読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【読了本メモ的レビュー】『カレーライスの誕生』

2019-10-29 22:05:00 | 美味しいお酒と食べもの、そして食文化本のお噂


『カレーライスの誕生』
小菅桂子著、講談社(講談社学術文庫)、2013年
(親本は2002年、講談社選書メチエとして刊行)


子どもから大人まで、世代を超えた大多数の日本人が大好きな料理であるカレー(もちろん、わたしも大好物です)。カレーはいかにして「国民食」となっていったのかを、多数の文献資料を繙きながら描いていく食文化史です。

インドで生まれたカレーはイギリスを経て、幕末から明治にかけて文明開化とともに日本に入ってきました。日本で最初にカレーのレシピを紹介した明治5年の料理書には、鶏肉やエビ、タイ、カキとともに、なんとアカガエルの肉を具として用いることが記されています。
以来、日本人の味覚に合ったカレーを作るためにさまざまな工夫や試行錯誤がなされてきました。カレー粉に鰹節の煮汁や醤油、味噌を加えたり、浅草海苔(!)を上からかけたり、薬味として味噌漬けやアジの干物、タタミイワシ(!!)を添えたり・・・。
その中でも最も秀逸な工夫だったのが、ジャガイモ、ニンジン、タマネギという「カレー三種の神器」を具として用いたことでした。明治のはじめにはまだ、これらの西洋野菜は一般の家庭には普及していなかったのですが、その後北海道を中心にして栽培が広まり、明治の終わりごろには、「三種の神器」入りのカレーが登場していたのだとか。
著者は、もし日本のカレーに「三種の神器」がなく、ご飯と黄色のカレーだけだったとしたら、日本におけるカレーブームはなかった、と断言します。タマネギのみずみずしい白、クリーム色がかったジャガイモ、オレンジ色のニンジンのハーモニーに、福神漬の赤という取り合わせは、目と口で四季を味わう長い習慣のなかで育ってきた「目で食べる」日本人ならではの色づかいだからこそ、大成長を遂げることができたのではないか・・・と。なるほど、日本式のカレーはそういう意味でも、純然たる「日本料理」なのかもしれないなあ、と思いました。

カレーが日本中に広まっていく中で、地域によって異なる受容のされかたをしていったことを、東京と大阪との比較により述べていくくだりも興味深いものがありました。東京では、新宿の中村屋や銀座の資生堂パーラーが提供する本格的なカレーが評判となり、高級路線が定着していく一方で、大阪では阪急百貨店の大食堂が提供する安価なカレーが大人気となり、大衆化路線を歩んでいくことになった、と。ちなみに、カレーの上に生卵をかける、という食べ方も、明治時代に大阪のレストランが始めたとのこと。
さらに、すでに昭和のはじめの頃には、熊本県では馬肉カレーが、福島県ではほっき貝カレーといった「ご当地カレー」が食べられていたといいます。そんな、日本式カレーの食文化をめぐるトリビアもたっぷり詰まっていて、楽しみながら読むことができました。

誰もが大好きなカレーが、さまざまな知恵と試行錯誤によって「国民食」となっていったことを知ることで、いつものカレーの味わいがより一層、深みを増してくるかもしれません。・・・ああ、無性にカレーが食べたくなってきた。