貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

貞門風から談林風へ、そして大転換へ。

2022-03-09 15:54:24 | 日記
令和4年3月9日(水)
 師匠は、
「最後に、随時、あちらこちらで述べてきた
 芭蕉と荘子の
 思想的、文学的関係を
 まとめておくことにする。」
と。
 事は、寛文十二年(1682)春、
江戸に下った二十九歳の芭蕉は、
貞門風の俳諧から談林風に転向する。
 瞬く間に、宗匠として名をあげ、
俳号を「桃青」とあらためる。
 その後、談林風の俳諧師として
有名になっていくが、
心中は満たされず、
延宝八年(1680)三十七歳の冬、
日本橋小田原町から江東の深川村の
草庵に移り住む。
 作風は一変。
 談林風から脱却し、
寂びた枯淡なものとなる。
 この大転換には、
荘子の影響が大きい。
 「名声も富もほんの少しあればいいので、
二つながら追い求めると、
人間はかえって不幸になる。」
という趣旨。