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美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

『「領土問題」の悪循環を止めよう!』声明について (イザ!ブログ 2012・10・6、9、11 掲載)

2013年11月30日 22時05分27秒 | 外交
その主張があまりにも馬鹿げているので、取り上げようかどうか迷ったのですが、やはり取り上げます。それは、大江健三郎などの「知識人」や「文化人」を含む1300人が先月の28日に発表した「『領土問題』の悪循環を止めよう」声明のことです。これを無視することは、嫌な現実を無視する精神の退嬰性につながる気がします。私はそれを潔しとしないので、あえて取り上げます。というか、馬鹿げた言論が跋扈するのを座視するのが耐えがたいと言ったほうが、正直なところかもしれません。

まずは、MSN産経ニュースより。

“反日声明”韓国で大歓迎 大江健三郎氏ら、領土問題「日本が侵略、反省を」 
2012.9.29 22:10 (1/2ページ)MSN産経ニュース

【ソウル=黒田勝弘】中国や韓国との領土問題を「日本がまず侵略について反省すべき」とする日本の知識人の“反日声明”が韓国メディアで大々的に紹介されている。29日の各紙はほぼ全紙が社説でこれを取り上げ「自国の侵略主義を叱る日本の知性」(東亜日報)と大歓迎している。

声明はノーべル賞作家の大江健三郎氏や元長崎市長の本島等氏、月刊誌「世界」の編集長を務めた岡本厚氏など、反日的な主張で知られる左派や進歩派の知識人、文化人らを含む約1300人が「『領土問題』の悪循環を止めよう」と題し28日、東京で発表した。

日本ではさして注目されていないが、声明は尖閣諸島も竹島も過去の日本による侵略の歴史が背景にあるとして中韓の立場に理解を示している。領土紛争に伴う民族主義感情への批判や否定も主に日本に向けられていて、結果的に中国や韓国の反日民族主義を容認するものになっている。(以下略)


では、その声明の具体的な内容はどのようなものなのでしょうか。長くなりますが、その全貌を以下に掲げます。1から11まで列挙されたそれぞれにコメントをつけましょう。

領土問題」の悪循環を止めよう!――日本の市民のアピール――
2012年9月28日

1、「尖閣」「竹島」をめぐって、一連の問題が起き、日本周辺で緊張が高まっている。2009年に東アジア重視と対等な日米関係を打ち出した民主党政権の誕生、また2011年3月11日の東日本大震災の後、日本に同情と共感を寄せ、被災地に温家宝、李明博両首脳が入り、被災者を励ましたことなどを思い起こせば、現在の状況はまことに残念であり、悲しむべき事態であるといわざるを得ない。韓国、中国ともに日本にとって重要な友邦であり、ともに地域で平和と繁栄を築いていくパートナーである。経済的にも切っても切れない関係が築かれており、将来その関係の重要性は増していくことはあれ、減じることはありえない。私たち日本の市民は、現状を深く憂慮し、以下のように声明する。


どうでしょう。どこか変な感じがしませんか。一文目からもうおかしいですね。「「尖閣」「竹島」をめぐって、一連の問題が起き、日本周辺で緊張が高まっている」とありますが、領土をめぐって一方的に問題を起こしているのは、中国と韓国です。緊張を高めているのは断じて日本ではありません。日本人の本音は政府を含めて「ああ、また厄介な連中が厄介な騒ぎを起こし始めた。困った、困った」ですよね。これは、実質的な意味での主語のない文の典型例であって、そんなことでは、事実を正確に認識することはかないません。それが、この声明文の狙いのようですけれどね。

次に「2009年に東アジア重視と対等な日米関係を打ち出した民主党政権の誕生」となにげなく語られています。これも、アレ?とお思いになりませんか。だって、鳩山元首相が「東シナ海は友愛の海」とブチ上げて反米的なメッセージを発信し始めたことに対してアメリカが日本政府に不信感を抱き、日米軍事同盟が不安定になったことが、一連の領土問題を惹起させた根本原因なのではありませんか。つまり、民主党による誤った外交路線が、領土問題を先鋭化させたのですね。つまり、中韓両国は、日本を舐め切っているわけですね。でないと、あんなことやるはずがないじゃありませんか。そうされて当然の振る舞いを、この三年間日本政府はし続けてきたのです。

「東日本大震災の後、日本に同情と共感を寄せ、被災地に温家宝、李明博両首脳が入り、被災者を励ました」とは恐れ入ります。そう感じるのは、この声明の発信者たちが親中・親韓だからでしょう。日本国民は露骨には言い出しませんでしたが、本音では彼らの振る舞いを「ありがた迷惑」あるいは「うさん臭いな。勘弁してよ」さらには「人の弱みにつけこまないでよ」と思っていた、というのが正直なところなのではありませんか。だって、もともとそれほど仲が良いわけではありませんからね、これらの国とは。同盟国アメリカの「オトモダチ」援助に対してだって「なんだ。なんだ。貸しを作っておいて、今度は何の要求をするつもりだ」と心のどこかで思っていたくらいですもの。どうでしょう、違いますか。

その次に「現在の状況はまことに残念であり、悲しむべき事態」とあります。「残念」なのはそのとおりですね。七面倒臭いことが惹起したのですから。嬉しいはずがありません。しかし「悲しい」という感情はまったく湧いてきません。この声明の発信の主たちはなぜ「悲しい」のでしょうか。よくは分かりませんが、国境を超えた世界市民的な境地になれたら、国と国の諍い・紛争を悲しむことができるのかもしれません。つまり、彼らには当事者感覚が欠如しているのでしょう。

その次に「韓国、中国ともに日本にとって重要な友邦であり、ともに地域で平和と繁栄を築いていくパートナーである。経済的にも切っても切れない関係が築かれており、将来その関係の重要性は増していくことはあれ、減じることはありえない。」とあります。これ、本当でしょうか。経団連の米倉会長なら、「うん、そのとおり」と両手(もろて)を上げて賛成してくれるかもしれません。

しかしながら、「重要な友邦」であるかどうかは、実のところ相手の出方次第なのではないでしょうか。いまの中国のように中華帝国再興のDNAの命じるままにあくなき覇権主義の追求に目をギラギラさせていたり、また、いまの韓国のように中国事大主義のDNAの命じるままに極東の地政学的な配置を全く無視して日本をコケにし居丈高な中国になびこうとする愚挙を繰り返していたりする国に対して、「すぐ隣だから」という理由だけで、湧いてくる不快感を押し殺して、ニコニコしつづける必要はありません。相手にマトモな精神状態になってもらうために、一定の距離を取ることだって大いにありえますし、それは外交的に尋常な姿でもあります。相互の信頼関係がない状態で、経済(金儲け)だけ優先させようとしてもうまくいくわけがありません。

繰り返します。今後日中関係および日韓関係の重要性が増して行くかどうかは、両国の出方次第ではないかと、私は思います。つまり、中国が覇権主義路線を取り続け、韓国が非現実的な反日路線を取り続ける限り、それらの危険性に目覚めてしまった日本国民が、両国と安心してさまざまなレベルでの関係を深めていこうとすることはありえません。これは、国民としての冷静な判断です。また、日本は、両国の日本に対する不健全な外交路線を補完する悪しき過配慮外交を破棄し、精神的に不衛生な自虐史観を乗り越えなければ、両国とのあいだに将来にわたっての安定的で平和的な関係を築くことは、もはやかなわないと私は考えます。

とコメントをつけているうちに〔1〕に対してだけでもけっこうな量になってしまっていることに気づきました。このまま続けると膨大な量になってしまいそうです。続きは、次回に譲ります。

〈コメント〉

Commented by プシケ♂ さん
彼らの「知性」に呆れる限りですが。この流れを放置できる外交環境ではありませんね。おっしゃられる通り、まさに「当事者意識の欠如」。当事者じゃないから、今回もこれまでも、自分らの先人を貶めることさえも平気なんですよね。さて、日本国内では、ほぼ報道もされない、そして海外で、中韓で「強調されて歓迎される」。これをどうにかしたいです。私も含め大半の日本人はスルーでしょう。それもまた日本人らしいといえば、それまでですが、今はそれじゃ誠によろしくないです。「無言のまっとうな日本人は少なくはない」。中身は知りませんが、東京都が尖閣諸島を購入しようとした際の寄付金の多さから、私はそう感じました。そういう人たちのお金を背負って、発信する仕組みができないものかと考えます。ネットはいいのですが、海外マスコミにおいて、中韓と左派恥知性に対する反対意見広告を随時うっておきたいものです!!その際、やはり無言のまっとうな日本人の寄付金を背負っての発信が大事かと!(一部の右寄り集団と曲解されないように!)。ブログ拝読しながらの感想と思いつきです。


Commented by 美津島明 さん
To プシケ♂さん

いつも貴重なコメントをありがとうございます。

>彼らの「知性」に呆れる限りですが。この流れを放置できる外交環境ではありませんね。

まったくもって。彼ら「進歩的文化人」は、敵国に自分たちの発言が利用されているだけなのを分からないほどのマヌケなのか、それとも、利用されていることを重々承知のうえであえて利敵行為をしている悪党なのか、ちょっと分からないところがあります。いずれにしろとんでもない奴らですけれど。

>今回もこれまでも、自分らの先人を貶めることさえも平気なんですよね。

私の父は昔海上自衛官をしていましたが、講演をしている大江健三郎から面と向かって「あなたたちのような戦争屋を持ったことを私は日本人として恥とします」と言われたそうです。そんな人物ですから、身を挺して国を守ろうとした先人に唾を吐きかけることくらい平気の平左衛門でしょう。

>さて、日本国内では、ほぼ報道もされない、そして海外で、中韓で「強調されて歓迎される」。これをどうにかしたいです。

これにもまったくもって激同です。私としては、そういう問題意識を強烈に持っている安倍さんに一日でも早く総理大臣になってもらって、彼の強いリーダーシップで、戦後・敗戦体制から、われわ国民とともに脱却を果たす過程で、そういう異常な亡国リレーも自ずと改善されていくことを期待したいと思っています。いまは、我慢のときかと。尖閣募金方式も一考に値するアイデアかもしれませんね。


*****

続けましょう。

2、現在の問題は「領土」をめぐる葛藤といわれるが、双方とも「歴史」(近代における日本のアジア侵略の歴史)問題を背景にしていることを忘れるわけにはいかない。李大統領の竹島(独島)訪問は、その背景に日本軍元「慰安婦」問題がある。昨年夏に韓国の憲法裁判所で出された判決に基づいて、昨年末、京都での首脳会談で李大統領が元「慰安婦」問題についての協議をもちかけたにもかかわらず、野田首相が正面から応えようとしなかったことが要因といわれる。李大統領は竹島(独島)訪問後の8月15日の光復節演説でも、日本に対し日本軍元「慰安婦」問題の「責任ある措置」を求めている。

これ、日本人の声明ですよね。まるで、中国人か韓国人の魂が憑いているかのような言葉が次から次に出てきます。

まず、日本の近代史をアジア侵略の歴史としてとらえるのは一面的に過ぎます。もう少し強く言えば、知的な怠惰もほどほどにしなさいと苦言を呈したくなってきます。

日本近代史を理解するうえでの大きなポイントは、第二次世界大戦以前の世界において、植民地支配は絶対悪とはされていなかったということです。さらに、第一次世界大戦以前は、「力は正義なり」の帝国主義が国際社会の常識であったことです。戦争それ自体を悪とする国際常識は、皆無であったとまでは言いませんが、少なくとも支配的なものではなかったのです。わが先人たちは、明治維新を経て、欧米列強の圧倒的な軍事力を背景にした帝国主義の凄まじい風圧の中、近代的な独立国家たらんとして、不平等条約の手枷足枷を嵌められたまま「日本丸」という小舟を漕ぎ出したのです。そのことへの想像力をできうる限り豊かにしなければ、歴史はその本当の姿を我々の前に現してはくれません。我々の後知恵・戦後日本のお気楽な倫理観を安易に歴史に投影し、先人たちの国民国家としての生き残りを賭けた振る舞いの集積を「とにかく侵略戦争をして中韓を植民地にしたからダメ」などと断罪するのは決して許されることではありません。これは、日本の過去を美化することとは一線を画す、歴史に臨むときの基本作法なのです。

日本の近代史をアジア侵略の歴史としてとらえる歴史観がわれわれ日本人を強くとらえるようになったのは、東京極東軍事裁判でのA級戦犯たちに対する判決をわれわれが心情的になんとなく正しいものとして受容してからのことでしょう。いわゆる自虐史観ですね。東京裁判の内容を調べれば調べるほどに、その本質が、裁判に名を借りた、初めに結論ありきの、戦勝国の敗戦国の指導者たちへのリンチ・問答無用の暴力的制裁以外の何者でもないことが分かってきます。(覇権国家アメリカの立場からすれば、東京裁判を、国際安全保障体制の、戦勝国による再構築として評価できる理性的な側面はありますが)だから、A級戦犯たちに対する戦勝国による諸判決をわれわれ敗戦者としての日本人が正当なものとして受け入れる条理など基本的にはありえないのです。それはあまりにも自虐的に過ぎます。「勝てば官軍」という当時の日本国民の、GHQ主導の検閲体制の表層に現れることのなかった感慨は的を射たものだったのです。この裁判を主導したマッカーサーでさえ、後に「東京裁判は誤りだった」と述べたほどなのです。おそらく彼は、誇り高い軍人として、フェアでないものを主導してしまったことの後味の悪さを味わったのでしょう。私は、そう思っています。

どうやら、この知的に不誠実でレベルの低い勧善懲悪史観に、この声明を発信した人たちの頭は支配されてしまっているようなのです。それでは、マトモな判断はできません。

従軍慰安婦問題。厄介な問題です。これは、元陸軍軍人・吉田清治の、従軍慰安婦の軍による強制連行デッチ上げ本・数々の虚言・東アジアを股にかけたデマのまき散らしに端を発します。そのことは、歴史的にすでに明らかになっています。また、何より本人がそのことを認めているのです。このデマの広告塔の役割を担ってきた朝日新聞でさえ吉田清治の証言の虚偽性を否定しえていません。

また、従軍慰安婦に対する日本軍による強制連行を認めた1993年のいわゆる河野談話には、それを裏付ける公文書がまったくなかったことも判明しています。当時の副官房長官・石原信雄氏は産経新聞のインタビューに「随分探したが、日本側のデーターには強制連行を裏付けるものはない。慰安婦募集の文書や担当者の証言にも、強制にあたるものはなかった」と実直な実務家肌の官僚としていささか残念そうに答えました(97年3月9日産経新聞)。河野官房長官は、文書的裏付けのまったくない、政治的判断のみによって強制連行を公的に認めてしまったわけです。

つまり、現段階で資料的には、「従軍慰安婦問題は存在しない」としか言いようがないのです。これから新たに資料が出てくることも、巧妙な、誰にもバレないデッチ上げでもしないかぎり、おそらくないでしょう。だから日本政府は、周到に準備をしたうえで、河野談話の破棄を世界に向けて発信すべきです。そうすることで従軍慰安婦問題に対する日本政府のスタンスの取り直しを韓国に印象付けることができるかどうかが、これからの日韓外交の大きなポイントになってくると私は考えます。

河野談話でどれほど日本の威信が傷つけられたことか、それを思うと私はため息が出てきます。経済国家・日本は、国益というと経済的な利益のことにばかり頭が行くのではありますが、実は、国家としての威信も十分に国益であり、さらにいえば国益の核を成すものであるとさえ言い得ると私は考えています。つまり、対外的イメージ・ダウンは、総合安全保障の観点から明らかなマイナスなのです。というのは、それによって諸外国からなにかと舐められるようになるし、国家としての発言力も品格も低下するし、信用を失うし、それらを回復するには膨大な時間がかかってしまうからです。そのことは、経済にも大きな影響があるものと思われます。社会的な信用を失った会社が営業不振に陥る例は枚挙に暇がありませんね。国家にも暖簾(のれん)があるということです。

上記の声明が、従軍慰安婦問題に関していかに寝惚けたことを言っているか、さらには、どれほど深く日本の国益を害する志向性を内在させたものであるのか、お分かりいただけたでしょうか。コスモポリタンを気取りながら、その本質には、実は日本国家破壊の衝動という猛毒が潜んでいるのです。特に若い方は、この手の理想主義あるいは良心派めかした物言いに、うかうかとダマされやすいので気をつけてください。私自身、若い頃にうかうかとダマされた口なので、そう思うのです。

日本の竹島(独島)編入は日露戦争中の1905年2月、韓国(当時大韓帝国)の植民地化を進め、すでに外交権も奪いつつあった中でのものであった。韓国民にとっては、単なる「島」ではなく、侵略と植民地支配の起点であり、その象徴である。そのことを日本人は理解しなければならない。

韓国人が、竹島の実効支配を自己正当化するためにそういうことを言うのだったらまだ理解できますが、日本人が領土を実効支配された状態にある自国民に対して「韓国民にとっては、(竹島は)単なる「島」ではなく、侵略と植民地支配の起点であり、その象徴である。そのことを日本人は理解しなければならない。」などと力説するのは私の理解力を超えています。いささか気味が悪くさえなってくるこの発言をあえて冷静に受けとめると、現実的には要するに「日本は昔韓国領土を散々侵略した悪者なのだから、今度は韓国から竹島などという猫の額のような領土を侵略し返されたとしても文句が言えた筋合いではない。我慢しろ。あくまでも初めに侵略した日本が悪いのだ。悔い改めよ」と自国民に対して言っていることになるでしょう。これではまるで「目には目を」を是認するハムラビ法典の世界ですね。

戦後日本では、これが「良心的」であり「進歩的」でありさらには「知的」な態度であると称されてきた歴史があります。世界広しといえども、こういう奇妙な現象がまかり通っているのはおそらく日本だけでしょう。言葉を変えて言うと、利敵行為を堂々とすればするほど、売国奴として胸を張れば張るほど、「良心的」であり「進歩的」であり「知的」であると称される現象は、おそらく他の国の人々には理解できないのではないでしょうか。私見によれば、この珍現象には、「自由」「平等」「人権」などの民主主義の基本タームが、反権力・反国家の左翼的情念のはけ口として悪用されてきた戦後日本の特殊事情が深く絡んでいます。この病んだ精神風土を改善するには、主権概念を足がかりに民主主義の理念を鍛え直す必要があるのではないか、と私は度々申し上げてきました。この鍛え直しのプロセスには、日本の歴史や人間存在についての深い洞察に基づく憲法改正の営みが当然のことながら伴います。

憲法改正は、国生みの営為として国民精神に深く内在したものであると同時に、新たな国家像を世界に向けて発信する営為として人類史の流れのなかに位置づけられるものでもあります。そういう二重性においてとらえなければ、その作業は、戦後レジームに対する単なる反動形成に終わる危険性があると私は考えています。

また尖閣諸島(「釣魚島」=中国名・「釣魚台」=台湾名)も日清戦争の帰趨が見えた1895年1月に日本領土に組み入れられ、その3カ月後の下関条約で台湾、澎湖島が日本の植民地となった。いずれも、韓国、中国(当時清)が、もっとも弱く、外交的主張が不可能であった中での領有であった。

日清戦争の本質は、朝鮮半島をめぐっての、旧世界の秩序の中心としての宗主国清と対等な主権国家によって構成される近代世界への仲間入りを国是とする新興国日本との主導権争いです。違った言い方をするならば、不可避的な「文明の衝突」なのです。この観点を外した日清戦争観は、歴史観としてどうしようもなくレベルが低いものであると断じざるをえません。だから、「いずれも、韓国、中国(当時清)が、もっとも弱く、外交的主張が不可能であった中での領有であった」という言い方は、領土問題を抱えた相手国のポジション・トークとしては理解できますが、そこには、歴史の真相・本質を見据える透徹した視線が欠如していると言うより他はありません。ましてや、領土問題をめぐって、主権と主権とがぶつかり合っている一方の当事者の物言いとしては、それは主権者意識が致命的に欠如した寝言であると断じざるをえません。

3、日中関係でいえば、今年は国交正常化40年であり、多くの友好行事が計画・準備されていた。友好を紛争に転じた原因は、石原都知事の尖閣購入宣言とそれを契機とした日本政府の国有化方針にある。これは、中国にとってみると、国交正常化以来の、領土問題を「棚上げする」という暗黙の「合意」に違反した、いわば「挑発」と映っても不思議ではない。この都知事の行動への日本国内の批判は弱かったといわざるをえない。(なお、野田政権が国有化方針を発表したのは7月7日であった。この日は、日本が中国侵略を本格化した盧溝橋事件(1937年)の日であり、中国では「7.7事変」と呼び、人々が決して忘れることのできない日付であることを想起すべきである)

どうでしょう。これを虚心に読めば、中共の代弁者の言葉としか受けとめられないのではありませんか。あるいは、大陸からの遠隔操作で中共が日本人の口を借りて物を言っていると解釈するよりほかないのではありませんか。だってね、ここでこの声明は「中国が領土・領海侵犯行為をするのも、理性を失っているとしか思えないような乱暴狼藉を伴った過激な反日デモが中国各地で起こるのも、すべて日本に原因がある。すべては日本が悪い。中国は全然悪くない」と言っているわけですからね。なんだか親中・媚中の意図が素朴すぎるほどに滲み出していて、苦笑したくなってもきます。これを聞いて中国が喜ぶのは当たり前のことです。しかし、ごく普通の日本国民が、これを聞いて納得することはおそらくないでしょう。むしろ「何を馬鹿言ってるんだ」と腹を立てられるのがオチでしょう。むろん、それはまともで自然な反応です。

4、領土問題はどの国のナショナリズムをも揺り動かす。国内の矛盾のはけ口として、権力者によって利用されるのはそのためである。一方の行動が、他方の行動を誘発し、それが次々にエスカレートして、やがて武力衝突などコントロール不能な事態に発展する危険性も否定できない。私たちはいかなる暴力の行使にも反対し、平和的な対話による問題の解決を主張する。それぞれの国の政治とメディアは、自国のナショナリズムを抑制し、冷静に対処する責任がある。悪循環に陥りつつあるときこそ、それを止め、歴史を振り返り、冷静さを呼びかけるメディアの役割は、いよいよ重要になる。

これを読んでいると「どっちを向いて物を言っているんだ。そういうことなら、海の向こうをめがけて言ってくれ」と言いたくなってきます。特に最初の「領土問題はどの国のナショナリズムをも揺り動かす。国内の矛盾のはけ口として、権力者によって利用されるのはそのためである」という批判は、日本にはまったくあてはまりません。中共がそういうことをしている、という批判なら分かりますけれどね。

中国は、強引な経済成長政策による国民間の経済格差の拡大・経済成長率の鈍化・バブル崩壊現象の進展によって、いまや一般国民の中央政府に対する不満が相当に高まっています。それをガス抜きするために、中共が今回の過激な反日デモを国民に対して許したという側面があります。当局がデモへの参加者たちに日当まで支払っているというではありませんか。


www.jasnaoe.or.jp/k-senior/2010/100916-kaiyuu-okamoto.html より転載

また中共は、その反日の機運を西太平洋への軍事力の全面展開に向けての第一列島線の形成に利用してもいます。その場合、台湾と尖閣諸島の領有が最大のポイントになります。つまり、尖閣問題について中共は日本に対して譲る気などまったくないのです。それどころか、尖閣諸島の実効支配を実現した後、第二列島線に関わる重要なポイントとして沖縄の実効支配の実現が政治的な日程に載ることになっているようです。さすがは中共、考えることのスケールがでかいですね。上の図は、その概略図です。中国大陸沿岸により近い第一列島線の、中国から見てその内側に尖閣諸島がすっぽりと入ってしまっています。彼らからすれば、尖閣諸島などすでに実効支配していなければならない領域なのです。日本政府の国有化の動きの有無に関わりなく、中国は尖閣諸島の実効支配に向けて、遅からずなんらかのアクションを起こしたことでしょう。ヤクザが因縁をつけるにも、頃合ってものがあるでしょう。野田首相がちょうどいいタイミングで国有化してくれたので、安心して因縁をつけまくったというわけです。今回は、まだまだ序の口ですけれどね。

この声明は、相手国にいうべきことを自国に対して言うことで、事態を混ぜっ返し、いたずらに混乱を招こうとしていると断じるよりほかありません。「それぞれの国の政治とメディアは、自国のナショナリズムを抑制し、冷静に対処する責任がある。」こんなトボけた言い草で、平静な精神状態をゆるぎなく保持している自国民に対して偉そうに教え諭そうとする声明の発信者たちの神経がどうなっているのか、私には理解できません。それとも、いまのままでは中国に悪者のイメージが定着してしまいかねないことを憂慮して、親中勢力が中国に主張すべきことを自国に対して主張するという奇策を弄した、ということなのでしょうかね。とすれば、ご苦労さんなことですな。

5、「領土」に関しては、「協議」「対話」を行なう以外にない。そのために、日本は「(尖閣諸島に)領土問題は存在しない」といった虚構の認識を改めるべきである。誰の目にも、「領土問題」「領土紛争」は存在している。この存在を認めなければ協議、交渉に入ることもできない。また「固有の領土」という概念も、いずれの側にとっても、本来ありえない概念といわなければならない。

「日本は「(尖閣諸島に)領土問題は存在しない」といった虚構の認識を改めるべき」ことと「「固有の領土」という概念も、いずれの側にとっても、本来ありえない概念」という声明の主張については、まったくそのとおりであると申し上げるよりほかはない。日本政府が「固有の領土」 という言葉にしがみつきたがるのはみっともないし、国際社会ではあまり説得力を持たない論の立て方であるとも私は感じています。国際法上の領土という概念は、「固有の領土」という考え方を含みませんしね。だって、そういう意味合いを含んでしまったら、「固有」合戦が惹起して、国際政治が紛糾状態に陥るでしょうからね。いやあ、声明もたまにはいいことを言う、と思います。しかしながら、だからと言って、「「協議」「対話」を行う以外にない」という、声明が導き出したがっている結論は、到底是認できません。

領土問題の本質は、前回申し上げたように、主権と主権とのぶつかり合いです。この場合の主権とは、統治権という意味です。さらに、統治権とは強制力を持った国家権力そのものという意味です。これが主権の内実を備えるためには対外的独立性が保たれなければなりません。今私が述べたことは近代主権国家としての根幹を成します。だから、ぶつかり合おうとどうしようと双方ともに譲るわけにはどうしてもいかないわけです。ここで、それを解決するのは外交よりほかはありません。

では、外交とはなんでしょうか。それは、主権国家が国益の最大化を図るために行う諸活動のことである、とするとまず異論は出ないでしょう。

さらに、国益とはなにかと、問おてみましょう。私はこれを総合安全保障の観点からプラスに作用する一切合切、という意味で使っています。専門的にはどう定義されるのかは分かりませんけれど。Wikipediaによれば、1960年以降は、national interest の訳語として使われるようになったそうで、私の使い方もおのずとそれに沿ったものになっているように感じます。だから、とりあえずこれでよしとさせていただきます。

ここまでの話をまとめると、領土問題とは主権と主権とのぶつかり合いである。主権が排他的で独立したものであることを本質とする以上、領土問題で譲ることはありえない。それを解決するのは外交である。そうして、外交とは、総合安全保障の観点からプラスに作用する一切合切の最大化、すなわち国益の最大化を図るために行う諸活動である。となります。

とするならば、「協議」「対話」が外交の一側面にほかならないことなど自明ではありませんか。外交のあり方が「協議」「対話」で済むかどうかは相手の出方次第であるというよりほかはないでしょう。はっきり言ってしまえば、日本のこれまでの対中韓・過配慮外交は、「協議」「対話」路線の典型のようなものでした。今回の領土問題の先鋭化は、日本の「協議」「対話」路線の限界を示す事態である、と認識すべきです。そういう局面で、「協議」「対話」の重要性を強調するのは、的外れもはなはだしいと断じるよりほかはありません。意味のないことをがなり立てるのは、バカのすることです。

蛇足ながら。さきほど「国益」は現在においてnational interest の訳語として使われるようになっていると申し上げました。interestには「利益」という意味のほかに「興味・関心」という意味もあります。だから、national interestを「国民的興味・関心」と訳すことはそれほど奇異なことではないと思われます。とするならば、国益には、国民が強い関心を抱く事がらについて政府が誠意を持って全力で取り組み解決を図るという意味合いが含まれていることになるでしょう。つまり、国益概念には、国民の政府に対する基本的信頼感という意味が内包されていると言い得ましょう。私見によれば、それが国力の核をなします。

これでやっと〔5〕まで終わりました。続きは次回に。お見捨てなきよう。

*****

続けましょう。今回で終わらせますので、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

6、少なくとも協議、交渉の間は、現状は維持されるべきであり、互いに挑発的な行動を抑制することが必要である。この問題にかかわる基本的なルール、行動規範を作るべきである。台湾の馬英九総統は、8月5日、「東シナ海平和イニシアティブ」を発表した。自らを抑制して対立をエスカレートしない、争いを棚上げして、対話のチャンネルを放棄しない、コンセンサスを求め、東シナ海における行動基準を定める――など、きわめて冷静で合理的な提案である。こうした声をもっと広げ、強めるべきである。

この声明の発信者たちの頭のなかには、一体どんな東アジア情勢がインプットされているのでしょうか。彼らは、中共の軍拡路線と、近年における中共勢力の、スプラトリー(南沙)諸島・パラセル(西沙)諸島そうして尖閣諸島をめぐるアグレッシブな行動の数々から、西太平洋全域における制海権拡大への中共の不退転の意志を読み取ることができないのでしょうか。私には、特別な情報を入手するルートがあるわけではありません。しかしながら、新聞・雑誌・インターネットからもたらされる情報から、中共のそのような強い意志を読み取らざるをえないのです。

ひとつだけ例をあげましょう。2020年までに中共が達成するつもりでいる制海権の領域の境界を示す第二列島線の内側には、なんとグアムが入っているのです。グアムは、沖縄と並ぶ西太平洋地域におけるアメリカの重要な軍事拠点ですね。つまり中国は、アメリカの覇権に本気で挑戦しようとしているのです。言い忘れましたが、沖縄ももちろん中共の想定する制海権域に入っています(私は、それをドン・キホーテじみた試みと思っています)。

だから、中共にとって、尖閣諸島の実効支配は最終目標ではなく、西太平洋での広域制海権を確保するためのファースト・ステップでしかないのです。それゆえ、尖閣問題に関して中共が日本に対して「協議」「対話」で譲歩する可能性は全くありません。国内的にも、それは許されないでしょう。「反日デモ」で過激な行動に打って出た連中がそれを黙って見ているはずがありませんから。その動きを権力闘争に利用しようとする党首脳も必ず出てくるでしょうし。

中共は、領土をめぐる「協議」「対話」のテーブルに日本を就かせ、譲歩・妥協を引き出そうとしているのでしょう。そうしてそれを、さらなる強硬な行動の足がかりにするつもりなのでしょう。

以上をふまえると、声明の「少なくとも協議、交渉の間は、現状は維持されるべきであり、互いに挑発的な行動を抑制することが必要である」などという言い草は、中共を利するための中共に成り代わってのポジション・トーク以外の何者でもないことがくっきりと浮かび上がってくるのではありませんか。

そもそも声明の、外交という言葉に「協議」「対話」のみを読み込もうとする態度そのものが問題です。外交交渉が、経済力や軍事力を背景にしてなされるものであることは常識です。交渉の相手があまりにもご無体な態度を取り続ける場合、経済制裁やさらには軍事力の行使を辞さいないという姿勢を示すことで、「協議」「対話」を進めるのは当たり前のことです。尖閣問題などという、日本からすれば理不尽で厄介な問題を一方的にふっかけてくる相手と外交交渉に臨む場合はなおさらそうです。舐め切った相手の言うことなどまともに聞こうとしないのは当たり前のことではないですか。

「外交」からことさらに経済力や軍事力という背景を排除しようとする傾向は、戦後日本に特有のものでしょう。世界広しといえども、そういう空想的なことを大真面目になっていい大人がまくし立てる国はおそらく戦後日本だけではないかと思われます。それは、とても恥ずかしくてチンケなことであると、この声明の発信者たち以外の日本人はそろそろ気づき始めていると私は感じています。

台湾の「東シナ海平和イニシアティブ」に対しては、普通の日本人も日本政府もまったく文句がないでしょう。この声明の発信者は、「中共は台湾に学べ」と率直に名指しで言いなさいって。それができない限り、「こうした声をもっと広げ、強めるべき」という声明の提案には何の意味もありません。もっとも、この声明の発信者たちがそうしたからといって、中共は歯牙にもかけないでしょう。なぜなら、中共にとって台湾は200%領有の対象でしかないからです。絶対に領有しようと思っている国の外交路線を中共が許容するはずがないではありませんか。

7、尖閣諸島とその周辺海域は、古来、台湾と沖縄など周辺漁民たちが漁をし、交流してきた生活の場であり、生産の海である。台湾と沖縄の漁民たちは、尖閣諸島が国家間の争いの焦点になることを望んでいない。私たちは、これら生活者の声を尊重すべきである。

尖閣諸島。手前から南小島、北小島、向こうが魚釣島。

私は、ここを読んでまたもや目が点になりました。国家主権がゆるぎなく確立されていない海域で漁民たちが安心して操業できるわけがないでしょう。石垣島と尖閣諸島の間の海域は危なっかしくて近寄れないので、日本の漁船はあきらめて別の場所で漁をしているというのが現状です。「安心して安全操業ができるよ うにしてほしい」という日本漁民の切実な思いに対して、日本政府が具体的な措置を講じない限り、彼らが安心することなどありえません。

具体的な措置とは、船舶が安全に航行できるよう尖閣諸島に灯台や避難できる港を整備することや、海上保安庁の体制強化やさらには自衛隊が領海の警備にあたるよう法整備を図ることなどを通じて、連日のように領海侵犯をし続けている中国公船(海洋巡視船や漁業監視船など)を強制排除できる体制を整えることです。

そうした一切を「挑発的な行動を抑制することが必要」などといって、外交から排除してかかろうとする声明に、沖縄の漁民の安心・安全を語る資格はありません。

8、日本は、自らの歴史問題(近代における近隣諸国への侵略)について認識し、反省し、それを誠実に表明することが何より重要である。これまで近隣諸国との間で結ばれた「日中共同声明」(1972)「日中平和友好条約」(1978)、あるいは「日韓パートナーシップ宣言」(1998)、「日朝平壌宣言」(2002)などを尊重し、また歴史認識をめぐって自ら発した「河野官房長官談話」(1993)「村山首相談話」(1995)「菅首相談話」(2010)などを再確認し、近隣との和解、友好、協力に向けた方向をより深めていく姿勢を示すべきである。また日韓、日中の政府間、あるいは民間で行われた歴史共同研究の成果や、日韓関係については、1910年の「韓国併合条約」の無効を訴えた「日韓知識人共同声明」(2010)も、改めて確認される必要がある。

1972年に田中角栄首相と周恩来国務院総理との間で合意した「日中共同宣言」に「日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」という文言があります。

また、1998年に小渕首相と金大中大統領との間で合意した「日韓パートナーシップ宣言」には「 小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた」という文言があります。

さらに、2002年に小泉首相と金正日総書記との間で合意した「日朝平壌宣言」のなかに「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。」という文言があります。

この声明の発信者に「日本は、自らの歴史問題(近代における近隣諸国への侵略)について認識し、反省し、それを誠実に表明することが何より重要である」と諭されるまでもなく、日本政府は、これまでずっと中国・韓国・北朝鮮に対して配慮外交・お詫び外交・土下座外交を展開してきました。そのほかの一連の「談話」も、その路線を踏襲するものであったことは言うまでもありません。

今回の竹島問題と尖閣諸島問題の先鋭化・両国との関係の行き詰まりは、日本のこれまでの対東アジア外交路線が無効であること、いいかえれば、経済力や軍事力などの実効力と切り離され「対話」「協議」のみに特化された過度の配慮外交が外交としての普遍性を著しく欠いたものであることを明らかにしました。日本は、自分をだましだまししながら、ぼんやりとした浅い夢を見ていたようなものだったのです。そのことに、ごく普通の日本人が今回のことをきっかけに(声明の発信者にとっては残念なことながら)気づいてしまったのです。「半歩下がって譲れば丸く収まるわけではないのだな。かえって相手を増長させてしまうだけだったのだな。舐められるだけだったのだな」というふうに。

この期に及んで、また同じことをしろという声明の提案は、到底飲めるものではありません。

「日韓知識人共同声明」なるものが存在することは今回はじめて知りました。正式に国家間で締結・承認・批准された条約を無効とするなんて、これは国際法無視・言語道断の声明ですね。恥ずかしげもなく「知識人」などと名乗ってほしくありません。おそらく、この声明を発信した連中は「軍事力を背景にした外交は真の外交の名に値しない」などという戦後平和主義の迷夢に脳をやられてしまっているのでしょう。

9、こうした争いのある「領土」周辺の資源については、共同開発、共同利用以外にはありえない。主権は分割出来ないが、漁業を含む資源については共同で開発し管理し分配することが出来る。主権をめぐって衝突するのではなく、資源を分かち合い、利益を共有するための対話、協議をすべきである。私たちは、領土ナショナリズムを引き起こす紛争の種を、地域協力の核に転じなければならない。

竹島。軍事施設を作り、実効支配を可視化・既成事実化している韓国は主権国家としてエライ。そこは日本も学ぶべき。

竹島の共同管理を主張する橋下徹・大阪市長ならば、この意見に両手(もろて)をあげて賛成することでしょう。その橋下市長ですが、この発言以来、彼が主宰する日本維新の会は、大幅に支持率を下げています。彼は、国益の本質を分かっていないのでしょう。前回の最後で私は、「国益には、国民が強い関心を抱く事がらについて政府が誠意を持って全力で取り組み解決を図るという意味合いが含まれている」と申し上げました。そこが橋下さんは、現段階ではどうしても分からないのでしょう。力のある人なのですから、もっと物を深く考え、政治家として、人間としてさらに成長してほしいものです。

この声明の発信者たちも、国益の本質をまったく理解できないし、国民感情を尊重する精神的な構えができていないし、どうしようもありません。

10、こうした近隣諸国との葛藤を口実にした日米安保の強化、新垂直離着陸輸送機オスプレイ配備など、沖縄へのさらなる負担の増加をすべきでない。

前回も今回も、中共が、本気でアメリカの覇権に挑もうとしていると申し上げました。中共は、西太平洋を制覇する可能性を真剣に模索しはじめています。それは、私からすれば無謀なドン・キホーテの試みのように感じられますが、中共からすれば、中華帝国再興のDNAに素直に従っているだけのことなのかもしれません。また、西太平洋に眠る石油・天然ガスなどの豊富な海底資源の獲得が高度経済成長を続けるには必要だと思っているのかもしれません。

理由の如何を問わず、その動きをアメリカが許すことなどありえません。覇権国がみすみす覇権を放棄するはずがありませんから。それは、覇権国の自己否定を意味しますので、ありえないことなのです。だから、日本がどれほど反対しようとオスプレイは配備されるし、ラプターやF35などの最新兵器も大胆に導入されるのです。それが、世界の現実です(といいつつも、私は沖縄の人々に対してしのびない思いを禁じえません)。

そのことと、アメリカの軍事力が中共にとって最大の脅威であり続けている現状を踏まえ、また、中共が本気で日本の領土・領海を侵犯しようとしている現実を直視するならば、いまの日本は日米同盟の強化という道を歩むほかないと私は考えます。それが、日本の属国化を進めるかどうかは、私たちの心持ち次第なのではないでしょうか。「尖閣は結局アメリカが守ってくれるから大丈夫さ」というのは最悪の構えであることはいうまでもありません。あくまでも自分の国は自分で守るという気概があっての日米同盟関係であることを、私たち日本人は肝に銘じるべきです。私たちは、沖縄の人々の犠牲の上に安全保障体制を構想せざるをえない現状を直視すべきなのです。その犠牲を軽減しようと本気で考えるのならば、憲法9条を改正して専守防衛から脱却し、自前での安全保障体制の全貌の構想を可能とする法的整備をすることがぜひとも必要となります。

11、最後に、私たちは「領土」をめぐり、政府間だけでなく、日・中・韓・沖・台の民間レベルで、互いに誠意と信義を重んじる未来志向の対話の仕組みを作ることを提案する。

領土問題を解決できるのは、国家主権を行使する政府だけです。日・中・韓の民間人が集まって和気気藹々としたからといって、領土問題が解決される可能性は万に一つもありません。この提案も、戦後民主主義の残夢を見ている連中の寝言の一種なのでしょう。「国家の枠を超えた地球市民がすべてを解決する」とかなんとか。バカはもうよして欲しい。私は、三年間の反日バカ左翼民主党政権から、貴重な教訓をひとつ骨身に沁みるようにして学びました。それは、「ソフトな物言いは、血も涙もない思想を隠し持っている」ということです。

長々とおつきあいいただきましてありがとうございます。

〔追記〕

私は本論で、日本が竹島・尖閣諸島の領有を正当化する根拠について一切言及しませんでした。それを不満に思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかしながら、相手国がそれに納得しない、あるいはそれに理を認めても素直に従おうとしないから、領土問題が起きるのではないかと私は考えます。 そこで私は「領土問題の本質は主権と主権のぶつかり合いである」という認識を議論の出発点にしました。とするならば、双方の領有をめぐる正当性の議論に言及する必要はないと思ったのです。

むろん私は、日本側の領有の議論を正当であると確信しています。それを確信できなければ当論は成り立ちません。盗人のたわごとになってしまいます。それを一言いっておくのを忘れました。それがどういうものであるかについては、Wikipedia等できちんと述べられていますので、興味のある方は検索してご覧下さい。

ja.wikipedia.org/wiki/%e5%b0%96%e9%96%a3%e8%ab%b8%e5%b3%b6%e5%95%8f%e9%a1%8c 尖閣諸島問題
ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%B3%B6_(%E5%B3%B6%E6%A0%B9%E7%9C%8C) 竹島問題
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韓国よ、いい加減に目を覚ませ! (イザ!ブログ 2012・10・4 掲載)

2013年11月30日 08時17分23秒 | 外交
私は、先日の投稿で、日韓の対外的なあり方について次のように申し上げました。

「日本は、韓国の出方を冷静に見ながら、日韓関係の根本的再構築のあり方を心しずかに考え適宜それを実行に移すことによって、戦後レジームからの脱却の道筋を具体的につけるべきです。それが、日韓問題に対する最善の対処法であると私は考えています。そうすることで、韓国を、日本と歩調を合わせて、中国の覇権主義に臨むほかない地政学的な宿命を分かち合おうとする深い自覚を持つところにまでもっていくことができればと考えます。そうしないと、韓国は、北朝鮮を通じて、結局は中国に呑み込まれてしまうことになるのではないでしょうか。韓国は、日本に反発しながら甘えている場合ではないのです、実際のところ。「反日」というお酒を飲みすぎた酔っ払いのように正体を失くしてふらふらしていてはダメなのです。」

私なりのこういう視点に関わるような、中国の対韓国の動きがありました。お読みください。

韓国に空母を送り「海洋科学基地の撤去」を要求か―中国

韓国が実効支配している暗礁を取り戻す姿勢を中国が明確にした。9月23日、中国政府は無人航空機を利用した遠隔海洋観視システムのデモンストレーションを実施。韓国各紙によると、中国はこの場で「蘇岩礁(韓国名・離於島)を監視対象に含める」と明らかにした。

蘇岩礁は黄海の入り口の、中韓両国のEEZが重なる海域にある。韓国は、自国の方が近いという理由をあげて2003年に一方的にこの暗礁の上に「海洋科学基地」を建設、実効支配に乗り出している。

これに反発する中国は「今後、中国が管轄する海域を海洋観視船と航空機で定期的に監視する」と宣言。9月23日のデモンストレーションにより韓国人は「中国がいよいよ奪り返しに来る」との恐怖を抱いた。

2日後の9月25日には中国初の空母「遼寧」が就役、黄海ににらみを利かせ始めた。

韓国人の空母恐怖症は根深く、昨年この空母が試験公開した際には「韓国は軍事的にも米国・中国と等距離であるべきだ」などという弱気の主張が新聞紙面を飾った。

朝鮮日報のユ・ヨンウォン軍事専門記者は9月25日付の記事「尖閣の次は離於島、中国が地域紛争化の動き」で「中国は海洋科学基地の撤去を韓国に要求してくる」との専門家の意見を紹介している。

中国人がこれを読んだら「韓国人は竹島では『日本に苛められそうだから助けてくれ』と中国に泣きついたくせに、釣魚島(尖閣諸島)では日本に味方して中国を非難し、反中連帯の音頭をとるのか」と怒りだすに違いない。

しかし、日本の“良心派”も、もう韓国を助けられない。韓国の誤算は、9月26日の安倍晋三氏の自民党総裁就任である。安倍氏は産経新聞のインタビューで「過去に自民党政権がやってきたことも含め、周辺国への過度の配慮は結局、真の友好につながらなかった」と語っている。

詳細 2012/10/2


蘇岩礁(韓国名・離於島)をめぐる中国の上記の動きは、南沙諸島をめぐる対フィリピン・ベトナムのそれや、尖閣諸島をめぐる対日本のそれと連動したものであることはいうまでもありません。

この、海をめぐっての中国の覇権主義の本格的な始動は、今後強まることはあっても弱まることはありえません。

それゆえ、中国からすれば、竹島や天皇をめぐって韓国と日本が仲違いをすることは、願ったり叶ったりの事態なのです。逆に言えば、日本と韓国が共同戦線を張ることは、中国としてはなんとしても避けたい事態なのですね。

日韓の関係悪化は、韓国側の原因としては、不健全な反日意識が挙げられます。日本側の原因としては、行き過ぎた配慮外交・自虐外交が挙げられます。その底流には、近年における両国の経済の不振状態があります。そのことを双方とも冷静に反省し、違いは違いとして踏まえつつ、極東情勢は、日韓が仲違いしていられるほど、悠長なものではないことを、一日でも早く悟らなければなりません。

その点、気になるのは、上記の記事の中の「『韓国は軍事的にも米国・中国と等距離であるべきだ』などという弱気の主張が新聞紙面を飾った。」という指摘に見られる、韓国の対中国姿勢のブレです。

韓国にそういうブレがあると、日本と韓国の足並みはいつまでたっても揃いません。そうすると、韓国は、結局のところ中国の「再興された中華帝国」の軍門に下ることになるでしょう。

そのブレの根にあるのは、李朝・儒教原理主義王朝体制五〇〇年間に育まれた対中国の事大主義(長いものに巻かれろ精神)です。

また、その事大主義の温存に一役買っているのが、韓国の歪んだ反日的な歴史観です。韓国は戦前日本の収奪・搾取によって自立的な近代国家になりえなかったとする歴史観を固く信じているのです。つまり、日本が邪魔さえしなければ、韓国は自力で立派な近代国家になりえた、というわけです。

ところが、実際には、1910年の日韓併合までに、お家芸の、両班たちの権力闘争によって、当時の李朝は、自力での近代化の芽を根絶やしにしてしまっていました。独立党のリーダー金玉均の惨殺などは、その象徴です。そうして、その後のいわゆる「日帝36年」によって、近代化のためのインフラ(社会経済的基礎)が整備されるに至ったのは自明の歴史的事実です。

そういう歴史的な事実を覆い隠す戦後日本の自虐史観が、韓国の宿痾としての事大主義の温存やそれを補完する反日的な歪んだ歴史観の持続に一役も二役も買ってきたのは明らかですね。

韓国が、対中国の姿勢におけるブレを失くすためには、歴史的無意識と化した事大主義を自覚し、それから脱却することが必要なのです。

そのためにも、日本は自虐史観と過度の配慮外交から脱却しなければならないと、私は考えています。日韓の今回の行き違いが、そのきっかけになればいいのですが。誤った歴史観は、最後は国を滅ぼすに至るのです
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上念司さんの時局論 三橋貴明MLより  (2012・10・4 掲載)

2013年11月30日 08時08分29秒 | 政治
10月4日配信の『三橋貴明「新」日本経済新聞』をご紹介します。論者は、上念司さんです。最近私が投稿している内容と、なにかと響き合うところが多いと感じます。彼も私と同様に、安倍晋三自民党新総裁に期待するところが大きいので、そういうことになるのでしょう。分かりにくそうなところは、コメントを入れます。

上念司@大門オフィス

安倍晋三氏が自民党の総裁になることは、「奴ら」にとってよほど都合が悪いようです。


ここで「やつら」とは、端的に言えば、反日左翼勢力です。大手メディアなら朝日・毎日・NHKが代表格でしょうし、また、民主党の支持基盤である日教組・解放同盟・自治労・民団・朝鮮総連もそうでしょうし、さらには、与野党に散在する親中・親韓派議員などももちろんそうです。

安倍新総裁に対してネガティヴ・キャンペーンを展開しているのは、上記反日メディアだけではなく、そのほかに、私が目にした限りでは『週刊ポスト』『週刊現代』『日刊ゲンダイ』などもそうです。

安倍氏は今回立候補した5人の中で唯一、増税反対と日銀法改正を訴えています。もちろん自民党の公約である国土強靭化も推進する立場です。

反日メディアは、「五人ともに同じようなことを言っていて新鮮味がない」などと報じていましたが、それは嘘です。それも、安倍さんに対する目立たないネガティヴ・キャンペーンのひとつでした。阿部さんだけが、デフレから脱却することなしに消費増税を実施することに反対し、また、デフレからの脱却のために、日銀が大胆な金融緩和をアコード(政府との政策協定)として実施すべきことを強調しました。また、巨大地震の起こる可能性が高まったことに備えて、列島全体の耐震構造を強化するのは当たり前のことですから、国土強靭化は、どこの党が政権を取ろうとも絶対にやらなければならないことです。それを明確に打ち出しているのは、いまのところ自民党と公明党だけです。そのこと自体、驚くべきことです。他の政党は何を考えているのでしょうかね。維新の会なんぞは、公共事業を増やすのはイヤだから、国土強靭化には反対する、と新自由主義根性むき出しの見解を公表しましたね。新自由主義路線を守るためだったら、国民の命や財産なんてクソ喰らえというわけでしょう。立派とは言えませんが、橋本さんらしい実に明快なメッセージです。以前の繰り返しになりますが、橋下さんは、なぜ「ユニークな大阪市長さん」に踏みとどまらないのでしょうか。もったいない。

仮に、安倍政権が誕生し、これらの政策がすべて採用された場合に何が起こるでしょうか?

まず、デフレは数年以内に終わるでしょう。その結果、名目GDPの成長率で最低4%、公共事業によって失業率は低下しおそらく3%以下の完全雇用状態になるでしょう。

私も、そう思っています。だから私は、断固安倍支持に回ったのです。名目GDP成長率4%というのはちゃんとした根拠のある数値です。日銀による適切なインフレ・ターゲット政策でインフレ率2%。それに自然成長率2%。前者は、まともな先進国ではごく常識的な数値です。また、後者は、ガムシャラにがんばらなくてもまともな経済状態だったら(つまりデフレ状態でなければ)ごく普通に達成される数値です。両者を合わせて2%+2%=4%ということです。これが、とんでもない高い数値に思えてしまうこと自体、長らくのデフレ不況でわれわれ日本人の感覚がマヒしてしまっている証拠です。失業率3%以下というのは、インフレ率と失業率の相関関係を示すフィリップス曲線から割り出された数値でしょう。

為替レートは最低でも1ドル100~110円、株価も1万円台ならすぐに回復し、場合によっては2万円を超えてくるかもしれません。

株価2万円台までは、想定していませんでしたが、言われてみれば、6年前の安倍政権時代に確か1万8000円くらいにまで上昇したことがあったのですから、ありえない話ではありません。為替レートも妥当な想定です。

人々が豊かになれば、当然税収は増えます。プライマリーバランスが黒字転換すれば、財政問題も解決。年金改革など、制度的な不備を抱えたシステムも修復して国民の信頼を取り戻すためにも好況は強烈な追い風になるでしょう。

デフレ脱却→景気回復→名目GDP増→税収増の好循環のなかで、プライマリーバランス(国債費以外の歳出-税収)が赤字からゼロに、そうしてやがては黒字へという流れが生まれてきます。年金関連の歳出が1年間に1兆円増えている、それを増税以外のやり方でどうやってカバーするのかという、いまの政府を悩ましている年金問題も、消費増税をするまでもなく、持続的なGDPの上昇によって自ずと解決されます。だれも「痛み」など感じる必要などないのです。これが本当の財政再建です。野田総理のように、変に深刻ぶって国民の細るいっぽうの財布に薄汚れた手を乱暴に突っ込もうとすることは、財政再建とは名ばかりのただの増税です。戦後のどの政権も「増税なしに財政再建なし」などという、為政者としての無能の極みを示すスローガンをぶちあげたことはなかったのです。


「奴ら」にとって、そんなことが起こったらまさに「悪夢」です。だって、日本が滅ぼせないじゃないですか!!だから、日本を復活させそうな政治家に対しては、どんなにつまらないことで難癖をつけて、悪いイメージを大衆に刷り込んでおきたいと考えているようです。

6年前の安倍政権に対して、反日朝日は執拗に(ほぼ毎日)ネガティブ・キャンペーンを展開し、それを崖から突き落とすことに成功しました。「安部の葬式はうちで出す」(朝日新聞論説主幹・若宮啓文(よしぶみ))というコケの一念がついに実現したのです。いやぁ、朝日はさぞかしうれしかったでしょうね。

以下は、私がくだくだしく説明するまでもないほどに明快なので、お読みください。

例えば、日刊スポーツという朝日新聞の子会社が出している新聞があります。

事もあろうに、この新聞で再び捏造記事が掲載されました。やっぱり「奴ら」の一員だったみたいですね(憶測ですが、、、)

安倍新総裁、高級カツカレーにネット非難26日の自民党総裁選直前、都内のホテルで決起集会を行った安倍晋三総裁(58)が、昼食に高級カツカレーを食べていたと一部の情報番組で報道され27日までに、インターネット上で

“カツカレー騒動”が勃発している。ツイッターなどでは「(値段が)高すぎる」「既に庶民感覚を失っている」などと安倍氏への非難が出ている。(後略)

www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20120928-1024232.html

さて、こんな批判は一体どこで上がっていたのでしょうか?この記事は捏造ではないかと逆にネット上で総攻撃を食らってしまいました。またひとつ「奴ら」の陰謀は阻まれた!?まぁ、朝日新聞が「朝日って」いるは戦前からずっとそうですから、気にしないで置きましょう。

さて、安倍氏が総裁選に臨み、気合を入れるために食べたカツカレーは3500円でした。ところが、これを批判している朝日新聞本社内にある「アラスカ」という店では、「極上黒毛和牛のスペシャルビーフカレー」という“超高級”カレーがなんと3675円で提供されているそうです。

これをいつも食べている朝日新聞社員だからこそ、これだけ庶民感覚からズレまくった記事が書けるのだなと妙に納得してしまいました。この情報を提供してくださった三橋経済塾のちょーしさんありがとうございました!


ところで、動画をひとつアップしておきます。これは、チャンネル桜に出演した長谷川三千子さんのお話です。前日の産経新聞の正論欄に掲載された彼女の「時代が安倍氏に追いついてきた」という論文に、水島社長がたいそう心を動かされて、彼女に急遽出演を依頼し、無理やり局に来てもらったそうです。アップ・ツー・デートかつディープなお話がいろいろとなされています。さすがは長谷川さん、と思いました。ぜひご覧ください。


【長谷川三千子】時代が安倍氏に追いついてきた[桜H24/10/4]
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韓国 スワップ協定拡大措置延長を申請せず!(追加あり)  (イザ!ブログ 2012・10・3 掲載)

2013年11月30日 07時53分04秒 | 経済
李明博大統領の竹島上陸・同大統領による天皇謝罪要求によって、日韓関係が目下麻痺状態であることは、みなさんご存知のとおりです。そこで、韓国の通貨・ウォンを下支えする日韓通貨交換協定の破棄が三橋貴明氏などによって主張されることになりました。私は、ただでさえ経済状態の良くない韓国に対しては、経済制裁のほのめかしだけでも大きな効果がある、つまり韓国は慌てふためくものと思っていました。

そんなふうに考えていた私の目に、さきほど次のような記事が飛び込んで来たのでした。

<日韓通貨交換協定>拡大措置の延長を申請せず
毎日新聞 10月2日(火)19時35分配信

日本が韓国への金融支援策として実施している日韓通貨交換(スワップ)協定について、韓国が10月末で期限切れとなる拡大措置の延長を申請していないことが2日、分かった。財務省幹部が自民党本部で開かれた同党外交・国防合同部会で明らかにした。同省は、申請がなければ延長しない方針で、10月末で拡大措置が終了する可能性が高まっている。

同協定は、日韓が緊急時に外貨を融通しあう仕組み。昨年10月、欧州債務危機の影響を懸念した韓国からの要請を受け、通貨交換枠を130億ドル(1兆円)から700億ドル(約5.6兆円)に拡大した。しかし、李明博(イ・ミョンバク)大統領の竹島上陸などを受け、日本政府は同措置を見直す方向で検討していた。


韓国の、この無謀な振る舞いは、同国が冷静な国家理性を失った、極めて危険な状態にあることを示していると、私は判断します。その理由を以下順を追って説明します。

韓国は、ウォン安を強力な国際競争力にして輸出を伸ばすことで経済成長を成し遂げてきた輸出立国です。また、対外短期債務依存度の高い、脆弱な金融経済構造を抱えた国でもあります。金融危機を迎えると、海外投資ファンドが素早く韓国金融市場から資本を引き上げることになるので、ウォンは暴落しやすいのです。事実、韓国は、1997年のアジア通貨危機で、自国通貨の暴落を経験しました。また、2008年秋のリーマン・ショックのときにも自国通貨の大幅な下落を経験しました。

ただでさえ危機的な通貨状態であるところへ、今度は10年春のギリシャに始まるユーロ加盟国の債務危機の余波が韓国の通貨・金融市場に押し寄せてきました。信用不安のためにドル資金を調達できなくなった欧州系金融機関が韓国などから短期資本を引き揚げるようになり、その影響で、11年秋に外貨不足に陥った浦項製鉄が、日本での外貨調達に奔走する羽目に陥ったのです。

そこで、韓国は日本政府に相談を持ちかけました。以下は、産経新聞・田村秀男論説委員のブログからの引用です。

短期資本の流出に危機感を抱いた韓国の通貨当局は日本に対して、緊急時の外貨の融通を求めてきた。その結果が昨年10月の李大統領と野田佳彦首相の通貨交換(スワップ)枠拡大合意である。それまでの130億ドルから700億ドルへの枠拡大で合意した。韓国にとって通貨スワップとは、国際金融市場で交換性に乏しいウォンを刷るだけで国際通貨である円やドルと交換できる「おいしい」話である。

韓国の対外短期債務総額は1360億ドルに上るが、その半額相当を難なく日本から調達できる。この協定があるおかげで、韓国はウォン安を放置しても、ウォン崩落は避けられる。おまけに韓国企業が日本に対して競争優位に立つ。外部からすれば、日本政府のお人よしぶりを象徴しているように見えるだろう。

http://tamurah.iza.ne.jp/blog/entry/2815428/ 田村秀男ブログ「揺れる日韓通貨交換合意」

韓国の通貨危機が日本の景気にマイナスに作用することは確かです。だから、700億ドル(約5.6兆円)は、それに対するリスクをヘッジするための費用と考えることもできます。

しかし、他方では、この協定によって韓国のウォン安が保護されていることも確かです。ウォン安・円高を武器にした韓国企業の世界市場進出によって日本の電気産業がシェアを奪われて断末魔に近い叫び声を上げていることは、メディアを通じて嫌でも目に入ってきます。日本と韓国との間では、協調できる分野よりも競合する分野の方が多いのです。

だから、一面では、日本は自国の国益を犠牲にしてまでも韓国の国益を保護していると言っても過言ではありません。そこには、これまでの日本の韓国に対する過度の配慮外交の問題や、河野談話に典型的に見られる、日本政府による自虐史観の甘受の問題が絡まっていて、一筋縄ではいかないところがあります。

いずれにしろ、韓国にとってこのスワップ協定は、自国の経済的弱点を見事にカバーしてくれる丸々美味しいお約束なのです。このいわば「特権」を手放すことは、反国家思想を信奉する老人が、自分の思想に殉じて国家に老後の面倒を見てもらうのを拒絶するようなものです。それを韓国はどうやらやってしまおうとしているのです。

通貨交換枠が700億ドルから130億ドルに低下することは、いまの韓国の対外短期債務残高1360億ドルに対する比率が、5割から1割に低下することを意味します。日本の他に、スワップ協定なんて手前勝手な申し出を受け入れるお人好しな国はありませんから、それは、十中八九韓国通貨ウォンの国際的な信認の劇的な低下を招くはずです。「大嫌いな日本に頭を下げるくらいなら、そういう状態になっても構わない」という肚なのでしょう。これを、やぶれかぶれの破滅願望と称さずしてなんと称すればいいのでしょう。あるいは、狂気の沙汰とか。国民の生命と財産を守るのが近代国家の存在理由なのだから、そうとしか言いようがありません。

韓国はまたもやIMFから煮え湯を飲まされることを願っているのでしょうか。それでもかまわない、と。それは、政府がつまらない片意地を張ることで、国民に塗炭の苦しみを味わわせる行為であることに、政権担当者は気づかないのでしょうか。

1997年の通貨危機をきっかけに、韓国では戦後一度だけ、自国の偏狭な歴史観を見直すという内省的な機運が訪れたことがあります。それを、台無しにしてしまったのは、盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の親日派一掃運動です。これは、「日帝36年」の過去にまでさかのぼって親日的な行為を認定・断罪し、場合によっては一族の財産没収を伴うこともある凄まじい反日運動だったようです(『韓国併合への道 完全版』呉善花・文春新書)。それで、そういうまっとうな機運の芽はすべて摘み取られてしまいました。その延長上に、韓国憲法裁判所の「元従軍慰安婦の賠償請求権について韓国政府が交渉努力をしないのは違憲」という国際法無視の手前勝手な判断と、李明博大統領のトチ狂った振る舞いとがあるのでしょう。

IMFの管理下に入ってもう一度頭を冷やせ、などとは言いませんが、いまの不健全な精神状態から、韓国はなんとかして抜け出さなければ、とんでもない事態が待ち受けていることだけは確かです。つまり、自分で自分の墓穴を掘ってしまうということです。マルクスいわく「無知が栄えたためしはない!」。

日本は、韓国の出方を冷静に見ながら、日韓関係の根本的再構築のあり方を心しずかに考え適宜それを実行に移すことによって、戦後レジームからの脱却の道筋を具体的につけるべきです。それが、日韓問題に対する最善の対処法であると私は考えています。そうすることで、韓国を、日本と歩調を合わせて、中国の覇権主義に臨むほかない地政学的な宿命を分かち合おうとする深い自覚を持つところにまでもっていくことができればと考えます。そうしないと、韓国は、北朝鮮を通じて、結局は中国に呑み込まれてしまうことになるのではないでしょうか。韓国は、日本に反発しながら甘えている場合ではないのです、実際のところ。「反日」というお酒を飲みすぎた酔っ払いのように正体を失くしてふらふらしていてはダメなのです。

これは、嫌韓感情でカッカしている方にとっては、到底受け入れがたい姿勢であると思われます。しかし、よくよく考えれば、結局そこに落ち着くより他にないのではないかと、私は考えています。日韓の国交断絶は、中国の覇権主義の跋扈を許すことにつながるので不可なのです。「だから、配慮外交を続けろ」と言っているのではありません。それは、一日でも早くやめるべきです。そうではなくて、すべてをリアルに認識したうえでの(これはその途上で不可避的に摩擦を生じます)、利害に基づく連携の道を探すよりほかはない、と申し上げているのです。感情で片付く外交問題なんて、ひとつもないでしょう。

ちなみに日中問題は、戦後レジームからの脱却が仮に可能であったとしても(これ自体茨の道です)、それだけでは片付かない側面を有する問題であると考えます。日中問題は、日韓問題よりもずっと深刻なのです。そこに、世界史的なスケールの大きい要素が絡んでくるからです。それについては、いずれまた。

【追加】

またもや、啞然とする情報が飛び込んできました。

日本の野田第3次改造内閣で新たに財務相に就任した城島光力氏は2日、韓国との通貨スワップ(緊急時に 外貨を融通し合う仕組み)の拡大措置が今月末で期限切れとなることについて「延長の是非を慎重に検討して いる」と述べた。

韓日両国は昨年10月、通貨融通枠を130億ドル(約1兆円)から700億ドル(約5兆5000億円)に拡大したが、 この措置は今月31日に期限切れとなる。今年8月の李明博(イ・ミョンバク)大統領による独島(日本名:竹島) 訪問を受けた報復措置として、当時の安住淳財務相は拡大措置を打ち切る可能性を示唆していた。

一方、毎日新聞によると、ある財務省幹部は同日に自民党本部で開かれた同党外交・国防合同部会で、 韓国側からまだ拡大措置の延長要請がないと述べ、要請がなければ延長しない方針を示したという。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/10/03/2012100300438.html

韓国が延長の申請をしてこなかったのに、「延長の是非を慎重に検討」するという城島新財務相の発言は、尋常ではありません。これは、例えて言えば、良かれと思って相手に親切心を発揮したところ、相手にそれを拒否されてもなお親切にすべきではないかと思い悩む脳天気なお人好しの振る舞いです。民主党政権は、媚韓体質が、骨にまで染みついているのでしょう。絶句してしまいます。民主党政権には、韓国とのマトモな外交交渉は、まったく期待できません。「反日」という強いお酒を飲みすぎて前後不覚になっている酔っ払いに、「媚韓」というこれまた強いお酒を飲みすぎていっしょに前後不覚になるなんて、愚の骨頂です。相手が、嫌だと言っているのだから、「ああ、そうですか。分かりました。」とあっさり引き下がるのが、相手の酔いを冷ますには効果的でしょう。ついでに「残りの130億ドルはどうしますか。嫌なら引っ込めますが」と追い討ちをかければ効果満点ですね。それくらいのことが、媚韓・城島にとっては、心理的ハードルが高すぎるものと見えます。よもや、安住前財務相がマトモに見えるときを迎えようとは、夢想だにしませんでした。城島は、どうやら、見たとおりの折り紙付きのバカのようです。

私は、民主党執行部の失態・不始末・横暴に対して、あれこれと悪口を言うことに、もはや飽き飽きしています。我慢の限界はとっくに超えてしまっています。

〈コメント〉

Commented by プシケ♂ さん
絶句。。です。前半を読み、「このカードを簡単に手放すなよ」「早く安倍さんに…」と思いつつ、歴史上を見てもご指摘の朝鮮半島の地勢学的意味合い、緩衝地帯としての位置を、明治の先人の顔を思い浮かべながら読んでいたら………。追記に絶句。。です。もうホントに飽き飽きですね。 あっ、今日、このサイト登録しましてようやくコメできてます。もう寝よう。色んなニュースが痛々しいです。


Commented by 美津島明 さん
To プシケ♂さん

>絶句。。です。前半を読み、「このカードを簡単に手放すなよ」「早く安倍さんに…」と思いつつ、歴史上を見てもご指摘の朝鮮半島の地勢学的意味合い、緩衝地帯としての位置を、明治の先人の顔を思い浮かべながら読んでいたら………。

ありがとうございます。私が何を言いたいのか、お分かりいただけたようで、感謝感謝です。これは、日韓併合の歴史的評価の問題に直結します。このことを、ちゃんと分かっている方は、それほど多くない。当時の一進会の歴史的評価がポイントになると、私は考えています。これは、いまの日韓関係の根幹に関わることだと、私は感じています。

>追記に絶句。。です。もうホントに飽き飽きですね。

まったくもって。安倍さんに、ガッツリとやってもらうよりほかありません。その場合、大手メディアの安倍さんに対するバッシングから、彼を守りきる構えが、われらがインターネット・ユーザーには求められます。その点、小林よしのりのわがままな振る舞いは、頭痛の種になるような気がしています。彼の、乱心ぶりをなだめる人は、だれかいないのでしょうか
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久々に、政治家と国民のまともな関係を見た思いがする (イザ!ブログ 2012・10・3 掲載)

2013年11月30日 07時25分18秒 | 政治
MSN産経新聞ニュースより。

「われわれが政権取ったらスピードアップ」 安倍自民総裁、民主政権の復興政策を批判
2012.10.3 11:37

福島県相馬市の災害公営住宅を訪れ、入居者と言葉を交わす自民党の安倍総裁=3日午前

自民党の安倍晋三総裁は3日午前、東京電力福島第1原発事故の被災者らが住む福島県相馬市の災害公営住宅を訪れた。総裁就任後、初の地方視察先に東日本大震災の被災地を選んだ。原発事故対策に積極的に取り組む姿勢をアピールする狙い。

安倍氏は入居者を前に「国が責任を持って判断しないから復興が進まない。予算も縦割りになってしまっている」と民主党政権の復興政策を批判。「われわれが政権を取ったらスピードアップすると約束する」と訴えた。

安倍氏は、警戒区域の指定を解除されたもののインフラ復旧が不十分とされる同県南相馬市や、解除されずに全町避難が続く浪江町なども訪問。午後には福島第1原発を視察し、事故処理の状況を確認するとともに、作業員を激励。周辺自治体の首長や議長から事故対応などに関する要望も受ける予定だ。


上の写真に、私はなにやら懐かしさを感じて、ついアップしてしまいました。政治家と住民とのこういう交歓風景は、この三年間一度も目にしたことがなかったので、たわいもなく感動してしまいます。ここには、「ごく普通に暮らしたい」というささやかな願いを託す者と、それを温かく包み込みながら重く受けとめる者との厳粛な関係が、見る者に自ずと伝わってきます。これが、国民と政治家とのまともな関係のイメージなのです。もちろん、政権奪還のパーフォーマンスでもあるのでしょうが、それが効果的であるためには、そこに真情がこもっていなければなりませんね。

地元の被災者の方々は、静かに湧き出てくる希望に胸躍るものがあったのではないかと推察します。それは、9月25日の新宿駅西口で催された、自民党総裁選の最終演説会で、安倍さんの演説を聴いたときに、わたし自身が経験したものなので、そう思うのです。

こんな当たり前の光景に心を動かされてしまうほどに、民主党政権の三年間はひどいものだったことを、私はあらためて痛感します。私の思い、わかる人にはわかりますよね?われわれ一般国民は、この三年間、民主党から虐待され続けたようなものです。

私の思いも、結局のところ、この写真のなかのおあばあさんと同じです。「安倍さん、頼んだよ。私たちも、望みを捨てずにがんばるからね


コメント(2)
2012/10/03 22:17

Commented by プシケ♂ さん
こちらにもお邪魔します(__) なんだか、目頭にじわっと来ます。(特に今日は、自分自身も弱りぎみで…。)我々には全てを知り判断することはできず、「何か」を、ある人に感じて。それを感じて、託すひとを決めるのが国民、我々、このお婆ちゃん。なんだと思うのです。


2012/10/04 01:13
Commented by 美津島明 さん
To プシケ♂さん
>こちらにもお邪魔します(__) なんだか、目頭にじわっと来ます。(特に今日は、自分自身も弱りぎみで…。)我々には全てを知り判断することはできず、「何か」を、ある人に感じて。それを感じて、託すひとを決めるのが国民、我々、このお婆ちゃん。なんだと思うのです。

プシケさん、こんばんは。私と同じ思いを共有できる方が、いらっしゃることが、とても嬉しい。プシケさんの「目頭にじわっと来ます」という言葉を聴いて、私も「目頭にじわっと来ます」。あのお婆ちゃんの姿に感応していただけて、感無量です。これを既成マスコミは「ネトウヨ」と悪罵しています。私は、それを絶対に許したくありません。ふざけるんじゃないよって。


*私は、いまイザ!ブログからGooブログへの投稿の移転作業を時系列順に毎日少しづつやっております。ときどき、削除してしまおうかと迷うものがあります。そのなかでも、上記の投稿は、その思いがとりわけ強く湧いてきたものです。しかし、思いとどまりました。後から振り返ると穴があったら入りたくなるほどの強い羞恥心が湧いて来るような投稿であっても、そこに、そのときの自分の正直な思いが刻み込まれているのは事実であり、そういう意味での記録性を犠牲にするのはよろしくない、と考えたからです。一般国民として、民主党のバカ政治に踏みつけられ続けた結果、当時の私は相当に弱りきっていて、安倍さんを、藁にもすがるような心持ちで支持していたことが、よく分かります。民主党が政権を取ったことがきっかけで、数十年間の交友関係にあった人間に不信感を抱き、ついには、彼との交流を絶ったことは、どこかで話したような気がします。民主党政権の誕生は、それほどの個人的な衝撃を私に与えるだけの椿事なのではありました。私は、いまでも、当時の民主党政権に対して変に肩入れしたような発言をした、あるいはいまでも腹の中でしている人間の誠意を根深く疑う者です。(2013・11・30 記す)
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