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美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

田村秀男『財務省「オオカミ少年」論』の読書会を催す (イザ!ブログ2012・4・10 掲載分)

2013年11月10日 14時23分13秒 | 経済
昨日(2012年4月8日)の読書会では、田村秀男氏の『財務省「オオカミ少年」論』(産経新聞出版)を取り上げました。私がレポーター役で、レジュメと資料を読み上げながら、参加者に言いたいことが生じてきたら、その都度遠慮なく言ってもらうという形で進めました。

本書の結論は、ざっくりと言ってしまえば「財務省の主張とはまったく逆に実は豊富にある財源を悠々と使って、世界一の債権国日本は、FRBのバーナンキのような大胆な量的金融緩和(お札を一定期間どんどん刷ること)を実行して、2~3%のインフレ・ターゲット政策でデフレ不況を力強く克服し、被災地の復旧・復興を迅速に成し遂げ、円高からきっぱりと脱却しなくてはならない。日本には、マスコミが垂れ流す弱り切ったイメージとは逆に、経済成長のレールに力強く乗ることのできる大きな潜在力がある。いまは、増税を論じるときにあらず。デフレ下の増税はデフレ不況の悪化を通じて税収減をもたらすだけである。」となります。

この結論を素直に受け入れるためには、マスコミにはびこっている数々の「経済をめぐるウソ」を払拭する必要があります。本書は、それらに抗して書かれた、という側面がありますので。それで私は、まずはそれらを取り上げて、ひとつひとつ撃破していきました。どこまで参加者のみなさんに納得していただけたのか分かりませんが、自分の力の及ぶ範囲でやってみました。

では、ウソを列挙しておきましょう。

①「増税したら税収が増える」というウソ

②「政府の財政を家計にたとえること」のウソ

③「IMFはトップクラスのエコノミスト集団」のウソ

④「次世代にツケを残してはならない」のウソ

⑤「円高対応緊急パッケージ」のウソ

⑥「日銀券ルール」のウソ

⑦「復興財源は増税によるほかない」のウソと「国債の日銀引き受けは禁じ手」のウソ

⑧「日本は世界で一番低金利」のウソ

⑨国家公務員上級試験の定番の設問「財政均衡乗数の定理」のウソ

⑩「日本は借金が多すぎて、いまに財政破綻に陥る」のウソ 

①の「増税したら税収が増える」のウソについては、このブログで一度ならず触れたことがあるので説明は割愛します。

②の「政府の財政を家計にたとえること」のウソについては、財務省が好んで使う「プライマリー・バランス」を例に取り上げて説明しましょう。プライマリー・バランスについてはいろいろな説明の仕方があるようなのですけれど、私は、盛山和夫氏の『経済成長は不可能なのか』(中公新書)が頭にスッと入ってきましたので、それで説明しましょう。

平成11年度予算は、歳入の部は、公債金収入が44.3兆円で税収などが48.1兆円でした。それに対して歳出の部は、国債費が21.5兆円で社会保障関係費や地方交付税交付金などの政策的経費の総額が70・8兆円でした。この場合、税収の44.3兆円から政策的経費の総額の78.8兆円を引いた差額のマイナス22.7兆円がプライマリー・バランスで、22.7兆円の赤字となり、財務官僚が顔をしかめるわけです。つまり、財務官僚の理想は、税収額が政策的経費を上回るプライマリー・バランスの黒字状態なのですね。家計を預かる主婦の感覚なんですね。主婦の感覚で、一年に一兆円ずつ増え続ける社会保障関係費をざっくりと削減しようというのが、あの小泉内閣の「痛みを伴う聖域なき構造改革」だったわけです。大げさな言葉使いをした割には、その正体は、稼ぎの悪い夫(税収減)にいらだちながら、増え続ける夫の小遣いを減らして(社会保障関係費を削減して)家計の赤字に大鉈(おおなた)を振り下ろそうとする(プライマリー・バランスを改善しようとする)財務官僚の主婦感覚だったわけですね。国政運営の在り方としてそれほどレベルが高いとはいえませんね。

第一、家計と政府の財政とでは、その目的が違います。家計の目的はそれを黒字にして貯蓄を増やすことですが、政府の財政の目的は国民の幸福追求の外的条件をできうる限り充実させることです。国民の生命・財産が脅かされる緊急時には、政府はためらうことなく赤字覚悟でできるだけの財政出動をすることが善なのです。赤字をためらって、むざむざと国民の犠牲を増やすなど言語道断です。もちろん、東日本大震災の被災地のことを言っているのです。また、政府は財源が足りなければお札を刷ることができます。家計がそれをやってしまうと犯罪者扱いをされてしまいます(当たり前のことですが)。

③の「IMF(国債通貨基金)はトップクラスのエコノミスト集団」のウソについて。田村氏は「IMFは、欧米金融マフィアの利害の代弁者」と述べています。アメリカ政府の閣僚級に、ウォール街の元住人たちがずらっと顔を並べているのは有名な話ですね。また、世界銀行の要職についていたキャリアの持ち主で、ノーベル賞経済学賞を受賞したスティグリッツは『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(徳間書店)で、「IMFはアメリカ財務省の裏庭である」と述べています。これらをつなげれば、「IMF=アメリカ財務省=ウォール街の強欲金融資本の利害」という等式がとりあえずは出来上がります。日本の財務省はIMFの「日本は早期に消費税増税をして財政再建を成就するべし」 というメッセージを水戸黄門の印籠として使いたがりますが、少なくとも、国民はそれを真に受けるには及ばないと考えるべきです。ずばり言ってしまえば、ウォール街の強欲金融資本が日本のデフレを歓迎し、円高容認(ドル安)を喜んでいるとIMFのメッセージを読み替える必要がある、ということになります。大手メディアがIMFに対して批判的言論を展開したのを私は生まれてこのかた見たことがありません。敗戦トラウマの為せる業でしょうかね。

④の「次世代にツケを残してはならない」のウソについて。田村氏は「公債残高668兆円という巨額の負債はあくまでも政府の債務。債務にはそれに見合う債権(資産)が必ずある。政府債務の95%(いまは94%のようですー投稿者注)を引き受けているのは日本国民の貯蓄である。われわれの貯蓄の多くは国債で運用されている(そうしないと銀行は逆ザヤで倒産してしまいますー投稿者注)。政府債務の最終的な債権者はわれわれ一般国民なのである。」と述べています。政府の債務(借金)は国民の債権(財産)なのですね。国債を1兆円分もらったとしたら、あなたは、政府の心痛を慮って「ああ、1兆円借金だ」と嘆き悲しんであげますか。そんなこと、ありえませんよね。嬉しくってしょうがないですよね。そういうことです。

⑤の「円高対応緊急パッケージ」のウソについて。田村氏によれば、2011年の8月に打ち出された「円高対応緊急パッケージ」は実は円高助長政策なのだそうです。円高を活用した円高対策は、海外の投資ファンドには円高容認と映ります。それで、当政策は、円高を助長し、国内投資を減らし、デフレを助長することになります。この政策の制度設計の動機は、「円高対応」と銘打った財務省利権拡張とのこと。外貨準備の融通は事実上、財務省系列にある国際協力銀行経由で行われる。つまり、当銀行の取引高を増やしてあげて彼らに恩を売り、財務省の権限を強化し、天下りポストを増やすということなのでしょう。いやあ、どこまでも姑息なんですね、すごいですね、財務官僚って。

⑥の「日銀券ルール」のウソについて。日銀券ルールとは、長期国債の日銀保有額をお札の発行残高以内に抑えるという日銀の内規です。これが、日銀が本格的な量的緩和に乗り出せないネックになっているのです。このルールは、日銀による長期国債の買い切りや引き受けを拒むことが「宗教」だと言ってはばからなかった故速水優元総裁が、2001年3月の量的緩和政策時(小泉内閣発足の直前)に導入したものです。大規模な量的緩和のためには、巨額にのぼる長期国債の買い上げが欠かせません。それがこのルールがネックになってできないのです。このようなルールを持つ主要中央銀行は世界にないそうです。学術的根拠にも乏しいとのこと。白川方明総裁はこのルールを律儀に守っています。それで、日本は、国際的な通貨競争においてボロ負けしている、というわけです。

⑦の「復興財源は増税によるほかない」のウソと「国債の日銀引き受けは禁じ手」のウソについて。これについては、本書よりも、田中秀臣氏と上念司氏の対談本の『「復興増税」亡国論』(宝島社新書)に詳しい。その巻末に元財務官僚の高橋洋一氏のインタビューがあります。高橋氏は、「日銀の国債直接引き受けというのは要するに政府・財務省が国債を発行して、そのうちの何割か日銀に引き受けさせるということですが、毎年日銀は、どのくらい引き受けているんですか。」という質問に対して次のように述べています。

だいたい10兆から20兆。(中略)日銀引き受けは禁じ手でもなんでもなくて、できないのなんかまったくの嘘。毎年普通にやっていることですよ。

この日銀による国債の直接引き受けというのは、財政法の5条に書かれている。そこでは日銀の国債直接引き受けは禁止されている。だけど、但し書きというのがあって、「国会の議決を経た金額の範囲内」であれば直接引き受けることができるって書いてある。だから日銀に国債を直接引き受けさせるためには、財務省が予算総則っていうのを書く。この予算総則に「今年はいくらまで日銀に引き受けさせる」というのを書いておけばいいだけ。それで財務省が予算をつくって、国会が議決すればいいだけです。日銀には反論する余地もない。

それで今年度(2011年)は(国会で議決されたので)30兆円までは日銀に国債を引き受けさせることができるんだけれど、今年は日銀の直接引き受けは12兆円になってしまっている。わたしはそこを指摘して「まだ18兆円も普通に(予算に則って)日銀に国債を直接引き受けさせる枠があるのだから、(復興財源ねん出のために)日銀に引き受けさせればいいじゃない」と言っているわけ。

                                              *( )内は、投稿者が補いました。

いやあ、これをはじめて知った人は、けっこうビックリするのではないでしょうか。私はそうでしたね。そうして、おいおい菅直人前総理よ、ずいぶんと人をだましてくれたねぇ、財務省と日銀もヒドイ奴らだね、と思いました。国民をだまして、所得税増税でなけなしのお金をふんだくっておいて、それで挙句の果てに瓦礫処理率5%では、民主党は行政能力0%と判断されても文句がいえないですね。

それともう一つビックリしたのは、本書によれば、阪神淡路大震災のときの瓦礫処理のコストは1トンあたり22000円だったが、今回の東日本大震災では1トンあたり高いところだと100000円するとのこと。デフレがそのころから続いているので本当だったらコストアップは考えられない。では、どういうことかといえば、民主党が地元自治体の言い値を丸のみしているらしいのです。「精査していたら時間がかかり、がれき処理が進まず、マスコミにたたかれる」とは、民主党の言い分。ダメですね。民主党は骨の髄まで「バラマキ体質」なんですね。

会でこのあたりの話をしているときだったでしょうか、財務省と日銀と民主党に対する怒りがふつふつと湧いてきて、一瞬目の前が真っ白になってしまいました。「そんなはずはない」とソッポを向いていた人もいましたけどね。

⑧「日本は世界で一番低金利」のウソについて。本書によれば、実質金利とはインフレ分を加味した金利。デフレ下の日本の場合、名目金利よりデフレ分だけ上乗せされて高くなります。アメリカは量的金融緩和の結果、インフレ率は3%台。短期市場金利は日本とほとんど変わらないので、アメリカの実質金利はこの数か月間、マイナス3.5%前後。結果的に、日本の実質金利はアメリカを4%も上回っているのです。だから、国内外の投資家はドルを売って円を買うのです。「日銀はゼロ金利政策を維持している」なんて本当は真っ赤なウソ。

⑨国家公務員上級試験の定番の設問「財政均衡乗数の定理」のウソについて。これは、前回取り上げた東京大学の伊藤元重教授が唱えている説だそうで、たとえば「20兆円増税して20兆円使ってしまえば、景気は20兆円分刺激される」というもの。つまり、いくら増税してもその分を財政支出に回せば景気は良くなるので、そもそも増税を問題にするのは誤りというわけです。この理論では、1997年に橋本龍太郎政権が消費税を3%から5%に上げることによって経済状況を悪化させ、名目GDPが減少し、それに比例して税収も減少した歴史的事実をまったく説明できません。また、理論としても、増税による消費性向(家計の収入のうち消費に回す割合)が乗数効果に及ぼすマイナスの影響が織り込まれていないという致命的な欠陥があるように思われます。乗数効果というのは、財政出動のGDPへの波及効果を理論的数値で表したものです。たとえば、財政出動が10兆円でそれがGDPを20兆円押し上げるのならば、乗数は20兆円÷10兆円=2となります。天下の秀才である東大生が、こんなトンデモ理論を刷りこまれて高級官僚になっているなんて、その悪影響を考えると大問題です。

⑩日本は借金が多すぎて、いまに財政破綻に陥る」のウソ。これも何度かこのブログで取り上げました。でも、これがいちばん影響の大きいウソなので、重複を厭わずに述べておきます。

日本の国債は94%が国内で引き受けられているうえに、100%円建て。だから、「財政破綻」=対外的債務不履行(デフォルト)は起こりません。また、「日本の借金1000兆円」(国の債務の対GDP比200%)も誤りで、その債務の総額から債権の総額700兆円を差し引いた純債務は300兆円。これが会計学上の債務。そのうち6%が対外的債務なので、300兆円×0.06の計算で、政府の「対外的債務18兆円」がとりあえずの正解。だが、政府と企業と家計を合わせた国全体のバランスシートでは、それさえ消えて「対外的債権260兆円」となる。これがもっとも正確な表現。日本は世界一の債権国なんですね。ちなみに、2001年にアルゼンチンが破綻したときの公的債務/GDP比は64.1%で、1997年のアジア通貨危機で破綻しかけた韓国(このときは日本の支援などで破綻はまぬかれた)は7.5%だった。つまり、財政破綻と債務の対GDP比との間に一義的な関係はない。それが正解です。

いずれのウソも、財務省→大手マスコミ(5大新聞・テレビ)→一般国民、という一定のルートで垂れ流されます。垂れ流し続けられています。①~⑩まで見渡せば、財務省がその増税路線(円高路線・デフレ路線)を貫くために、国民がそれを容認する空気作り・雰囲気作りをすることが、ウソを流布する目的であることは一目瞭然です。大手マスコミのなかでただ一人増税に反対し続けているのが、田村秀男氏なのです。彼がどれほど貴重な存在であり、強烈な憂国の情の持ち主であるのか、おわかりいただけるのではないでしょうか。

さて、本書の肝は、デフレの新しい定義と増税なき財源についての議論です。

まずは、デフレの定義について。

田村氏は、デフレは経済学の教科書にあるように、単に物価が下がることではないとします。デフレとは、物価水準をはるかにしのぐ速度と幅で所得が下落することである、とすっるのです。日本の勤労者の1か月あたりの可処分所得は10年前よりなんと4万4444円も少なくなっているというのです。一年間では4万4444円×12か月=533,328円という膨大な金額になります。

また、本書をテキストに読書会を開催する旨を田村氏にお伝えしたところ下記の貴重なコメントをいただきました。

『財務省「オオカミ少年」論』のポイントを以下、若干補足します。

デフレはまさしく亡国病です。「脱デフレ」を最近でこそ口にはしても実際は容認する現政権と財務・日銀官僚、メディア多数、アカデミズム主流派の欺瞞ぶりにはあきれます。

物価が下がるのはいいことだ、と素朴に信じる有力政治家が多いのですが、97年以来、消費者物価は3%下がったのに過ぎず、家計の所得は15%も下がりました。

過去20年間で、中国のGDP規模は21倍、日本はゼロ。中国はこの間、少なく見積もっても18倍以上国防予算を増やしたのに、日本のそれは縮小し続けています。米国も日本の弱体化という現実を前に、内実は中国重視に傾斜しています。増税でデフレを助長する政策をとり続ける政府と、それを容認する政治自体が、日本の自殺なのです。

読書会のみなさまによろしくお伝えください。


もちろん、その写しは読書会の参加者に配布しました。

次は、財源の議論について。

田村氏は、脱デフレ・脱円高につながる成長のための財源は、政府の外国為替資金特別会計に眠っている米国債であるとします。政府が何度も行ってきた(効果のほとんどなかった)為替介入の結果、110兆円規模のドル資金がある。それを日銀に買い取らせる。政府が保有する米国債を名義上、日銀が買い取り、その対価となる100兆円規模の資金を政府に供給すればよい。実際は使わない“見せ金”でもかまわない。世界中が驚くような巨額財源をゆうゆう確保して長期的な成長戦略のもとに政策投資する姿を、デフレや円高で自信を失った日本人や世界中の投資家の目に焼き付けることが重要。

だからもちろん増税など必要ない。日銀が恐れる国債の直接引き受けに踏み込む必要もない。米国債という確かな原資の代価として、政府に資金供給をするのだから、日銀のバランスシートも痛まない。 

これが実現されたら素晴らしいですね。そのためには、国民が、経済のウソ話をめぐる財務省のマインド・コントロールから脱却し、怒りの声を上げることが必要なのです。

読書会の参加者の声の最大公約数的なものをひとつ上げるとすれば、「官僚機構という閉鎖社会の中で財務官僚たちは、集団で視界狭さくに陥っているように見受けられる。だから増税一辺倒という思考の悪循環から脱却することが「空気の支配」のなかでできないのかもしれいない」というものでした。まともなことが言い出しにくい雰囲気があるのではないか、と。それって、いまの日本社会の共通の問題でもあるような気がします。つまり、われわれ国民は、長年のデフレに慣れてしまって、思考そのものがデフレ・スパイラルを描いてしまっているのかもしれません。

それにしても、高橋洋一氏の次のツイートには溜息が出てきました。

今週発売の週刊ダイヤモンドで「日本経済」入門という特集だが、「消費税増税で景気はよくなる」「ゼロ成長でも不況ではない」「円高は日本経済にプラスである」「デフレ脱却で景気は回復しない」 「金融緩和でデフレは解決しない」とある。こんなの読んだら頭がクラクラしてきた。

いやあ、まったくです。マスコミは、恥も外聞もなく、次から次にあの手この手でウソをつき続けるのですねぇ。勉強の足りない単なる馬鹿なのか、徹底的に小ズルいのか、おそらく両方なのでしょう。
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産経新聞・寝言コラム 東大経済学教授・伊藤元重という「重鎮」 (イザ!ブログ 2012・4・14 掲載分)

2013年11月10日 03時06分42秒 | 経済
友人から、今日(4月7日)の産経新聞に伊藤元重という人物の変なコラムが載っているので、ブログで取り上げてみてはどうかと提案がありました。これといってお断りする理由もないので、取り上げることにしましょう。

「日本の未来を考える」という毎週土曜日掲載の、伊藤氏担当によるシリーズもの。読後、ざっくりと言ってしまえば、寝言を聞いた後のような感じが残りました、正直なところ。

伊藤氏は、まず、クリントン政権時代に、アメリカのシアトルで開かれたWTO(世界貿易機関)の閣僚会議のときの状況を述べます。シアトルの街に集まった反グローバリズムの人々のなかの一部が過激化して警察官とぶつかるような暴動騒ぎが起こったせいで、会議は大きな成果を出せずに終わってしまったと(どうやら残念そうに)10数年前を振り返ります。

彼によれば、反グローバル活動に集まる面々の「雑種多様さ」に注目するべきだそうです。「『グローバルに反対する』という旗印以外には、それぞれの主張にまったく関係が見られない」のだそうです。「みんなそれぞれの主張はバラバラだが、グローバル化に反対するというただ一つの強力なスローガンの下に集結している。そしてそれが世界中で報道されるという大きな力になったのだ。」とその運動を(どうやら否定的に)語ります。

で、氏によれば、今回の消費税反対勢力も似たようなものなのだそうです。

「景気を悪くしてまで増税するのか」「日銀が貨幣を増やせばすむ話ではないか」「天下りや政府の無駄遣いを残したまま増税は認められない」「マニフェストに書いてない増税をするのは認められない」等々、実に様々な消費税反対論がある。それぞれの主張はバラバラでも、消費税増税反対という旗の下に集結することで、大きな政治的な力となる。反グルーバル活動と同じように、反対の声の下に集まることで、マスコミにも報道される。

もう、すでにここいらで、私は彼の言葉を聞き続ける忍耐の限界に近づきつつあります。おいおい、ふざけるんじゃあねえよ、大手マスコミは増税止む無しの大合唱をこれまでずっといやになるくらいに続けてきたんだよ、お前さんの言い草じゃあ、まるでマスコミが反消費税増税の動きを肯定的に大々的に取り上げ続けるので、せっかくの消費税増税が台無しになりそうだといわんばかりじゃあないか、と。そこをぐっとこらえて、続きを読みましょう。(ちなみに、カギカッコ書きされた言い分は、「政府の無駄遣いを残したまま」を除き、ほかはすべてまっとうなものです。)

しかし、それでは日本の財政制度はこのまま数年ほうっておいてよいのか、という点については何ら建設的な議論は見られないように思える。私のような経済学者からみれば、今の財政状況を見て、危機感を覚えないのは不思議だ。消費税を数パーセント上げたからと言って問題が根本で解決するわけではないが、消費税の引き上げもできなくてはどうしょうもない。(中略)国民が正しい判断ができれば、反対のための反対の勢力は力を失うはずだが。

「私のような経済学者から見れば」。ヘソが茶を沸かす言い草とはこのことです。ちょっとだけ精神分析をすれば、単に「私から見れば」と言えば済むところを、あえて「経済学者」という言葉をねじこんで変な日本語にしてまでも、自分の言葉に重みを持たせようとするところは明らかに権威主義的です。言いかえれば、幼児的です。恥を知れとはこのことですね。しかし、それにもまあ目をつぶるとしましょう。(それにしても、「根本で解決する」は「根本的に解決される」が正しいでしょう。それくらいは、ちゃんと推敲しましょう。)

彼が専門家として危機感を抱く「財政状況」って何なのでしょう。文章中ではそれを明示していないので推測するよりほかはありません。で、一般的には、政府の債務がGDPの約2倍になっている事態を指していると解釈するほかありません。あるいは、財政破綻の危機を言っているとか。いずれにしても、これらについては4月3日に投稿した「櫻井よし子さん、少しは経済学を勉強しましょう」でその論理的な誤りを指摘しておきました。だから、ここでその議論をまたぞろ蒸し返すのは控えておきます。

少しだけ付け加えるとすれば、2001年にアルゼンチンが破綻したときの公的債務/GDP比は64.1%で、1997年のアジア通貨危機で破綻しかけた韓国(このときは日本の支援などで破綻はまぬかれた)は7.5%だった、という事実を挙げておきましょう。これらの数字がさし示しているのは、財政破綻が起きるのは政府の債務のGDPに対する比率が高いからなのではなくて、いわゆるマーケットが当該国の財政状態を信任しなくなればそれが実現してしまうという「self-fulfilling prophecy」すなわち、「予言の自己成就」が働くからなのですね。これが、グローバル金融資本において経済的なカタストロフィが起こる根本原因なのです。

つまり、経済現象の核心には心理的なものがある。だからマイナスの予言のとばっちりを受けないように財政状態を良くしておくに越したことはないのはそのとおりなのですが、だからといって、それが経済に多大なる犠牲を強いてまでも、とにかくイの一番にしゃにむに成し遂げられなければならないものであるということにはなりません。そこに合理的な根拠はないわけですね。また、デフレ下の増税政策はむしろ税収減を招く、というのは常識といってもいいでしょう。

経済的な議論はそれくらいにしておきましょう。それよりも、私がいぶかしく思うのは、氏の政治的なセンスです。58歳といえば、いい年です。政治が妥協の産物であることくらい、いいかげんご存じなのではないでしょうか。「君たちは消費税増税反対で意見が一致しているように見えるのだけれど、実は君たちの思惑はバラバラなんだ。だから、君たちの消費税増税反対は嘘っぱちだし無責任な代物なんだ。」これは、頭の回る中学生なら小首をかしげかねないほどの幼稚な言説です。せいぜい、小学生がぼんやりとそうかなと思うくらいのレベルです。つまり、大人としては、東大の先生に対して申し訳ない言い方になってしまいますが、idiotの物言いです。何に文句をつけているのか、さっぱりわかりません。

異なる意見の者同士が一致点を見つけて結束することによって、現実的な力を得る。そうすることで、論点ごとにひとつひとつ現実を動かそうとする。それが、政治のダイナミズムではありませんか。なにを寝言みたいにぶつぶつ言っているのでしょうか。「オレはとにかく理屈抜きで消費税増税に反対する奴が気に喰わん」と言ってくれたほうがどれだけマシかと思います。

結びの「国民が正しい判断ができれば、反対のための反対の勢力は力を失うはずだ」とは、すさまじい物言いですね。正しい判断ができない愚かな国民が、無責任な増税反対の声に惑わされて、消費税に反対している、というわけですね。これって、はっきりいえば愚民思想ですよ。一般国民は、まっとうな生活感覚から、これ以上の増税は自分たちの生活を破壊すると「正しい判断」をして、その6割が、大手マスコミの増税やむなしの洪水のような暴力的なキャンペーンに抗して、消費税増税に反対しているのです。正しい判断ができていないのは、あなたの方なのですよ。自分が蔑視する対象以下の意識レベルしか持ちえないという愚民主義者の特徴がよく表れています。

インターネットで「伊藤元重」で検索してみたら、へーっと思いました。彼は、大手マスコミを舞台に、一貫して財務省の立場に寄り添った言論活動を営んできた人なのですね。つまり、彼は「財政破綻説」を唱えるアカデミー勢力の「重鎮」、というわけなのです。

論理の破綻した説を固守し続ける動機は、学者としてのそれでは恐らくないでしょう。財務省が日本の事実上の権力者であり、彼らに援護射撃をし続けることが結局は自分にとっていろいろな意味で得なのだという経験知から、そうしていると私は判断します。学者として心から発言しているのであれば、残念ながら頭を使う仕事にあまり向いていない、というよりほかにありません。これは、私の邪推ですから、当たっていないとは思いますけれど。

邪推ついでに言ってしまうと、伊藤氏の頭のなかでは、反グローバリズム勢力と消費税増税反対勢力が結びついている可能性があります。つまり、消費税増税に反対する輩は、グローバリズムを阻もうとする輩でもある、と。

これって、なかなか含蓄がありますよ。つまり、彼は消費税増税はグローバリズムのさらなる進展につながると考えている可能性があるわけです。

消費税増税がデフレ状況を悪化させることは、これまでも何度か申し上げました。つまり、デフレの進展で、円の通貨としての価値がもっと高くなるわけです。そうすると、それは円高の圧力をさらに強めることを意味しますから、その強い円の買いを強めるモチベーションを海外投機筋は与えられます。日本政府が増税路線を打ち出し続けることは円高容認のシグナルとして彼らは受けとめますから、安心して円を買いあさり続けます。もちろん、日本の国債も買いあさろうとします。晴れて日本は海外金融資本をどこまでも気前よく受け入れるご立派なグローバル国家となれるわけです。

つまり、増税路線によるデフレ容認はグローバリゼーションのさらなる実現のために必須であると、伊藤氏は考えている。国民はデフレの泥土で喘ぎ苦しむ。一方、海外投機筋は喜ぶ。それがグローバリゼーションなのだから、それはそれ、と。さて、どうなんでしょうね。
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自民党次期衆議院議員選挙マニフェスト 寸評 (イザ!ブログ 2012・4・6 掲載分)

2013年11月10日 02時56分25秒 | 政治
産経新聞HPによれば、自民党の次期衆議院選マニフェストの概要は次の通りです。

自民党が9日に発表する次期衆院選マニフェスト(政権公約)の概要が5日、分かった。デフレからの早期脱却を目指してインフレ目標を2%に設定、大規模災害に備えた社会資本整備に200兆円を投入するなど「経済や災害に強い自民党」を打ち出した。生活保護の見直しも盛り込み、民主党政権のばらまき体質との違いも鮮明にする。

デフレからの早期脱却は、国難に直面した日本の緊急課題なので、それを前面に出したマニフェストは歓迎するよりほかにありません。インフレ目標を2%に設定したことも、日銀がしぶしぶ出した目標の1%「インフレ・ターゲットもどき」より数段まともです。ただし、使用する消費者物価指数は、生鮮食料品や原油価格などの物価が乱高下するものを除いたコアコアCPIにすることをぜひ明記していただきたい。それが世界の主流と聞いています。生活保護の見直しについては、目下厳しい経済情勢下なので、慎重な取り扱いを求めたい。

デフレ脱却策としては、政府と日銀の政策協定により、欧米並みの2%のインフレ目標を導入。実質成長率3%、名目成長率4%を「巡航速度」とし、大胆な金融緩和措置を実行する。大規模な法人税減税や投資額に応じた損金算入を認める投資減税も盛り込む。

とするならば、「政策協定」などと微温的なことを言っていないで、現在の日銀の行き過ぎた独立性を阻止する日銀法改正を明記すべきでしょう。そうして、政府の設定したインフレ目標を達成することを日銀に義務づけること、およびその目標達成に不熱心な総裁の解任権を政府に与えることをそこに盛り込むこともあわせて明記すべきです。それが、民意を金融政策に反映させる民主主義の王道です。そこまできっちりしないと、国民は本気度を疑いますよ。後、大企業ばかり優遇していないで、不況時の常套手段である所得税の減税も明記しましょう。

また、東日本大震災発生を受けて災害に強い国土や社会をつくる「国土強靱(きょうじん)化基本法」(仮称)の制定を明記。平成24年から10年間を重点投資期間と位置づけ、特別国債を発行して道路、港湾、上下水道、通信といったインフラ整備に200兆円規模の集中投資を実施する。

これは、大賛成です。大急ぎで実施しましょう。藤井聡先生の影響が大きいのでしょう。素晴らしいことです。いずれにしても彼を特別顧問として招くべきでしょう。それを明記してはどうですか。そうしないで、実現できると思いますか、この計画が。

「国土強靭化」のメッセージを本気で国民に訴えかけたら、国民の政治に対する信頼を取り戻すいいきっかけになるでしょう。維新の会の面々を泡沫候補にすることにもなるでしょう。いまの日本の緊急課題をクリアする道は地方分権化にはなく、まっとうな中央集権にしかないのですから。そこを間違えると日本に明日はない。つまり、維新の会の面々をいくら国会に送り込んでも、日本に未来はない。それは、言明しておきます。

しかし、200兆円の財源をどうして捻出するのか、きちんと明記する必要があります。まさか、消費税等の増税で、なんていうわけはありませんよね。財務省を力でねじ伏せる決死の覚悟が問われます。そうすれば、財源は捻出できます。最低でも100兆円規模の国債を発行し(もちろん複数年度にわたって)、それを日銀が直接引き受けることを彼らに受け入れさせるほかにないですよね。また、それでいいんです。日銀引き受けが禁じ手だなんて、嘘っぱちですからね。これは、日銀法の改正の明記と絡んでくる問題です。

が、できますか、それが、いまのあなたたちに。少なくとも、谷垣、大島、石原には無理です。彼らは、財務省に脳みそをくり抜かれていますから。首の総取り変えをしたならば、私は自民党の本気を半分くらいは信じましょう。それと、あのうっとうしい阿呆の森元首相の公認も拒否しましょう。

そうそう、忘れるところでした。いまの民主党の消費税増税法案。あれ、ちゃんと否決するのでしょうね。導入の前提条件としての経済成長率を明記せず初めに増税ありきの、デフレ対策と真逆の発想で作られたあの法案をもしも野田政権といっしょになって可決するようなことがあったなら、このマニフェスト、その瞬間に死文化しますよ。それが分からないほど国民はばかじゃあないですからね。
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