読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【わしだって絵本を読む】『なないろどうわ』 気持ちをほっとさせる、色の魅力と暖かなお話のハーモニー

2013-12-08 23:14:38 | 本のお噂

『なないろどうわ』
真珠まりこ著、アリス館、2013年


(おおむね)ひと月に一回、読んだ絵本を紹介している、この「わしだって絵本を読む」。
なるべく違う作家やテーマの作品を取り上げようと思っているのですが、今回はいちばん初めに登場した真珠まりこさんに、再度登場していただくことにいたします。
今回取り上げるのは、今年7月に刊行された『なないろどうわ』。森の中で仲良く暮らす、くま、うさぎ、さるを主人公にして、赤、橙、黄色、緑、青、藍色、紫の7色それぞれをモティーフにした短いお話が綴られています。

赤のお話「あかいりんご」。自分だけの秘密にしているりんごの木になった実を、独り占めにしようとするくま。ところが、その木を偶然見つけたうさぎは、さるとくまに食べさせようと、実を全部もいで持って帰ってしまった•••。
橙のお話「だいだいの花」。それぞれ自分が育てているだいだいの花が一番!と言うくま、うさぎ、さるは、どの花が一番の花を咲かせられるのか競争することに•••。
黄色のお話「きいろいたいよう」。顔にできたおできをリボンで隠して現れたうさぎ。ギラギラと黄色く輝く太陽のもと、気持ち良さそうに泳ぐくまとさるを見て羨ましくなったうさぎは•••。
緑のお話「みどりの葉っぱ」。たんこぶの治療に良し、お茶に良しの、ハートの形をした緑の葉っぱを焚き火に振りかけてみると•••。
青のお話「青い川」。川に舟を浮かべて川遊びの最中、なぜかくよくよとした問いかけを続けるうさぎと、それに答え続けるさるに、くまは•••。
藍色のお話「藍色の夜」。星空を眺めていると流れ星が。うさぎとさるは願いごとをするが、くまは願いごとが見つからずに悲しそう•••。
そして紫のお話「むらさきの時間」。夜明け前に目が覚めたくま。周囲の景色はまだ紫色。やがて、東の空が明るくなり、夜が明けてくると、空の色が•••。

それぞれの色の魅力が感じられる本を作ろうと思っていた、という作者の真珠さん。お話ごとに、それぞれの色が画面いっぱいに活かされていて、ページをめくるごとに目が嬉しくなるような思いがしてきます。
それら7つの色から生み出された、楽しくも暖かみに満ちた短いお話。それぞれに込められた、人間に対する信頼感と前向きな優しさは、読むものをほっとさせてくれるものがありました。
時には行き違いがあったり落ち込んだりしながらも、互いへの思いやりを忘れることのない仲良し3人組のお話一つ一つは、むしろ気持ちが疲れて刺々しくなりがちな大人たちに、じんわりと効いてくるものがあるかもしれませんね。
ちなみに個人的なお気に入りは、「青い川」と「藍色の夜」。ともすれば夢を失い、くよくよとした考えに落ち込みがちな中で、わくわくしながらたくさんの夢を見ることの大切さを、しみじみと感じさせてくれました。

子どもも大人も、一つ一つのお話をゆっくり楽しみ、味わいつつ読んでほしい絵本であります。
寝る前に1話ずつ読むなんてのもいいかも。いい夢が見られるかもしれませんね。

【読了本】『あの人と、「酒都」放浪』 日本最強の「飲み助アベンジャーズ」が語る酒場の流儀に酔え!

2013-12-07 22:53:23 | 美味しいお酒と食べもの、そして食文化本のお噂

『あの人と、「酒都」放浪 日本一ぜいたくな酒場めぐり』
小坂剛著、中央公論新社(中公新書ラクレ)、2013年


飲み会シーズンに突入しておりますね。年末年始にかけて、忘年会や新年会の予定がたくさん入っているという方も多いのではないかと思われます。いや、もう既に何回か済ませてるよ、という方もおられるのかもしれませんね。
大人数でわいわいと飲む宴会でのお酒も、それはそれで楽しいのですが、酒場で一人、あるいは心を許した仲の友と二人で、じっくり静かに傾ける杯というのも、また格別なのであります。
本書は、酒と酒場の達人13人と、それぞれが贔屓にしているお店を歩き、酒場における流儀や人生観などをじっくりと訊いていくという趣向の一冊です。

登場する13人の顔ぶれというのが、とにかく豪華。
居酒屋といえばまず外すことのできない存在である、太田和彦さんと吉田類さん。居酒屋のバイブル『居酒屋礼賛』の著者である森下賢一さん。町工場を経営しながら京成線沿線の居酒屋を訪ね歩く藤原法仁さん。「大衆食堂の詩人」の異名を持つエンテツこと遠藤哲夫さん。ムック『古典酒場』の編集長である倉嶋紀和子さん。会社員にして『酒場百選』という著書も持つ浜田信郎さん。酒場でのフィールドワークから格差や階級を考察する社会学者の橋本健二さん。いずれの方も、酒と酒場を知り尽くした達人中の達人ばかり。これに、哲学者の鷲田清一さんや詩人の佐々木幹郎さん、編集者の都築響一さん、作家の吉永みち子さん、フォークシンガーのなぎら健壱さんといった、酒場をこよなく愛する文化人の面々が加わります。
日本最強の「飲み助アベンジャーズ」といってもいい、そうそうたる面々との酒場めぐり。まさに副題の「日本一ぜいたくな」というコトバの通りなのでありますよ。いやー、著者の小坂さんが羨ましいわー。

登場するお店の店舗情報もキチンと掲載されておりますが、書名の「酒都」は「首都」にかかっている字句であり、本書に登場する酒場のほとんどは東京にあるお店です(鷲田清一さんの章のみ京都と大阪)。ゆえに、辺境の地である宮崎に住む身としては、なかなかすぐには出かけられないお店ばかりなのであります(涙)。ですが、カラーを含む豊富な写真で写し出された盛り場や店内の風景からは、それぞれが醸し出す味わい深い雰囲気が伝わってくるようです。
「酒場」は居酒屋だけにとどまりません。都築響一さんが訪れるのはスナック。スナックは「家」のようなものであり、それぞれの地元に住む常連客が集う「情報の拠点」でもあるといいます。カラオケがダメなこともあって、スナックにはほとんど行かないわたくしですが、そのよう視点で見直してみると、スナックも案外面白い場所かもしれんなあ、と思ったりしました。
そして、「大衆食堂の詩人」遠藤哲夫さんが訪れるのは、やはり大衆食堂。高級さを売りにする日本料理ばかりが語られる一方で、どこか低くみられている食堂の料理。エンテツさんは、庶民が普通に食べてきた「ありふれたものをおいしく食べる」ことの価値を語ります。うん、大衆食堂の定食や単品のおかずで一杯飲む、というのもいい感じだなあ。

それぞれの達人たちが酒場で語る言葉の数々も、酒場同様に味わい深いものがありました。
執筆中にもお酒を飲むという鷲田清一さんは、酒は哲学とぴったりだといいます。「世の中で当たり前と言われることを全部解除して始まるのが哲学やから」と。言われてみれば「なるほど」という気もいたしますが•••やはり、阿呆のわたくしにはいささか高尚な気も少々。
そして、吉永みち子さんが「もう一人の母」と慕っていた上野の老舗店の創業者である女性と、「常に束縛を強いる存在」として反発し続けていたという実の母親をめぐるエピソードも、印象に残るものがありました。
本書にちりばめられている、達人たちの名言の数々から、いくつか選んで引いてみます。

「居酒屋はばか騒ぎするところではない。味の知ったかぶりをするところではない。知らない客に話しかけるところではない。本物の居酒屋は一人で静かに飲むところ」(太田和彦さん)

「何の役にも立たない焼き物作りとか、昔の半端な真似だけしている古典芸能が無形文化財なら、居酒屋のほうがよほど文化財であり、しかもそれは、ちゃんと誰でもいつも食べて味わうことさえできるのだ」(森下賢一さん)

「言葉はちゃんと宛先ないとあかん。今は宛先なしにしゃべっている人多いもんな。政治家でも官僚でも、学生の就活のプレゼンでも、流れるようにしゃべってる。あんなのウソや」(鷲田清一さん)

「一人の酔っぱらいの意見を言わせてもらえれば、ウイスキーを表現するには豊富な言語が必要なんです」(佐々木幹郎さん)

「おじさんが若い女性を求めていくのがスナックだと思ったら大間違い。女を売り物にする店は続かない。年配の人がやっている店の方が面白いんです」(都築響一さん)

「地縁とか血縁とか、無縁とか言ってないで、酒縁社会をつくっていけばいいじゃないか」(吉田類さん)

「珍しい地酒、今流行りの酒肴(つまみ)。もちろんそれも酒場の醍醐味だが、根本に立ち戻ると、やはり、そこには人がいた。酒場とは、人と人とがめぐり逢い、そして縁を紡ぐ場所でもあるのだ」(倉嶋紀和子さん)

大人が一人静かに、余計なことを考えずに杯を傾けるのも酒場の楽しみなら、酒を媒介にして人と人がつながることができるのも、また酒場の良さ。達人たちのことばの一つ一つから、そんな酒場の魅力を十二分に感じ取ることができた一冊であります。
よし、オレももっと、大人の酒飲みとして精進しなきゃいけないな。


(本書に登場した達人のお一人である森下賢一さんは、先月末に逝去されました。東西の酒文化に精通し、居酒屋をきちんとした文化の域に引き上げた、偉大なる先達でありました。この場をお借りして、お悔やみを申し上げます•••)


『あさひるばん』 思いのほかウェルメイドだった、宮崎を舞台にした王道の人情コメディ

2013-12-01 19:09:52 | 映画のお噂

『あさひるばん』(2013年、日本)
監督・原作・共同脚本=やまざき十三
出演=國村隼、板尾創路、山寺宏一、桐谷美玲、斉藤慶子、雛形あきこ、間寛平、温水洋一、上島竜兵、國本鐘建、松平健、西田敏行


かつて、宮崎で高校球児としての青春を送っていた浅本有也(國村隼)、日留川三郎(板尾創路)、板東欽三(山寺宏一)の3人。それぞれの名字の頭をとって「あさひるばん」と呼ばれる、チームワークの良いトリオであった。が、甲子園出場を目前にした県大会の決勝戦で、ライバル校に逆転サヨナラ負けを喫してしまい、それが3人の中で深い後悔としてくすぶり続けていた。
30年後。東京でイベント企画の会社を営む浅本のもとに、一通の手紙が届く。かつて、3人にとってのマドンナ的存在だった幸子(斉藤慶子)の一人娘、有三子(桐谷美玲)からであった。手紙には、幸子は重い病の床にあることが綴られていた。幸子に娘がいたことに驚く浅本。そこへさらに宮崎刑務所からの電話が。暴力沙汰を起こしたかどで服役中の板東からであった。板東のもとにも手紙が届いていて、なんとかして幸子のもとへ駆けつけたいと、浅本に泣きながら頼み込む。浅本は、急ぎ宮崎へと向かうことに。
すったもんだの末に、板東は3日間の外泊許可を得ることができた。さらに、バイクに乗って現れた日留川も合流し、30年ぶりに揃った3人は幸子の入院する病院へ。3人を迎えた有三子は、2日後に結婚を控えていたが、母を気遣い延期することも考えていた。さらに、幸子は父親であり、高校球児時代の「あさひるばん」トリオをしごいていた鬼監督でもあった雷蔵(西田敏行)とは、行き違いから長く絶縁状態にあるという。
「あさひるばん」の3人は雷蔵のもとを訪れ、なんとか幸子と仲直りして有三子の結婚式に参加してくれるよう頼み込む。しかし、雷蔵は娘への複雑な思いを抱きつつも、頑なに復縁を拒む。一度は引き下がる3人だったが、今また悔いを残すわけにはいかないと思い直す。
翌朝。渓流釣りをしている雷蔵の横に、浅本が釣り竿を手にして現れる。自分が勝ったら幸子と復縁し、有三子の結婚式に出てくれないか、というのだ。
「おまえ、俺と勝負するつもりか?」
「いいえ、“果たし合い”です!」
かくて始まった浅本と雷蔵の釣り対決。果たして、その結末は•••。

現在も雑誌連載が続く人気漫画であり、映画版も22作に及ぶロングランのシリーズとなった『釣りバカ日誌』。その作者でもあるやまざき十三さんが、故郷の宮崎を舞台に、72歳にして映画監督デビューを果たした人情コメディであります。
20代の頃には東映で助監督としての経験があり、映画にも精通しているやまざきさんとはいえ、監督としての力量はどんなものなのだろうか、と思いつつ観始めたのですが、想像した以上にウェルメイドな映画に仕上がっていました。
『男はつらいよ』や『釣りバカ日誌』などのような、かつてのプログラムピクチャー(2本立て興行番組のために製作された娯楽映画のこと)の復活を目指したというやまざき監督。本作もまさしく、大いに笑えてしっかり泣ける、直球勝負で王道の娯楽人情喜劇といった仕上がりで、安心して楽しむことができました。
また、黒木和雄監督や篠田正浩監督、寺山修司監督といった監督陣を支えてきたベテランの撮影監督、鈴木達夫さんの仕事ぶりも、やまざき監督をしっかりと支えていて、作品をより味わいのあるものにしておりました。
何より「あさひるばん」トリオの3人によるアンサンブルは実に最高でありました。わたくしが大好きな役者さんでもある國村隼さんは、実直そうでありながらお茶目なところもある「あさ」を魅力たっぷりに演じておられました。また、ちょっとスカした感じながらも、時に真摯な態度を見せる「ひる」役の板尾創路さんや、三枚目的キャラクターの「ばん」役で、実写映画での本格的な演技に挑戦した山寺宏一さんも、なかなかの好演ぶりでした。お三方はカメラの外でもチームワークが良かったそうで、その楽しい雰囲気がいい感じで作品にも反映されているように感じられました。
観終わったあと、ぜひまたこのトリオによる続篇が観てみたい、と思わせてくれるものがありました。

多彩な共演陣も見どころであります。有三子役の桐谷美玲さんの清楚な可愛らしさは魅力的でしたし、「あさひるばん」トリオの因縁のライバルでもある、宮崎選出の大物国会議員を演じた松平健さんは、さすがと言いたくなるような貫禄を魅せてくれました。
そして、『釣りバカ日誌』シリーズでハマちゃんを演じ続けてきた西田敏行さんは、「頑固になって帰ってきたハマちゃん」といったような役どころの雷蔵を、存在感たっぷりに演じておられました。宮崎出身者以外の出演者の中では、宮崎弁のセリフが一番自然だったことにも唸らされるものが。パンフレット収録のインタビューによれば、宮崎でのロケに参加したのは6日間だったそうですが、その中でよくぞあそこまで•••と思うばかりです。あらためて、すごい役者さんだなあと感じさせられました。
そして、宮崎出身である役者さんたちの活躍も嬉しい限りです。幸子役の斉藤慶子さんの変わらぬ美しさには惚れ惚れしましたし、幸子の主治医を演じた温水洋一さんも、しっかり楽しませてくれました。
他にも、宮崎で活躍されているローカルタレントやアナウンサーの方々もちょこちょこ出演されていて、地元民としてはニンマリさせられたりいたしました(宮崎県のゆるキャラ「みやざき犬」の3体もチラリと登場)。

宮崎の人間としては、舞台になったわが故郷がさまざまな形で活かされていたことにも、嬉しさがひとしおでした。
山場である釣り対決の舞台となった、綾町の綾南川の渓流をはじめ、日南海岸、霧島牧場、シーガイアなどの名所もふんだんに映し出されていましたが、驚かされたのは実在する宮崎刑務所でのシーンが、想像していた以上に長かったこと。しかも外観のみならず、内部の工場や独房でも撮影されていたのですから。かつて刑務所に行っていた(といっても、もちろん収監されてのことではないのですが•••)身としては、よくぞここまで、と感慨深いものがありました。

宮崎が舞台ということも嬉しかったのですが、それぞれに過去に対する深い後悔の念を抱えた登場人物たちが、前に進むことで過去を乗り越えていこうとする本作のストーリーには、観ていて胸が熱くなってくるものがありました。
大人たち、特に中高年のオトコたちから元気が失われているように見えてならない、昨今の日本。本作は、過去を乗り越え、人生を諦めることなく前を向いて進んでいくことの大切さを、笑いと涙とともにしみじみと感じさせてくれました。
ぜひとも、多くの人たちに本作をご覧いただき、元気と勇気をチャージしてもらえたらなあ、と思います。