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田中康夫(01、長野県知事としての実績)

2009年08月05日 | サ行
 田中康夫さんの外国特派員協会での話(2007年07月10日)から、長野県知事時代の実績の部分を引用します。これによると、先日の山口県防府市の老人ホームの土砂崩れによる事故も人災であったのかなと思います。

──2000年に僕が長野県知事に就任する前の41年6ヶ月の間、長野県の知事をしていたのは、公務員出身の2人だけでした。その間、予算も人事も条例も、一度として否決も修正もされていません。けれども、こうした知事と職員と議員の「しがらみ・なれ合い」仲良しクラブが全国ワースト2位の財政状況を生み出していました。

  他の道府県では借金が増加し続ける中、全国唯一、6年連続で計923億円減少させ、就任した年度からプライマリーバランスも連続黒字化を達成し、最終年度には基金残高も積み増ししました。

  それは縮み志向の財政健全化ではありません。事業予算が削減されたら規模も箇所も縮小してしまう短絡的な官庁の発想から、単価を下げて規模と箇所を維持する企業の発想へと改めるべきです。「脱・談合知事」の田中康夫は全国に先駆け4年前、あらゆる分野で公明正大な一般競争入札を導入しました。

  大手企業の孫請けに従来は甘んじていた地元業者も直接応札可能となった結果、就任時には明らかに談合が疑われる97%以上だった平均落札率は、全国で最も低い70%台後半となりました。即ち、談合の温床だった不透明な随意契約や指名入札が原因で1ヶ所100万円要していた事業を、その8掛けの1ヶ所80万円で実施可能とし、不透明な税金の流れを断ち切ったのです。

  こうして生まれた20%から25%近くの入札差金を、人が人のお世話をして21世紀型の地域雇用を生み出す福祉・医療・教育・環境・観光等の分野に振り向けました。全国に先駆けて小学校全学年で「30人規模学級」を実現出来たのも、財政改革と入札改革で自主財源を確保したればこそです。

  政府最終消費支出と呼ばれる役所の経費は、今から19年前の平成元年(1984年)にはGDPの9%でした。平成17年(2005年)には2倍の18%に倍増しています。仮に、その増加分の半分、4.5%を節約するだけでも23兆円。基礎年金を全額国庫負担するのに必要な14兆円の財源を確保し、更に余剰が生まれます。 が、こうした改革は官僚の既得権益を脅かすから、実現出来ていないのです。まさに、政治のリーダーシップが求められています。今、申し上げた「増加分の半分の削減」即ち「役所の経費全体の25%を節約」は、全面的な一般競争入札を導入した長野県に於ける入札改革で、落札率が75%前後となったのと同じ計算です。充分に実行可能なのです。

 こちら(この写真、略)は、軽井沢に設置した信州型木製ガードレールです。財政改革と入札改革を行う中で誕生した地域循環型の事業です。鋼製ガードレールの製造元は、全国で5社のみ。何れも東京に本社が存在します。事業費の大半が中央のゼネコンに還流するダム建設を始めとする巨大な公共事業と同様、事業費の9割以上は中央に還流してしまいます。しかも、ガードレールの設置には、国からの補助がありません。

  県土の8割を占める森林の整備予算を2.5倍とする中で、間伐材を有効活用して、強度の優れた木製ガードレールを開発しようと閃(ひらめ)きました。早速、県内の土木建設業者に募集を掛け、3つの企業グループが呼応しました。つくば市の試験場で大型トラックを幾度も衝突させ、国の耐久試験に合格しました。鋼製ガードレールと同じ強度でありながら、木の温もりがあります。伐採・製材・製造・設置の全てを地元で担当します。同額事業予算で地域雇用を5倍としました。

 どうして、ハコモノ行政は止まらないのでしょう? それは日本で起債(借金)可能な事業が、道路・建物・公園の3つに限定されているからです。

  逮捕者や自殺者を生んだ緑資源機構は、その名称とは裏腹に山肌を削り取って環境破壊の林道を造るのが仕事でした。実は、年間3700億円もの林野庁の予算の中で森林整備に投じていたのは全体の3%にも満たず、残りはセメントの壁や鉄の杭を山に打ち込む公共事業だったのです。その構造を変えねばなりません。

  老人向けのデイサービスも、施設を新築する場合のみ、国からの手厚い支援があります。集落から離れた田畑の真ん中に、周囲の景観とは不釣り合いな建物が出現し続ける、それが理由です。

  日本では福祉すらハコモノ行政。だから、1時間に66億円もの勢いで借金が増え続け、今や総額1000兆円にも達しています。「構造改革」を小泉純一郎元首相が掲げた2001年からの5年間で逆に、4分の1に当たる250兆円も増加しました。

  夕張市の人口を1万倍すると日本の人口。夕張市の負債を1万倍すると政府の借金。地方自治体分を加えると、それ以上。実は夕張市民の借金が1人当たり488万円であるのに対し、国民1人当たりの借金は837万円なのです。夕張の財政破綻は、過疎自治体だけの話ではなく、日本全体を写し出す手鏡なのです。

  サラリーマン所得は8年連続で減少を続けているのに、この5年間で既に、個人への増税総額は3.9兆円にも達しています。更に、先月からの定率減税の廃止で、3.2兆円。この分だけでも、消費税に換算すると2%の消費税率のアップに相当します。それは消費と景気を失速させるデフレスパイラルを招きます。増税なき財政再建を行わねば、日本の赤いパスポートを持った若者は、カナダやオーストラリアに脱出し、更に少子高齢な日本となってしまいます。発想の転換が急務なのです。

  これまで述べてきた財政再建と入札改革の内容は、新党日本が掲げる「増税なき財政再建」が十分に実現可能であることを示しています。にも拘らず、抵抗を続ける霞が関の官僚主義が、如何に愚かしいかを最後に、具体的にお話ししましょう。僕に守旧派県議が不信任決議を突き付ける原因となった「『脱ダム』宣言」の意味を御説明します。

  知事に就任した2000年10月、財政破綻寸前だった長野県は、9つもの県営ダム建設を計画していました。

  知事に就任した2000年10月、財政破綻寸前だった長野県は、9つもの県営ダム建設を計画していました。何れも、流域住民の7割近くが反対しているにも拘らず、大型公共事業は地元経済を潤す、と守旧派県議は言い張っていました。

  調べてみると、総事業費の72.5%は国が負担するものの、総事業費の80%は県外のゼネラルコントラクター(ゼネコン)に支払われていたのです。つまり、県外への持ち出しです。だから、大手企業の孫請けに甘んじていた地元業者の内実は、カツカツ状態でした。ならば、護岸補修や森林整備、河川浚渫(しゅんせつ)で治水を図る方が、遙かに少ない金額で、遙かに地元に雇用を生み出します。

  川から水を引く水田の面積は、1950年代よりも半減しています。にも拘らず、国土交通省と農林水産省は、明治29年(1896年)から何と111年にも亘って、水利権の見直しを行っていません。眠っている水利権を見直そうとしないのです。川の水は一部の既得権者の所有物ではな く、日本に暮らす人々の共有財産です。ダムを造り続ける為に敢えて、水利権の見直しを行わないとしか考えられません。

  都市計画法33条では、崖崩れが起こりそうな土地に住宅を造ってはならない、と定めています。ところが、同法29条には、社会福祉施設、医療施設などの開発行為ならば、適用外と定めています。この国では、人里離れた崖っぷちの農業団体や建設会社が保有していた場所に、豪壮な病院や老人ホームがボコボコ建設されていくのです。

  更に、巨大な特別養護老人ホーム(Care Facility)はドンドン造られ、身近なグループホームはなかなか増えません。こちらに示したように(ここでパワポで比較表示)、6人の入所者に職員1人の特養に対して、利用者6人に職員2人のグループホームは、地域雇用が2倍です。グループホームの法が1ベッド当たりの換算で建設費用も3分の1で済むのです。しかも、同じサービス内容でも、特養の介護報酬は約32万円、グループホームは約23万円。9万円も違うのです。これを同額にするだけでも、遠くの特養ではなく、近くのグループホームが増えるというのに。

  長野県では、商店街や集落の空き家を改修して、老人のデイサービスと3歳までの乳幼児保育を一緒に行う「宅幼老所」を小学校の学区単位に300ヶ所、誕生させました。

  近くに小さな子供が居ることで、お年寄りのエネルギーになり、子供もお年寄りの智恵を教わります。地域分散型であって世代分断型でない福祉。ところが、こうした既存の建物を改修して行うデイサービスに政府は支援を行いません。

  評論家の田原総一朗氏は、僕に語りました。政官業(政治・官僚・業界)が長年に渡って作り上げてきた利権分配ピラミッドに追従した多くの知事は安泰。新参者の業者と共に独自の利権分配ピラミッドを作ろうとした知事は、嫉妬した既得権益者から密告されて逮捕。田中君は談合を根絶し、利権そのものを作らなかったから逆に排除された、と。そうかも知れません。

  「私」という字の「のぎ偏」は穀類を示します。旁(つくり)の「ム」は肘鉄を食らわすという意味です。自分達の穀類を他の集落にはあげないよ、という原義です。これに対して「公」は、肘鉄の気持ちを人々が包み込んで溶かし、その意識を公共へと転換するという意味です。官からミーイズムの民ではなく、官から公、民から公でなくてはならない、と私が申し上げるのは、この包容力を重要としているからです。

  他の政党から出馬する「著名人」は、「有名だから名前を書いてね」と白紙委任状を有権者に求める選挙です。新党日本は異なります。田中康夫と有田芳生(よしふ)には、単に安全地帯から発言する口舌の徒ではなく、後ろ盾のないか弱き市井(しせい)の人々の為、実際に行動し、具体的な成果を出してきた実績があります。(引用終わり)