美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

NHK放映「トマ・ピケティ講義」第2回・再掲載 (美津島明)

2016年01月30日 21時58分41秒 | 経済
NHK放映「トマ・ピケティ講義」第2回・「所得不平等の構図~なぜ格差は拡大するのか~」(美津島明)
NHK放映「トマ・ピケティ講義」第2回・「所得不平等の構図~なぜ格差は拡大するのか~」(美津島明)前回、当講座第1回をアップしたところ、ある方から「ぜひ続けてくれ。勉強になる」...



今回も「付録」をつけましょう。

次に掲げるのは、新自由主義的グローバリゼーション批判の急先鋒として知られるスーザン・ジョージの「なぜ1%にも満たない富裕層が世界を支配するのか  グローバリゼーションによる格差拡大を止めるには」というインタヴュー記事の一節です。女史は、「新自由主義のグローバリゼーション」と「真のグローバリゼーション」とを厳密に分け、私たちがこの30数年間経験してきたのは「新自由主義のグローバリゼーション」であり、他方、「真のグローバリゼーション」とは、「普遍的な、ユニバーサルな福祉国家に向かってさらに進むこと」であると言います。それを私なりに言いかえると、「真のグローバリズム」とは、世界の諸国家が一致協力して一般国民を幸せにする国民経済重視の流れを作り出すことである、となります。当記事の一部分を引きますので、ご興味を持たれた方は、下記のURLをクリックしてみてください。掲載日は2012年2月13日とやや古いのですが、内容的にはまったく古びていません。http://diamond.jp/articles/-/16095

***

――つまり、いま我々が直面している危機を起こしたのは、多国籍企業の、新自由主義のエリートということでしょうか。

 そうです。私はそれを「ダボス階級」と呼んでいますが、グローバリゼーションはそういう非常に少数の階級の人にだけ完全な自由を与え、彼らはできるだけ速く大儲けをするべく規制を緩和し、国営のものを民営化するためにその自由を利用してきたのです。

 しかもこのシステムは長期的なフォーカスを持っていません。長持ちする、包括的なシステムとしては考えられていないのです。市場は万能であり、自己規制が働くというのはまったくのナンセンス。民営化すると何でもうまくいくというのは、完全に間違っています。

 私が言う真のグローバリゼーションは、一種の普遍的な、ユニバーサルな福祉国家に向かってさらに進むことであり、いま起きている「新自由主義のグローバリゼーション」ではありません。グローバリゼーションの成功とは、ユニバーサルな福祉国家の実現のことです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世界経済と中国経済の現状(その2) (美津島明)

2016年01月29日 00時21分13秒 | 経済
世界経済と中国経済の現状(その2) (美津島明)


http://www.asahi.com/topics/word/人民元.htmlより引用

今日も、昨日に引き続き、中国経済をめぐってのコメントを、フェイス・ブックに載せました。それに加筆訂正して、以下にアップいたします。

○【中国の視点】プーチン氏にも弱音「ロシア経済は原油急落と中国にやられた」 (FISCO)
http://www.msn.com/ja-jp/news/money/%e3%80%90%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e3%81%ae%e8%a6%96%e7%82%b9%e3%80%91%e3%83%97%e3%83%bc%e3%83%81%e3%83%b3%e6%b0%8f%e3%81%ab%e3%82%82%e5%bc%b1%e9%9f%b3%e3%80%8c%e3%83%ad%e3%82%b7%e3%82%a2%e7%b5%8c%e6%b8%88%e3%81%af%e5%8e%9f%e6%b2%b9%e6%80%a5%e8%90%bd%e3%81%a8%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e3%81%ab%e3%82%84%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e3%80%8d/ar-BBoMPaZ?ocid=sf

私は、この記事を読んで、以下のようなことを考えた。

中共は、日米分断を外交政策の基本路線にしている。それゆえ日本側は、対抗措置として、中露分断を外交政策の基本路線とすればよい(日米軍事同盟の堅持・強化は当然の前提である)。安倍首相は、オバマをかき口説いて、親露路線が日米にとって得策であることを納得させ、経済制裁をやめさせ、日本の対露経済援助を認めさせるべきである。オバマには、「日本がロシアに経済援助をするのは、アメリカの覇権の維持のためである」と言っておけばいい。北方領土の「ほ」の字さえも、出してはいけない。アメリカにとって、そういう日本にとっての国内的歴史事情は、関心の埒外であるからだ。野暮はよそう、ということ。

で、中国経済失速と原油価格暴落で経済が弱体化したいまなら、日本の経済援助の申し出を、プーチンは、喜んで受け入れるはずである。つまり、イチコロなのである。

記事にあるとおり、ロシア経済の最大の弱点は、「石油・ガスなど資源の輸出に依頼する体質」である。「愛国者」プーチンの心願は、そういう現状から脱却して自立型国民経済を実現することであると思われる。国民経済の充実による経済成長の経験を豊富に持つ日本にとって、対露経済援助の核心は、そういう心願を抱くプーチンのハートを鷲づかみにするものでなければならない。

そういうことができたならば、日本は、中露の分断を確実に実現できるだろう。それが、日本の安全保障のキモである。

日本は、アメリカに対する属国根性を脱したうえで、属国という現実的ポジションをフル活用すべきなのである。

*とはいうものの、一国の首相が、非公式訪問という形で、のこのことロシアに出かけるのは、絶対にダメである。そんな「北方領土問題の解決をオレの手で」などという底の浅い下心見え見えの行動は、海千山千のプーチンにとっては、飛んで火に入る夏の虫、カモネギも同然である。いともたやすく、お金をむしりとるだけむしり取られておしまい、ということになるのがオチだろう。手順を踏んで公式訪問にこぎつけるまで、じっと我慢すべきである。

○「さよなら中国マネー。三大投資家ジョージ・ソロスも中国を見捨てる」 (MAG2NEWS)
http://www.mag2.com/p/news/142681

日本の仮想敵国は、中共政府が率いる大陸中国です(それに比べれば、北朝鮮の脅威などものの数ではありません)。国際政治経済における中共の地位の向上は、日本の安全保障体制を脅かす主たる要因になります。それは、この数年の対中共体験を素直に振り返ってみれば、ごくふつうの日本人にとって、おのずと明らかなことでしょう。

それゆえ、国際政治経済においてきわめて大きな影響力を持つ国際金融資本が、中共政府にどう向き合おうとしているのかは、日本にとって、国家存亡に関わる重大事です。

その意味で、《国際金融資本の意思を代表するソロス氏が、親中から反中に転じ、中共をつぶしにかかっている》とする当記事は、注目に値します。ましてや、その記事を書いているのが、欧米諸国の「民主主義の衣をまとったプロパガンダ」の洗脳から能う限り自由な立ち位置から国際政治に関する見識を発信しつづけている北野幸伯(よしのり)氏なのだから、なおさらそうです。

小浜逸郎: 日本の対中戦略という観点からは、ソロス氏らの動向が、具体的なロシア支援や、ロシアに対する米の経済制裁緩和への働きかけというように、中露分断に役立ってくれればけっこうなことです。しかし、国際金融資本は金になりさえすれば何でもやるので、北野氏のこのレポートだけではちょっと予断を許さないように感じるのですが、いかがでしょうか。

美津島明 :おっしゃるとおりであると思います。正確に情勢分析をするために、希望的観測はなるべく排するべきですからね。それを踏まえたうえで申し上げると、当記事と、上記の「中共が、アメリカに対して、ドル基軸通貨体制の崩壊を目的とした経済戦争を仕掛けるために、大量の米国債を売りに出している」という趣旨の記事を合わせて読むと、見事に符合する、という事実を指摘しておきたいと思います。むろん、それでも希望的観測はあくまでも慎むべきであるとは思います。中共は、日本に対して、①情報戦(歴史戦)、②経済戦、③武力戦、という三つの戦争を同時並行的に仕掛けてきています。その戦争に勝つために、私たちはあくまでもリアリストでなければならないと、私は考えています。大東亜戦争に続いて、今回の戦いでも敗けてしまうと、今度こそ、日本に関する戦勝国史観は、国際世論において最終的に確定されてしまうでしょう。


○「米国債を大量投げ売り中。中国は一体何を考えているのか?」(MAG2NEWS)
http://www.mag2.com/p/news/141797

記事中の、「バルチック海運指数」なるものを、私はこれまで知りませんでした。世界経済の景気動向を知る有力指標だそうです。それによれば、世界経済の現状は、2008年のリーマンショック時よりも悪い。私は、それを目にして、少なからずショックを受けました。そこまで悪かったのか、ということで。

当論考によれば、このひどい現状を招いているのは、中共政府が、大量の米国債を投げ売りしているからである。つまり中共政府は、ドル基軸通貨体制の崩壊を目指してアメリカに経済戦争を仕掛けている、というわけです(とするならば、世界経済はまだ『底』を見ていないことになります)。もしもこれが事実ならば、中共は、「必敗」です。そう断言して、私ははばかりません。

なぜなら、それは、国際金融資本体制の安定性を著しく損なう振る舞いであって、国際金融資本が、それに対して手をこまねいているとは考えられないからです。国際金融資本の有力者たちは、お金・メディアをフルに活用して、中共政府を全力で潰しにかかるでしょう。先ほどアップしたソロス氏のアンチ・チャイナ発言も、その文脈で受けとめたほうがよいのかもしれません。

中共は、アメリカのみならず、よりによって、国際金融資本を敵に回してしまったようです。習近平は、なんと愚かな指導者なのでしょうか。
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NHK放映「トマ・ピケティ講義」第1回・再アップ (美津島明)

2016年01月27日 21時37分20秒 | 経済
NHK放映「トマ・ピケティ講義」第1回《21世紀の資本論~格差はこうして生まれる~》(美津島明)

NHK放映「トマ・ピケティ講義」第1回《21世紀の資本論~格差はこうして生まれる~》(美津島明)いま読書人の間で話題沸騰のトマ・ピケティ『21世紀の資本』。経済学の専門書として...



NHKで放映された「トマ・ピケティ講義」に、なるべく平易な解説をつけてアップする、ということを「その4」まで続けましたが、その後中断してしまいました。それを再開するぞ、という思いを新たにするために、当論考を再アップすることにしました。

ピケティが、膨大な量のデータをもとに、圧倒的な説得力で指摘した格差の拡大は、その後もとどまるところを知りません。以下は、ロシア在住の国際関係アナリスト・北野幸伯(よしのり)氏が今月の22日に配信したメール「世界の格差は、本当にすごい」からの引用です。ごらんください。

***

【驚愕】●世界の格差は、本当にすごい

日本も近年は、「格差社会だ!格差社会だ!」といわれます。

それでも、世界の現状をみたら、かなりマシですね。。

先日、本当に驚きの情報をみつけましたので、シェアさせて
いただきます。

CNN.co.jp1月18日から。

貧困問題に取り組むNGOオックスファム・インターナショナルは、
最新の報告書を出しました。

そこには「驚愕の事実」が明らかにされています。

オックスファムは今週スイスで開かれる世界経済フォーラム年次
総会(ダボス会議)に向け、米経済誌フォーブスの長者番付やスイ
スの金融大手クレディ・スイスの資産動向データに基づく2015
年版の年次報告書を発表した。

それによると、上位62人と下位半数に当たる36億人の資産は、
どちらも計1兆7600億ドル(約206兆円)だった。


どうですか、これ?

上位62人と下位半数に当たる36億人の資産は、
どちらも計1兆7600億ドル(約206兆円)だった。


つまり、トップの金持ち62人の資産は、貧しい方36億人の資産に
匹敵する!

また、オックスファムの報告書は、「格差が急速に拡大している
こと」をはっきり示しています。

富裕層の資産は近年、急激に膨れ上がっており、上位グループの
資産はこの5年間で計約5000億ドル増えた。

一方、下位半数の資産は計1兆ドル減少した。
>(同上)

上位グループの資産は、5年間で60兆円(!)増えた。

下位半数の資産は、5年間で120兆円(!)減った。

さらに、驚きの事実が出てきます

また、上位1%の富裕層が握る資産額は、残り99%の資産額を
上回る水準にあるという。
>(同上)

上位1%の資産は、残り99%の資産額より多い!!!

もう少し広くみてみましょう。

富裕層と貧困層の所得格差も拡大を続けている。

1日あたりの生活費が1・90ドル未満という極貧ライン以下の生
活を送る下位20%の所得は1988年から2011年までほとん
ど動きがなかったのに対し、上位10%の所得は46%も増加した。
> (同上)


世界には、1日当たり1.9ドル(=228円)、つまり月7000円以下で暮
らしている人が、20%もいる。

世界の人口が73億人とすると、14億6000万人もいる。

どうですか、皆さん。

私は、かなり驚きました。

***

グロテスクなナンセンス・ギャクとしか思えないようないびつな事態が、現に、この世界で進行しているのですね。ピケティの問題提起の大きさを再認識する思いです。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世界経済と中国経済の現状 (美津島明)

2016年01月26日 23時06分21秒 | 経済
世界経済と中国経済の現状 (美津島明)



中国の7月~9月のGDP成長率が六年半ぶりに7%を割りこんで6.9%になった、という報道があったのは19日のことです。この数値を真に受ける人は、よほどのお人好しか、何も考えない人以外には、あまりいないでしょう。いずれにしろ、中国経済の減速が顕著であることはもはやだれの目にも明らかでしょう。

昨日今日と、フェイスブックに中国経済をめぐっていくつかコメントをアップしました。手直しをしたうえで、ブログにアップしておきます。なお、当ブログにたびたびご寄稿をしていただいている小浜逸郎氏とのやり取りも載せておきましょう。

○「止まらない世界同時株安の『真犯人』は誰か」(週間ダイアモンド)
http://diamond.jp/articles/-/85135

記事中の「真犯人」が誰なのかはとりあえず措こう。「米国利上げ」と「中国経済減速」と「原油安」と「世界同時株安」それ自体が、複合的・連鎖的に作用して、世界同時株安が進行していることは間違いない。

私見によれば、そのなかで独立変数の度合いがもっとも高いのは「米国利上げ」である。「中国経済減速」と「原油安」は、世界経済停滞の原因というよりも、むしろそれと連動関係にあると思われる。だからと言って、それが真犯人であるとまではいわない。経済現象の諸要因は、基本的に、因が果となり果が因となる、複雑な連鎖反応において存在するものであるから。

「米国利上げ」に対する私見を述べておこう。

「米国利上げ」は、シェール革命によってエネルギー資源を他国に頼らずに済むようになったアメリカが、グローバリズムの推進からナショナル・エコノミーの充実に国家運営の基本路線を変更した国家的意思決定という意味合いが強いのではないか、とは以前から考えてきたことである(むろん、グローバリズムによる既得権益は固守しようとするのだろうけれど)。また、覇権国家としての地位の低下、という現実をアメリカはアメリカなりに受けとめて、グローバリズムのさらなる推進は得策ではないと判断したのではないだろうか、とも思う。アメリカが推進してきたグローバリズムは、アメリカのゆるぎない覇権があってこそアメリカに格別の利益をもたらしてきたのである。その前提がぐらつきはじめたら話は別だ、というのは、けっこうわかりやすい話ではなかろうか。

アメリカは、敵を叩くことに長けているので、もしかしたら、利上げによってドルを自国に吸収し、頭をもたげてきた中共を資金難に陥らせるという戦略があるのかもしれない。中共が、覇権国として衰退気味の米国に代わって覇権国の座をねらっているのは明らかであるから、その可能性は少なくない。アメリカが、そうやすやすと覇権国の座を「禅譲」するはずはないのである。

○「新たな『世界の工場』はどこに 優勢失う中国」
http://forbesjapan.com/articles/detail/10990 (Forbs JAPAN)

大陸中国がもはや「世界の工場」ではなくなりつつあるという現状こそが、大陸中国にとって、経済減速の最大の要因なのではなかろうか。というのは、それは雇用の激減を意味するからである。

中共は、四〇年以上一人っ子政策を続けてきた。そのため、生産年齢人口の減少傾向が今後顕著になることが明らかだ。



http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20121227/241649/?rt=nocntより引用

生産年齢人口の減少は、人件費上昇の最たる原因になる。それゆえ、先進諸国が安い労働力を求めて中国に林立してきた工場の国外流出傾向に歯止めがかからないことになる。むろん、それに連動して、ドルが流出し、株価は下がり、人民元安になる。その傾向に拍車がかかる。

工場の国外流出とは、雇用の減少を意味する。これからの大陸中国は大変である。というのは、経済減速が、単なる一時的な景気後退によるものではなくて、経済成長を支えてきた土台の崩壊によってもたらされているものであるからだ。

○「春は二度と来ない」中国政府系シンクタンク、異例の〝弱気〟ついに海外論評にも屈服 (産経WEST)
http://www.sankei.com/west/news/160126/wst1601260001-n1.html

中国経済減速の深刻さを訴える発言が、ほかでもない、中共政府サイドから発信された点が情報として貴重である。中国社会科学院は、中国経済の深刻さを物語る内部資料を握りしめているはず。

小浜逸郎 不動産バブル、金融バブルと次々にはじけ、今度は過剰設備投資をどうするかですね。リストラの嵐が吹き荒れるかもしれません。オーストラリアのような対中資源輸出国の景気もどんどん悪化しているようです。「偉大なるハッタリ帝国の罪と罰」

美津島明 おっしゃるとおりであると思います。中共にしてみれば、最近よくないことばかりが続いています。経済は明らかに減速しているし、台湾ダブル選挙で民進党が躍進して今後台湾と日米との安全保障面での協力体制が強化されるし、「中国は金にならない」と判断したドイツの中国離れが進みドイツ国内での対中ネガキャンが強まっているし・・・。ここからが要注意ですね。外憂内患を、対外侵略によって一気に吹き飛ばそうとする可能性があるのではないかと思うからです。習近平が、台湾の馬総統と何を話したのか、本当のところは闇の中ですからね。少なくとも習近平は、このままおとなしく耐え忍ぶような地道な人間ではない、とは言えるでしょう
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『徒然草』第三十一段の真実 (美津島明)

2016年01月20日 01時43分17秒 | 文学
『徒然草』第三十一段の真実 (美津島明)



雪のおもしろう降りたりし朝(あした)、人のがり言ふべきことありて文をやるとて、雪のこと何も言はざりし返り事に、「『この雪いかが見る。』と、一筆のたまわせぬほどの、ひがひがしからん人の仰せらるること、聞き入るべきかは。かへすがへす口惜しき御心なり。」と言いたりしこそ、をかしかりしか。

今は亡(な)き人なれば、かばかりのことも忘れがたし。


〈語釈〉
*「人のがり」:ある人のもとへ
*「文」:手紙
*「返り事」:返事の手紙
*「一筆のたまわせぬ」:一言も書いていらっしゃらない
*「ひがひがしからん人」:風流を解さない無粋者
*「聞き入るべきかは」:聞き入れることができましょうか。いや、できません。
*「かばかりのこと」:これくらいのちょっとしたこと。


これは、吉田兼好『徒然草』の第三十一段です。あるいは、みなさまの記憶のかたすみに残っているのかもしれません。私は、高校二年生のときに習った記憶があります。そのときは、特段の感興もわきませんでした。

実は、今日これを塾の生徒に教えました。で、教えているうちに、湧きあがってきた思いがあったので、こうして書き記すことにいたしました。

最終行の「今は亡(な)き人なれば、かばかりのことも忘れがたし」を説明していたときのことです。この妙な如実感はなんなのだろうか、という思いをいだいたのです。なんというか、ここを玩味していると、他人事ながら、そこはかとない悲哀の情が湧いてくるのですね。どうしようもなく切なくなってくるのです。

で、私なりの結論を申し上げます。文中の「亡き人」は、かつての兼好の「思ひびと」であった、ということです。こまかい話は、すれば、いろいろとございますが、やめておきましょう。

以下、この段を小説仕立てで現代語訳してみましょう。ご笑納いただければさいわいです。

わが侘び住まいの窓から外を見ている。雪が降っている。まわりに物音はまったくない。あの日も、今日と同じように、音もなく雪が降っていた。夢にあの方が現れ、切ない思いは秘めるにはもはや耐えがたいほどになっていた。だから私は、目覚めるとほどなく使いの者に手紙を託したのだった。私が、出家する前のことだった。

私も歌人のはしくれ。感興をもよおす雪のことを意識しなかったわけではない。しかしながら、その趣(おもむき)深さをつづるには、私のあの方への思いがあまりにも切迫しすぎていたのだ。

ほどなく使いの者が、返事を持ち帰ってきた。その手紙には、次のように書かれていた。

「あなたは、『この雪をどのような思いでごらんになっていらっしゃるのか』と手紙の中で一言もおっしゃってくださいませんでした。そんなふうに風流を解さないような無粋なお方が、いくら私への思いのたけを吐露しようとも、それを受け入れることができましょうか。いいえ、受け入れられるはずがありません。私は人妻です。あなたの思いを受け入れるにはどれほどの思い切りが必要なのかお分かりのはずです。今日の雪を見ながら、憂いに満ちた自分の気持ちを慰めていた私の心をまったく思いやらないあなたの文面をみて、『ああ、この方にわが身をお任せするのはむずかしいのだろう』と思ってしまったのです。かえすがえすも残念なことです。」

その文面を思い返してみると、むろん切ない思いはいまもなお湧いてはくるが、それにしても、わが思いびとの心根の率直さとちょっとした行き違いがふたりをわけ隔ててしまったこととを思うと、言い知れぬ思いに浸るほかはない。

その方はいまではもはやこの世にいない。でも私は、いまでもその方を恋い慕っている。だから、そんな手紙のちょっとした言い回しをも、いまだに忘れがたく思っているのだ。


私は、この解釈にけっこう自信があります。それゆえ、この書き物に「『徒然草』第三十一段の真実」というタイトルを冠したのであります。かりにはずれているとしても、それほど悪くないでしょう?
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする