三井マリ子
09月14日に国政選挙を迎えるノルウェーでは、「男女同一価値労働同一賃金」が選挙の最大の争点になりそうな雲行きである。ノルウェーの男女賃金格差は100対85。日本に比べればはるかに男女平等が進んでいるとは言え、ノルウェー女性から見ればまだまだ許しがたい賃金格差だ。これを国政選挙で一挙に縮めようというのである。
キャンペーンの火元はノルウェー看護協会だ。オスロ中央駅に近い同協会本部前を通ると、ポスターの4人の女性看護師が通行人に意味ありげに微笑んでいる。4人の鼻の下には横一文字の墨の筆。そして、「一筆で、男女賃金格差は減らせます」と書かれている。髭は男の象徴だから、「髭のあるなしだけでこんな格差があっていいのか」と訴えているようだ。
ノルウェー看護協会は髭ポスターのキャンペーンに300万クローネ(約4500万円)を投じた。「男女同一価値労働同一賃金」という長ったらしい日本語は、ノルウェー語になると、リーケルンという短い単語となる。ノルウェーの知人や友人たちに話しても「あ、リーケルンね」で通じる。
ノルウェー看護協会は、「リーケルン闘争」と名づけられた特別班をつくり、今春からポスター作戦に打って出た。あらゆる駅や公共機関に貼りまくった。大手新聞や雑誌やWebに広告を出すにつれ人気は沸騰。ポスターがはがされて持ち去られ、町からポスターが消えてしまった。
男女同一価値労働同一賃金は、何十年も昔から女性たちの間で運動テーマとなってきた。しかし、ノルウェーですら政府が真正面から取り組んだのは、つい最近だ。2006年06月、政府内に「リーケルン委員会」が創設され、委員長にはEU加盟反対運動で名をはせたアンネ・エンゲル中央党元党首が就任した。看護師出身の彼女の下で、2年間かけて格差の実態調査がおこなわれ、提言がまとめられた。
内容は「まずは、公務員の中で女性が極端に多い職場の賃上げのため、30億クローネ(450億円)の特別予算を組むこと」というように実に具体的だ。そして、同党とも深くつながるノルウェー看護協会の今回の運動となったのだ。
ノルウェー看護協会に取材を申し込むと、「ハーイ、コンニチワ」とTシャツの男性が現れた。キャンペーン担当のトルゲイエー・K・フィルケスネスさんだった。「リーケルン闘争は僕にとって極めてチャレンジングな仕事です。ノルウェー全体でみると、女性の賃金は男性の85%にすぎません。実に馬鹿げてます。馬鹿げているでしょ。馬鹿げていますよ」
彼は「アブソード(Absurd)=馬鹿げている」という言葉を何度も繰り返した。
「さらに馬鹿げたことに、看護職の賃金は全職業を100とすると79です。もちろん、看護職内では男女は全く同一賃金です。看護職そのものの賃金が低いのは、看護職に女性が圧倒的に多いからなのです。人の命を預かる仕事が、機械をいじったり、土木工事をしたり、お金を回したりする仕事より価値が低くみられている。ここが大問題なのです」
「政府から報告書も出ましたので、今やただちに実現するべき時が来たのです。どの政党もこの運動にはもはや反対はできません。『私は賛成だ、でも実現には時間がかかる』などとモタモタしている時も過ぎました。今秋の選挙後の政府には4年間で男女同一賃金を実現させる、これが私たちの運動です」
メディアも好意的だ。ある新聞は、「全国調査によると、男性の半数は男女賃金格差是正のためなら男性の賃金が下がることもやむをえない、男性の10人中8人は男女賃金格差是正ための女性の賃上げに好意的……と回答」と大きく報道する。
「私たち看護協会は、選挙争点がぼやけている現在、『リーケルン』を選挙の最大の争点にしようと思っています。このポスターは選挙対策第1弾です。今、第2弾を作成中です。もっと政治とむすびつけたメッセージになります。投票2週間前に新しいポスターが街中に貼られますよ」
日本女性の賃金は、男性100に対し66だ。これは正職員に限ったもので、非正規を入れると50程度で、第2次大戦直後のノルウェーと同じである。この日本のひどい現実に対し、ILOは日本政府に何度も是正を勧告してきた。しかし政府が具体的解消策に乗り出した形跡はない。(JaqnJan、2009年08月19日)