、ずらずら言葉を並べて詩文はこういう人間だと一方的に決めつけてるわけですから。まあ確かに詩文に穏やかな暮らしが似合うかといえば似合うないとは思いますけども。結果的に詩文は澤田に背中を押された形で、これまで通りの自分らしく生きる方向に覚悟を定めることになります。
・「そういう人と結婚生活をやっていく自信がなくなってしまって・・」とうつむく澤田。話を聞くうちに次第に呆然たる表情からうっすら諦めの笑顔に変わりつつあった詩文はもはやすっぱりと悟った表情になり「そうですか・・」と薄く微笑む。
「自分から言い出しておいてほんっとうにすみません。この通りです」とまた頭を下げた澤田は「バカな男だとお思いでしょうが、もし、もし、詩文さんがよければですが、これから友人として付き合っていただけないでしょうか」とえらく虫のいい事を言い出す。友人としてお付き合いということは肉体関係はなしということですか。一度寝てみて精気吸われすぎて怖気づいたんでしょうか?実際無意識に感じつつも詩文に惹かれているゆえに気付かないふりしてきた不安―こんな奔放な女とやっていけるだろうかという思い―があの朝をきっかけに一気に湧き上がってきた結果がこのプロポーズ破棄に繋がったんじゃないでしょうか。、
・「友達は・・・要りません」と間をおかず即答する詩文。詩文くらい異性の友達というポジションが似合わない女も少ないだろうに。いつもの笑顔になってちょっと見上げるように「先生と、結婚するのもいいかなーと思ってたんですけど・・・」と唇を結んだ笑顔に一瞬なってから「残念でした」とまた歯を見せたいい笑顔になる詩文。
満希子ほど残酷な形じゃないですが、やはり思い描いていた幸せをあっさり不意にされながら動揺をあらわにせず相手を責めもしない詩文は実に大人でいい女だと思います。澤田の「ぼくも無念です」って返事はなんのことやらですが。
・そこに「あなたの目は節穴ですか」と聞きなれた声が。厳しい顔でのれんくぐって入ってきたのは河野母。挨拶もなくいきなり家の方まで入ってきてしまう。訪ねてきたらちょうど取り込み中で声かけるにかけられないまま、会話全部聞いてしまったというところでしょう。
閉める閉めるといいながら詩文堂がなかなか閉店にならないのは、英児が部屋に鍵かけないおかげで詩文もネリも福山も入り放題だったのと同様、外の人間が入ってきやすいシチュエーションを作るためのような気がしてきました。
・河野母は二人の間に、澤田とひざ突き合わすように座って「先生・・・先生お子さんいらっしゃいますか」と尋ね、いないと聞くと、そう、やっぱりねと納得した様子で、「この人はね、倒れかけた本屋守りながら17年間、女手ひとつで娘を育ててきたんです。立派に!」 諄々と説くようにな口調で、「立派に!」のところは強い口調で言い切る。冬子はしつけがいい、優しいとつねづね言っている河野母の言葉だけに説得力があります。
「親とか子とかそういうものから遠いところにいる人間だなんてとんでもありません!」 しばし間を置いて詩文を見てから「この人は、本物の母です」。詩文に少し微笑みすら見せながら言う母に、何より詩文が驚いた顔。あの河野母が詩文をこんな風に見ていたとは。ボケた父を冬子が連れ出したときの対応、冬子が熱を出したときの看病の仕方などで、よくよく見直したのでしょうね。
・「それは・・・そうかもしれませんが・・・ぼくとはご縁がなかったという・・・」 ぐずぐず言い訳する澤田に業を煮やしたように「ああもう」と母は話さえぎり、「詩文さん、こんな人、あなたの方から捨てちゃいなさい」と小気味よく宣言。詩文は戸惑いつつこくこくとうなずく。
「何なんですかだいたい自分から言い出しておいて」となおも責める母に辟易したのか、失礼しますと澤田はほうほうの体で席を立つ。玄関前で足を止めて振り返り未練ありげに見るものの、母に睨まれて深々一礼して去ってゆく。ここにきて澤田株が大暴落です。煮え切らない感じの態度がなんともしまらない。先の武と君子の「別れ」の方がずっと決まってましたね。
・「しっつれいな男ねー!よかったわよあんな人のところへ行かなくて。塩まきなさい塩!」 詩文本人よりよほど怒りに燃えてる河野母。詩文は「あの、ありがとう、ございました」とまだ戸惑った様子ながらも礼を述べる。母もちょっと戸惑ったように固まってから苦笑する。自分でもあの詩文のためにこんなにむきになってるのが不思議な気になってきたんでしょうね。
・そうそうあのね、冬子ちゃんに試しに公開模試受けさせてみたらすごく成績よかったのよー、と話題を変える母に詩文もちょっと笑って、圭史さんの子供ですからと返事。しばし笑いあってから「河野さんはそれを伝えるためにわざわざ来てくださったんですか」。母は決まり悪げに目をそらして「実はね、あのあなたが話す前にあたし冬子ちゃんにいっちゃったの結婚のこと」。さすがに口開けっぱなしになる詩文に「だってこんなことになると思ってなかったんですもの」とちょっと言い訳モード。
そこへ暖簾くぐって満面の笑顔の冬子が「サップライーズ!」と言いながら豪華花束とケーキの箱を持って入ってくる。さらに後ろから「サンラーイズ」とお父さんも。「サプライズよおじいちゃん」といわれて「サプラーイズ」と詩文に挨拶しなおす。確かに詩文父の登場はケーキより花束よりサプライズですね。前回のことがあるから今度はちゃんと何時ごろにどうやって施設まで送るかまでちゃんと計画立ててあるんでしょう。それを察してるのか今度は詩文も父を連れ出したといってとがめたりはしてません。
お父さんまで出てくるといかにもオールスターキャスト、最終回という感じがします。ナレーター(美波)も最後の最後に登場しますしね。
・「ママ。結婚おめでと」と笑顔の冬子を見つつ「こういうわけなの」と困り顔の河野母。詩文に花束を渡す冬子の表情に翳りはなく、本当に母親の幸せを素直に喜んでる様子です。
詩文が再婚してしまえばこの家もまず処分されるわけで冬子が帰る場所はもう河野家しかなくなってしまうわけですが、今の冬子はそれをちゃんと承知して覚悟を定めてるように思えます。前に詩文に叱られたことで自分はもう河野家の人間なのだと完全に腹をくくったんでしょうね。一つ成長した冬子の笑顔が眩しいです。
・祖父の隣に座った冬子はまだ事情を知らされてないだけに「ケーキ食べようよおばあちゃま」と明るく声をかけ、「そうね、ちょっと事情はあるけど、せっかくのケーキだから」と河野母も詩文をうながす。冬子がジャーンジャンジャジャーンと歌いながら箱の蓋を取るとホールのショートケーキに「ハッピーウェディング」と英語で書いてある。わざわざ特注した気遣いが仇になった格好です・・・。
しかし「じゃあ、再出発、ということで」と詩文は一応笑顔で母に言い母も「そう!再出発!」とそれに乗っかる。しかし普段の詩文なら「せっかくのケーキだから」いう台詞を彼女の方から切り出しそうなもの。実は結構ショックが大きいのかもしれません。あとで片付けの時にもケーキの「ハッピーウェディング」の文字をわざわざ指でぬぐって消してましたし。でも自分の指をちょっと暗い表情で見つめた後ひょいと口につっこんでなめているので、そこで気分をリセットしたものと思われます。
・居間のテーブルを片づける詩文に台所で洗い物する河野母が「どうぞお気遣いなくってあなたは言うだろうけど、どうするのこれから」と尋ねてくる。「さあー?」と詩文は頼りない返事ですが、「・・・そうね、さっきまで結婚する気でいたんですものね。わからないわよね」と河野母も同調してみせる。「しょせん真っ当な人とは縁がないみたいです」と詩文は苦笑し、母もちょっと笑いながら「そうね、あの先生もあなたと結婚しなくてよかったのかも」「圭史みたいな人この世にもう一人できたら可哀想じゃない」と言う。前半はともかく後半はひどい言い方ですがその口調に毒はない。
「・・・そうですよねえー」「私も、そう思います」と詩文も同意。母は手を止め詩文を見て「珍しく意見があいましたね」。詩文も母を見て「そうですね。最初で最後かもしれませんけどね」。詩文の方は口調に軽く毒があるような。河野母が軽く睨むように見るのも可愛げないと思ってるんですかね。やっぱり完全に和解はしない、でもちゃんと認め合う部分もある、というのがこの二人にはいいバランスのようです。
・例の焼肉屋でまた研修医たちにおごるネリ。「だまってないでなんか面白いこと言いなさいよ」と呼びかけるのも相変わらず。それに対し隣の席の福山が笑顔で「坂元と宮部いま付き合ってます」と爽やかに報告。「おしゃべり!」と宮部が抗議の声あげる。「坂元先生になったの」と驚くようなあきれたような顔でのぞきこんでくるネリに宮部はテレ笑いしてちょっとうなずく。今までの険が取れた印象があるのは、福山と別れたことでネリに嫉妬心が働かなくなったからでしょう。
しかしよくあっさり別れて次の男にいったなあ。福山はどんな別れ方をしたんだか。「先生の言いつけ通り宮部とは別れました」とさわやかな笑顔で堂々ネリに宣言してる様子からだと「灰谷先生に別れろって言われたからおまえとは別れる」とストレートに宣告してる姿が浮かんできてしまうんですが。
・あらためて他に面白い話はないのかと言うネリに井上が「先生、お手本みせてくださいよ」と拗ねたような口調でいう。ネリはいたずらっぽい笑みで皆を手招き、トングをマイクのように握って、「来年の三月までで病院をやめます私」と笑顔で言い切る。まず福山が驚き顔でネリをみる。他の医師たちも表情が固まる。ネリは皆の顔を眺め渡して「面白くないか」。確かにこれは面白がるどころではない。
・宮部の「何でやめちゃうんですか」という質問に「偉くなるのに興味がなくなったの」と返答するネリ。「手術もやれるだけやったしこれ以上上手になるとも思えないから、これから先は予防医学にスイッチしようと思う」。福山は「脳ドックですか」と問い、ネリも「そう。開業しようかなって」と笑顔でトングを福山に向ける。
面白かった?と勢いこんだ口調でネリは言いますが、みんなシンとしてる。ダメかと呟くネリ。本気で笑い取れると思ってたりしたんでしょうか。
・朝?仏具店の店先を掃き掃除する詩文を武が「原さん原さん、ちょっと」と呼ぶ。店の端の目立たない場所へ移動して「あのさ。満希子昨日朝帰りだったんだけど。なんか聞いてない?」とこっそり切り出す。「・・・うちに泊まったんですよー」と詩文はさりげない笑顔で答え「彼女言ってないんですかー?」と自然な形でフォロー。
「そんならいいんだけど」。ほっと肩おとす武に詩文は軽く笑い、「一晩中泣いてましたよ。パパが許せないーって」「一生トラウマになりますね、あの女のこと」と武の内心をさぐるような笑顔をする。ちゃんと武が悪者になるような―満希子に責めが行かずに済むような―表現にしているのが詩文の優しさですね。
「君子とは別れたから」ほんとですかあー?と思い切り意地の悪い笑顔になる詩文に「ほんとだよ、原さんに怪我までさせて満希子まであんなになっちゃったらやっぱりさ」「先代からあの店と満希子を任された身だから」と大真面目な調子で答える。このへん武がなんだかちょっと格好いいです。
・武は詩文に向き直って「だけど、ぼくの洗濯物もさわろうとしなかった満希子が、原さんのところから戻ったら突然しおらしくなっちゃって気味悪いんだよ」「なんか言ってくれたの?」詩文はちょっと意表つかれたような顔をしたもののごまかし笑いしつつ「あたしは別に、でも一晩外泊して心配かけたら気がすんだんじゃないんですか」と上手にフォロー。
自分がいい子になろうとせず、なおかつ多くを語らずあくまで推論として満希子の気持ちを述べることで、後で矛盾が出る可能性を最小限にしようとしてる。さすがの機転です。武もあっさり「そういうことか」と納得した笑顔になる。「よかったですねー、やさしくなってー」と含むところありそうな笑顔を詩文は浮かべますが、男なんて単純だと思ってるのかもしれません。さしもの彼女もまんまと武に騙されてる(本当は君子と別れてなかった)が後々視聴者には示されるわけですが。
・台所で調理中の満希子。ゆかりがテーブルにお箸を並べてくれるのにお礼を言い、ちょうど入ってきた武にも「パパ、ゆかりがお手伝いしてくれてるの」と報告する。小学生でもあるまいに普段は箸を並べるだけのこともしてなかったのか。
それにしてもママみたいにはなりたくないと言ってたゆかりが急に軟化したのは何か理由があるのだろうか。なまじ反発するより適当に機嫌とって家事をちゃんとやってもらった方が住み心地がよいと割り切ったんですかね。
・ゆかりのことを、これから花嫁修行しないとねーとお皿並べながら言う満希子に「花嫁修業って」とあきれた顔をする明。まだ高校生、それも今時の娘に大学や就職より先に花嫁修業の心配するってのも妙なものです。なまじ口をはさんだために「明は西尾仏具店を継ぐんだから。いいかげんなお嬢さんじゃママ許さないからねー」と矛先が明に向かいますが、そこで明は「おれさあ、決めてる女いるから」と中学生とも思えない発言を。満希子は目をむいて「誰なの ?どういうお嬢さん ?」と夫と息子のいるリビングへ小走りにやってくる。
この「明の彼女」については直後に大森逮捕のニュースが報道されたことでうやむやになってしまい謎のままなのですが、何かの伏線なのか。明が大森逮捕に異様にショックを受けていたこと、大森にかなり懐いてる様子だったこと、一時のやたらやさぐれた言動(今は普通に見えますが「おれさあ、決めてる女いるから」という口のきき方などは最初の頃に比べて少し荒んだ匂いがある)などを考え合わせると、明の想い人というのは大森の紹介で知り合った相手で上手いこと小遣いを貢がされていた、大森逮捕のニュースで自分が弄ばれてたことに気がついた、とか(やさぐれた態度は大森やその女の影響)だったんですかね。
・ちょうどリビングのテレビから「逮捕されたのは大森基容疑者を中心とした現役大学生四人です。大森容疑者らは架空のベンチャー企業を偽り(中略)犯行を行い多額の金を騙し取った疑いです」というニュースが流れ、一家4人それぞれに驚きの表情でテレビに見入る。
しかし詐欺のほうしか表沙汰になってないのか。詩文はレイプ未遂で訴えたはずなのに。「警視庁はさらに余罪を追求しています」というからそのうち明るみに出る可能性はあるんでしょうけど。
・最初の驚きが冷めた後、ゆかりは「そんな驚くこともないんじゃない?あたしは最初からもりりんってあやしいなーって思ってたよ」と言い出す。驚いて「ほんとかよ」という武に「初めてうちに来た日、テーブルの下であたしの足触ったりしたし」。
この台詞に満希子は隣のゆかりの顔をじっと見る。特別な感情は表に出していませんが娘にもコナかけてたと知って嫉妬を感じたんでしょうか?でも初めてあった日にもう足触りにくるって確かにその時点で好青年ではない。それで引っ掛かるのはゆかりのいうように「もてない女の子」、男慣れないタイプかなとは思います。
・「・・・なんにも、されてないだろうな」「お金取られたりも、してないか?」と心配そうな武に「なめないでよね。もりりんみたいなタイプにだまされるのはもてない女の子だけだから」。後半部分を強調した言い方に満希子の顔がこわばる。こんなことを言いつつ、ゆかりは自分から大森呼び出して告白したりしたことを黙ってる、というより積極的に嘘ついてるわけで、そのへんの見栄っ張りさは結局母親似なのかという気もします。
ついでに「わたしは男の子に不自由してないしー、お金にも不自由してないしー」と気のなさそうな調子で口にする少し前に一瞬満希子に目をやってますが、これは大森と満希子の関係に気づいてることを匂わせたものでしょうか?少なくとも大森が家庭教師になって以来、満希子がネイルアートするようになったり妙に浮き浮きしてたりしたのは思春期の少女の勘で気付いてたでしょう。
二人で密かにデートを重ね、果ては一緒に暮らそうとしたことまでは、振られた立場上プライドも邪魔して想像が及ばなかったと思いますが。満希子が、それこそマダムが韓流スターに騒ぐような感覚で大森に入れあげてる程度に解釈してたんじゃ。
・「いいかげんにメイドのバイトも卒業してくれよ」とゆかりの背中に声かける武。やはり武もあまりメイドバイトよく思ってはないんですね。しかしもともと満希子が家庭に絶望した直接のきっかけは夫の浮気よりゆかりのバイトの方だったはず。そちらは一向解決してないにもかかわらず、満希子は先日の騒ぎは全て忘れたかのように何も言わなくなっている。もはや自分はこの家以外の居場所がないと思い知った満希子は平凡でも平穏な暮らしを保つためには都合の悪いことは見て見ない振りをするのが一番という境地に達したのでは。
以前は近視眼なりに子供を正しい方向に導かなくてはという思いはあったものを今は自己保身第一に成り下がってしまった。ゆかりも満希子の内心はどうあれ表立って説教されたりしないならそれでいいと割り切って、表面だけはお手伝いもするいい子を演じることにした。さっきからの一連の会話がいかにも嘘っぽい、うさんくささを感じさせるのは西尾家の全員が幸せ家族を演じてるがゆえなんでしょうね。
・大森逮捕に虚脱状態の明にハッパをかけた武は、満希子の肩にがしっと手を置いて「ママも、自分が選んできた家庭教師だからって責任感じることないからな」と優しい言葉をかける。ちょっと微笑んでこくこくうなずく満希子。
たまたまいいタイミングで逮捕されてくれなかったら、満希子は大森の家庭教師をどうやって断るつもりだったのか。さすがに大森ももう顔出さないでしょうが来ない理由をどう説明するつもりだったんだろう。
・夜、部屋の鏡台の前で暗い表情でうつむいてる満希子。ドアの向こうで「ママ。ちょっといいか」と武のシリアスな声が。そっと入ってきた武はいいにくそうに「あの、さ、おとといのことは原さんにきいたよ」と切り出す。はっと硬直する満希子に「・・・すまなかった。もう泣かないでくれ、君子とは別れたから」と説明するが、満希子はちゃんと話きいてるのかどうか「原に聞いたの・・・。そのこと」と呟くように言う。大森とのことをバラされたのかという疑惑が頭を渦巻いていて、夫の浮気問題の帰結は大して気にしてない模様です。
・「原さんちで一晩中泣いてたんだってな」と言われて驚いた顔の満希子。「しかし、大森先生には驚いたよ。・・・一流の大学にいける頭があって韓流スターみたいな顔しててなんで犯罪者にならないとならないんだ?」 その台詞から自分と大森の関係はまるで知らないと察した満希子は「ああー」とほっとした笑顔でうなずく。
しかし武がベッドに腰かけながら「実はさ。会社の金が700万足りないんだ」と切り出すとまたも硬直。「通帳も見当たらない。もりりんなんかに騙されないってしらばっくれてたけど、ゆかりしか考えられないだろ」「ぼくらの仲がぎくしゃくしててゆかりも気持ちの行き所がなかったんじゃないか。・・・目が行き届かなかったなあ。だけどあの年ごろはむつかしいし」。
満希子の心配をよそに武の疑いが向いているのはゆかりの方だった。ゆかりの名誉のため真相を言うべきか言わざるべきか迷う風の満希子。さすがに娘にあらぬ疑いがかかるのをそのままにするほど満希子も外道じゃないだろう、このさい正直に告白するのか、と思ってたら「ぼくらとゆかりで話し合って、一刻も早く警察に届けたほうがいいと思うんだ」と言われ「警察?」と満希子は血相かえて振り返り、ややあって「パパ・・・ごめんなさい」と横向いて頭を下げる。
こないだ事件担当の刑事に会ってる、状況柄身元も知られてるはずとあってはもはや逃げ切れないと完全に覚悟を決めたものか。逆に言えば隠せると思う限りは娘に濡れ衣着せたまま黙ってた可能性もあるわけだ。どれだけひどい女か。
・いきなり謝られて戸惑う武に「その700万・・・・・(長い間がある)原に貸しちゃったの」なんだってー!詩文が描いたシナリオどおりに株に使ったとさえ言わずどこまでも自己保身、しかも恩人の詩文に押し付けるとは。これは意表をつかれました。もし詩文にバレてもごめん許して一生のお願いとかいうんだろうなー(あとで本当に言ってた)。
「ええ!?」と目をむく武。ここで家の台所で何か飲んでる詩文の姿が挿入される。西尾家でこんな濡れ衣着せられてるとは思いもよらないんだろうなあ(笑)。
・「だあって、原ってほんとに貧乏なんだもん。お父さんの施設のお金のこととかいろいろ困ってるっていうし」「真っ青な顔して、・・・パパの女に包丁で刺されたりしてるから西尾家としては、断れないじゃない?」 これはなかなか上手く辻褄をあわせたもの。しかも「断れないじゃない?」のところはいかにも大上段にふりかぶる言い方でパパのせいを強調して、文句が出ないようにしています。
「そうだったのかー。だったら早くいってくれよなー」と見事に武も引っかかってしまう。武はふざけて満希子を軽く突き飛ばし、よろけた満希子は「だってパパと冷戦状態だったから言い出せなかったんだもーん」と右手で強く武の体を突き武はちょっとよろける。さっきまでの緊迫ムードから一気に夫婦漫才みたいになってるのは、武の方はゆかりが騙されてなかったことに、満希子の方は大森とのことがバレずに済んだことに安堵したがゆえでしょう。
・「・・・まあ原さんには迷惑かけちゃったしなあ。でも、あの人に貸したんじゃ帰ってこないなあ」「本人は借地権が売れたら返すって言ってるけど、ムリかもねー」。武のほうから「返ってこない」と話を振ってくれたのをいいことにうまく乗っかる満希子。無言で歯をむき唇を引きしめる満希子の顔には、もうこの路線で押し通すんだという決意が見えます。一応心の中で詩文に謝ってはいるんでしょうけどねえ。・・・もう大森が全部自供して700万の行方もバレてしまえ。
・部屋の中に満希子が見当たらないため部屋の外へ出て捜す詩文。暗い階段を下りて駐車場まで出てみるがそれらしい気配はなし。また305号室のの前まで息を切らして戻った詩文は、隣の部屋の前に白いボタンが一つ落ちてるのを見つける。食事したときの服装を思い出して満希子のものと確信した詩文は306号室の扉を見つめ、そちらのチャイムを押してみる。
こちらの部屋に大森と満希子がいたとして素直にドアを開けるとは思えませんが、鍵がかかっていれば他にアプローチのしようがないですからね。詩文としてはボタンを見つけた時点で100%事件認定でしょうが、警察に通報しても強制的に踏み込んでもらうには証拠として弱い。だから彼らの悪事を暴くために、自ら彼らの悪事の証拠となるためにあれだけ無茶をやらかしたわけだ。
・男の一人がドアのレンズから詩文の姿を見て「戻ってきちゃたよ」というのを大森がどけよ、と軽く横にどかしてのぞきこむ。詩文はノックして「ブッキ ?そこにいるの?」と声をかけ、繰り返しチャイムを押す。こないだの君子宅襲撃を思い出させる光景です。詩文はつくづく満希子のために危ない橋渡ってますね。
・詩文にあきらめる気配がないのを見て、大森は「仲間に入れてやろうぜ」と今までにない悪い笑顔を見せる。後ろにいた仲間の指示で部屋の中の男が何か用意を始め、大森は部屋のドアを開ける。
詩文は大森の横をむっとした顔ですりぬけ「ブッキどこ?」とあがりこむ。部屋に入ると男が二人待機していて、詩文について中へ入った大森が後手にドアを閉める。はっと振り返る詩文。仲間がいるというのは想定外だったんでしょうか。人数だけでも圧倒的にピンチです。
・大森は猫なで声で「原さんも参加してくださるなら大歓迎です」と言い、パーティーへようこそとさっきの男はビデオカメラを向ける。状況からすればパーティーとは強制的乱交パーティー、男たちが集団で詩文と満希子をレイプしようということですね。しかもその光景をビデオにとって彼女たちを脅す材料に使おうという・・・。
もともとは標的にされたのは満希子だけ、その満希子は積極的に大森に貢いでくれてたわけで、脅迫するまでもなく700万同様「お願い」してむしりとればいいようなもんですが。若いゆかりでなく満希子を騙す対象に選んだのはより自由に大金を動かせる、よりちょろく騙せそうだったのみならず、単純に熟女をレイプするのが趣味だったのかも。もっとも少しあとで「原さんが邪魔さえしなければ満希子さんはずーーっとぼくの彼女でいられたし」と言っていたので、本当ならまだまだいい夢見させながら絞りとる方向だったのかもですが。
・斜め横から撮影されている詩文はさすがにちょっとあせった顔。ブッキと名前を呼びかける。隣りの部屋で男(一人)に見張られている満希子は詩文の声に顔をあげるが男に睨まれたため返事はしない。しかし縛るでも猿ぐつわかますでもなく、ずいぶんと緩い監禁の仕方です。もともと冷静さに欠けている満希子なんだから、やけ気味に大声で騒ぎ立てる可能性だってあるでしょうに。
・「そこにいるんでしょ」と扉を開けようとする詩文は男の一人でに首をつかまれ引き戻される。「落ち着いてくださいよ。愛がほしい主婦とお金がほしい若者の、これはギブアンドテイクでしょ~」と間延びしたむかつく話し方で言う大森。
ベッドから体を起こしドア方向に移動しようとする満希子を男が睨んだまま少し前へ出て牽制する。ここで満希子が自分を助けに来てくれた詩文を救うために機転を働かせ大活躍する!なんて展開をちょっと期待したんですが、やっぱり何もしないまま一方的に詩文に助けられるだけでしたね。いや、その後の展開を見るにもっと悪いか・・・。
・「議論する気はないわ。ブッキ返して。もう十分傷つけたでしょ」「あなたのせいで傷ついちゃいましたねえ。こうなったら一緒にパーティーを楽しみませんか?」気持ち悪い笑顔で言う大森を「・・・子供のくせに、セックスなめんじゃないわよ!」と詩文は怒鳴る。
セックスをなめるなとは凄い台詞ですが、詩文にとってのセックスとは病院の食堂でネリに説明したように命をこすりあうような切実さを伴うものであり、「パーティー」なんてのは表層の快楽だけを追った底の浅い行為と考えてるんでしょうね。詩文が「エッチ」といった隠語的軽い表現を使わずストレートに「セックス」という単語を用いるのも、彼女の性行為への真剣な向き合い方を象徴しているように思います。
・大森は真顔で無理やり詩文をソファに押し倒し、他の男が詩文の足を押さえる。詩文は男を蹴り飛ばし両手首を大森に抑えられながらも抵抗。その歯をくいしばる顔をカメラが映してる。完全に詩文不利の状況ですが、そのときパトカーのサイレン音が。嘘だろ、と顔こわばらせる男たち。
たまたま外の通りをパトカーが通った可能性の方が高いと思いますが、犯罪行為の真っ最中だけにさすがに平静ではいられないか。それによく考えてみれば詩文が女一人単身で乗り込んできたのは警察が来てくれる算段がしてあったからこそかもしれないわけで。
それを裏付けるように「泣き寝入りする女ばっかじゃ、ないのよ!」と力強く叫んで詩文は大森の頬を爪でえぐり、そのままソファから這って逃げ、外のドアをあけて「おまわりさんこっちです」と叫ぶ。最初はこれ、パトカーに男たちが動揺してるのにつけこんだとっさの芝居かと思ったんですが、本当に警察がかけつけてきたので、やはり詩文はあらかじめ通報したうえで乗り込んできたんですね。
・大森たちは階段から逃走。入れ違いに警察がエレベーターで3階へ上がってくる。隣りの部屋に入りベッドのうえに座りこんでる満希子を見つけた詩文はおまわりさん早くと叫ぶが、満希子は「おまわりさん・・・」と呟き、詩文の腕を引っ張って「おまわりさんはだめ」ときれぎれに訴える。「何言ってんのよ、殺されてたかもしれないのよあたしたち」と怒る詩文に「バレる、うちに、警察にバレたらうちにも・・・」と呆けたように満希子は繰り返す。
家族を捨てるつもりで出てきたはずなのに(離婚届置いてきたんじゃなかったっけ?)何をいまさらという感じはあります。まあ同じ家族を捨てるにしても“男と愛し合って駆け落ち”と“男と駆け落ちするはずが騙されて逃げられた”じゃ、本人的には後者の方がより知られたくないでしょうが。大森が逃げた以上、家に帰る以外行くところさえないんだし。
・刑事たちがあわてて乗り込んできて「通報した原詩文さん」と言うのに「はい」と詩文が手をあげる。実際に事件が起きるまでなかなか腰を上げない(空き巣事件でネリの家にやってきた刑事もそう言ってた)警察を、なんと通報して即刻動かしたのか。詩文の行動力と頭の回転の速さは大したものです。
ところがそこまでして助けてもらった満希子が後ろから作り笑顔で出てきて、「あの、なんでもないんです、なんでも」と必死に警察をごまかそうとする。実に往生際の悪い。通報した詩文の立場はどうなるった。幸い「なんでも・・・」と繰り返しながらいきなり満希子は意識失って後ろのベッドに倒れてしまいましたが。この“突然の失神”は結果的に“まぎれもなく何かがあった”ことを警察に印象づけたと思われ、満希子もようやく役に立つことをしたかという感じです。
・病院のベッドに横たわる満希子。傍らの椅子に座る詩文と反対側に立って見下ろすネリ。「あいつらもこれで終わりよ。詐欺と監禁だけでも間違いなく実刑だもの」「そういう若者をのさばらせといちゃいけないわ」という詩文とネリの言葉を聞きながら、「原・・・なかったことにして」と満希子は力なく言う。「え?」と詩文は驚きネリも意外そう。「警察には何にも言わないで」「何にもなかったことにしたいの」と涙声で続ける。
「何バカなこと言ってんのよ。あの大森にブッキ何されたかわかってんの?。お金だって700万も取られてんのよ。なかったことになんてできないわよ。あたしだって、」と怒った声で言う詩文に「お願い。子供たちは何にも知らないの。パパに女の人がいることは知ってるけど、そのうえあたしまで・・・そんなの子供たちが可哀想すぎる。ゆかりや明が」と懇願して満希子は鼻をすする。武に女がいるのをバラした(子供たちの前で当たり前に口にした)のは満希子じゃないか。満希子の予定通り事が進んでいればどのみち翌日には“母が男のもとに走った”ことは子供たちの知るところとなっていただろうに。自分の不名誉を隠蔽するために子供たちをだしに使ってるのは明らかですが、その思惑をわかってはいても詩文も母親として子供のことを出されると強く言い切れないでしょうね。
・ネリも呆れた顔で「あたしも訴えた方がいいと思うけどな。隠せないでしょもう」と意外に優しい口調で説得するように言うが、それでも満希子は首をいやいやと振って、「帰りたーい。寿町のあの家にしか、あたしの居場所はないのー」と泣き崩れる。子供たちには必要とされてないとか夫と一つ屋根の下にはいたくないとかさんざん言ってたのに、いまさらあの家が自分の居場所だというのだからどれだけ調子がいいのか。
・ネリは「700万も、諦めるには大きすぎる」と言いますが、彼女たちの知らないことながら満希子は700万以外にも家の財産の4分の1(西尾仏具店はキャッシュで5000万は持ってるといってたので1200万くらい?)を持ち出してたはず。
詩文が305号室に乗り込んだときテーブルの上になかったので大森たちがしまいこんだ、当然そのまま持って逃げたと考えられます。あれこそ700万以上にごまかせないだろうに。「いらない。なんにもいらないから」と満希子は首を振りますが、この時点で彼女も財産4分の1の方は忘れそうな感じです。
・「あたしは絶対に、許さないから」と怒りもあらわな詩文は、「・・・ごめんなさい」と素直な満希子の声にちょっと意外そうに顔を見る。「原に助けてもらって、原をまきこんで、でも・・・でも・・・」「何にもなかったことにしたいの。一っ生のお願い!」泣きじゃくりながら叫ぶように言う。
詩文は唇をひきむすんだまま顔を伏せ、しかし目はしっかり開いて内心の怒りに堪えている風情。ネリももはや何も言わず黙っている。そして詩文は「わかったわよー」「じゃあ、何事もなかったような顔して帰るのね」とついに折れる。どう考えても詩文の主張に利があるだけにネリが驚いています。泣く子と地頭には勝てないというか、こういう押し問答は結局ゴネ得に終わるというか。
・「完っ璧にしらばっくれんのよ」と世渡り術を伝授する詩文に満希子はうなずく。「だけど、しらばっくれんの難しくない?700万の事、旦那さんだって気づくでしょ」というネリの言葉に詩文は「・・・お金のことは・・・ダンナの女のことでむしゃくしゃしてたから株に手を出したって言えばいいわ」とすごい提案を。「株?」とネリは呆れたように言いますが、「隠すなら徹底的に隠すの。できる?」ときつい口調で言う詩文に満希子は決意の表情でうなずく。
確かに家内安全のためには中途半端が一番いけない。事の起こりとなった武の浮気沙汰も愛人宛てのメールを間違って妻に送信するという武のうっかりミスから起こったことだった。あれさえなければさすがに家族を捨てて大森に走る選択はなかなか出来かねたでしょうから。長期にわたってボロを出さず隠し切るには相当な注意深さが必要になると思いますが、自己保身の塊みたいな満希子は案外得意分野かも。
・病室から出てきた詩文に表で待っていた刑事たちが反応。詩文はこれからが戦いだという覚悟を定めてるような面持ちでゆっくりそちらに顔をむける。そしてつかつかと刑事の前に歩み出ると無言で右手を差し伸べる。「この爪の間に大森の皮膚が入ってます。大森をつかまえてDNA鑑定してください。私が、強姦されそうになったときに抵抗して引っかいた傷が大森の左頬にあるはずです」。
ネリに「事情聴取は適当にかわすわ。早とちりで110番したっていうし。訴える気はないって言えば、それまでよ」と説明していたので、満希子の懇願をいれて自分が怒られる覚悟で警察をごまかすつもりかと思ってましたが、やはり詩文はすんなり泣き寝入りはしなかったか。それでも「私が」のところを強調することで満希子には類が及ばないようにしているのがさすがの気遣いです。
・飲み屋のカウンター席の角に並んで座る武と君子。並んでといっても角の位置なので距離が近いような遠いような微妙な感じ。別れた(別れる予定の)カップルの距離感を象徴してるようでもあります。
・「そうだ忘れないうちに」と武は鍵を財布から取り出し彼女の前に置く。「今度のマンションからは、海が見えるのよ」と鍵を手に取りつつ笑いを含んだ声で君子は言う。マンション引っ越すことにしたんですね。確かにあんな騒ぎになってしまったらご近所の手前住みづらいですからね。武は君子に合鍵を返し、君子は武との思い出の染み付いたマンションを離れる。絵に描いたような綺麗な幕引きです。「じゃあ、まだ片付けがあるから。ごちそうさま」と君子が多くを語らず微笑んで席を立つ動作にも彼のことを綺麗に割り切った(割り切ろうとしてる)颯爽感があります。別れ際、最後の最後に「もし奥さんより先にあたしと出会ってたら結婚してた?」と尋ねる一抹の未練気と、本当か嘘か「もちろんだよ」と即答する武の優しさもこの別れのシーンを美しいものにしています。・・・なのにまさかあんなオチがつくとはなあ。
ところで途中、君子が席を立ったところで武は意を決したように何かを尋ねようとして「いや・・・いいや」と言葉を飲み込んでますが、これは手切れ金200万のことを質したかったのでは。君子の態度や経済力からしてやっぱり受け取ったようには思えなかったんでしょうね。とすれば満希子の言葉は嘘とわかったうえで、もとは自分が悪いことだからと黙って飲み込むことにしたということか。
・なんと詩文の家で布団に寝てる満希子。詩文はその隣に自分の布団を敷いている。「トイレ行きたい」という満希子にそこよというと「こわいー」と甘えた声。トイレが屋外にあるというならともかく、どれだけ子供なんですか。満希子のわがままぶりに詩文が口とがらせながら部屋から出て行くときも「どこいくのー?」「ひとりにしないでよ~」と泣きそうな声出してるし。
少しして戻ってきた詩文は「これ。冬子のだけど」と枕元に何かを置く。これ何なのかよく見えなかったんですが「まーなんだか可愛くて恥ずかしいー」という満希子の華やいだ声からすると何かファンシーグッズ的なものでしょうか。トイレに行くのも怖がる満希子の心を慰めるために取ってきてくれたわけですね。詩文もつくづく親切、というかもはや大きな子供と思って接してるのかも。
「あんなに帰りたかった寿町の家なんで帰んないのよー」「だってえ、今うちに帰ったら動揺して、全部しゃべっちゃいそうだもん」「明日は帰んなさいよ」なんて会話も大人と子供のよう。「大学生の彼がいたんだから(可愛くても)いいんじゃないの」とちょっと意地悪言うあたりは、わがままにつき合わされてるせめてもの意趣返しみたいなもんですね。
・急にいたずらっぽい笑顔になって「ねえ、なにか話して。全然違うこと」とせがむ満希子。後輩たちに食事をおごりながら面白い話を強要するネリみたいな台詞。詩文は宙を見つめて少し考えるが「ああ、結婚するわ」と唐突に言う。「誰が」「あたし」「うそ!」 ここで満希子が飛び起きる。俄然関心を持った様子。「穏やかな暮らしってものを一度してみよっかなって思って」と気のないような調子で詩文は言う。
河野母にも結婚の動機を「穏やかな暮らし」と語っていましたが、澤田個人に対する愛情をうかがわせるような発言は本人に対しても他人に対してもこれまで一切してないんですよね。詩文の気のなさそうな調子からすると、照れてるとかでなく本当に愛情はないみたいに思えます。父を老人ホームまで送ってくれたことなんかに関する“好意”はあるんだろうし、穏やかな暮らしを営むにはなまじ激しい(英児に対してのような)執着などない方がいいと思ってるんじゃないですかね。
・「退屈しそうで心配なんだけど」という詩文に「大丈夫よ~。頼もしい旦那さまに守られてたほうが結局女にとっては一番幸せだもん。退屈なくらいでちょうどいいのよ」と先輩的笑顔に。まさに今度の件で思い知らされたってとこですね。
よそに女がいる、子供たちからも軽く扱われてる感のある武が「頼もしい旦那さま」に当たるかは疑問ですが、浮気しようとも家業はきちんとこなし夫として父としての役割も放棄することはなかったわけですから(男に走って店の金を持ち出し家事を放り出した満希子とはまさに正反対)、家庭人としては信用に足る男でしょうしね。自分が恋敗れた直後だけに詩文の結婚話が内心不愉快なんじゃないかと思ったら「よかったわねえ、おめでとう」と本気で祝福しているようなのも、大森との恋の顛末を通して自分の本当の幸せが何かに気づいたがゆえなのでしょう。
・翌朝。西尾仏具店の前でじっと立っている武。満希子の帰りを待っているのか、その表情は沈んでいる。ふと後ろを振り向くとちょうど満希子が歩いてきたところ。虚脱した表情でゆっくり歩み寄る満希子を武はじっと見つめ、無言の満希子に決然と歩み寄り、しっかり目を見て「朝飯頼むよ。腹へった」。それだけ言って中に入ってしまう。
満希子の外泊理由を自分の浮気に対する怒りからだと思ってるだろう武ですが、あえてここで平身低頭詫びるのでなく(それはもうやったし)、ごく自然に、受け入れこれまで通りの生活を続けてゆきたい意志を示してみせる。何もなかったことにしたい、寿町の家に帰りたいと泣いた満希子にとっては、何事もなかったようにしてくれることが一番嬉しいのでは。泣きそうな顔でしばしそこに佇む姿にそんな心情が表れているように思えます。
・詩文が本棚を掃除しているところへ澤田がやってくる。おはようと声をかけてくるのへ詩文も今電話しようと思ってたの、と今までになく柔らかな答え。打ち解けた笑顔といい、彼と生きてくと決めたのがその態度の変容に表れています。「今夜は仕事を休もうと思ってるので、一緒に夕飯食べません?」と詩文から誘うのも。しかも手料理作るようだし。
なのに「はあ・・」となぜか気の乗らないような、申し訳なさそうな顔の澤田。さすがに男の顔色に敏感な詩文はすぐに澤田の態度がおかしいのに気付いてますね。もしかするとこの時点でもう後の展開をある程度予測してたかも。
・原家の居間。「すみません。先日のプロポーズ取り消させてください」。絞りだすような声で、しかし要点はきっぱり告げる澤田に、さすがに目を見開く詩文。取り乱したりしないのはさすがですが。「本当に申し訳ありません」と澤田は土下座し、「この何日かあなたを毎日見ていて気付いてしまったんです。あなたは誰かの妻に納まるような女性じゃないんだって」。何をいまさら、という感じはあります。毎日見てなくたってラブホで仕事してる話をさらっと話してきたあたりですぐわかりそうなものですが。「ラブホテルで働いていることも堂々と話すあなたの強さにぼくは惹かれました。ぼくは今でも心からすばらしいと思っています」「しかし、あなたには、穏やかな暮らしとか、世間の常識とか、ルールとか、何かを守り育てることとか夫とか妻とか子とかそういうものはまったく似合わないと思うんです」。
澤田が一方的に長台詞しゃべる間、詩文は口ぽかんとあけたり目をきょときょとさせたり、総じてあっけに取られた顔をしてます。人は変わるものだと言った彼の言葉にいくらか動かされて、その穏やかな暮らしをしてみようかという気になった矢先なのに、ずらずら言葉を並べて詩文はこういう人間だと一方的に決めつけてるわけですから。まあ確かに詩文に穏やかな暮らしが似合うかといえば似合うないとは思いますけども。結果的に詩文は澤田に背中を押された形で、これまで通りの自分らしく生きる方向に覚悟を定めることになります。
・「そういう人と結婚生活をやっていく自信がなくなってしまって・・」とうつむく澤田。話を聞くうちに次第に呆然たる表情からうっすら諦めの笑顔に変わりつつあった詩文はもはやすっぱりと悟った表情になり「そうですか・・」と薄く微笑む。
「自分から言い出しておいてほんっとうにすみません。この通りです」とまた頭を下げた澤田は「バカな男だとお思いでしょうが、もし、もし、詩文さんがよければですが、これから友人として付き合っていただけないでしょうか」とえらく虫のいい事を言い出す。友人としてお付き合いということは肉体関係はなしということですか。一度寝てみて精気吸われすぎて怖気づいたんでしょうか?実際無意識に感じつつも詩文に惹かれているゆえに気付かないふりしてきた不安―こんな奔放な女とやっていけるだろうかという思い―があの朝をきっかけに一気に湧き上がってきた結果がこのプロポーズ破棄に繋がったんじゃないでしょうか。、
・「友達は・・・要りません」と間をおかず即答する詩文。詩文くらい異性の友達というポジションが似合わない女も少ないだろうに。いつもの笑顔になってちょっと見上げるように「先生と、結婚するのもいいかなーと思ってたんですけど・・・」と唇を結んだ笑顔に一瞬なってから「残念でした」とまた歯を見せたいい笑顔になる詩文。
満希子ほど残酷な形じゃないですが、やはり思い描いていた幸せをあっさり不意にされながら動揺をあらわにせず相手を責めもしない詩文は実に大人でいい女だと思います。澤田の「ぼくも無念です」って返事はなんのことやらですが。
・そこに「あなたの目は節穴ですか」と聞きなれた声が。厳しい顔でのれんくぐって入ってきたのは河野母。挨拶もなくいきなり家の方まで入ってきてしまう。訪ねてきたらちょうど取り込み中で声かけるにかけられないまま、会話全部聞いてしまったというところでしょう。
閉める閉めるといいながら詩文堂がなかなか閉店にならないのは、英児が部屋に鍵かけないおかげで詩文もネリも福山も入り放題だったのと同様、外の人間が入ってきやすいシチュエーションを作るためのような気がしてきました。
・河野母は二人の間に、澤田とひざ突き合わすように座って「先生・・・先生お子さんいらっしゃいますか」と尋ね、いないと聞くと、そう、やっぱりねと納得した様子で、「この人はね、倒れかけた本屋守りながら17年間、女手ひとつで娘を育ててきたんです。立派に!」 諄々と説くようにな口調で、「立派に!」のところは強い口調で言い切る。冬子はしつけがいい、優しいとつねづね言っている河野母の言葉だけに説得力があります。
「親とか子とかそういうものから遠いところにいる人間だなんてとんでもありません!」 しばし間を置いて詩文を見てから「この人は、本物の母です」。詩文に少し微笑みすら見せながら言う母に、何より詩文が驚いた顔。あの河野母が詩文をこんな風に見ていたとは。ボケた父を冬子が連れ出したときの対応、冬子が熱を出したときの看病の仕方などで、よくよく見直したのでしょうね。
・「それは・・・そうかもしれませんが・・・ぼくとはご縁がなかったという・・・」 ぐずぐず言い訳する澤田に業を煮やしたように「ああもう」と母は話さえぎり、「詩文さん、こんな人、あなたの方から捨てちゃいなさい」と小気味よく宣言。詩文は戸惑いつつこくこくとうなずく。
「何なんですかだいたい自分から言い出しておいて」となおも責める母に辟易したのか、失礼しますと澤田はほうほうの体で席を立つ。玄関前で足を止めて振り返り未練ありげに見るものの、母に睨まれて深々一礼して去ってゆく。ここにきて澤田株が大暴落です。煮え切らない感じの態度がなんともしまらない。先の武と君子の「別れ」の方がずっと決まってましたね。
・「しっつれいな男ねー!よかったわよあんな人のところへ行かなくて。塩まきなさい塩!」 詩文本人よりよほど怒りに燃えてる河野母。詩文は「あの、ありがとう、ございました」とまだ戸惑った様子ながらも礼を述べる。母もちょっと戸惑ったように固まってから苦笑する。自分でもあの詩文のためにこんなにむきになってるのが不思議な気になってきたんでしょうね。
・そうそうあのね、冬子ちゃんに試しに公開模試受けさせてみたらすごく成績よかったのよー、と話題を変える母に詩文もちょっと笑って、圭史さんの子供ですからと返事。しばし笑いあってから「河野さんはそれを伝えるためにわざわざ来てくださったんですか」。母は決まり悪げに目をそらして「実はね、あのあなたが話す前にあたし冬子ちゃんにいっちゃったの結婚のこと」。さすがに口開けっぱなしになる詩文に「だってこんなことになると思ってなかったんですもの」とちょっと言い訳モード。
そこへ暖簾くぐって満面の笑顔の冬子が「サップライーズ!」と言いながら豪華花束とケーキの箱を持って入ってくる。さらに後ろから「サンラーイズ」とお父さんも。「サプライズよおじいちゃん」といわれて「サプラーイズ」と詩文に挨拶しなおす。確かに詩文父の登場はケーキより花束よりサプライズですね。前回のことがあるから今度はちゃんと何時ごろにどうやって施設まで送るかまでちゃんと計画立ててあるんでしょう。それを察してるのか今度は詩文も父を連れ出したといってとがめたりはしてません。
お父さんまで出てくるといかにもオールスターキャスト、最終回という感じがします。ナレーター(美波)も最後の最後に登場しますしね。
・「ママ。結婚おめでと」と笑顔の冬子を見つつ「こういうわけなの」と困り顔の河野母。詩文に花束を渡す冬子の表情に翳りはなく、本当に母親の幸せを素直に喜んでる様子です。
詩文が再婚してしまえばこの家もまず処分されるわけで冬子が帰る場所はもう河野家しかなくなってしまうわけですが、今の冬子はそれをちゃんと承知して覚悟を定めてるように思えます。前に詩文に叱られたことで自分はもう河野家の人間なのだと完全に腹をくくったんでしょうね。一つ成長した冬子の笑顔が眩しいです。
・祖父の隣に座った冬子はまだ事情を知らされてないだけに「ケーキ食べようよおばあちゃま」と明るく声をかけ、「そうね、ちょっと事情はあるけど、せっかくのケーキだから」と河野母も詩文をうながす。冬子がジャーンジャンジャジャーンと歌いながら箱の蓋を取るとホールのショートケーキに「ハッピーウェディング」と英語で書いてある。わざわざ特注した気遣いが仇になった格好です・・・。
しかし「じゃあ、再出発、ということで」と詩文は一応笑顔で母に言い母も「そう!再出発!」とそれに乗っかる。しかし普段の詩文なら「せっかくのケーキだから」いう台詞を彼女の方から切り出しそうなもの。実は結構ショックが大きいのかもしれません。あとで片付けの時にもケーキの「ハッピーウェディング」の文字をわざわざ指でぬぐって消してましたし。でも自分の指をちょっと暗い表情で見つめた後ひょいと口につっこんでなめているので、そこで気分をリセットしたものと思われます。
・居間のテーブルを片づける詩文に台所で洗い物する河野母が「どうぞお気遣いなくってあなたは言うだろうけど、どうするのこれから」と尋ねてくる。「さあー?」と詩文は頼りない返事ですが、「・・・そうね、さっきまで結婚する気でいたんですものね。わからないわよね」と河野母も同調してみせる。「しょせん真っ当な人とは縁がないみたいです」と詩文は苦笑し、母もちょっと笑いながら「そうね、あの先生もあなたと結婚しなくてよかったのかも」「圭史みたいな人この世にもう一人できたら可哀想じゃない」と言う。前半はともかく後半はひどい言い方ですがその口調に毒はない。
「・・・そうですよねえー」「私も、そう思います」と詩文も同意。母は手を止め詩文を見て「珍しく意見があいましたね」。詩文も母を見て「そうですね。最初で最後かもしれませんけどね」。詩文の方は口調に軽く毒があるような。河野母が軽く睨むように見るのも可愛げないと思ってるんですかね。やっぱり完全に和解はしない、でもちゃんと認め合う部分もある、というのがこの二人にはいいバランスのようです。
・例の焼肉屋でまた研修医たちにおごるネリ。「だまってないでなんか面白いこと言いなさいよ」と呼びかけるのも相変わらず。それに対し隣の席の福山が笑顔で「坂元と宮部いま付き合ってます」と爽やかに報告。「おしゃべり!」と宮部が抗議の声あげる。「坂元先生になったの」と驚くようなあきれたような顔でのぞきこんでくるネリに宮部はテレ笑いしてちょっとうなずく。今までの険が取れた印象があるのは、福山と別れたことでネリに嫉妬心が働かなくなったからでしょう。
しかしよくあっさり別れて次の男にいったなあ。福山はどんな別れ方をしたんだか。「先生の言いつけ通り宮部とは別れました」とさわやかな笑顔で堂々ネリに宣言してる様子からだと「灰谷先生に別れろって言われたからおまえとは別れる」とストレートに宣告してる姿が浮かんできてしまうんですが。
・あらためて他に面白い話はないのかと言うネリに井上が「先生、お手本みせてくださいよ」と拗ねたような口調でいう。ネリはいたずらっぽい笑みで皆を手招き、トングをマイクのように握って、「来年の三月までで病院をやめます私」と笑顔で言い切る。まず福山が驚き顔でネリをみる。他の医師たちも表情が固まる。ネリは皆の顔を眺め渡して「面白くないか」。確かにこれは面白がるどころではない。
・宮部の「何でやめちゃうんですか」という質問に「偉くなるのに興味がなくなったの」と返答するネリ。「手術もやれるだけやったしこれ以上上手になるとも思えないから、これから先は予防医学にスイッチしようと思う」。福山は「脳ドックですか」と問い、ネリも「そう。開業しようかなって」と笑顔でトングを福山に向ける。
面白かった?と勢いこんだ口調でネリは言いますが、みんなシンとしてる。ダメかと呟くネリ。本気で笑い取れると思ってたりしたんでしょうか。
・朝?仏具店の店先を掃き掃除する詩文を武が「原さん原さん、ちょっと」と呼ぶ。店の端の目立たない場所へ移動して「あのさ。満希子昨日朝帰りだったんだけど。なんか聞いてない?」とこっそり切り出す。「・・・うちに泊まったんですよー」と詩文はさりげない笑顔で答え「彼女言ってないんですかー?」と自然な形でフォロー。
「そんならいいんだけど」。ほっと肩おとす武に詩文は軽く笑い、「一晩中泣いてましたよ。パパが許せないーって」「一生トラウマになりますね、あの女のこと」と武の内心をさぐるような笑顔をする。ちゃんと武が悪者になるような―満希子に責めが行かずに済むような―表現にしているのが詩文の優しさですね。
「君子とは別れたから」ほんとですかあー?と思い切り意地の悪い笑顔になる詩文に「ほんとだよ、原さんに怪我までさせて満希子まであんなになっちゃったらやっぱりさ」「先代からあの店と満希子を任された身だから」と大真面目な調子で答える。このへん武がなんだかちょっと格好いいです。
・武は詩文に向き直って「だけど、ぼくの洗濯物もさわろうとしなかった満希子が、原さんのところから戻ったら突然しおらしくなっちゃって気味悪いんだよ」「なんか言ってくれたの?」詩文はちょっと意表つかれたような顔をしたもののごまかし笑いしつつ「あたしは別に、でも一晩外泊して心配かけたら気がすんだんじゃないんですか」と上手にフォロー。
自分がいい子になろうとせず、なおかつ多くを語らずあくまで推論として満希子の気持ちを述べることで、後で矛盾が出る可能性を最小限にしようとしてる。さすがの機転です。武もあっさり「そういうことか」と納得した笑顔になる。「よかったですねー、やさしくなってー」と含むところありそうな笑顔を詩文は浮かべますが、男なんて単純だと思ってるのかもしれません。さしもの彼女もまんまと武に騙されてる(本当は君子と別れてなかった)が後々視聴者には示されるわけですが。
・台所で調理中の満希子。ゆかりがテーブルにお箸を並べてくれるのにお礼を言い、ちょうど入ってきた武にも「パパ、ゆかりがお手伝いしてくれてるの」と報告する。小学生でもあるまいに普段は箸を並べるだけのこともしてなかったのか。
それにしてもママみたいにはなりたくないと言ってたゆかりが急に軟化したのは何か理由があるのだろうか。なまじ反発するより適当に機嫌とって家事をちゃんとやってもらった方が住み心地がよいと割り切ったんですかね。
・ゆかりのことを、これから花嫁修行しないとねーとお皿並べながら言う満希子に「花嫁修業って」とあきれた顔をする明。まだ高校生、それも今時の娘に大学や就職より先に花嫁修業の心配するってのも妙なものです。なまじ口をはさんだために「明は西尾仏具店を継ぐんだから。いいかげんなお嬢さんじゃママ許さないからねー」と矛先が明に向かいますが、そこで明は「おれさあ、決めてる女いるから」と中学生とも思えない発言を。満希子は目をむいて「誰なの ?どういうお嬢さん ?」と夫と息子のいるリビングへ小走りにやってくる。
この「明の彼女」については直後に大森逮捕のニュースが報道されたことでうやむやになってしまい謎のままなのですが、何かの伏線なのか。明が大森逮捕に異様にショックを受けていたこと、大森にかなり懐いてる様子だったこと、一時のやたらやさぐれた言動(今は普通に見えますが「おれさあ、決めてる女いるから」という口のきき方などは最初の頃に比べて少し荒んだ匂いがある)などを考え合わせると、明の想い人というのは大森の紹介で知り合った相手で上手いこと小遣いを貢がされていた、大森逮捕のニュースで自分が弄ばれてたことに気がついた、とか(やさぐれた態度は大森やその女の影響)だったんですかね。
・ちょうどリビングのテレビから「逮捕されたのは大森基容疑者を中心とした現役大学生四人です。大森容疑者らは架空のベンチャー企業を偽り(中略)犯行を行い多額の金を騙し取った疑いです」というニュースが流れ、一家4人それぞれに驚きの表情でテレビに見入る。
しかし詐欺のほうしか表沙汰になってないのか。詩文はレイプ未遂で訴えたはずなのに。「警視庁はさらに余罪を追求しています」というからそのうち明るみに出る可能性はあるんでしょうけど。
・最初の驚きが冷めた後、ゆかりは「そんな驚くこともないんじゃない?あたしは最初からもりりんってあやしいなーって思ってたよ」と言い出す。驚いて「ほんとかよ」という武に「初めてうちに来た日、テーブルの下であたしの足触ったりしたし」。
この台詞に満希子は隣のゆかりの顔をじっと見る。特別な感情は表に出していませんが娘にもコナかけてたと知って嫉妬を感じたんでしょうか?でも初めてあった日にもう足触りにくるって確かにその時点で好青年ではない。それで引っ掛かるのはゆかりのいうように「もてない女の子」、男慣れないタイプかなとは思います。
・「・・・なんにも、されてないだろうな」「お金取られたりも、してないか?」と心配そうな武に「なめないでよね。もりりんみたいなタイプにだまされるのはもてない女の子だけだから」。後半部分を強調した言い方に満希子の顔がこわばる。こんなことを言いつつ、ゆかりは自分から大森呼び出して告白したりしたことを黙ってる、というより積極的に嘘ついてるわけで、そのへんの見栄っ張りさは結局母親似なのかという気もします。
ついでに「わたしは男の子に不自由してないしー、お金にも不自由してないしー」と気のなさそうな調子で口にする少し前に一瞬満希子に目をやってますが、これは大森と満希子の関係に気づいてることを匂わせたものでしょうか?少なくとも大森が家庭教師になって以来、満希子がネイルアートするようになったり妙に浮き浮きしてたりしたのは思春期の少女の勘で気付いてたでしょう。
二人で密かにデートを重ね、果ては一緒に暮らそうとしたことまでは、振られた立場上プライドも邪魔して想像が及ばなかったと思いますが。満希子が、それこそマダムが韓流スターに騒ぐような感覚で大森に入れあげてる程度に解釈してたんじゃ。
・「いいかげんにメイドのバイトも卒業してくれよ」とゆかりの背中に声かける武。やはり武もあまりメイドバイトよく思ってはないんですね。しかしもともと満希子が家庭に絶望した直接のきっかけは夫の浮気よりゆかりのバイトの方だったはず。そちらは一向解決してないにもかかわらず、満希子は先日の騒ぎは全て忘れたかのように何も言わなくなっている。もはや自分はこの家以外の居場所がないと思い知った満希子は平凡でも平穏な暮らしを保つためには都合の悪いことは見て見ない振りをするのが一番という境地に達したのでは。
以前は近視眼なりに子供を正しい方向に導かなくてはという思いはあったものを今は自己保身第一に成り下がってしまった。ゆかりも満希子の内心はどうあれ表立って説教されたりしないならそれでいいと割り切って、表面だけはお手伝いもするいい子を演じることにした。さっきからの一連の会話がいかにも嘘っぽい、うさんくささを感じさせるのは西尾家の全員が幸せ家族を演じてるがゆえなんでしょうね。
・大森逮捕に虚脱状態の明にハッパをかけた武は、満希子の肩にがしっと手を置いて「ママも、自分が選んできた家庭教師だからって責任感じることないからな」と優しい言葉をかける。ちょっと微笑んでこくこくうなずく満希子。
たまたまいいタイミングで逮捕されてくれなかったら、満希子は大森の家庭教師をどうやって断るつもりだったのか。さすがに大森ももう顔出さないでしょうが来ない理由をどう説明するつもりだったんだろう。
・夜、部屋の鏡台の前で暗い表情でうつむいてる満希子。ドアの向こうで「ママ。ちょっといいか」と武のシリアスな声が。そっと入ってきた武はいいにくそうに「あの、さ、おとといのことは原さんにきいたよ」と切り出す。はっと硬直する満希子に「・・・すまなかった。もう泣かないでくれ、君子とは別れたから」と説明するが、満希子はちゃんと話きいてるのかどうか「原に聞いたの・・・。そのこと」と呟くように言う。大森とのことをバラされたのかという疑惑が頭を渦巻いていて、夫の浮気問題の帰結は大して気にしてない模様です。
・「原さんちで一晩中泣いてたんだってな」と言われて驚いた顔の満希子。「しかし、大森先生には驚いたよ。・・・一流の大学にいける頭があって韓流スターみたいな顔しててなんで犯罪者にならないとならないんだ?」 その台詞から自分と大森の関係はまるで知らないと察した満希子は「ああー」とほっとした笑顔でうなずく。
しかし武がベッドに腰かけながら「実はさ。会社の金が700万足りないんだ」と切り出すとまたも硬直。「通帳も見当たらない。もりりんなんかに騙されないってしらばっくれてたけど、ゆかりしか考えられないだろ」「ぼくらの仲がぎくしゃくしててゆかりも気持ちの行き所がなかったんじゃないか。・・・目が行き届かなかったなあ。だけどあの年ごろはむつかしいし」。
満希子の心配をよそに武の疑いが向いているのはゆかりの方だった。ゆかりの名誉のため真相を言うべきか言わざるべきか迷う風の満希子。さすがに娘にあらぬ疑いがかかるのをそのままにするほど満希子も外道じゃないだろう、このさい正直に告白するのか、と思ってたら「ぼくらとゆかりで話し合って、一刻も早く警察に届けたほうがいいと思うんだ」と言われ「警察?」と満希子は血相かえて振り返り、ややあって「パパ・・・ごめんなさい」と横向いて頭を下げる。
こないだ事件担当の刑事に会ってる、状況柄身元も知られてるはずとあってはもはや逃げ切れないと完全に覚悟を決めたものか。逆に言えば隠せると思う限りは娘に濡れ衣着せたまま黙ってた可能性もあるわけだ。どれだけひどい女か。
・いきなり謝られて戸惑う武に「その700万・・・・・(長い間がある)原に貸しちゃったの」なんだってー!詩文が描いたシナリオどおりに株に使ったとさえ言わずどこまでも自己保身、しかも恩人の詩文に押し付けるとは。これは意表をつかれました。もし詩文にバレてもごめん許して一生のお願いとかいうんだろうなー(あとで本当に言ってた)。
「ええ!?」と目をむく武。ここで家の台所で何か飲んでる詩文の姿が挿入される。西尾家でこんな濡れ衣着せられてるとは思いもよらないんだろうなあ(笑)。
・「だあって、原ってほんとに貧乏なんだもん。お父さんの施設のお金のこととかいろいろ困ってるっていうし」「真っ青な顔して、・・・パパの女に包丁で刺されたりしてるから西尾家としては、断れないじゃない?」 これはなかなか上手く辻褄をあわせたもの。しかも「断れないじゃない?」のところはいかにも大上段にふりかぶる言い方でパパのせいを強調して、文句が出ないようにしています。
「そうだったのかー。だったら早くいってくれよなー」と見事に武も引っかかってしまう。武はふざけて満希子を軽く突き飛ばし、よろけた満希子は「だってパパと冷戦状態だったから言い出せなかったんだもーん」と右手で強く武の体を突き武はちょっとよろける。さっきまでの緊迫ムードから一気に夫婦漫才みたいになってるのは、武の方はゆかりが騙されてなかったことに、満希子の方は大森とのことがバレずに済んだことに安堵したがゆえでしょう。
・「・・・まあ原さんには迷惑かけちゃったしなあ。でも、あの人に貸したんじゃ帰ってこないなあ」「本人は借地権が売れたら返すって言ってるけど、ムリかもねー」。武のほうから「返ってこない」と話を振ってくれたのをいいことにうまく乗っかる満希子。無言で歯をむき唇を引きしめる満希子の顔には、もうこの路線で押し通すんだという決意が見えます。一応心の中で詩文に謝ってはいるんでしょうけどねえ。・・・もう大森が全部自供して700万の行方もバレてしまえ。