軽井沢からの通信ときどき3D

移住して10年目に入りました、ここでの生活と自然を写真と動画で発信しています

庭にきた蝶(27)ムラサキシジミ

2019-06-14 00:00:00 | 
 今回はムラサキシジミ。前翅長14~22mmの小型のシジミ蝶で、翅表が文字通り青紫色に輝く美しい構造色を持つ。いつもの「原色日本蝶類図鑑」(1964年 保育社発行)では次のようにこの蝶のことを表現している。

 「近畿では低山地帯常緑闊葉樹林の周辺にきわめて普通で、低いカシノキの葉上に思い出した様に飛来する。中部から関東へと次第にまれとなり、東北では青森にも見られず北海道には全く生息しない。暖地の四国・九州では多産しやや高地にも見られる。越冬した母蝶は3~4月頃冬眠からさめ、食樹の休眠芽に1個ずつ産卵する。幼虫はカシの枝先の若葉を内側に裏巻きにして中に棲む。食樹はコナラ・アラカシ・クヌギなどが知られる。」

 よく似た種にムラサキツバメ、ルーミスシジミがいるが、ムラサキツバメには尾状突起があること、ルーミスシジミはやや小型で、翅裏の色は灰白色(ムラサキシジミは褐色)、翅表の構造色もずっと明るい藍青色であり、区別できる。

 この蝶の成虫を、我が家の庭で見たのはこれまでに一度だけで、その時も庭先をさっと横切って行き、花でゆっくりと吸蜜していった訳ではない。飛んでいった先を目で追うと、庭の隅のヒイラギの枝先に止まった。急いでカメラを持ちだし、撮影しようとしたが、まともな写真を撮ることはできなかった。ただしかし、翅表の青紫色は何とか確認でき、翅裏の文様が写っていたので、ムラサキシジミと判定することはできた。

 小学生の頃、まだ捕虫網をもって出歩いていた夏休みに、高野山の麓の父の実家に、友人U君を誘って泊まりに行ったことがあった。彼は絵がとても上手で、素敵な絵入りの旅程表を作ってくれた。

 高野山まで歩いていこうということで、蝶の採集をしながら、二人で山道を歩いていると、薄暗い林の中でよくこのムラサキシジミに出会った。木陰の中でもキラリと輝いて見える構造色の青紫色が鮮明に見えたことを思い出す。

 関西では普通に見られるこのチョウであるが、軽井沢ではとなると結構希少種の部類に入るようで、優れた写真集「軽井沢の蝶」(栗岩竜雄著 2015年 ほおずき書籍発行)の中の著者の文章を引用すると、次のようである。

 「暖地性の蝶で、まさか標高1,000mを超える樹林帯で見られるとは思いもしませんでした。初めて町内で確認した時は大興奮したものです。・・・目撃箇所のほとんどが1,000m以上の標高域。暖地イコール低地という概念は持たない方がいいみたい・・・。コナラの幼木を好み、産卵シーンを含む観察や撮影もしやすく、蝶を探して歩き回っていればどこかで行き会う種のようです。・・・」。

 成虫越冬をするこのムラサキシジミ。冬はマイナス20度近くまで下がることのあるこの軽井沢で、どのようにして越冬しているのであろうかと思う。

 このムラサキシジミは思いがけず、別なかたちで軽井沢の我が家にやってきている。成虫ではなく幼虫でやってきたのであった。

 2016年以来、自宅で毎年のようにヤママユやウスタビガを飼育してその成長過程をビデオ撮影している。そのため両種の幼虫の共通の餌として山地でコナラの葉を採集して与えていたところ、そのコナラの葉になにやら10mmほどの長さの幼虫が付いてきているのに気がついた。よく見るとどうもシジミチョウの仲間ではないかと思えたので、この幼虫だけは別の飼育ケースに移し様子を見ることにした。

コナラの枝についてやってきた体長10mmほどのシジミチョウらしい幼虫(2017.7.21 撮影)

 この幼虫はしばらくはコナラの葉を食べていたが、やがてそれ以上餌の葉を食べる様子がなく、飼育ケースの隅でじっとしている。死んでしまったのかと思っていたら、次第に外観が変化しているようであった。

 気がつくと、プラスチックケース内の底近くの側面に、糸をかけて蛹になっていたので、そのまま放置していたが、8月に入り色が濃く変化していることに気がつき、ある日思い切ってビデオ撮影を始めることにした。いつ羽化するかタイミングつかめず、30倍のタイムラプスに設定して撮影を開始した。

 撮影はプラスチックの飼育ケースを横倒しにして口のほうから行った。撮影開始後数時間で羽化したが、あっという間のできごとで、気がついたらすでに羽化し、翅が伸びきった成虫がケースの側面に止まっていた。翅の青紫色は、後でビデオを見て確認できた。ムラサキシジミであった。

ムラサキシジミの羽化(2017.8.12 14:12, 30倍のタイムラプスとリアルタイム撮影とを編集)

 上の動画から得たキャプチャー画像で見る羽化の瞬間と、翅表の様子は次の様である。

ムラサキシジミの羽化1/2(2017.8.12 撮影動画からのキャプチャー画像)

ムラサキシジミの羽化2/2(2017.8.12 撮影動画からのキャプチャー画像)

羽化後ケース側面に止まるムラサキシジミ(2017.8.12 撮影動画からのキャプチャー画像)

 ケースの中ではずっと翅を閉じたままであった。このムラサキシジミの成虫は、その後放してやると、隣地の草むらに飛んでいった。しばらく翅を開くのを待っていたが、遂に翅表の美しい青紫色を撮影することができず、飛び去ってしまった。

羽化後、隣地の草に止まるムラサキシジミ(2017.8.12 撮影)

 この少し前に、妻の従姉妹3人が遊びに来ていて、軽井沢をあちらこちら案内して回ったことがあった。浅間山荘事件の顕彰碑に行ったとき、女性陣が4人で顕彰碑の周りを見て歩いていると、道の反対側でチラチラと動く蝶の影を認めたので、近くに寄って見ると、ムラサキシジミであった。この時もなかなか翅を開いてくれなかったが、ようやく撮影できたのが次の1枚である。なんだかおかっぱの女の子をイメージさせる姿をしている。 

木陰で開翅したムラサキシジミ♀(2017.7.21 撮影)

 この個体は、上の写真を撮影する少し前に、木の枝先で産卵するようなしぐさをしていた。翅表の青紫の様子からも、この個体は♀と判定できる。

枝先で産卵行動のようなしぐさのムラサキシジミ♀(2017.7.21 撮影)

 ところで、ムラサキシジミとよく似た種にルーミスシジミがいると上で書いたが、この種は天然記念物に指定されていて、「原色日本蝶類図鑑」(1964年発行)には次のように紹介されている。

 「日本に産する蝶類中天然記念物に指定される5種の内の1種で、ルーミスの名は千葉県鹿野山で初めて本種を発見したアメリカ人牧師の姓に因む。昭和7年以来天然記念物指定地となった奈良奥山は名実共に饒産し一枝を揺れば一斉に10数頭飛び出すことも珍しくない。・・・『ムラサキシジミ』と混棲し習性もきわめて類似し、卵は越冬した雌により4月の末から食樹の鱗包内に1個づつ産卵、約40日にて羽化、年発生は5・7・9月のおよそ3回と思われ、9月のものが最も多く渓流沿いの常緑樹の葉上に多く飛来する。」

 ちなみに、この5種類の天然記念物に指定されている蝶であるが、この図鑑では、ルーミスシジミのほかに、ウスバキチョウ、ミカドアゲハ、キマダラルリツバメの名前を見ることができるが、残る1種が見当たらない。ヒメギフチョウ、クモマツマキチョウの名前があるものの、これらを加えると数が合わなくなるし、両種とも県の仮指定となっているので、恐らく別であろう。

 最近のデータでは国指定の特別天然記念物としての蝶は上記のほか、アサヒヒョウモン、ダイセツタカネヒカゲ(1965.5.12 指定)カラフトルリシジミ(1967.5.2 指定)、オガサワラシジミ(1969.4.12 指定)、ヒメチャマダラセセリ、ゴイシツバメシジミ(1975.2.13 指定)がある。
 
 大阪に住んでいた高校生時代に、このルーミスシジミのことを「原色日本蝶類図鑑」で知って、見に行ってみようと思い立ち、奈良の春日山に出かけたことがあったが、空振りに終わった。1964年頃だったと思う。

 しかし、後になって知ったことであるが、春日山のルーミスシジミは、当時すでに、ほとんど姿を消していたそうである。それは、ちょうど今から60年前の、1959年に日本を襲った伊勢湾台風により、食樹のイチイガシがたくさん倒れたことと、その後の薬剤散布もあって、この地では絶滅していたのであった。しかし、私が頼りとした「原色日本蝶類図鑑」ではまだ訂正されていなかった。

 春日山のルーミスシジミに関してはその後、「ルーミスシジミ再発見」というニュースが新聞紙上に掲載されたことがあったが、後日、間違いとして訂正されている。今回紹介した、よく似たムラサキシジミと誤認されたものであった。

 今日に至るまで、春日山原始林というと、国の天然記念物ルーミスシジミの棲息地として紹介されることもあるようだが、さすがに最近の著書「フィールドガイド・日本のチョウ」(日本チョウ類保全協会編 2013年誠文堂新光社発行)では、ルーミスシジミに関して次の記載があり、その他の書籍でも、絶滅を伝えている。

 「主に照葉樹林の伐採及び植林によって、生息環境が失われ、全国的に減少している。奈良県の春日山ではすでに絶滅したと思われるが、これは農薬散布が原因とされている。」

 伊勢湾台風以来すでに60年が経過した。春日山のイチイガシも復活しているであろうし、天然記念物への認識も変化していると期待できるので、ムラサキシジミと共にルーミスシジミがまた「一枝を揺れば一斉に10数頭飛び出すことも珍しくない・・」といった状態に戻って欲しいと願わずにはいられない。

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