読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

倉敷・2年半ぶりの浪漫紀行(最終回) 倉敷呑み歩き第2ラウンド、そして倉敷とのしばしの別れ・・・

2022-06-05 16:40:00 | 旅のお噂
(これまでの倉敷旅のお噂は、以下のとおりであります)


倉敷2日目の呑み歩きに臨むべく、意気揚々と夕暮れ迫る美観地区へと出陣したわたし。そこは前日と同じように、まもなく5時になろうという時間帯にもかかわらず、まだまだ多くの観光客が行き交っておりました。これだとまた、この界隈のどの飲食店も大賑わいとなりそうでありました。

これから入ろうとするお目当てのお店、はたして入れるかなあ・・・少々焦る気持ちとともに訪ねたのが「酒房 八重」というお店です。

美観地区のはずれのほう、倉敷アイビースクエアのすぐ近くにある、瀬戸内の魚をメインにした料理を味わうことができる老舗の酒場。ここも、過去2回の倉敷訪問で立ち寄っているお気に入りのお店であります。実は前日にも入ろうとしたのですが、すでに予約でいっぱいということで入ることができなかったのでした。
5時の開店を待って入ろうとすると、同じように開店を待ち受けていた方が数人、さっそく入っていきました。はたして座れるだろうか・・・という若干の不安とともにその人たちに続いて中に入り、あのう一人なのですが大丈夫でしょうか・・・と恐る恐る申し出ると、カウンターの中におられたお店の男性(これ以降は「大将」と呼ばせていただきます)が、
「カウンターのはしっこになっちゃうけど、そこで良ければ・・・」
とお答えになったので、うわ〜良かった〜〜!という嬉しさとともに、カウンターの端に腰を下ろし、まずは生ビールを注文いたしました。ホッとした気分とともに、ビールの心地よい苦味がカラダを満たしていきます。

いや〜〜、またこのお店に来られて良かったですよ〜、とわたしが言うと、お店の女将さんがこうおっしゃいました。
「どうもありがとうございます〜。たしか昨日も来られてましたよね・・・入れなくてすみませんでした」
なんと女将さん、こちらのことを憶えてくださっておられました。嬉しさとともにあらためて、このお店に入ることができたヨロコビを噛み締めたのであります。
ここはひとつ、瀬戸の魚の美味さを噛みしめなければ!ということで、刺身を注文することにいたしました。岡山に来たらぜひ食べたいサワラの刺身にしようかなあ・・・などとわたしが言うと、女将さんが「サワラを入れた盛り合わせにもできますよ?」とおっしゃいましたので、おおそれも良さそうだなあ、ということで盛り合わせにしていただきました。

「左からタイ、サワラ、シマアジになります!」と言いつつ、大将が出してくださった刺身の盛り合わせは、どれも肉厚でいかにも美味しそうです。さっそく、真ん中のサワラをつまんで噛み締めると、しっかり脂が乗っていてとろけるような最高の旨さ!漢字で「鰆」と書くように、ちょうどこの時期が旬だけのことはありましたねえ。タイとシマアジもまた、脂が乗っていて旨いのなんの。やっぱり、盛り合わせにしてもらって正解でしたねえ。
「ちょうど生揚げができるとこですけど、どうですか?」と大将がおっしゃいます。そうそう、このお店は魚料理はもちろん、生揚げがまた美味しいのです。ぜひそれもお願いします!とわたしが言うと、大将は「一人分まるごとだと量が多くなってお腹が膨れるだろうから、半分にしときますね」とおっしゃってくださいました。本当に親切なのであります。
そう、料理が美味しいだけでなく、お店の方々が実に親切でフレンドリーというところが、わたしが「八重」に惹かれる理由なのです。3年半前の最初の倉敷旅行のとき、初めて入ったお店ということでいささか緊張気味だったわたしに、大将や女将さんがとても気さくに接してくださったおかげで、一気に緊張が緩んでくつろぐことができたことを、あらためて思い起こします。
そうこうするうちに、「おまちどう!」という大将のお声とともに、揚がったばかりの生揚げが出てまいりました。

揚げたてアツアツの生揚げをハフハフ言いつつ口に入れると、大豆の味わいが口いっぱいに広がって、やっぱり旨いのであります。
このあたりで日本酒が呑みたくなってきましたので、倉敷は玉島の蔵元・菊池酒造の「燦然 純米酒 黒田庄」をいただきました。磨き上げられた米の旨味とコクが感じられる美味しいお酒で、瀬戸の魚料理との相性もバッチリでした。

ふと店内を見回すと、すでにいっぱいのお客さんで賑わっておりました。開店から一番乗りで入られた女性2人組も、カウンターでいろいろな料理を満喫しながら楽しそう。
さあ、こちらも次の料理を頼まなきゃ・・・ということで、岡山特産の黄ニラを使った玉子とじを注文。「オーケー!」と元気よく注文を受けた大将が調理にかかり、やがて出来あがった料理が出てまいりました。
(・・・とはいえ、下の画像があまりにもボケまくりで、まことに恐縮ではございますが・・・これしかなかったもんで・・・汗)

青緑色のニラを見慣れた目には、文字通り真っ黄色なニラは一見不思議にも感じられるのですが、口にしたとたん感じる味と香りはまさしくニラそのもの。シャキシャキした歯ざわりも心地いいですねえ。
そしてもう一品、タコの唐揚げを注文いたしました。余計なモノをつけずに素揚げされたタコを噛みしめると、じわじわと旨味が広がってまいりました。

もうちょっと呑み食いできるかとも思ったのですが、だいぶいい機嫌になってまいりました。このあと、お店に入ろうとお待ちになっている方もおられるでしょうし、ここいらでいったん締めとすることにいたしました。
わたしからそれを告げられた大将が、「それなら最後にこちらを・・・」と出してくださったのが、デザートのスイカでありました。ああもうそういう時期かあ・・・と思いつつ、ありがたくいただきました。

お勘定を済ませているとき、大将は「きょうはちょっとバタバタしちゃって・・・すいませんでしたねえ」などとおっしゃいました。それにわたしは、いやいやとんでもない!ここにまた来れただけでも嬉しかったですよ!と本心からお伝えしました。ほんと、近くに住んでいれば毎日でもここに通いたいくらいなのに・・・。ほんと、倉敷の皆さまが羨ましいですよ。
また1年後になっちゃいますけど、また必ず寄らせていただきますね!・・・そう大将と女将さんにお伝えして、「八重」をあとにしたのでありました・・・。


さて、これからしばし夜の美観地区散策を・・・と歩きはじめたわたしは、閉店直前のお土産屋さんの店先に「生きびだんご」なるものがあるのが気になり、発作的に買い食いいたしました。

冷凍された状態で売られていた「生きびだんご」は、大きめのだんごの中に白桃の果肉が入ったカスタードクリームが入ったもの。少し解凍した状態で食べると、中身がシャーベットのようにシャリシャリしていてなかなか美味しかったですねえ。

食べ終わったあと、夜の美観地区をじっくりとそぞろ歩きいたしました。
昔から残る建物が灯りに照らされているのを見ていると、なんだかタイムスリップしたかのような風情を味わうことができました。それとともに、今回の旅がそろそろ終わりに近づいてきていることも感じられてきて、この風景をしっかりと見ておきたいという気持ちが掻き立てられました。
(実際に目にした光景は、下の画像より何十倍、何百倍も美しかったことを、あらためて強調しておきます)






夜の美観地区散策がひと段落したところで、前日の夜にもお邪魔した隠れ家的バー「Salon de Ric’s(サロン・ド・リックス)」に、ふたたび立ち寄ることにいたしました。
店内に入ると、カウンターにもテーブル席にもすでに多くのお客さんが。カウンターの中を見ると、前夜入っていたヘルプの女性スタッフはお休みということでおらず、マスターさんがお一人で、忙しく注文をさばいておられました。
その間を縫って、やはり「5月のおすすめカクテル」のところにあった「甘夏のネグローニ」を皮切りに、カクテルやウイスキーを注文しては、ほかのお客さんの交わす会話に耳を傾けつつ、ゆるゆるとグラスを傾けました。
ふと、カウンターの右のほうから、地元の方と思われる男性お二人づれの会話が耳に入ってきました。いわく、この2年間に「緊急事態宣言」やら「マンボウ」やらで外へ飲みに行けず、ウチ呑みばかりの日々が続いたけど、こうやって飲みに来れるようになって、こうして会話を交わしながら飲める社交の場としてのお店の存在がどんなにありがたいかがわかった・・・と。
大いに同感!とわたしは言いたくなりました。こういった場所で人と会い、美味しいお酒や食べものを味わいながら、顔と顔を合わせてコミュニケーションを図ることが、人間にとってどんなに大事なのか・・・そのことを、この2年間で多くの人たちが実感したに違いありません。
さらにそのお二人いわく・・・マスクしながらであってもこうやって観光で賑わうようになって良かった。もうこのへんで早いところ(指定感染症における扱いを)今の「2類」から「5類」に下げて、普通の風邪やインフルエンザと同じように気をつければそれでいいのでは。まあ医師会あたりが抵抗するだろうけど、そこは政権与党に頑張ってもらいたいものだ。SARSやMERSのときもやたら大騒ぎしてたけど、今となってはみんな忘れちゃっているではないか・・・。
これにも「そうそうおっしゃる通り!!」と、全面的に賛同して叫びたくなりましたよ(とはいえ、おジャマになってはいけないかなと思い、実際には遠慮して静かに頷いただけだったのですが・・・)。センモンカやマスコミ連中の煽りに乗って、それこそSARSや MERSとおんなじ扱いの「2類」指定をダラダラ続けたことで、どれだけ経済や社会の営みが破壊されてきたことか。
それでも、こういう冷静で真っ当な意見交換が、酒場の中で交わされるようになっているのを目の当たりにすると、やはり世の中の空気は確実に変わってきているのだ・・・ということを実感させられて、しみじみと嬉しい気分になったのでありました。

そうこうするうち、一人のお客さんが入ってきてわたしの隣に腰をかけました。見れば、前日の夜もカウンターで一緒だった、地元のインテリア業の男性の方でした。「ウチにいてテレビ見てるのもつまらないので、きょうもまた出てきたんですよ」とおっしゃいます。そうだよなあ、テレビもほんと、見るべきものがなくなっちゃったもんなあ。
倉敷ってほんといいところなので、将来はここに移住しようかなあ、なんて考えたりしてますよ・・・などとわたしが言うと、「ここはけっこういいところだと思いますよ。台風はあまり来ないし、地震もあまりないし」などとおっしゃいました。それを聞くと、なんだかますます倉敷へ移り住みたくなってまいりました。そうすればこのお店にも、はたまた先ほど立ち寄った「八重」にも、毎日のように通えるだろうしなあ・・・。
このままいつまでもここにいたい気持ちもありましたが、だいぶ酔いもまわってまいりましたし、このあたりでおいとますることにいたしました。わたしはマスターさん、そしてお隣の男性の方に、また来年の再訪を約束してお店をあとにいたしました。
ホテルへ戻る途中、ライトアップされた大原美術館の建物が、一層神々しく見えたのでありました・・・。


そして迎えた5月5日の朝。とうとう、倉敷旅行の最終日となってしまいました。
宮崎に戻るまでには時間がかかることもあり、お昼前には倉敷を離れなければなりません。その前にしっかりと、美観地区の光景を目に焼きつけておかなければ・・・と、ホテルのチェックアウトを済ませると、さっそく美観地区へ朝の散策に向かいました。やはり早い時間帯だけあって、まだ歩く人は少なめでありました。



過去2回の倉敷旅行のときもそうでしたが、最終日の午前中にはとても感傷的な気分になってしまいます。これからしばらく、この美しく大好きな街とお別れしなければならないのか・・・と。最初の倉敷旅行の最終日などは、恥ずかしながら名残惜しさのあまり、美観地区の光景を見ながら涙ぐんだりしたものであります(トシをとるととかく涙もろくなるもんで・・・)。
今回の最終日も、そうやって感傷的になることだろうな・・・と思いつつ散策を始めたところ、大原美術館の前で一人の男性の方に声をかけられました。緑色のジャケットを着た、60代くらいの背の高いその方は、ボランティアの観光ガイドのお一人でありました。
そういえば、これまで一度もこういうガイドさんの案内を受けたことがございませんでした。たまにはこういうガイドさんのご案内を受けるのもいい思い出になりそうだなあ・・・ということで、ガイド料1000円を出して街をご案内していただきました。
大原美術館前から出発して本町通りを経由して、ふたたび倉敷川に戻る30分ほどのコース。かつて大原美術館で起こった絵画盗難事件の話を皮切りに、この場所でこれこれのテレビ番組のロケが行われたとか、この場所はかつて川が流れていた・・・などなど、ガイドブックや観光情報サイトだけではわからなかった話がいっぱいで、けっこう得るところがありました。
それらをユーモアたっぷりに語る案内ぶりもまたお見事で、聞いていて何度も大笑いさせられました。訊けばガイド歴30年とのことで、さすがはベテランさんだなあと感心いたしました。
ガイドさんはところどころでわたしを立たせて、町並みや建物をバックにして写真を撮ってくださいました。ふだん、どこかへ出かけても自分の姿が入った写真は撮らないわたしなのですが、今回はこういうわけで、締まりのないバカづらをしたオノレの貧相な姿が入った写真がいろいろと含まれることとなりました。いささかこっぱずかしいのですが、まあこれもいい思い出でありましょう。

最後には、いろいろなパンフレットや絵はがきをいただきました。楽しいガイドともども、どうもありがとうございました!

ガイドさんと別れたあと、お土産を物色しつつ最後の美観地区散策を楽しみました。お土産にもうってつけという感じの美味しそうなお菓子が和洋問わず売られていて、何を買おうかと迷うのですが、結局は倉敷みやげのド定番といえる「きびだんご」と「むらすずめ」を購入。地酒を売るお店も何軒かあって、そちらにもすごく気持ちを惹かれたのでありますが、残念ながら今回はパスいたしました。
途中、岡山市にある老舗のパン屋さん「清水屋」の「生クリームぱん」というのが売られているのが気になり、ついつい買い食いいたしました。冷やして売られていたそれは、ふんわりしたパンの中にとろけるような甘さのカスタードクリームがたっぷり詰まっていて、たまらない美味しさでありましたねえ。カスタードのほかにも、抹茶やイチゴ、マンゴークリーム入りのも売られておりました。


日が高くなっていくにつれ、美観地区もだいぶ人通りが多くなってまいりました。この日も一日、観光客で大いに賑わいそうでありました。

時刻は10時半。まだちょっと早いのですが、ここいらで倉敷最後の食事を・・・と思い、美観地区の真っ只中に立つ食事処「カモ井」に入りました。

魚を主体にした、いろいろな定食や丼もの、麺類などがメニューに並ぶお店。しばし考えたあと、看板メニューと思われる「カモ井定食」を、岡山の地ビール「独歩」とともに注文いたしました。


魚介類や山菜などが乗っかったちらし寿司に、刺身や炊き合わせ、酢のものがメインとなった「カモ井定食」を味わいつつ、「独歩」をグビリ。しっかりした苦味が心地よく口の中に広がっていきます。
ちなみに、メニューの「カモ井定食」のところには、「*ちなみに鴨は入っていません」という但し書きがあって、思わず微笑んでしまいました。その名前から、勘違いしてしまう人がいるからなのでしょうか。
窓際の席からは、食事を楽しみながら美観地区の町並みと、倉敷川をゆく川舟を眺めることができます。おかげさまで、倉敷旅の最後をいい形で飾ることができました。


時刻はまだ11時台ではありましたが、このあたりで倉敷をあとにしなければなりませんでした。わたしは最後にもう一度、倉敷川にかかる橋の上に立って、美観地区を眺めわたしました。上に広がる空はこの日も、「晴れの国」にふさわしい快晴でありました。

まだまだこの街にとどまっていたい・・・もっともっとここを歩き回りたい・・・そんな想いが湧きあがってまいりましたが、仕方がございません。来年訪れるまでしばしの間、お別れであります。
3日間のあいだ、最高の天気で迎えてくれた倉敷という街と、親切に接してくださった地元の皆さまに、心からのお礼を申し上げたいと思います。本当に本当に、ありがとうございました!!

倉敷をあとにしたわたしは、岡山駅から新幹線に乗り、博多へと向かいました。博多からはまた、高速バスで宮崎へと帰ります。
倉敷駅のそばにあるフルーツサンドのお店「もとや」で買ってきたフルーツサンドを、新幹線の車内で味わいつつ、わたしは2年半ぶりとなった倉敷旅の、楽しかった思い出の数々を思い返していたのでありました・・・。

                                   (おわり)