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チャールズ・チャップリン&D・ロビンソン『小説 ライムライト チャップリンの映画世界』その8

2019-06-20 06:35:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

 演技しているときの重圧と緊張で彼の精神が崩れるのは時間の問題だった。そして、実際に崩れた。(中略)アイデンティティを見失い、数週間行方をくらましていた。発見されたとき、彼は記憶もあやふやになっていた。それから三年間、カルヴェロは施設に収容され、外に出たときはまったく別人になっていた。一気に年老いてしまったのだ。(中略)今回はブランデーの刺激なしに復活しようと決意していた。しかし、カムバックを果たした日に、彼は屈してしまった。酒を飲まずにはいられなかった。観客に面と向かうのが恐ろしく、どうしようもなくなってしまったのである。しかし、酒を飲んでも変わらなかった。舞台を楽しむという精神が消えていたし、機知も熱意もなく、カルヴェロ本人もそれがわかっていた。速いテンポで演技しようとしたが、それでもスピードが足りず、観客は途中で帰り始めた。こうしてカルヴェロは徐々に人気を失っていった。仕事は減っていき、支払われる額も減っていって、ついには寄席演芸(ヴォードヴィル)の仕事がまったくなくなった。(中略)断続的に、彼はさまざまな劇場で端役をもらった。槍を担ぐだけのような役だ。(中略)もちろん、この種のつまらない仕事をするとき、彼は決して自分の名前を使わなかった。名前が出ないほうがましだった。そして、彼の名はほとんど忘れられていた。しかしクイーンズヘッドでは、彼はまだちやほやされる存在だった。寄席芸人(ヴォードヴィリアン)、俳優、エージェント、批評家、騎手、競馬の予想屋など、かつての彼を知っている人々とここで交流したのである。[ここでクイーンズヘッドの場面につながり、クローディアスが紹介される](終)

 以上、チャップリンの小説2つの紹介でした。(デイヴィッド・ロビンソンの評論6つ(実際には評論5つとあとがき)の紹介は略させていただきました。)400ページを超える大著でしたが、あっと言う間に読めてしまいました。

チャールズ・チャップリン&D・ロビンソン『小説 ライムライト チャップリンの映画世界』その7

2019-06-19 06:05:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

 今度は『カルヴェロの物語』のあらすじを書きます。

 若い頃、彼は音楽家になりたかったが、どんな楽器を学ぼうにも楽器を買うお金がなかった。もう一つ憧れていたのはロマンチックな役を演じられる俳優だったが、背が低すぎたし、言葉遣いが洗練されていなかった。それでも、彼は心のなかで自分が当代一の俳優だと信じていた。(中略)彼は凡俗な人たちと一緒にいると落ち着かなかった。(中略)観客の前に出るときに、ある程度酔っ払わずにいれなくなったのはそのためだった。(中略)時が経つにつれて、飲むブランデーの量は増えていった。(中略)四年間ずっと飲み続けたが、これはエヴァ・モートンと結婚してすぐに始まったことだった。(中略)結婚して六カ月経ち、彼女はカルヴェロに対して、絶対の信頼を抱いていた。(中略)彼女はまた自分のカルヴェロに対する愛についてもよくわかっていた(中略)一人の男が心のすべてを占めるなど、彼女にはあり得ないのだ。(中略)彼がやんわりと彼女を非難することがあっても、彼女は反論しようとはしなかった。(中略)「じゃあ、男と会うんだ!」と彼は感情的になって言った。エヴァは癪に障るほど答えをはぐらかし、くだらない言い訳をした。そうなると彼は数日間ふさぎ込んだので、彼女はしばらく好き勝手にすることができた。一日じゅう外出し、夕食にも戻らない。二人の溝は深まり、カルヴェロは心を少しずつすり減らす。(中略)カルヴェロの心を苦しめているのは、彼女のことがよくわからないという点だった。(中略)彼女は不倫をしており、それを彼に打ち明けたかった。彼のことは尊敬していたし、彼を傷つけているとわかっていたので、騙すようなことはしたくなかったのだ。(中略)彼女の男性関係がどれだけ乱れているかわかっていたら、ずっと以前にうんざりして別れていただろう。しかし幸いなことに、彼はその点に無知だった。(中略)パントマイムの第一場はバレエで、カルヴェロはバレエを滑稽に真似ながら出て行くことになっていた。(中略)誰にも見られずに忍び足で二番目のボックス席まで行き、(中略)なかを覗き込んだ。(中略)それからエヴァが少しだけ体の向きを変え、バレエから目を逸らさずに、自分の手をアディントンの手に添えた。二人の指は絡み合い、握り合った。それを見て、カルヴェロの化粧をした顔は真っ青になった。(中略)彼の心は決まった。彼女にこのすべてを突きつけ、別れるのだ。(中略)(第一場の舞台を終えた後)ついに観客が鎮まり返ると、彼は軽蔑するような目で彼らを見回し、こう訊ねた。「人を愛したことがありますか? (中略)愛する人と劇場に行ったことがありますか? ボックス席に座り、手を握り、指を絡めたことは? ああ、そのワクワクする気持ち! 近しさ━━彼女の指が自分の指と絡まっている! ものすごい安心感も抱くでしょう、特に彼女が掏摸(すり)だったら。相手の手をそのように握ってしまえば、何もできませんからな」と彼は言い、指と指を組んだ自分の手を観客に見せた。それからエヴァとアディントンが座っているボックス席を見上げた。「いつか試してください」エヴァは蒼くなった。カルヴェロが自分に当てつけているということ、知っているかもしれないということに気づいたのだ。「知ってるんだわ!」と彼女はアディントンに言った。(中略)そこで二人はカルヴェロに会いに行き、カルヴェロはおどけた態度で応対した。(中略)「これほど正気で、現実が見えたことはないよ」と彼は言い、再びアディントンに向き合った。「君が私の妻に恋をしていないのなら、どうしていつも妻のあとを追うんだい? どうして妻の人生を壊そうとするんだい? 私に理解できないのは……君はその気になれば、エヴァのような女性はいくらでも手に入るはずだ(中略)。そのように他人の人生をぶち壊し、家庭を破壊しておいて、責任を負わないでいられるわけがない。一方、君が妻を愛していて、彼女が離婚したあとで結婚するつもりなら、私はお二人を祝福するよ。お金はまったくかからない」(中略)「……では、アディントン! 考えておくいといい」(中略)そしてエヴァは二度とカルヴェロの家に戻らなかった。アディントンは確かにこの件を考えてみたようで、自分はエヴァを愛しているという結論を出した。(中略)そのとき以来、カルヴェロは絶え間なく酒を飲むようになった。

(また明日へ続きます……)

チャールズ・チャップリン&D・ロビンソン『小説 ライムライト チャップリンの映画世界』その6

2019-06-18 05:55:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

 リハーサルが終わって30分してから、テリーはカルヴェロに何が起きたのかを突き止めようと決心した。(中略)その間、カルヴェロは何軒もの酒場を訪れていた。どこで会ったのかはまるで覚えていなかったが、例の哀れな音楽師といつしか一緒になり、パブからパブへとめぐっていた。カルヴェロは彼らの伴奏で歌い、踊り、芸をした。(中略)カルヴェロはこれ以上ないほど面白かった。(中略)「あれこそ偉大なカルヴェロだ」と一人の客が言った。「昔の彼に戻ったぞ」(中略)熱狂的な大騒ぎの最中にカルヴェロは倒れ、意識を失い、聖トマス病院に運び込まれたのである。(中略)テリーは顔を手のなかにうずめた。「彼は死にます」と言って彼女はすすり泣いた。「私にはわかります」「心配するな。もっといい考えがある。義援公演をやることにしよう」「でも、彼は義援金なんて欲しがりません。仕事をしたいんです」「彼のための義援金を募るんじゃない。カルヴェロがいかに偉大かを証明する公演だ。この業界のすべての芸人が集まる。うん、これはすごいアイデアだ!」彼の声は急に熱を帯びてきた。「今年最高の公演にできる!」「それで、カルヴェロは出るんですか?」「もちろん出るさ! 彼の名を冠した義援公演だ━━出ないわけがない」

 この良き知らせをカルヴェロに伝えようと、テリーが病院を訪れたとき、ネヴィルがカルヴェロのベッドの脇に座っていた。(中略)「いつ軍に戻るんだね?」とカルヴェロが訊ねた。「今日、発ちます」と彼は答えた。「そんなにすぐ」とカルヴェロは言った。「毎月一度、週末の休暇が取れるんです」「じゃあ、また会えるね」とカルヴェロが言った。「そうなるといいですね」と彼は答え、手を差し出した。「さようなら」(中略)

 ここ一週間ほど、新聞は彼の過去の名声についての記事を載せ、今回の義援公演が彼にとって最後の特別出演になると書き立てていた。(中略)

 「でも、彼が求めているのは同情ではないんです。観客を笑わせたい━━本当に笑わせたいんです」「どうかな」とポスタントは疑わしげに言った。「その点については保証できない」「でも、助けることはできます」とテリーは口をはさんだ。「つまり、“さくら”を使うんです。ただ拍手をするだけじゃなく、笑う……そうすれば、ほかの人たちも笑い出します━━そういう励ましが必要なんです」(中略)

 その夜、大群衆がエンパイア劇場に詰めかけ、入場を待っていた。早朝から待っていた人々の列は、コヴェントリー通り沿いに伸びていった。序曲が始まったとき、何百人もの人々が入場できずに帰された。(中略)

 クライマックスで、カルヴェロはオーケストラ席に飛び込み、太鼓にはまった状態で、舞台に運び上げられた。このフィナーレは熱狂的な笑いと拍手喝采を誘った。しかし、幕が下り、カルヴェロが太鼓から出られないでいると、舞台主任はどこかおかしいと気づいた。「どうしました?」と彼は訊ねた。「背中です」とカルヴェロは言った。(中略)「楽屋に連れて行ったほうがいいでしょう」と舞台主任は言った。しかし、カルヴェロを持ち上げようとすると、彼は激しい痛みを訴えた。そこで医者が来るまでここに寝かせておくのがよいだろうとみなは判断した。(中略)それから医者が深刻な顔をして現れた。「すぐに救急車を呼んでください」「どこが悪いんですか?」とテリーは訊ねた。「背中じゃない」と彼は答えた。「卒中を起こしたんです。かなり深刻です」「それじゃ━━?」テリーは最後まで言わずに、小道具部屋に飛び込んだ。彼の脇にひざまずき、「カルヴェロ……」と囁く。カルヴェロは何かがおかしいと気づいた。(中略)ネヴィルとポスタントと医者が入って来て、ソファのそばに集まった。(中略)「痛みは感じますか?」と医者が訊ねた。「もはや感じません」とカルヴェロは言い、必死で顔の向きを変えようとした。「彼女はどこだ? 見えない……彼女が踊っているのを見たい……」「ソファの向きを変えろ」とポスタントが言い、それから考え直した。「……ソファを舞台に運べ」こうしてカルヴェロは舞台袖の脇、テリーの踊りが見えるところにそっと連れて行かれた。(中略)「実に美しい」と彼は囁いた。それから彼の頭は沈み込み、目が閉じられた。(中略)医者はカルヴェロの脈を取った。(中略)そして救急隊員から白い布を受け取り、カルヴェロの顔にかぶせた。舞台では、テリーが爪先立ちで回転し、柔らかく輝くような存在感を表現している。彼女は軽い……水銀のようにすばしこい!……花が開くよう! 美の糸を次々に紡ぎ出す女神ディアーナのようだった。(終)

(また明日へ続きます……)

チャールズ・チャップリン&D・ロビンソン『小説 ライムライト チャップリンの映画世界』その5

2019-06-17 05:05:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

 ところが、テリーが舞台に戻る前に、何かが起こった━━悲劇になりかねなかったことが。(中略)「できない━━続けられないわ!」と彼女は叫んだ。「何だって!」「脚のせいなの! 足がまた麻痺しているの!」(中略)稲妻のような速度で、カルヴェロは彼女の顔をはたいた。テリーは思わず手を頬に当て、その目からは涙が溢れ出した。痛みのあまり、彼女はよろよろとあとずさりした。「見なさい!」(と激しい声で言い、彼女の足を指さす)「君の脚にどこも悪いところはない!」テリーは立ち直り、舞台に向かって走って行った。(中略)

 公演が終わったあと、ポスタントはみなを夕食パーティに招いた。食事のとき、テリーは右隣りがネヴィルであることに気づいた。(中略)それからポスタントはネヴィルのほうを向いた。「ところで、君は捕まってしまったそうだな」「誰にですか?」とネヴィルは言った。「軍隊だよ。徴兵されたって聞いたが」「そのとおりです」とネヴィルは答えた。テリーは驚いてネヴィルのほうを向いた。「でも、それってひどいわ」と彼女は言った。「僕もそう思います」と彼は冗談めかして答えた。(中略)

 どこでカルヴェロが見つかるかについて、ボダリングが言ったことは正しかった。彼は〈クイーンズヘッド〉で上機嫌だったのである━━これは文字どおりの意味でも、それ以外の意味でもそうだった。そのため、劇場に戻ろうと言われても動こうとしなかった。その代わり、彼はメッセンジャーにテリーへの伝言を託した。心配はしないでほしい。疲れたので、まっすぐ家に帰って寝るから、と。ダンスの後、テリーはボダリングを探し、彼はカルヴェロのメッセージを伝えた。「すぐに帰ったほうがいいわ」と彼女は言った。「馬車を呼んで、家まで送りますよ」とネヴィルは言った。(中略)「さようなら」と彼は言い、手を差し出した。彼女も手を伸ばした。彼はそっと彼女を抱き寄せた。彼女は抵抗しようとした。「やめて……やめて……」と彼女は叫んだ。「愛してるって言ってください」と彼は訴え、彼女を胸に包み込もうとした。(中略)

 カルヴェロは静かに起き上がり、廊下を這っていって、階段を一段一段昇った。足取りは怪しかったが、意識ははっきりしていた。たったいま聞いたことが彼を絶望の淵に突き落としたのである。というのも、いけないと思いつつ、彼もテリーを愛するようになっていた。しかしいま、彼女の若い本能が声を上げるという、当然の事態が起きたのだ。(中略)

 朝食を食べながら、カルヴェロは劇評を読んだ。すべてが声を揃えてテリーを絶賛し、有望新人と呼んでいる。しかし、彼女は大喜びする様子がない。カルヴェロはその態度に興味を持った。(中略)「君は私を愛したいと思っている。でも、君が愛しているのはネヴィルだ。そのことで君を責めたりはしないよ」「それは嘘よ」(中略)

 リハーサルの前、ポスタントはオフィスでボダリングとともにメモを見ていた。「ダンスは素晴らしかった」と彼は言った。「だが、喜劇が━━あの道化はいったいどこから連れて来たんだ? あいつは外さないといかん」(中略)「そりゃ、カルヴェロ並みの芸人を期待しているわけじゃない」「でも、あれはカルヴェロなんですよ」とボダリングは言葉をはさんだ。「何だと!」ポスタントは信じられないというふうに言った。「カルヴェロです」「どうしてチラシに名前がないんだ?」「別の名前で出てるんです。(中略)」「そこまで落ちたか」(中略)「しかし、夕食会にいなかったよな」とポスタントは訊ねた。「現れませんでした。だから、テレーザが心配していたんです」「テレーザ? どういう関係があるんだ?」ボダリングは笑い、それから肩をすくめた。「彼と結婚するようですよ」「何だと! あの老いぼれと!」とポスタントは言った。(中略)

 「その仕事が満足いくものではないんだ」とポスタントはぶっきらぼうに言った。カルヴェロは蒼白になった。「わかりました……そうなると、どういうことになりますか?」ポスタントは肩をすくめた。「率直に言って、君ほどの芸術家が自分の名声を汚すのは見たくない。それくらいなら君に3ポンド払って、何もしないでもらったほうがいい」カルヴェロは考え込んで頷き、それから立ち上がった。ポスタントのほうを見もせずに、ゆっくりとドアに向かって歩いて行く。「ありがとうございます」と言って、ドアを閉める。(中略)

(また明日へ続きます……)

チャールズ・チャップリン&D・ロビンソン『小説 ライムライト チャップリンの映画世界』その4

2019-06-16 03:43:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

 彼はできるだけ早く劇場を去ろうとした。つらい体験に打ちひしがれ、自信も自尊心も消えていた。(中略)家に帰ると、テリーは熱いマリガンシチューを作って彼を待っていた。しかしカルヴェロはいらないと言った。「すべて終わりなんだよ……」「何ですって?」「今夜のことなんだ」(中略)「私に話してくれたこと、覚えていますか? 黄昏時の窓際で……あのとき何を言ったか覚えてます? 地球を動かしたり、木々を育てたりする宇宙の力について! そして人の内部にある力について━━それを使う勇気さえあればいいんだって!」自分でも気づかずに、彼女は 椅子から立ち上がり、彼のほうに歩いて行った。「いまこそ、あなたが教えてくれたことを実践するときよ━━その力を使うの━━そして戦うの━━」。そこで彼女ははっとしたように言葉を止めた……「カルヴェロ!」と彼女は叫んだ。「見て! 私が何をしているか見て! 歩いているの!━━歩いているのよ!」

 (中略)「ねえ、カルヴェロ、私たちは幸運よ! これからは私が助けるわ。あなたがうまくいくまで」(中略)「まあ、アイデアはいくらでもあるさ!」と彼は遮るように言った。「それよ! それよ!」と彼女は繰り返した。興奮を抑えられなかった。「そのあいだに私は仕事に就くわ。エンパイア・バレエ団に戻ることもできる。まだ縁が切れたわけではないから」

 (中略)テリーの予言は的中した。『ステージ』という劇場情報誌の求人広告に応え、エンパイアの仕事に申し込んで、ボダリング氏によって採用されたのだ。このダンス部門の監督は彼女のことを覚えていて、再会できたことを喜んでいた。(中略)カルヴェロはどうしていたかというと、ミドルセックスで失敗して以来、陰鬱な物思いに耽るようになった。あらゆる意欲を失い、また酒を飲み始め、すっかり老け込んだ。(中略)舞台から降り、鉄の扉を通り過ぎるとき、テリーは立ち止まって掲示板を読んだ。(中略)彼女が告知を読んでいると、ボダリング氏が現れた。「君の楽屋にメモを残したところだ。カルヴェロのことでね」とボダリング氏は彼女に言った。「明日の朝、リハーサル前に、カルヴェロを私のオフィスに来させてくれ━━九時半に。彼にぴったりの役があるんだ」「素晴らしいわ!」とテリーは言った。

 (中略)カルヴェロ「しかし、私は興味がない。劇場とは縁を切った。〈クイーンズヘッド〉には近づかんぞ。あそこで私はじろじろ見られ……“過去の人”だって指さされるんだ! 嫌だ! しかも、私はもう面白くない! 喜劇役者を引退したんだ」彼女は彼の靴紐を解き終わると、微笑んだ。「明日になれば、また感じ方も変わるわ」

 (中略)「ギャラは大したことはないけどね」と彼(カルヴェロ)は言い、指を三本立てた。テリーは嬉しそうに驚いた声を出した。「3ポンド!」カルヴェロは肩をすくめた。「これは最初の一歩だよ。もちろん、カルヴェロの名は使わないと言ったし、彼は同意した。あのボダリングってのはいいやつだ」。(中略)

 リハーサルが始まってすでに2週間が過ぎていた。この日はカルヴェロが昼休みを使って新しいアパートを探しに行ったので、テリーは一人で待っていた。待っているあいだ、ふと振り返ると、ネヴィルが近くに立っていた。彼もテリーを見て驚き、微笑んだ。(中略)「私を知っている?」「ええ……つまり……許してください……以前会ったことがあるって確信はしてるんです」(中略)「どういう人かしら?」(中略)「文房具店で働いていた女性です。そこに僕は五線紙を買いに行ってたんです(中略)彼女は僕の最初の交響曲の初演に来てくれました。コンサートのあと、一瞬だけ彼女を見かけたんです。話しかけたかったのですが、チャンスがありませんでした。次の日、文房具店に行ってみましたが、彼女は何か月も前に辞めたと言われました。残念で……もう一度どうしても会いたかったのに……」「会いましたわ……」彼女の顔から血の気が引いた。(中略)「でも、彼女はそのときとても若くて、とても不幸せだったんです」とテリーは言った。「そしていまは?」「ずっと歳を取りました」彼は微笑んだ。「2歳だけですよ」(中略)「しかし、この瞬間(私は)ものすごく幸せなんです」と彼女は考え込むように言った。「そうなんですか?」「ええ、近く結婚するんです」「そうでしたか……それはどうも、おめでとうございます」(中略)

(また明日へ続きます……)

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