沙慈・クロスロード
ユニオン領である日本の経済特区・東京に暮らす高校生。早くに両親を失くし報道局に勤める姉と二人暮らし。隣になんと刹那が越してきて、それなりの近所づきあいなどする関係に。
刹那と年が近い点も含め、刹那及び彼が所属するソレスタルビーイングとの比較対象としての〈普通人〉の象徴として登場したんだろうなーと思ってました。
実際ファーストシーズンの中盤までは、ガールフレンドのルイスとの平和な日常が、ソレスタルビーイングを中心とする戦闘描写の間でちょいちょい挟み込まれることで(その平和な日常に隣人としてしばしば登場する刹那がいかにも場違いな雰囲気を醸し出してるのも含め)、ほど良い対比効果が生まれていた。
ただ実習で訪れた低軌道ステーションで(一時錯乱状態になったピーリスの乱射により)重力ブロックごと地球に落下しそうになったり、すぐそばでテロによる爆発が起きて爆風に飛ばされそうになったりとルイスともども結構危ない目にも合っていたりして、平和な日常はいつひっくり返されるかわからないという危機感も同時に演出されている。
事実ファーストシーズン中盤で沙慈はルイスを実質失い、姉も殺されるという悲劇に見舞われるのだが、沙慈が〈平和な日常〉を失うことはまだしも、ソレスタルビーイングの非正規メンバーとしてガンダムの支援機に乗って刹那と共に戦う展開になるとは、初期の時点では思いもしなかった。
セカンドシーズンで沙慈は反政府組織カタロンの構成員と誤解されたことから再び〈平和な日常〉を失い、強制労働のあげくオートマトンに殺されかけたところを思いがけず刹那に救われる形でソレスタルビーイングと関わることになる。
ソレスタルビーイングをルイスの直接的な、姉の間接的な仇として憎む沙慈は刹那がガンダムマイスターだと知って彼に銃を向けるが、「人を殺せば君たちと同じになる」と結局引き鉄を引くことはしなかった。
後にカタロンの人たちの移動を助けるために自分から志願して戦闘に参加した際も〈覚悟はある〉と言いながら、結局ぎりぎりの局面でもトリガーを引くことはできなかった(もし引いていたら結果的にルイスを殺すことになっていたのだから引けなくて正解だったのだが)。マリナは一切の戦闘行為への参加を拒絶し銃を持つことも拒否したが、沙慈は銃を持つところまで行きながらも引き鉄を引くことはしないしできない。
「マリナ・イスマイール」の項で「大事な人を守るためだ、仕方がないんだと自分に言い訳しながら銃を取ることへの躊躇いが次第に薄れていき、そしていつか引き鉄を引いてしまう時がくるかもしれない。」と書いたが、沙慈の場合、後には00ガンダムの支援機オーライザーに乗ってたびたび出撃(もっぱらダブルオーとドッキングして操縦は刹那に任せているが)するようになり、最初は負傷したイアンに代わって刹那にオーライザーを届けるだけ(戦うわけではない)、衛星兵器メメントモリを破壊して人々の命を守るため(人間を攻撃するわけではない)、アロウズにいるルイスを説得し取り戻すため(これまでのように〈皆の命を守るためにオーライザーに乗ってくれ〉と頼まれてではなく自分から進んでオーライザーに乗ることを選んだ)と確かに少しずつ戦闘マシンに乗って戦場に出ることへの抵抗感は薄れていっている。
ただ人間を撃たない、殺さないという一線は最後まで守り抜いた(それはマリナ同様、代わりに引き鉄を引いてくれる人―沙慈の場合もっぱら刹那―がいるおかげではある)。
マリナのように信念というほど確固としたものは感じられず、むしろカタロンの基地から勝手に脱走を図ったり、未遂ながら勝手にオーライザーを動かしてプトレマイオス2から出ていこうとしたり、カタロンの件では自分が引き起こした結果に打ちのめされ泣きじゃくったりと、むしろふらふらしているような印象はあるものの、だからこそ〈信念〉ではなく〈普通人としての当たり前の感性〉として人を殺せない、傷つけられないという常識を曲げない沙慈の真っすぐな心根には目を見張らされる。
幼くして両親を失っても、十代半ばで姉と恋人も失って一人になっても、彼は歪んだり荒んだりせず宇宙で働くという夢のために着実に努力しそれを叶えた。
後には聖母とも称えられたマリナのような偉人ではないが、悩み迷っても曲がってしまわない、普通の人間としての穏やかな芯の強さを持っている彼は、刹那に次ぐガンダム00第二の主人公ではないだろうか。
ちなみに上で「人間を撃たない、殺さないという一線は最後まで守り抜いた」と書いたが、最後の戦いだけはやや微妙なところがある。
ダブルオーライザーがルイスの乗るレグナントの猛攻を受けた際、イノベイター(イノベイド)の特攻兵器ガガが三体、ダブルオーライザーを押さえ込んでいるレグナントもろとも攻撃を仕掛けて来た時だ。
沙慈はルイスを守るためにとっさにミサイルを発射し、三体のガガのうち二体を撃墜している。刹那が「特攻兵器」と呼んだことと感情を感じさせない動きから沙慈はロボット兵器と考えたのかもしれないが、ガガには一応パイロット―ブリング・スタビティと同タイプのイノベイド―が乗っているのである。
彼らは最初から特攻用に産み出された存在だから人格と呼べるほどのものをプログラムされているかもわからないが、姿形も遺伝子上も一応は人間である。
人を殺すことをあれだけ恐れていた沙慈がルイスを守るためとはいえ、純粋に人間と言える存在ではないながらも人間の形をしたものを撃って命を奪ってしまった―マリナが警戒し続けた〈武器を取ることの危うさ〉がさりげなく示されたワンシーンではないかと思うのである。