昨日(2012年4月8日)の読書会では、田村秀男氏の『財務省「オオカミ少年」論』(産経新聞出版)を取り上げました。私がレポーター役で、レジュメと資料を読み上げながら、参加者に言いたいことが生じてきたら、その都度遠慮なく言ってもらうという形で進めました。
本書の結論は、ざっくりと言ってしまえば「財務省の主張とはまったく逆に実は豊富にある財源を悠々と使って、世界一の債権国日本は、FRBのバーナンキのような大胆な量的金融緩和(お札を一定期間どんどん刷ること)を実行して、2~3%のインフレ・ターゲット政策でデフレ不況を力強く克服し、被災地の復旧・復興を迅速に成し遂げ、円高からきっぱりと脱却しなくてはならない。日本には、マスコミが垂れ流す弱り切ったイメージとは逆に、経済成長のレールに力強く乗ることのできる大きな潜在力がある。いまは、増税を論じるときにあらず。デフレ下の増税はデフレ不況の悪化を通じて税収減をもたらすだけである。」となります。
この結論を素直に受け入れるためには、マスコミにはびこっている数々の「経済をめぐるウソ」を払拭する必要があります。本書は、それらに抗して書かれた、という側面がありますので。それで私は、まずはそれらを取り上げて、ひとつひとつ撃破していきました。どこまで参加者のみなさんに納得していただけたのか分かりませんが、自分の力の及ぶ範囲でやってみました。
では、ウソを列挙しておきましょう。
①「増税したら税収が増える」というウソ
②「政府の財政を家計にたとえること」のウソ
③「IMFはトップクラスのエコノミスト集団」のウソ
④「次世代にツケを残してはならない」のウソ
⑤「円高対応緊急パッケージ」のウソ
⑥「日銀券ルール」のウソ
⑦「復興財源は増税によるほかない」のウソと「国債の日銀引き受けは禁じ手」のウソ
⑧「日本は世界で一番低金利」のウソ
⑨国家公務員上級試験の定番の設問「財政均衡乗数の定理」のウソ
⑩「日本は借金が多すぎて、いまに財政破綻に陥る」のウソ
①の「増税したら税収が増える」のウソについては、このブログで一度ならず触れたことがあるので説明は割愛します。
②の「政府の財政を家計にたとえること」のウソについては、財務省が好んで使う「プライマリー・バランス」を例に取り上げて説明しましょう。プライマリー・バランスについてはいろいろな説明の仕方があるようなのですけれど、私は、盛山和夫氏の『経済成長は不可能なのか』(中公新書)が頭にスッと入ってきましたので、それで説明しましょう。
平成11年度予算は、歳入の部は、公債金収入が44.3兆円で税収などが48.1兆円でした。それに対して歳出の部は、国債費が21.5兆円で社会保障関係費や地方交付税交付金などの政策的経費の総額が70・8兆円でした。この場合、税収の44.3兆円から政策的経費の総額の78.8兆円を引いた差額のマイナス22.7兆円がプライマリー・バランスで、22.7兆円の赤字となり、財務官僚が顔をしかめるわけです。つまり、財務官僚の理想は、税収額が政策的経費を上回るプライマリー・バランスの黒字状態なのですね。家計を預かる主婦の感覚なんですね。主婦の感覚で、一年に一兆円ずつ増え続ける社会保障関係費をざっくりと削減しようというのが、あの小泉内閣の「痛みを伴う聖域なき構造改革」だったわけです。大げさな言葉使いをした割には、その正体は、稼ぎの悪い夫(税収減)にいらだちながら、増え続ける夫の小遣いを減らして(社会保障関係費を削減して)家計の赤字に大鉈(おおなた)を振り下ろそうとする(プライマリー・バランスを改善しようとする)財務官僚の主婦感覚だったわけですね。国政運営の在り方としてそれほどレベルが高いとはいえませんね。
第一、家計と政府の財政とでは、その目的が違います。家計の目的はそれを黒字にして貯蓄を増やすことですが、政府の財政の目的は国民の幸福追求の外的条件をできうる限り充実させることです。国民の生命・財産が脅かされる緊急時には、政府はためらうことなく赤字覚悟でできるだけの財政出動をすることが善なのです。赤字をためらって、むざむざと国民の犠牲を増やすなど言語道断です。もちろん、東日本大震災の被災地のことを言っているのです。また、政府は財源が足りなければお札を刷ることができます。家計がそれをやってしまうと犯罪者扱いをされてしまいます(当たり前のことですが)。
③の「IMF(国債通貨基金)はトップクラスのエコノミスト集団」のウソについて。田村氏は「IMFは、欧米金融マフィアの利害の代弁者」と述べています。アメリカ政府の閣僚級に、ウォール街の元住人たちがずらっと顔を並べているのは有名な話ですね。また、世界銀行の要職についていたキャリアの持ち主で、ノーベル賞経済学賞を受賞したスティグリッツは『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(徳間書店)で、「IMFはアメリカ財務省の裏庭である」と述べています。これらをつなげれば、「IMF=アメリカ財務省=ウォール街の強欲金融資本の利害」という等式がとりあえずは出来上がります。日本の財務省はIMFの「日本は早期に消費税増税をして財政再建を成就するべし」 というメッセージを水戸黄門の印籠として使いたがりますが、少なくとも、国民はそれを真に受けるには及ばないと考えるべきです。ずばり言ってしまえば、ウォール街の強欲金融資本が日本のデフレを歓迎し、円高容認(ドル安)を喜んでいるとIMFのメッセージを読み替える必要がある、ということになります。大手メディアがIMFに対して批判的言論を展開したのを私は生まれてこのかた見たことがありません。敗戦トラウマの為せる業でしょうかね。
④の「次世代にツケを残してはならない」のウソについて。田村氏は「公債残高668兆円という巨額の負債はあくまでも政府の債務。債務にはそれに見合う債権(資産)が必ずある。政府債務の95%(いまは94%のようですー投稿者注)を引き受けているのは日本国民の貯蓄である。われわれの貯蓄の多くは国債で運用されている(そうしないと銀行は逆ザヤで倒産してしまいますー投稿者注)。政府債務の最終的な債権者はわれわれ一般国民なのである。」と述べています。政府の債務(借金)は国民の債権(財産)なのですね。国債を1兆円分もらったとしたら、あなたは、政府の心痛を慮って「ああ、1兆円借金だ」と嘆き悲しんであげますか。そんなこと、ありえませんよね。嬉しくってしょうがないですよね。そういうことです。
⑤の「円高対応緊急パッケージ」のウソについて。田村氏によれば、2011年の8月に打ち出された「円高対応緊急パッケージ」は実は円高助長政策なのだそうです。円高を活用した円高対策は、海外の投資ファンドには円高容認と映ります。それで、当政策は、円高を助長し、国内投資を減らし、デフレを助長することになります。この政策の制度設計の動機は、「円高対応」と銘打った財務省利権拡張とのこと。外貨準備の融通は事実上、財務省系列にある国際協力銀行経由で行われる。つまり、当銀行の取引高を増やしてあげて彼らに恩を売り、財務省の権限を強化し、天下りポストを増やすということなのでしょう。いやあ、どこまでも姑息なんですね、すごいですね、財務官僚って。
⑥の「日銀券ルール」のウソについて。日銀券ルールとは、長期国債の日銀保有額をお札の発行残高以内に抑えるという日銀の内規です。これが、日銀が本格的な量的緩和に乗り出せないネックになっているのです。このルールは、日銀による長期国債の買い切りや引き受けを拒むことが「宗教」だと言ってはばからなかった故速水優元総裁が、2001年3月の量的緩和政策時(小泉内閣発足の直前)に導入したものです。大規模な量的緩和のためには、巨額にのぼる長期国債の買い上げが欠かせません。それがこのルールがネックになってできないのです。このようなルールを持つ主要中央銀行は世界にないそうです。学術的根拠にも乏しいとのこと。白川方明総裁はこのルールを律儀に守っています。それで、日本は、国際的な通貨競争においてボロ負けしている、というわけです。
⑦の「復興財源は増税によるほかない」のウソと「国債の日銀引き受けは禁じ手」のウソについて。これについては、本書よりも、田中秀臣氏と上念司氏の対談本の『「復興増税」亡国論』(宝島社新書)に詳しい。その巻末に元財務官僚の高橋洋一氏のインタビューがあります。高橋氏は、「日銀の国債直接引き受けというのは要するに政府・財務省が国債を発行して、そのうちの何割か日銀に引き受けさせるということですが、毎年日銀は、どのくらい引き受けているんですか。」という質問に対して次のように述べています。
だいたい10兆から20兆。(中略)日銀引き受けは禁じ手でもなんでもなくて、できないのなんかまったくの嘘。毎年普通にやっていることですよ。
この日銀による国債の直接引き受けというのは、財政法の5条に書かれている。そこでは日銀の国債直接引き受けは禁止されている。だけど、但し書きというのがあって、「国会の議決を経た金額の範囲内」であれば直接引き受けることができるって書いてある。だから日銀に国債を直接引き受けさせるためには、財務省が予算総則っていうのを書く。この予算総則に「今年はいくらまで日銀に引き受けさせる」というのを書いておけばいいだけ。それで財務省が予算をつくって、国会が議決すればいいだけです。日銀には反論する余地もない。
それで今年度(2011年)は(国会で議決されたので)30兆円までは日銀に国債を引き受けさせることができるんだけれど、今年は日銀の直接引き受けは12兆円になってしまっている。わたしはそこを指摘して「まだ18兆円も普通に(予算に則って)日銀に国債を直接引き受けさせる枠があるのだから、(復興財源ねん出のために)日銀に引き受けさせればいいじゃない」と言っているわけ。
*( )内は、投稿者が補いました。
いやあ、これをはじめて知った人は、けっこうビックリするのではないでしょうか。私はそうでしたね。そうして、おいおい菅直人前総理よ、ずいぶんと人をだましてくれたねぇ、財務省と日銀もヒドイ奴らだね、と思いました。国民をだまして、所得税増税でなけなしのお金をふんだくっておいて、それで挙句の果てに瓦礫処理率5%では、民主党は行政能力0%と判断されても文句がいえないですね。
それともう一つビックリしたのは、本書によれば、阪神淡路大震災のときの瓦礫処理のコストは1トンあたり22000円だったが、今回の東日本大震災では1トンあたり高いところだと100000円するとのこと。デフレがそのころから続いているので本当だったらコストアップは考えられない。では、どういうことかといえば、民主党が地元自治体の言い値を丸のみしているらしいのです。「精査していたら時間がかかり、がれき処理が進まず、マスコミにたたかれる」とは、民主党の言い分。ダメですね。民主党は骨の髄まで「バラマキ体質」なんですね。
会でこのあたりの話をしているときだったでしょうか、財務省と日銀と民主党に対する怒りがふつふつと湧いてきて、一瞬目の前が真っ白になってしまいました。「そんなはずはない」とソッポを向いていた人もいましたけどね。
⑧「日本は世界で一番低金利」のウソについて。本書によれば、実質金利とはインフレ分を加味した金利。デフレ下の日本の場合、名目金利よりデフレ分だけ上乗せされて高くなります。アメリカは量的金融緩和の結果、インフレ率は3%台。短期市場金利は日本とほとんど変わらないので、アメリカの実質金利はこの数か月間、マイナス3.5%前後。結果的に、日本の実質金利はアメリカを4%も上回っているのです。だから、国内外の投資家はドルを売って円を買うのです。「日銀はゼロ金利政策を維持している」なんて本当は真っ赤なウソ。
⑨国家公務員上級試験の定番の設問「財政均衡乗数の定理」のウソについて。これは、前回取り上げた東京大学の伊藤元重教授が唱えている説だそうで、たとえば「20兆円増税して20兆円使ってしまえば、景気は20兆円分刺激される」というもの。つまり、いくら増税してもその分を財政支出に回せば景気は良くなるので、そもそも増税を問題にするのは誤りというわけです。この理論では、1997年に橋本龍太郎政権が消費税を3%から5%に上げることによって経済状況を悪化させ、名目GDPが減少し、それに比例して税収も減少した歴史的事実をまったく説明できません。また、理論としても、増税による消費性向(家計の収入のうち消費に回す割合)が乗数効果に及ぼすマイナスの影響が織り込まれていないという致命的な欠陥があるように思われます。乗数効果というのは、財政出動のGDPへの波及効果を理論的数値で表したものです。たとえば、財政出動が10兆円でそれがGDPを20兆円押し上げるのならば、乗数は20兆円÷10兆円=2となります。天下の秀才である東大生が、こんなトンデモ理論を刷りこまれて高級官僚になっているなんて、その悪影響を考えると大問題です。
⑩日本は借金が多すぎて、いまに財政破綻に陥る」のウソ。これも何度かこのブログで取り上げました。でも、これがいちばん影響の大きいウソなので、重複を厭わずに述べておきます。
日本の国債は94%が国内で引き受けられているうえに、100%円建て。だから、「財政破綻」=対外的債務不履行(デフォルト)は起こりません。また、「日本の借金1000兆円」(国の債務の対GDP比200%)も誤りで、その債務の総額から債権の総額700兆円を差し引いた純債務は300兆円。これが会計学上の債務。そのうち6%が対外的債務なので、300兆円×0.06の計算で、政府の「対外的債務18兆円」がとりあえずの正解。だが、政府と企業と家計を合わせた国全体のバランスシートでは、それさえ消えて「対外的債権260兆円」となる。これがもっとも正確な表現。日本は世界一の債権国なんですね。ちなみに、2001年にアルゼンチンが破綻したときの公的債務/GDP比は64.1%で、1997年のアジア通貨危機で破綻しかけた韓国(このときは日本の支援などで破綻はまぬかれた)は7.5%だった。つまり、財政破綻と債務の対GDP比との間に一義的な関係はない。それが正解です。
いずれのウソも、財務省→大手マスコミ(5大新聞・テレビ)→一般国民、という一定のルートで垂れ流されます。垂れ流し続けられています。①~⑩まで見渡せば、財務省がその増税路線(円高路線・デフレ路線)を貫くために、国民がそれを容認する空気作り・雰囲気作りをすることが、ウソを流布する目的であることは一目瞭然です。大手マスコミのなかでただ一人増税に反対し続けているのが、田村秀男氏なのです。彼がどれほど貴重な存在であり、強烈な憂国の情の持ち主であるのか、おわかりいただけるのではないでしょうか。
さて、本書の肝は、デフレの新しい定義と増税なき財源についての議論です。
まずは、デフレの定義について。
田村氏は、デフレは経済学の教科書にあるように、単に物価が下がることではないとします。デフレとは、物価水準をはるかにしのぐ速度と幅で所得が下落することである、とすっるのです。日本の勤労者の1か月あたりの可処分所得は10年前よりなんと4万4444円も少なくなっているというのです。一年間では4万4444円×12か月=533,328円という膨大な金額になります。
また、本書をテキストに読書会を開催する旨を田村氏にお伝えしたところ下記の貴重なコメントをいただきました。
『財務省「オオカミ少年」論』のポイントを以下、若干補足します。
デフレはまさしく亡国病です。「脱デフレ」を最近でこそ口にはしても実際は容認する現政権と財務・日銀官僚、メディア多数、アカデミズム主流派の欺瞞ぶりにはあきれます。
物価が下がるのはいいことだ、と素朴に信じる有力政治家が多いのですが、97年以来、消費者物価は3%下がったのに過ぎず、家計の所得は15%も下がりました。
過去20年間で、中国のGDP規模は21倍、日本はゼロ。中国はこの間、少なく見積もっても18倍以上国防予算を増やしたのに、日本のそれは縮小し続けています。米国も日本の弱体化という現実を前に、内実は中国重視に傾斜しています。増税でデフレを助長する政策をとり続ける政府と、それを容認する政治自体が、日本の自殺なのです。
読書会のみなさまによろしくお伝えください。
もちろん、その写しは読書会の参加者に配布しました。
次は、財源の議論について。
田村氏は、脱デフレ・脱円高につながる成長のための財源は、政府の外国為替資金特別会計に眠っている米国債であるとします。政府が何度も行ってきた(効果のほとんどなかった)為替介入の結果、110兆円規模のドル資金がある。それを日銀に買い取らせる。政府が保有する米国債を名義上、日銀が買い取り、その対価となる100兆円規模の資金を政府に供給すればよい。実際は使わない“見せ金”でもかまわない。世界中が驚くような巨額財源をゆうゆう確保して長期的な成長戦略のもとに政策投資する姿を、デフレや円高で自信を失った日本人や世界中の投資家の目に焼き付けることが重要。
だからもちろん増税など必要ない。日銀が恐れる国債の直接引き受けに踏み込む必要もない。米国債という確かな原資の代価として、政府に資金供給をするのだから、日銀のバランスシートも痛まない。
これが実現されたら素晴らしいですね。そのためには、国民が、経済のウソ話をめぐる財務省のマインド・コントロールから脱却し、怒りの声を上げることが必要なのです。
読書会の参加者の声の最大公約数的なものをひとつ上げるとすれば、「官僚機構という閉鎖社会の中で財務官僚たちは、集団で視界狭さくに陥っているように見受けられる。だから増税一辺倒という思考の悪循環から脱却することが「空気の支配」のなかでできないのかもしれいない」というものでした。まともなことが言い出しにくい雰囲気があるのではないか、と。それって、いまの日本社会の共通の問題でもあるような気がします。つまり、われわれ国民は、長年のデフレに慣れてしまって、思考そのものがデフレ・スパイラルを描いてしまっているのかもしれません。
それにしても、高橋洋一氏の次のツイートには溜息が出てきました。
今週発売の週刊ダイヤモンドで「日本経済」入門という特集だが、「消費税増税で景気はよくなる」「ゼロ成長でも不況ではない」「円高は日本経済にプラスである」「デフレ脱却で景気は回復しない」 「金融緩和でデフレは解決しない」とある。こんなの読んだら頭がクラクラしてきた。
いやあ、まったくです。マスコミは、恥も外聞もなく、次から次にあの手この手でウソをつき続けるのですねぇ。勉強の足りない単なる馬鹿なのか、徹底的に小ズルいのか、おそらく両方なのでしょう。
本書の結論は、ざっくりと言ってしまえば「財務省の主張とはまったく逆に実は豊富にある財源を悠々と使って、世界一の債権国日本は、FRBのバーナンキのような大胆な量的金融緩和(お札を一定期間どんどん刷ること)を実行して、2~3%のインフレ・ターゲット政策でデフレ不況を力強く克服し、被災地の復旧・復興を迅速に成し遂げ、円高からきっぱりと脱却しなくてはならない。日本には、マスコミが垂れ流す弱り切ったイメージとは逆に、経済成長のレールに力強く乗ることのできる大きな潜在力がある。いまは、増税を論じるときにあらず。デフレ下の増税はデフレ不況の悪化を通じて税収減をもたらすだけである。」となります。
この結論を素直に受け入れるためには、マスコミにはびこっている数々の「経済をめぐるウソ」を払拭する必要があります。本書は、それらに抗して書かれた、という側面がありますので。それで私は、まずはそれらを取り上げて、ひとつひとつ撃破していきました。どこまで参加者のみなさんに納得していただけたのか分かりませんが、自分の力の及ぶ範囲でやってみました。
では、ウソを列挙しておきましょう。
①「増税したら税収が増える」というウソ
②「政府の財政を家計にたとえること」のウソ
③「IMFはトップクラスのエコノミスト集団」のウソ
④「次世代にツケを残してはならない」のウソ
⑤「円高対応緊急パッケージ」のウソ
⑥「日銀券ルール」のウソ
⑦「復興財源は増税によるほかない」のウソと「国債の日銀引き受けは禁じ手」のウソ
⑧「日本は世界で一番低金利」のウソ
⑨国家公務員上級試験の定番の設問「財政均衡乗数の定理」のウソ
⑩「日本は借金が多すぎて、いまに財政破綻に陥る」のウソ
①の「増税したら税収が増える」のウソについては、このブログで一度ならず触れたことがあるので説明は割愛します。
②の「政府の財政を家計にたとえること」のウソについては、財務省が好んで使う「プライマリー・バランス」を例に取り上げて説明しましょう。プライマリー・バランスについてはいろいろな説明の仕方があるようなのですけれど、私は、盛山和夫氏の『経済成長は不可能なのか』(中公新書)が頭にスッと入ってきましたので、それで説明しましょう。
平成11年度予算は、歳入の部は、公債金収入が44.3兆円で税収などが48.1兆円でした。それに対して歳出の部は、国債費が21.5兆円で社会保障関係費や地方交付税交付金などの政策的経費の総額が70・8兆円でした。この場合、税収の44.3兆円から政策的経費の総額の78.8兆円を引いた差額のマイナス22.7兆円がプライマリー・バランスで、22.7兆円の赤字となり、財務官僚が顔をしかめるわけです。つまり、財務官僚の理想は、税収額が政策的経費を上回るプライマリー・バランスの黒字状態なのですね。家計を預かる主婦の感覚なんですね。主婦の感覚で、一年に一兆円ずつ増え続ける社会保障関係費をざっくりと削減しようというのが、あの小泉内閣の「痛みを伴う聖域なき構造改革」だったわけです。大げさな言葉使いをした割には、その正体は、稼ぎの悪い夫(税収減)にいらだちながら、増え続ける夫の小遣いを減らして(社会保障関係費を削減して)家計の赤字に大鉈(おおなた)を振り下ろそうとする(プライマリー・バランスを改善しようとする)財務官僚の主婦感覚だったわけですね。国政運営の在り方としてそれほどレベルが高いとはいえませんね。
第一、家計と政府の財政とでは、その目的が違います。家計の目的はそれを黒字にして貯蓄を増やすことですが、政府の財政の目的は国民の幸福追求の外的条件をできうる限り充実させることです。国民の生命・財産が脅かされる緊急時には、政府はためらうことなく赤字覚悟でできるだけの財政出動をすることが善なのです。赤字をためらって、むざむざと国民の犠牲を増やすなど言語道断です。もちろん、東日本大震災の被災地のことを言っているのです。また、政府は財源が足りなければお札を刷ることができます。家計がそれをやってしまうと犯罪者扱いをされてしまいます(当たり前のことですが)。
③の「IMF(国債通貨基金)はトップクラスのエコノミスト集団」のウソについて。田村氏は「IMFは、欧米金融マフィアの利害の代弁者」と述べています。アメリカ政府の閣僚級に、ウォール街の元住人たちがずらっと顔を並べているのは有名な話ですね。また、世界銀行の要職についていたキャリアの持ち主で、ノーベル賞経済学賞を受賞したスティグリッツは『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(徳間書店)で、「IMFはアメリカ財務省の裏庭である」と述べています。これらをつなげれば、「IMF=アメリカ財務省=ウォール街の強欲金融資本の利害」という等式がとりあえずは出来上がります。日本の財務省はIMFの「日本は早期に消費税増税をして財政再建を成就するべし」 というメッセージを水戸黄門の印籠として使いたがりますが、少なくとも、国民はそれを真に受けるには及ばないと考えるべきです。ずばり言ってしまえば、ウォール街の強欲金融資本が日本のデフレを歓迎し、円高容認(ドル安)を喜んでいるとIMFのメッセージを読み替える必要がある、ということになります。大手メディアがIMFに対して批判的言論を展開したのを私は生まれてこのかた見たことがありません。敗戦トラウマの為せる業でしょうかね。
④の「次世代にツケを残してはならない」のウソについて。田村氏は「公債残高668兆円という巨額の負債はあくまでも政府の債務。債務にはそれに見合う債権(資産)が必ずある。政府債務の95%(いまは94%のようですー投稿者注)を引き受けているのは日本国民の貯蓄である。われわれの貯蓄の多くは国債で運用されている(そうしないと銀行は逆ザヤで倒産してしまいますー投稿者注)。政府債務の最終的な債権者はわれわれ一般国民なのである。」と述べています。政府の債務(借金)は国民の債権(財産)なのですね。国債を1兆円分もらったとしたら、あなたは、政府の心痛を慮って「ああ、1兆円借金だ」と嘆き悲しんであげますか。そんなこと、ありえませんよね。嬉しくってしょうがないですよね。そういうことです。
⑤の「円高対応緊急パッケージ」のウソについて。田村氏によれば、2011年の8月に打ち出された「円高対応緊急パッケージ」は実は円高助長政策なのだそうです。円高を活用した円高対策は、海外の投資ファンドには円高容認と映ります。それで、当政策は、円高を助長し、国内投資を減らし、デフレを助長することになります。この政策の制度設計の動機は、「円高対応」と銘打った財務省利権拡張とのこと。外貨準備の融通は事実上、財務省系列にある国際協力銀行経由で行われる。つまり、当銀行の取引高を増やしてあげて彼らに恩を売り、財務省の権限を強化し、天下りポストを増やすということなのでしょう。いやあ、どこまでも姑息なんですね、すごいですね、財務官僚って。
⑥の「日銀券ルール」のウソについて。日銀券ルールとは、長期国債の日銀保有額をお札の発行残高以内に抑えるという日銀の内規です。これが、日銀が本格的な量的緩和に乗り出せないネックになっているのです。このルールは、日銀による長期国債の買い切りや引き受けを拒むことが「宗教」だと言ってはばからなかった故速水優元総裁が、2001年3月の量的緩和政策時(小泉内閣発足の直前)に導入したものです。大規模な量的緩和のためには、巨額にのぼる長期国債の買い上げが欠かせません。それがこのルールがネックになってできないのです。このようなルールを持つ主要中央銀行は世界にないそうです。学術的根拠にも乏しいとのこと。白川方明総裁はこのルールを律儀に守っています。それで、日本は、国際的な通貨競争においてボロ負けしている、というわけです。
⑦の「復興財源は増税によるほかない」のウソと「国債の日銀引き受けは禁じ手」のウソについて。これについては、本書よりも、田中秀臣氏と上念司氏の対談本の『「復興増税」亡国論』(宝島社新書)に詳しい。その巻末に元財務官僚の高橋洋一氏のインタビューがあります。高橋氏は、「日銀の国債直接引き受けというのは要するに政府・財務省が国債を発行して、そのうちの何割か日銀に引き受けさせるということですが、毎年日銀は、どのくらい引き受けているんですか。」という質問に対して次のように述べています。
だいたい10兆から20兆。(中略)日銀引き受けは禁じ手でもなんでもなくて、できないのなんかまったくの嘘。毎年普通にやっていることですよ。
この日銀による国債の直接引き受けというのは、財政法の5条に書かれている。そこでは日銀の国債直接引き受けは禁止されている。だけど、但し書きというのがあって、「国会の議決を経た金額の範囲内」であれば直接引き受けることができるって書いてある。だから日銀に国債を直接引き受けさせるためには、財務省が予算総則っていうのを書く。この予算総則に「今年はいくらまで日銀に引き受けさせる」というのを書いておけばいいだけ。それで財務省が予算をつくって、国会が議決すればいいだけです。日銀には反論する余地もない。
それで今年度(2011年)は(国会で議決されたので)30兆円までは日銀に国債を引き受けさせることができるんだけれど、今年は日銀の直接引き受けは12兆円になってしまっている。わたしはそこを指摘して「まだ18兆円も普通に(予算に則って)日銀に国債を直接引き受けさせる枠があるのだから、(復興財源ねん出のために)日銀に引き受けさせればいいじゃない」と言っているわけ。
*( )内は、投稿者が補いました。
いやあ、これをはじめて知った人は、けっこうビックリするのではないでしょうか。私はそうでしたね。そうして、おいおい菅直人前総理よ、ずいぶんと人をだましてくれたねぇ、財務省と日銀もヒドイ奴らだね、と思いました。国民をだまして、所得税増税でなけなしのお金をふんだくっておいて、それで挙句の果てに瓦礫処理率5%では、民主党は行政能力0%と判断されても文句がいえないですね。
それともう一つビックリしたのは、本書によれば、阪神淡路大震災のときの瓦礫処理のコストは1トンあたり22000円だったが、今回の東日本大震災では1トンあたり高いところだと100000円するとのこと。デフレがそのころから続いているので本当だったらコストアップは考えられない。では、どういうことかといえば、民主党が地元自治体の言い値を丸のみしているらしいのです。「精査していたら時間がかかり、がれき処理が進まず、マスコミにたたかれる」とは、民主党の言い分。ダメですね。民主党は骨の髄まで「バラマキ体質」なんですね。
会でこのあたりの話をしているときだったでしょうか、財務省と日銀と民主党に対する怒りがふつふつと湧いてきて、一瞬目の前が真っ白になってしまいました。「そんなはずはない」とソッポを向いていた人もいましたけどね。
⑧「日本は世界で一番低金利」のウソについて。本書によれば、実質金利とはインフレ分を加味した金利。デフレ下の日本の場合、名目金利よりデフレ分だけ上乗せされて高くなります。アメリカは量的金融緩和の結果、インフレ率は3%台。短期市場金利は日本とほとんど変わらないので、アメリカの実質金利はこの数か月間、マイナス3.5%前後。結果的に、日本の実質金利はアメリカを4%も上回っているのです。だから、国内外の投資家はドルを売って円を買うのです。「日銀はゼロ金利政策を維持している」なんて本当は真っ赤なウソ。
⑨国家公務員上級試験の定番の設問「財政均衡乗数の定理」のウソについて。これは、前回取り上げた東京大学の伊藤元重教授が唱えている説だそうで、たとえば「20兆円増税して20兆円使ってしまえば、景気は20兆円分刺激される」というもの。つまり、いくら増税してもその分を財政支出に回せば景気は良くなるので、そもそも増税を問題にするのは誤りというわけです。この理論では、1997年に橋本龍太郎政権が消費税を3%から5%に上げることによって経済状況を悪化させ、名目GDPが減少し、それに比例して税収も減少した歴史的事実をまったく説明できません。また、理論としても、増税による消費性向(家計の収入のうち消費に回す割合)が乗数効果に及ぼすマイナスの影響が織り込まれていないという致命的な欠陥があるように思われます。乗数効果というのは、財政出動のGDPへの波及効果を理論的数値で表したものです。たとえば、財政出動が10兆円でそれがGDPを20兆円押し上げるのならば、乗数は20兆円÷10兆円=2となります。天下の秀才である東大生が、こんなトンデモ理論を刷りこまれて高級官僚になっているなんて、その悪影響を考えると大問題です。
⑩日本は借金が多すぎて、いまに財政破綻に陥る」のウソ。これも何度かこのブログで取り上げました。でも、これがいちばん影響の大きいウソなので、重複を厭わずに述べておきます。
日本の国債は94%が国内で引き受けられているうえに、100%円建て。だから、「財政破綻」=対外的債務不履行(デフォルト)は起こりません。また、「日本の借金1000兆円」(国の債務の対GDP比200%)も誤りで、その債務の総額から債権の総額700兆円を差し引いた純債務は300兆円。これが会計学上の債務。そのうち6%が対外的債務なので、300兆円×0.06の計算で、政府の「対外的債務18兆円」がとりあえずの正解。だが、政府と企業と家計を合わせた国全体のバランスシートでは、それさえ消えて「対外的債権260兆円」となる。これがもっとも正確な表現。日本は世界一の債権国なんですね。ちなみに、2001年にアルゼンチンが破綻したときの公的債務/GDP比は64.1%で、1997年のアジア通貨危機で破綻しかけた韓国(このときは日本の支援などで破綻はまぬかれた)は7.5%だった。つまり、財政破綻と債務の対GDP比との間に一義的な関係はない。それが正解です。
いずれのウソも、財務省→大手マスコミ(5大新聞・テレビ)→一般国民、という一定のルートで垂れ流されます。垂れ流し続けられています。①~⑩まで見渡せば、財務省がその増税路線(円高路線・デフレ路線)を貫くために、国民がそれを容認する空気作り・雰囲気作りをすることが、ウソを流布する目的であることは一目瞭然です。大手マスコミのなかでただ一人増税に反対し続けているのが、田村秀男氏なのです。彼がどれほど貴重な存在であり、強烈な憂国の情の持ち主であるのか、おわかりいただけるのではないでしょうか。
さて、本書の肝は、デフレの新しい定義と増税なき財源についての議論です。
まずは、デフレの定義について。
田村氏は、デフレは経済学の教科書にあるように、単に物価が下がることではないとします。デフレとは、物価水準をはるかにしのぐ速度と幅で所得が下落することである、とすっるのです。日本の勤労者の1か月あたりの可処分所得は10年前よりなんと4万4444円も少なくなっているというのです。一年間では4万4444円×12か月=533,328円という膨大な金額になります。
また、本書をテキストに読書会を開催する旨を田村氏にお伝えしたところ下記の貴重なコメントをいただきました。
『財務省「オオカミ少年」論』のポイントを以下、若干補足します。
デフレはまさしく亡国病です。「脱デフレ」を最近でこそ口にはしても実際は容認する現政権と財務・日銀官僚、メディア多数、アカデミズム主流派の欺瞞ぶりにはあきれます。
物価が下がるのはいいことだ、と素朴に信じる有力政治家が多いのですが、97年以来、消費者物価は3%下がったのに過ぎず、家計の所得は15%も下がりました。
過去20年間で、中国のGDP規模は21倍、日本はゼロ。中国はこの間、少なく見積もっても18倍以上国防予算を増やしたのに、日本のそれは縮小し続けています。米国も日本の弱体化という現実を前に、内実は中国重視に傾斜しています。増税でデフレを助長する政策をとり続ける政府と、それを容認する政治自体が、日本の自殺なのです。
読書会のみなさまによろしくお伝えください。
もちろん、その写しは読書会の参加者に配布しました。
次は、財源の議論について。
田村氏は、脱デフレ・脱円高につながる成長のための財源は、政府の外国為替資金特別会計に眠っている米国債であるとします。政府が何度も行ってきた(効果のほとんどなかった)為替介入の結果、110兆円規模のドル資金がある。それを日銀に買い取らせる。政府が保有する米国債を名義上、日銀が買い取り、その対価となる100兆円規模の資金を政府に供給すればよい。実際は使わない“見せ金”でもかまわない。世界中が驚くような巨額財源をゆうゆう確保して長期的な成長戦略のもとに政策投資する姿を、デフレや円高で自信を失った日本人や世界中の投資家の目に焼き付けることが重要。
だからもちろん増税など必要ない。日銀が恐れる国債の直接引き受けに踏み込む必要もない。米国債という確かな原資の代価として、政府に資金供給をするのだから、日銀のバランスシートも痛まない。
これが実現されたら素晴らしいですね。そのためには、国民が、経済のウソ話をめぐる財務省のマインド・コントロールから脱却し、怒りの声を上げることが必要なのです。
読書会の参加者の声の最大公約数的なものをひとつ上げるとすれば、「官僚機構という閉鎖社会の中で財務官僚たちは、集団で視界狭さくに陥っているように見受けられる。だから増税一辺倒という思考の悪循環から脱却することが「空気の支配」のなかでできないのかもしれいない」というものでした。まともなことが言い出しにくい雰囲気があるのではないか、と。それって、いまの日本社会の共通の問題でもあるような気がします。つまり、われわれ国民は、長年のデフレに慣れてしまって、思考そのものがデフレ・スパイラルを描いてしまっているのかもしれません。
それにしても、高橋洋一氏の次のツイートには溜息が出てきました。
今週発売の週刊ダイヤモンドで「日本経済」入門という特集だが、「消費税増税で景気はよくなる」「ゼロ成長でも不況ではない」「円高は日本経済にプラスである」「デフレ脱却で景気は回復しない」 「金融緩和でデフレは解決しない」とある。こんなの読んだら頭がクラクラしてきた。
いやあ、まったくです。マスコミは、恥も外聞もなく、次から次にあの手この手でウソをつき続けるのですねぇ。勉強の足りない単なる馬鹿なのか、徹底的に小ズルいのか、おそらく両方なのでしょう。