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田嶋陽子『愛という名の支配』その2

2020-07-30 14:24:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。

・子どもにとって、母親はいちばん大事な人なのです。子どもは、そのいちばん大事な人にわかってもらいたくて(中略)必死なんですね。でも、絶対にわかってもらえない。神様なんです、子どもにとって、母親は。

・私は十代のころからキリスト教に興味をもち、二十代から三十代にかけて、キリスト教徒になろうかどうしようか悩んだことがあります。そのころの印象では、神様は、けっして答えてくれない。それに対して、人は、聖書を読みながら、どうやったら神様に愛されるだろうかって一生懸命になります。教えを守り、自分を変えようと努力し、自分の身を削り、自分をダルマにして、神様のごきげんをうかがう。神を慕い狂って、わかってほしい、わかってほしいって。でも、神様は黙ったまま。それなら、こちらから勝手に神様を理解させてもらうしかないのです。

・いまでも忘れられないのは、母が茶碗を洗いながら泣いていたことです。「どうしてお母さんだけが、朝昼晩、こうやって茶碗のおしり、なでてなきゃいけないの」と言って。

・国際化されているということは、個人を大事にすることだし、自分の考えを大事にすることだし、異質のものに対して理解と寛容性があることだし、それと拮抗しながら共存できることだと思うのですが、いわゆる主人と呼ばれる人たちの国際化はみんな、「ン?」と言って、ヌウッと出てくる主婦によって支えられているということです。

・民主主義の国だと言われていた古代ギリシア市民国家も、その民主主義はじつはドレイたちによって支えられていたのとおなじように、近代的で国際的な紳士たちも、じつは不払い労働にあけくれる主婦たちに支えられて、はじめてそれが可能になっているということなんです。

・しかし、せっかく都市にきた女の人も、“都会のどイナカ”に引きずりこまれる可能性があります。それは働くことをやめて、夫に養われながら、子育てと家事労働に埋没するときです。そういう従来型の良妻賢母になったとき、その夫との関係で、女は“どイナカ”にされてしまう。男という都市を背後から支えていく、あるいは、男の国際化を背後から支えていく、支えながら本人は自分をなくして“お化け”になり、その“お化け”が男とつくる関係が、“都会のどイナカ”になっていくということです。

・男は女にロマンチックにあこがれます。美化しないと、恋愛なるものもできません。男は女を尊敬していないし、人格をもった人間として認めていないからです。
 それは、なぜか。女は自立していないので、男より貧しくて、男に依存せざるをえない状況にあるからです。社会規範だって男を中心にしてつくられています。男が「右」で「正しく」て、それに照らして女は「左」で劣った存在と見なされています。「右」である男が外に出て働き、自分名義の給料をもらい、「左」と見なされる女はその男を助ける家事労働と子育てを不払いでやる。

・男たちのつくった父権制社会は、年功序列と位階制度と効率を中心とし、愛よりも暴力と脅しを核とした社会だったのではないか。男族は子どもを孕まないぶん、女より活動が自由で、稼ぎもたくさんあって蓄えができます。どんどん財産がたまります。すると、もっとほしくなる。そのためには、田畑を耕す人間や狩猟に出かける人間がもっと必要になります。(中略)すると、もっと豊かな土地がほしくなります。そこで、陣地とり戦争がさかんになり、そのためにたくさんの兵士が必要になります。そうなると、蓄えた土地や財産を後世に残したい、自分の名まえを永遠に残したいと思うようになり、血統にこだわるようになり、血筋の確かな跡取り息子がほしくなるというわけです。
 たくさんの労働者と兵士と子孫を増やすためには、効率よく子どもを手に入れる必要が生まれます。もうこれまでの夜這いではまにあわなくなります。女を手近に置いておいたほうが、なにかと便利だということに気づきます。そこから女の掠奪がはじまります。いまで言う拉致です。
 そして、産めよ増やせよ、地に満てよ、の思想が唱導されるようになり、キリスト教をはじめ、宗教から政治・文化とあらゆるものが、異性愛だけが正しいと主張しはじめます。

・男たちは、なんとかして女たちを逃がさないように、いろいろと工夫をこらします。まず、歩けないように女の足に細工することを考えます。アンデルセンの『赤い靴』のように女の足を切断してしまえばいちばんいいのですが、それではかえって足手まといになります。そこで、逃げられない程度に小さくしたのが、中国の纏足です。
 さらに服装で女のからだを拘束します。キモノやスカートがそれにあたります。同時に、モラルでも女のからだや心を拘束します。“処女崇拝”や“貞操”の観念も、そこから生まれてきます。

(また明日へ続きます……)

 →サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto

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